122話 お付き合い
「ところで、天照台くんのことだけど。何で疲れてるんだっけ?」
「こ、婚約者にする案を、ここまで何も無かったかのようにスルーするなんて・・・」
「サイクロプスは鈍器で殴っても気が付かないのです・・・やるなら槍で心臓を貫かないと!」
「まわりくどい言い方じゃなくて、好きなら好きと言え、か。わかったよ、紫乃」
「え・・・紫音ちゃん、もしかして」
何かを決めた紫音と、何かを心配する天照奈。
だが、紫音の決断が早かった。
「サイサイ。聞いて欲しいことがあるの」
「え、うそっ、急にそんな雰囲気に!?」
「きゃーっ!ダメでも骨は拾いますよ、紫音!」
顔を赤らめて本当の気持ちを告白しようとする紫音。
焦る天照奈と盛り上がる紫乃。
「わたし、好きなの・・・大好き!だから・・・」
「うん。僕も大好きだよ」
「え?うそ・・・じゃあ、付き合ってくれるの?」
「え?もともとそのつもりだったけど?」
間髪入れない裁の回答に、口元を押さえて、信じられないという表情をする紫音。
さらに信じられない表情をする天照奈。
紫乃だけは、続く言葉を待っていた。
「だから、早く天照台くんの話を終わらせてさ。勉強しよう?」
「うん!わかった!」
満面の笑みで喜ぶ紫音。
依然として、信じられないといった表情の天照奈。
だが、紫乃は一人、あごに手をやり何かを考えていた。
裁しか目に入らない紫音の横で、紫乃は天照奈に小さく手を振ると、目会話を始めた。
『天照奈ちゃん、安心して下さい。サイくんが大好きと言ってるのは、勉強のことに違いありません』
『え!?』
『勉強が大好き。勉強に付き合う。早く勉強したい。これですよ』
『・・・でも、紫音ちゃんも気付いてないよ?』
『恋は盲目というやつですね。これはただの、紫音の勘違いだから仕方ありません。数分間、幸せの絶頂を味わってもらいましょう』
『・・・』
「よし。ちゃっちゃと説明するね!その、前回の集まりで子供自慢が終わったら、今度は将来の話になったの。
皇輝くん、そのときには天照台高校に行くことが決まってたらしいんだけど」
「・・・たしか、卒業後にすぐ校長になるほどの逸材だって、噂を聞いたような」
「うん。天照台家の誰もがそれを願っていたし、そうなるものだと思っていた。でも・・・」
「話の流れからすると、天照台皇輝はそれを望んでいない。そんな感じです?」
「うん。皇輝くん、校長になる気はないって、その場で公言しちゃったんだよ」
「やりますねぇ・・・彼のお父様はその場にいたの?」
「うん。でも、『皇輝のやりたいようにやらせる』って」
「器の大きいお父上ですこと!」
「それだけならね・・・『やりたいようにやっても良い。その代わり、自分一人で生きることだ』っていう言葉が無ければ」
「ん?一人暮らしをしろってこと?」
「違うの・・・全部だよ。一人暮らしはもちろん、衣食住全てを人に頼らず、一人で生きろって。つまり、家賃、食費、光熱費、授業料・・・全てを自分で稼げというわけだね」
紫音の言葉に、裁は驚愕した。
「僕のお父さんが言ってたけど、天照台高校の授業料、かなり高いって言ってたよ!?お父さんの給料でも結構ギリギリだって」
「うちもだよ。貯金崩してなんとかやっていけるって・・・」
「ということは、いつも、朝から疲れ切ってるのは・・・」
「一人で生きるのに精一杯ってことでしょうね」
「ぎゃーっ!お金稼いで、自炊やら何やら全部自分でやって?それでも全国模試一位だったってこと?うそーん!?」
「でも、そこまでして、『校長』よりもやりたいことがあるってことだよね・・・」
「ふむ。何でしょう?天照奈ちゃんのお婿さんとか?」
「いや、それなら校長になってもなれるでしょ?って、何でわたしのお婿さんなの!」
「気になりますねえ。サイくんに近づいてもらって、吐かせます?」
「でも別に、何かを我慢してるわけじゃないでしょ?夢のために頑張ってるだけだから、僕が近づいても発現されないんじゃないかな」
「もしかしたら『ツラい・・・もうダメだ、校長になろう』って、夢を諦めるかもしれないですね。まあ、彼に限って無いとは思いますが」
「あと、わたし、どうしても気になることがあるの」
天照奈が、あごに手を当てながら言った。
「初めて彼を見たのが、入学二日目の朝だよね。たぶん裁くんも同じだと思うけど、彼の雰囲気・・・すごい、まばゆく見えたの」
「ほお・・・男版天照奈ちゃんみたいな感じでしょうか?」
「わたしの雰囲気はわからないけど・・・でも、あんなオーラを感じたの初めて。しかも、そのオーラを感じたのはそのとき。二日目だけなんだよね」
「ああ、そう言えば。彼が入学式の日にいたか。そんなことをドードーに確認してましたね、絶滅前の」
「うん。たとえクラスが違ったとしても、離れていたとしても、そんなオーラに気付かないなんてことは無いと思うの」
「僕も同じだよ。初めて見たのが二日目の朝。一日目はその存在に気付かなかった。そして、二日目以降は今日まで、そのオーラは感じていない・・・」
「わたしは、『オーラを自由に操作できる』それか『日によってオーラが違う』って考えてたけど」
「この三か月で一日しか見てないから、『日によってオーラが違う』では無いのかもね。でも、オーラを操作する意味あるのかな?」
「そのときの状況から鑑みるに・・・『天照奈ちゃんの前で良い格好、良いオーラを見せたかったから』に違いありません!」
「わたしの前で・・・何のために?」
「え!?だから、男の子が女の子の前で格好付けるためでしょ?」
「何のために格好付けるの?」
「そこですか・・・それ、動物だってやってることでしょ?言わば生殖本能・・・ふむ、こう言うと生々しいですね。まあ、つまり、彼は天照奈ちゃんとお付き合いしたいから、まばゆいオーラを出してアピールしたに違いありません!」
「天照奈ちゃんと・・・お付き合い?勉強に付き合って欲しいってこと?」
「・・・サイくん。紫音を現実に戻すためにも、ここで確認しておきますよ?」
「何を?」
「サイくんにとっての『お付き合い』とは?」
「何かに付き合うってことでしょ?」
「ちょっ、ちょっと待って!サイサイ、まさか・・・さっきの付き合うって・・・」
「勉強に、だよね?」
「・・・『大好き』って言ってたのは?」
「勉強が、だよね?」
紫音が崩れるのを、横にいた天照奈が受け止めた。
「絶滅とまではいかないでしょうが・・・しばらく安静にしておきましょう。そこに仰向けに寝かせてあげてください」
ゆっくりと紫音を寝かせると、天照奈は裁に向き合い、真剣な表情をした。
「ねえ裁くん・・・いや、これはもはやデリカシーの問題じゃないよね・・・はあ、紫乃ちゃん、どうすれば良いと思う?」
「サイクロプスにもわかるように説明しましょう。いいですか、サイくん?『付き合う』には二つの意味合いがあるのです。
まず一つ目、『何かに付き合う』。これは、先ほどの『勉強に付き合う』あるいは『お父さんのくだらないボケに付き合う』『仕方無くドードーに付き合う』といったものです。
そして二つ目、『誰かと付き合う』。こちらは『お付き合いする』そして、『恋人同士になる』とも言われます。その相手は異性・・・いや、同性の場合もありますね。心か体のいずれかが異性である場合です。
そして、そうですね・・・それは親友と夫婦の間の関係と思って下さい」
「親友と夫婦の間・・・」
「そうです。親友同士だと手を繋がないでしょう?お付き合いしていれば、普通に手を繋ぎます。親友同士だと、接吻なんて間違ってもしないでしょう?恋人同士なら、堂々と接吻できます」
「せ、接吻・・・」
裁は何かを想像すると、上を向いた。
「接吻と聞いただけで鼻血!?ま、まあこんな感じです。さっき紫音は、『サイくんがわたしとお付き合いしてくれる』と勘違いしたわけです」
裁は、上を向きながら考えていた。
天照奈との関係のことだった。
紫乃は親友だ。そして天照奈も。天照奈とは小さい頃に一度だけ会っているものの、まだ出会って約四か月。
だが、階は違えど同じアパートに暮らしている。
食事を提供してくれ、毎日顔を合わせている。
天照奈は親友以上と言えるのではないだろうか・・・
と、言うことは・・・
「僕、もしかして・・・」
「違いますよ」
「え!?」
紫乃の即答に驚く裁。
天照奈は、『この人たちは何を言っているのか』という表情。
「おそらくサイくんが考えた状況は、諸事情あってのものです。ただの利害関係でしょう。これ以上の要素があるのなら受け付けますが?
普通に手を繋ぎますか?堂々と接吻しますか?まあ、初心な関係なら、結婚するまでは、しても間接キスくらいかもしれませんが」
「間接キス?」
「・・・例えば、一つのペットボトル飲料を交互に飲んだり。自分が口を付けたスプーンで『あーん』をしたり」
裁には思い当たる出来事があった。
まず、紫音のライブの日。近くのアニメショップからの帰り、アニメスイッチの入った天照奈の手を引いて歩いた。
これは手を繋いだと言えるだろう。しかも、十五分くらい・・・。
そして、あれはイタリアンレストランの潜入捜査に協力した日。デザートを食べる天照奈に見とれていたときだった。
彼女は自身の口に付けたスプーンで、デザートを食べさせてくれたのだ。
・・・『あーん』などという掛け声は無かったが。
そんなことを考えている裁を見て、紫乃はまた勘違いをしていると察し、付け加えた。
「一つ、重要なことを言い忘れました。お付き合いをしていなくても、無意識、あるいは不可抗力でそれらの行為を経験する可能性もあります。
『あっ、ごめーん(汗)』『もうっ!ふふっ、まあ、いっか!』から恋愛に発展することもあるでしょう。本屋さんあるいは図書館で同じ本を取ろうとして手と手が触れる。これが代表的なシチュエーションでしょうね。
でもね、何も感じない場合もあるのです。
『ごめん、手が触れちゃった』『うむ』これで終わるパターンも多々あることでしょう。
では、違いは何なのか・・・そう、好きかどうかです」
「好きか、どうか?」
「意識しているかどうか、と言っても良かったのですが。でもきっと、サイくんには『意識する』の意味も説明しなければいけないでしょう。
『勉強あるいは大食らいの好敵手として意識する』などを考えてしまうでしょうから。
なので、はっきりと『好きかどうか』と言いました。普通なら、鼻血を出してる時点で好きと考えても良いのですが・・・接吻という言葉だけに興奮した可能性がありますからね。
好きかどうか・・・もっとわかりやすくいいましょう。要は、『したいかしたくないか』。その人と、手を繋ぎたいか。接吻したいか。さあ、どうですか!」
裁は上を向きながら、鼻血を出さないように気を付けながら想像した。
天照奈と手を繋ぎ歩く光景。そして、接吻する光景を。
『ブシュッ!』
天照奈、そして紫乃は見た。
裁の鼻から大量の血が噴き出す光景を。