129話 雛賀天照奈に興味がある
校長とともに部屋から出た三人を迎えたのは、東條家、そして西望寺家の面々だった。
一人として帰ることなく、皆、中の様子を気にして待っていた。
何があったのかと追求する面々に、校長からは、
「入学後ずっと目を付けていた『面白い子供たち』と話をしていた」
という言い訳がされた。
もちろん、その場に天照台皇輝の姿は無く、隠し扉から部屋の外へと出ていたのだった。
先ほどまでの柔らかい表情から一転し、険しい顔で言い訳をする校長。
誰もそれ以上言及することはなく、その場で解散となった。
「ねえ、校長と・・何を話していたの?」
帰りの車の中で、紫音に質問された天照奈。長く感じられたが、校長との話は、時間としては五分くらいだったようだ。
他の二人とは、後で口裏合わせをするとして・・・三人で話し合ったら、これがまず思い浮かぶであろうという言い訳を考えた。
「野良サイクロプスの生態を調べたかったんだってさ。血統書付きは見たことあるけど、野良は珍しいんだって!」
「え!?サイサイ、野良だったの?じゃあ、やっぱり、東條家の首輪を付けて大切に・・・」
紫乃がよくつくという『善い嘘』。
嘘が苦手な天照奈でも、善い嘘であれば自然に、そして微笑んで言えることがわかったのだった。
――携帯電話を所持していない皇輝とは、最寄りの駅で待合せをしていた。
十八時五分前に、待合せ場所である天照台高校行きのバス停に到着した裁。
そこで、大荷物を抱えた皇輝を見つけた。
裁もそうだが、皇輝も制服から、パーカーにジーンズという簡素な普段着に着替えていた。
だが、その荷物。大きなリュックを担ぎ、大きな手荷物を二つも抱えていたのだ。
「皇輝くん、その荷物、なに?まさか・・・」
これまで何度か、紫乃の大荷物を見てきた裁。
卒業まで居座ろうという紫乃の計画が頭をよぎったのだった。
「・・・まさかって、何だ?別に、お前のアパートに居座ろうなんて考えてないからな?」
「そ、そりゃ、そうだよね。あはは・・・じゃあ、その荷物、なに?」
「・・・今日の話をして、すっきりしたのか、考えが少し変わったんだろう。親父が言ったんだ。
『家にあるもの、好きに持っていけ。ああ、現金とクレジットカード以外に限るがな』
ってな!くくっ、金目の物を持てるだけ持ってきたんだよ!」
皇輝に対し、話しやすさや親近感を感じていた裁。
それはきっと、裁がイメージする上流階級の驕りや昂りが無いからであろう。
だが、思った以上にハングリー精神が強く、逆にたじろいでしまった。
とりあえず、アパートに向かいながら話をすることにした二人。
「それ、売るの?」
「盗んだわけじゃないんだぞ?俺の家のものだし、持って行って良いと言われたんだからな」
「一人暮らし・・・生活?大変なんだね」
「ああ・・・でも、実は祖父に口を聞いてもらって。紹介してもらったバイトも割が良いし、だんだんと慣れてきたところだ」
「おじいさんって・・・もしかして、警察の捜査に協力したり?」
「そんなわけないだろう?漫画やアニメじゃないんだから、高校生が捜査に協力なんてできないだろう」
「そ、そりゃ、そうだよね。あはは・・・」
皇輝は、予想以上に常識を持ち合わせていた。
もともと一般常識からかけ離れた裁。さらに、何の因果か、裁の周りにはあり得ないことばかり起きてしまうのだ。
卒業までアパートに居座ろうとする紫乃もいれば、警察である父の協力だって、内密にではあるが、何度かしている。
「・・・荷物、持とうか?」
「いや、自分で持てるから良い。それに・・・近づいても平気なのか?」
「平気かどうかは・・・どうだろう。皇輝くんの体質にもよるかな。ああ、もちろん、教えほしいわけじゃないよ?」
「ああ。おそらく、みんなで体質の話をするんだろう?俺も気になるからな、話すのは問題無い」
「たぶんだけど、僕に近づくと、その体質が無効化されるか・・・我慢できなくなるんだ」
「無効化・・・だと?それに、我慢って何だ?トイレか?」
「『学校で大便しない!』っていう我慢ができなくなった相良くんもいるけど・・・僕の場合、その人が一番我慢していること。それか、一番強く思っていることを発現させるんだ」
これまで、自然と二メートル以上の距離をとっていた皇輝。
裁のその言葉を聞き、その距離が三メートルに広がっていた。
「くくっ・・・中身は知らないけど、話によると、雛賀天照奈の体質が一番化け物じみているらしいな。
だけど、お前のも十分恐ろしいじゃないか!
でも・・・大変だな。使い方によるんだろうけど、全部、お前が責任を負うんだろ?」
「うん。でもね、その責任を受け持ってくれる両親、そして友達がいるんだ。だから、僕は大丈夫!」
「・・・強いんだな」
「皇輝くんも、わからないけど、何か夢があるんでしょ?そのために一人で生きてるって聞いたけど?」
「そうだ・・・でも、一人で生きろとは言われたが、俺は人に頼ることを拒んではいない。天照台家にだけ頼れないんだからな」
「・・・もしも聞いたとして、その夢のことも教えてくれる?」
「・・・いいぜ。・・・・・・う、ああっ!」
皇輝は、手荷物を地面に置くと、なぜか頭を掻き出した。
「ど、どうしたの?」
「・・・恥ずかしいんだよ。察しろ」
「察しろって、何を!?」
「・・・俺、いつも瞑想してるだろ?いつも疲れ切っているのは、たしかにそうだ。でもな、それと・・・人と接するのが苦手なんだよ、俺。だから、なるべく関わらないように、閉じこもって・・・ああっ、くそ!」
髪の毛が乱れるほど、頭を掻く皇輝。
裁は、皇輝の言うとおり、察してみた。
おそらくだが、その体質、そして『天照台』という名前が、これまで人との接触に影響を及ぼしていたのではないか。
体質のことはわからないが、もしかすると、小さい頃は輝かしいオーラを抑えることができず、輝きっぱなしだったのではないか。
そして、都市伝説と言われる天照台高校と同じ名前を持っている。
女子生徒が騒ぐその美貌、さらには化け物じみた身体能力。
おそらく、今の天照奈に似た近寄りがたさがあったのだろう。
しかも、とてつもなく。
だとしたら・・・
「同じだね!」
「え?」
「僕たちもそうだったよ?天照台高校に入学するまで、友達なんかいなかったし、いつも何かを我慢する日々が続いたんだ」
「・・・体質、からか?」
「うん。僕の場合、本当の体質を教えられたのが、中学の卒業式の前日、夜。それまでは、『重度のアレルギー症状を持っていて、人と二メートル以内に近づくと死ぬ恐れがある』って嘘の体質を教えられてきたんだ。
そんなヤツに近づく人いないよね!あははっ。
でも、僕の場合は周りの人に恵まれて、あからさまには邪険にされずに済んだけどね!」
「・・・雛賀天照奈も、そうなのか?」
「・・・?そうだよ。天照奈ちゃんは、嘘の体質として、『認知の外からの接触が命に関わる』って言われてきたんだ。
背後からだと、ピンポン球が当たっても死ぬかもしれないって。そんな人に近づけないし、無責任に人に近づけないし。
天照奈ちゃん、中学校に入学して三日目から既に我慢が始まったんだってさ。
僕、そういえば入学して間もなく、一回だけ話したことあるけど・・・かなりすさんでたよ?クラスメイトのことを『馬鹿』とか『クズ』とか言ってたかな」
「マジか・・・彼女もそんなこと言うんだな」
「今では想像できないけどね。天照奈ちゃんのお父さんが言ってたけど、すさんでたときに、運命的な出会いがあったんだってさ。
心温まる言葉をかけてもらったらしいよ?良い先生でもいたのかな・・・?」
「今、この場だから言うが・・・俺は、雛賀天照奈に興味がある」
「え!?もしかして、皇輝くんもアニメ好き?」
「何を言ってるんだ!?・・・え?もしかしてあの子、アニメが好きなのか?」
「うん。しかも、『超』がつくほど。アニメスイッチが入ると、ほいほい釣られちゃうんだってさ」
「お前、俺にそんな情報与えて良いのか?」
「何で?」
「まさかと思うが・・・一緒に住んでて、下心も何も無いのか?」
「下心?心に上も下もあるの?」
「おおっ、そこからか!?こいつは・・・まあいい。見たところ付き合ってるわけでは無さそうだしな。とにかく、俺は負けないからな?」
「・・・うん。僕もだよ。主題歌を聞くところから入ったばかりだけど、だんだんと興味が沸いてきたんだ!」
「・・・」
――時は同じく十八時五分前。
天照奈は、アパートに届けられた豪華で大量な料理を前に、奮闘していた。
既にお皿に取り分けられているのだが、全てを一度にテーブルに載せることができないほどの量なのだ。
前菜、メイン、または色合いなどを考えつつ、三回にわけて出そうと、頭を捻っていた。
うちのサイクロプスなら、何が出てきても喜ぶだろう。だが、あの、天照台皇輝が来るのだ。
一度、あの輝くようなオーラを見てからは、どうしても意識してしまっている。
だが、これが好意や憧れなのか。それはわからなかった。
その後は一度も輝くオーラが出ておらず、しかも、今日の彼の雰囲気、話し方を見ると、親近感を覚えるほどだった。
遠いところで血がつながっているからだろうか。そんなことも考えていた。
だが、それとこれとは別で、しっかりとサイクロプスの餌やり・・・いや、給仕?の役割を果たさなくてはなるまい。
これまで意識などしたことが無かったが、一応、東條家の血を引いているのだ。
だが・・・校長と皇輝の前でいきなり便の話をする紫乃の顔を思い浮かべた天照奈。気にするのが馬鹿らしくなり、考えるのをやめた。
すると、部屋のインターホンが鳴った。
インターホンカメラを見ると、ちょうど便のことで思い浮かべたばかりの紫乃の姿が映っていた。
玄関のドアを開けると、頭にすっぽりとフェイスガードを被った紫乃が立っていた。
その傍らには、見慣れた巨大な荷物が二つ。
いつもなら、なんとか懐柔しようと策を練るのだが、今日の天照奈は違った。
紫乃への対応を既に考えていたのだ。
「紫乃ちゃん、二択です。今日、部屋の中には入れるのは、紫乃ちゃんだけ、それか、その荷物だけ。どっちを取る?」
「ぎゃーっ!・・・今回荷物を置いて、次回わたしが入る?いや、次があるかはわかりませんね・・・わたしで、お願いします・・・」
執事により大きな荷物が回収されると、その身だけとなった紫乃。
天照奈と一緒に、一階のダイニングへと入った。
「・・・あの、天照奈ちゃん?このお料理・・・」
「うん。すごい量だよね」
「サイクロプス二人分くらいありませんか?もしかして・・・」
「皇輝くんもたくさん食べるのかな?あんなに細いのにね!」
「・・・もしかすると、空の容器を持参して、持ち帰るのかもしれませんね。当分の食料とするのでしょう!」
「そっか。じゃあ、うちでも空容器とラップ用意しておこうかな」
「ふふっ。皇輝くんの中で好感度爆上がり間違い無しですね!」
「え、でも考えたのは紫乃ちゃんだよ?」
「同性の目出し帽より、異性の女神から施しを受けたいに決まっています!いや、この場合、異星と言っても良いですかね?」
「わたし、宇宙人扱い?」
「ふふっ!」
そんな話をしていると、またもや部屋のインターホンが鳴った。
「あ、裁くんが帰ってきた」
「わたしが迎えに行ってあげまーす。それ、ぴゅーっ!」
素早そうな効果音とともに、紫乃はゆっくりと玄関に向かった。
二人とも、部屋に入ってすぐに食べるとは考えられないが、いつでも食べられるように第一陣を準備する天照奈。
すると、聞こえるのはほぼ紫乃の声だが、にぎやかな様子で三人が入って来た。
「おかえり。あと、いらっしゃい、皇輝くん!」
なぜか荷物を大量に持った皇輝が、なぜか照れ臭そうにしていた。
「あ、この天照台皇輝・・・天照奈ちゃんの『おかえり』に照れてますね!?でも、あなたに言ったのは『いらっしゃい』ですからね?ねっ?」
「うるさい、わかってる!」
紫乃がからかうということは、意外とこの天照台皇輝、虚勢を張っているのかもしれないな。
天照奈はそう思い、
「荷物、裁くんの部屋に置いてあげたら?この部屋も、四人だと荷物邪魔になるでしょ?」
「そうだね。何か手元に置く荷物ある?無ければ持っていくよ」
「ああ、じゃあ・・・」
皇輝は、リュックから何やら透明なプラスチック製のモノを大量に取り出した。
紫乃の予想したとおり、それは大量の空容器だった。