124話 一年に一回のアレ
七月十四日、水曜日。お昼休み。
屋外のいつもの屋根付きスペースでお弁当を持ち寄っていた裁達六人。
全員食べ終えたところで、紫音から報告があった。
「紫乃、前に言ってた『集まり』のことだけど」
「ああ、東條家と西望寺家と天照台家が集まるアレですか?」
「うん。一年に一回のアレ。そのアレがね、来週、木曜日に決まったんだって!」
「去年も夏頃にやったって言ってましたね・・・木曜日というと、たしか海の日でしたかね?でも、なんだか急な話ですが」
「予定は前から組まれてたんだと思うの。わたし、お父様にその日の予定だけ聞かれてたんだ。それで、昨日電話したときにお父様からその話を聞いたの」
「お父様が伝え忘れていただけですか。・・・ボクは直接聞いてませんから、行かなくて良いんだよね?」
「紫乃、わたしが電話してるとき、逃げるようにいなくなったよね?」
「ぎくっ」
「はあ。まあ、別に行かなくても問題は無いだろうけど。あとね、実は、天照奈ちゃんにも伝えたいことがあるの!」
「え?お風呂はダメだよ?」
「いや、お風呂計画はまだ練ってないから・・・って、ほら、天照奈ちゃんがおじさまの孫だってことがわかったでしょ?つまり東條家の血を引いている。ってことで、今回の集まりに出て欲しいんだって!」
「・・・え?」
「天照奈ちゃんが出るならボクも出ます!」
「もうっ!紫乃!わたしと一緒じゃダメなのに、何で!?」
「でも・・・急にそんなところに出て良いのかな?わたし、お父さんからもそんな話聞いたことないし」
「東條家の血を引いていないと、お呼ばれもしないらしいんだよね」
「でも、わたしなんかが出たところでメリットも何も無いと思うけど?他の家も困るんじゃないかな」
「大丈夫だよ。今回、天照奈ちゃんを呼んだの、天照台家らしいの。でもね、お父様、『天照奈ちゃんのこと、他の家には一言もしゃべったこと無いのに、何でわかったんだ?』って、不思議がってたなぁ・・・」
「もしかすると、校長・・・皇輝くんのお父様かもね。ほら、これ、個人端末に録音機能あるでしょ?」
天照奈は、在校生がいつも肌身離さず携帯している個人端末を指した。
「ああ・・・たしか、校長先生が一人で音声の管理しているって言ってましたね。でも、全校生徒百八十人分の音声ですよ?・・・いや、天照奈ちゃんも本気を出せばできそうですね。・・・って、ボク、うっかり校長の悪口なんて言ってませんかね?」
「大丈夫だと思うよ・・・でも、実はいろんなことが筒抜けだってことだもんね」
「うーん、天照台高校の生徒としてふさわしくない行動もありましたかねぇ・・・ドードーくんを絶滅させたり・・・あっ、ホストクラブ・・・」
「そ、それは警察の、裁くんのお父さんのお手伝いだから・・・それに、二人のお風呂襲撃だって、十分な事件だったよね?」
「お風呂場でしょ?ボクも天照奈ちゃんも個人端末を携帯していなかったからセーフでしょう!」
「わたしはそのときまだ高校に通ってなかったからセーフ!」
よくわからないことを聞かされるも、ニコニコと聞いている太一。
イメージトレーニングをしているのか、裁を見つめて指をならす相良。
うっかりお風呂場の光景を想像しないよう、上を向きながら午前の授業を思い返す裁。
「とにかく、天照奈ちゃんにも出てもらいたいの」
「うん・・・予定入ってないし。呼ばれたのなら、出た方が良いよね」
「もしかしたら何か重要な話があるかもしれないしね。あと、皇輝くんの将来の夢も聞けるかもしれないし!よし、じゃあ、今回は天照奈ちゃんと・・・紫乃も参加で良いんだね?」
「仕方が無いですね!・・・そうだ、サイくんも来ますか?」
急に話を振られてむせる裁。
「げほっ・・・ぼ、僕?よその子だよ!?」
「じゃあ、わたしの婚約者ってことで・・・」
「いや、紫音ちゃん、血を引いてないと参加できないって言ったよね!?」
「あっ・・・じゃあ、お父様の隠し子案の方が良いか・・・」
「それに、僕が行く理由も無いでしょ?後で話を聞かせてよ」
「・・・いや、ボクはサイくんに来て欲しいです。サイくんに、近くにいて欲しい・・・ぼ、ボディーガードとして」
「おお、お嬢。ボディーガードなら俺に任せろって!」
「だから、ラブくんは敷地の中だけの約束です」
「おお、治外法権ってヤツだな」
「・・・とにかく、音波のスペシャリスト?それとも科学者?とにかくボクの肌を音波から守る人を装って、近くにいてください」
「何、その怪しい立ち位置!?」
つっこみつつも、裁は、紫乃の気持ちを理解していた。
今さら見た目を気にしているのではない。きっと、東條家の長男として、何物にも覆われていない姿で出たいのだろう。
紫乃の気持ちを汲んだ裁。
「・・・出るのが可能なら、良いよ」
「うん!お父様に聞いてみるね!事情を知ってるから、どうせすぐに了解してくれるでしょう」
「よし、決まり!当日は、朝九時から、天照台家に集まるの。早いけど、ほら、天照台家って、高校の隣にあるから。学校の授業開始と同じ時間だしね」
裁は周りを見回した。
高校の敷地が広すぎるせいで、隣と言われてもどこにあるか見当もつかない。
「とりあえず、八時半くらいに第一ホール前に集合ってことで。そこからはうちの車で移動しまーっす!」
「ラジャー!」
七月二十二日、木曜日。
八時発のバスに乗った裁と天照奈は、八時二十分に第一ホール前に到着した。
ホール前には、すでに黒塗りの高級車が三台停車していた。
二人がバスから降りるとすぐに、真ん中の車から紫乃と紫音が降りてきた。
「おはようございます!」
「おはよう、紫乃ちゃん、紫音ちゃん」
当日の服装は制服と言われていたため、みんな高校の制服を着ていた。
紫乃は、今は透明のフェイスガードを頭部にすっぽりと被っている。
「じゃあ、ボクとサイくんは後ろの車。紫音と天照奈ちゃんは真ん中の車に乗って下さいね」
それぞれ車に乗ろうとすると、一番前に停車していた車の、後部座席の窓が開いた。
と同時に、後部座席の反対側から一人の老人が降りてきた。
東條グループの会長であり、紫乃と紫音の叔父。そして天照奈の祖父。
東條ジョンだった。
「おお、久しぶりだな。天照奈に・・・ウンPくん」
会長の、ボケなのか勘違いなのかわからないその呼び方。おそらく『運命のサイクロプス』からきているのだろうと推測した裁。
今日は上品に振る舞うことを心がけていたため、無用な突っ込みを封印していた。
「く、黒木裁です・・・はい、ご無沙汰しております。本日はお招きいただきありがとうございます?いや、お招きはいただいてないですね。お邪魔します、でしょうか?」
「ふふっ・・・紫乃が虚勢を張るために君を呼んだんだ。東條家が招待した、と考えてくれて良いよ。では、また天照台家でね」
それだけ言うと、東條ジョンはまた車に乗り込んだ。
あらためてそれぞれの車に乗り込もうとしたところ、
「んんっ!」
窓が開け放されたままの後部座席から、咳払いような声が聞こえてきた。
みんなが一斉に振り返ると、紫乃と紫音の父。東條城治が窓から顔を覗かせていた。
「お父様、ボクは気付いてましたよ?・・・おじさまと一緒に出てくれば良かったのに」
「わたしも気付いてたんだけど。おじさまが全部言ってくれたし、もう良いかなって・・・」
「ごめんなさい、わたしも横目では、ちらちらと見ていました」
「僕も・・・何か言える立場じゃないので・・・」
東條城治は何も言わず、窓を閉めた。
閉まる直前に見えた東條城治は、とても悲しい表情をしていた。
ホール前を出発し、高校の正面玄関を出ると、車は駅とは反対側に曲がった。
しばらく進むと高校の外壁が終わり、新たな外壁が出現した。
さすがに高校のような広大な敷地ではないようで、すぐに外壁の切れ目が現れ、車はそこから敷地内へと入った。
するとすぐに、東條家別宅と同じくらいの大きさの日本家屋が出現した。
正面玄関には、執事とお手伝いさんが合計四人でお出迎えをしてくれていた。
その中の一人、初老の男性が、集まりが行われる部屋へと案内してくれるようだ。
中に入ると、目の前には立派な日本庭園が広がっていた。
「あれ・・・家の中に入った、よね」
「おそらく日本庭園を囲むような構造なのでしょう。どおりで外の庭は質素につくられていたわけです」
「あれが・・・質素?」
きっと、多くの場違いを感じるだろうと予想していた裁。
父に相談したところ、こんなことを言われていた。
『豪華絢爛とか、品格とか?今さらそんなもので動揺するなよ?そうだな、場違いを感じたら・・・すぐ横にいる天照奈ちゃんを見てみろ!お前の一番の場違いはそれだぞ?女神の横にサイクロプスって・・・今さらだけどな!ぎゃはははっ!』
父の低俗な笑いを思い出しイライラを覚えつつ、だが言われたとおりに、すぐ左側を歩く天照奈の横顔を見た。
すると、天照奈も裁を見ていたのか。目が合ってしまった二人。
きっと、天照奈も低俗なサイクロプスを見ることで気を落ち着かせようと試みているのだ。
裁はそう思いつつ、女神と不意に目が合い、目がチカチカしてしまっていた。
――初老の男性に案内された部屋は、三十畳ほどの和室で、かなり大きなテーブルが一つ置かれていた。
掘りごたつとなっているらしく、二メートル程度の距離を置いて、座布団が敷かれている。
三十分前に到着した東條家が一番乗りで、まだ誰も着席していなかった。
席はあらかじめ決められているらしく、窓際の奥の席から、東條城治、ジョン、紫音が着席した。
「・・・紫乃ちゃん、僕はどこにいればいい?」
「紫音の隣に座ってくださいな。ボクは、座布団に座るサイくんの上に座ります」
「え!?」
「嘘ですよ。ボクの右隣に座って下さい。サイくん側のお隣さんは天照奈ちゃんだし、ちょっと近くても問題無いでしょう」
所定の席に座ると、高級そうな座布団の座り心地が素晴らしく、一気に緊張してきた裁。
「ぼ、僕、トイレ行っておこうかな・・・」
「開始ギリギリに、一緒に行きましょ?そう何回も立たれると面倒なので。それか、予備の膀胱でも貸しましょうか?」
「よ、予備の膀胱?東條家にはそんなのあるの?」
「ふふっ。あるわけないでしょ!・・・いつもどおりの話でもしてれば、緊張だってしないでしょう。ボク、皆の前でもこんな感じでいくからね」
「それはそれで・・・胃が痛くなりそうだけど・・・あっ」
紫乃と普段どおりの会話を交わしていると、出入り口から七人の男女が入って来た。
その中には、見知った顔。教室で隣の席の西望寺朱音が見えた。
顔ぶれから、おそらく祖父と父親と叔母、そして十五歳以上の子供が四人という内訳だろう、と裁は推測した。
西望寺家は、東條家の対面側に座り始めた。
全員が座り終えると、おそらく朱音の父親と思われる男性が東條城治に話しかけた。
「ほお、東條さん・・・今日はたくさんいらしてますね。去年は紫音ちゃんしかいなかったはずですが。というか・・・あれ?そんなに子供いましたっけ?」
「ふふっ。実は、長男の紫乃が来てくれましてね。紹介しますよ、ほら・・・紫音そっくりの・・・ああ、制服も一緒だから・・・ええと、横に男の子がいる方ですが」
意外なところで目印の役目を果たした裁。
「ほお?たしか、音波に極端に弱いはずでは?何も被らなくても平気なのですか?」
「ええ。実は、いろいろとありましてね。横の男の子が付き添うことで、何も付けなくても平気なんですよ」
「いろいろ・・・?どういう原理かわかりかねますが・・・ふむ。そして、そちらの美しい少女は?もしかして、隠し子ですか?」
「ふふっ。こちらは兄さん・・・んんっ、父の孫ですよ」
「おほん。いかにも、わたしの、亡くなった娘の娘だよ。実は、過去にいろいろとあってね。つい三か月前に、ようやく東條家の血を引いていることを明かしたんだ」
「いろいろ・・・って、東條家、いろいろありすぎじゃないですか?いろいろで済ませて良い話かも怪しいけど・・・ま、まあ、いいでしょう。
それはそうと、その少年は東條家とは関係ないと言うことで良いですか?」
「ええ。彼は部外者です」
「関係の無い者は集まりに参加できないはずですが?」
「さっき話したとおり、彼は紫乃の肌を守るための特殊な・・・」
「ていうか、あなた、わたくしのお隣さん。クロサイさんじゃないの?」
当然だが、席が隣同士の朱音とは顔見知りである裁。
変な立ち位置を装うはずだったが、あっという間に素性がバレてしまった。
「あっ・・・朱音の存在、忘れてましたね」
「うっかりしてたね。でも、お父様、許可を取ってくれたんですよね?」
「あ、いや・・・紫乃が来るのが嬉しくて、忘れてた!はははっ・・・」
「・・・仕方無いですね。じゃあ、サイくん。ボクと一緒に退室しましょうか・・・」
裁を拒絶する西望寺家の雰囲気に、紫乃が腰を上げる。
「紫乃ちゃん、出るのは僕だけで・・・」
「良いんです。もともと出るつもりは無かったのですから・・・」
有無を言わさぬその空気に、紫乃はため息をついてその場を離れようと、裁の手を引こうとする。
と、そのときだった。
「彼が集まりに参加することは、今、わたしが許可した」
全員が一斉に、その声がする方向、出入り口を見た。
そこには二人の姿があった。
一人は五十代後半の男性、そしてもう一人は、天照台高校の校長。
天照台家の二人だった。