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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
天照台家
117/242

117話 巡り合わせ

 大型モニターでのウェブ会議は、三人目、女性の報告が終了するところだった。


「・・・以上が、一年Sクラスからの転出者、そして転入者の報告です」


 天照台高校の校長、そして一学年の担任三名によるウェブ会議。

 六月一日に実施された全国模試の結果より、各クラスから一名の転出者、そしてその代わりとして、他校等から一名の転入者を迎えることになる。

 昨日、学校側に通知のあった模試の結果により、担任の先生が学年ごとに集まった。

 そして、各学年、各クラスの転出者と転入者を決定していたのだった。


「承知した。しかし、転出者三名は非常に残念だ。いずれも中学時の成績を下回っていたな。各々勉学に励んでいたことはわかっているが、他の生徒に及ばないところが顕著に出てしまったのだろう。

 これを機に、自身の不足する部分を見つめ直し、それを補う努力をしてほしいものだ。

 だが一方で、これは同学年の生徒の頑張り、そして成績が向上したことも示している」

「転出者につきましては、我が校からの最後のサポートとして、転出するまでの個人成績の分析結果を報告する予定です」

「うむ。必ずクラスの最下位一名を転出させねばならない。仕方が無いのだが。これからも全ての生徒たちへの、最大限のサポートをお願いする」

「精進」「いたし」「ます」


 モニターに映る先生三人が、一つの言葉を分担して答えた。

 これは先生たちが導き出した、『分担した方が効率良く、何より面白い』という回答方法だった。


「うむ、よろしい。だが最近、壱クラスの先生の『ます』率が高いようだな。今年度に入ってから、実に四十七パーセントを占めている。

 だが・・・くくっ。一学年の先生たちのことだ。もしかしたら面白い展開を考えているのかもしれんな。わかった、何も言うまい」

「承知」「いたしました」「。」

「ぶふぅ・・・一方で、転入者三名だが。今回のこれは、実に珍しい事例だな。三名とも昨年度、我が校への『入学』を希望していない。しかも、今回の全国模試の結果が第三位、四位、五位とは。くくっ、面白い」

「従来どおり、個人及び在籍校に対し、本校への転入の打診は一切しておりません」

「うむ。我が校に入るためには、学力はもちろんのこと、素行、そして情報力が必要となる。都市伝説などと言われている我が校を目指す、そして年に二回という転入制度を知らなければ、そもそも入ることが不可能なのだ」


「校長、よろしいでしょうか?」

「うむ、よろしい。一年壱クラスの先生よ」

「はい。その『都市伝説』のことです。限られた生徒しか入学できない。そのため、たしかに本校を目指す生徒の質は、現在も高い水準が保持されています。ただし、本人たちの競争意識が希薄になっているかのようにも感じられます」

「限られた人間しか入学できない。そしてその限られた人間が、どの程度限られているか、生徒たちは知らない。

 何より、生徒数が一学年当たり六十人という情報も、校外には出ていない情報だからな。『成績が良い』『経済力がある』。それだけで入学できると考える生徒が多いのも事実だろう」

「はい。かといって、逆に、本校から入学者の募集をかけた場合。たとえ学校側でふるいをかけたとしても・・・学校の成績だけ、あるいは向上心の無い素行だけが良い生徒が入学してしまう可能性が高いと考えられます」


「うむ。その問題はかねてからあるもの。今更変えようなどとは思っていない。だが、そうだな。一年壱組の先生が言いたいことはよくわかる。東條とうじょう紫音しおんくんのことだろう?」

「そのとおりです。国民的アイドルグループ不動のセンターである彼女。アイドル活動の実績は、オリンピックで例えればプラチナメダルレベルでしょう。そして今回、全国模試第四位という素晴らしい成績を引っ提げて、転入することになりました」

「うむ。プラチナメダルという言葉は初耳だが、金メダル以上だという雰囲気は伝わった。・・・彼女の入学を公表すれば、我が校は世界中、数億人から注目を浴びることだろう。

 ただし、それはただの興味関心。そんな野次馬気分で我が校を目指したところで、入学は叶わない。だが、言いたいことはわかる。その数億人の野次馬の中にも、我が校にふさわしい人材が埋もれている可能性があるのだろう」

「そのとおりです。そして・・・」

「今回の模試の結果がある、と」

「はい。一位の天照台くん・・・失礼しました。一位、二位、そして六位から十位までは我が校の生徒が占めています。それは誇るべきことです」

「だが、三位、四位、五位は転入者。しかも一人は高校に通っていないアイドルとはな。くくっ」


「情報という面では・・・学力の高い高校ほど、天照台高校への転入制度を知っています。というより、年に二回、合計で六人もの生徒が他校から我が校に転入するのです。学校側との手続きの関係で、知れてしまうのは必至事項ですしね」

「うむ。まあ、そうだな。有名大学に入るよりも難しいとされる、我が校への転入。優秀な生徒にそれを薦める高校も多いのが事実なのであろう」

「はい。おそらくですが、他校で優秀な生徒たちは、我が校への転入制度を、高校に入学してから初めて知る。そして、転入を目標として勉学に励む。

 今回転入する三名は、成績はもちろん素晴らしいです。中学校時代、そして高校に入ってからの素行や勉学以外の功績等を調査した結果、我が校に入るにふさわしい生徒であることが確認されています」

「天照台高校にふさわしい素質を持つ生徒がいるという事実。そして、埋もれているという可能性。『我が校を知らない』から入らないし、入れない。そう言いたいのだろう」

「はい、そうです」


「くくっ。先ほどわたしが情報力と言っただろう。例えそれが生徒本人ではなく、学校側から得た情報だとしても。それは生徒が得た情報だ。

 そしてそこには『巡り合わせ』というものが存在する。我が校への入学を希望する生徒。それは、我が校出身の両親や親戚からの薦めによるものが圧倒的に多い。

 一方で、中学時に何かのきっかけで我が校を知り、そして目指すという『巡り合わせ』で入学する生徒がいることも、事実」


「そのとおりです。東條紫音さんが我が校に転入するのは、双子の弟である東條紫乃さんの影響。紫乃さんが我が校に入学し、良き友を得たこと。これが、紫音さんが我が校への転入を希望したきっかけであると把握しております。これも巡り合わせなのでしょう。

 紫乃さんが入学したのは・・・失礼、こちらは言うまでもないですね。いずれにしても、巡り合わせと言うものは存在する。そして巡り合わせで我が校に入る生徒は、不思議と・・・」

「うむ。みな、何かしらの素晴らしい素質を持っている。現に・・・過去に転出した生徒たちは皆、両親や親戚からの薦めにより我が校に入ったものだったからな」

「そうですか・・・それを教えていただけていれば、こんな不毛な議論が出なかったかもしれませんね」


「くくっ。そう言うな。たった一分程度のものだろう。今日トイレに行く回数を一回少なくすれば済む問題だ」

「失礼。ですが、わたしは既に今日、二回しかトイレに行かないと決めております。そのうちの一回はこの会議が始める前に行ってしまいました」

「むう、一年壱クラスの先生のトイレ問題が発生してしまったか・・・ではまず、この不毛な会話を終えるとしよう」

「御」「意」「。」


「では最後に。転出入者のご両親及び生徒への丁寧な説明。そして転出入の手続きを速やかに済ませるように。言うまでもないが、特に転出者のサポートは丁寧に、そして手厚くすること」

「わかりました」「では、一学年は」「これにて」

「うむ。ご苦労だった」



 一学年の先生がウェブ上の会議室から退室すると、続けて二学年の先生三名が入室した。

「二学年の先生たち、おはよう」

「おはようございます」「校長」「先生」

「さっそくの注文で悪いのだが。一分の遅れが生じてしまった。皆のトイレに行く回数をこれ以上減らさないよう、迅速な進行をお願いする」

「御」「意」「。」




 二学年、三学年の先生との会議は、いずれも予定より三十秒早く終了した。

 余った時間を一年壱クラスの先生のトイレ時間に回せないかという不毛な議論が出たほど、余裕があったのだった。

 しかし、この不毛な議論も、先生の感情を引き出す重要な時間であると、校長は判断していた。

 

 また、校長は今回の会議でひとつの傾向を捉えていた。

 先生たちが一つの言葉を分担する際に、「。」が多く見受けられたのだ。

 おそらく面白いと思ってのことだろう。現に、一学年の先生が初めに繰り出したときには、腹筋に少しの力が入ってしまった。

 表情も、先生たちにはわかる程度に緩んでいたことだろう。

 しかし、二回目以降は、『またか』と思わざるを得なかった。

 そう、先生たちはきっと、学年間のコミュニケーションを怠ったに違いない。おそらくわたしの表情でそれを悟り、これからは、会議の順番と今後のネタを事前に申し合わせるに違いない。


 「くくっ、今後が楽しみだ」

 校長は一人呟いた。


 そしてもう一つ、校長には楽しみなことがあった。

 先生たちのネタとは比べものにならないほどに。


「東條紫音、か・・・まさか同じ年に、東條家の血筋が三人も我が校に入るとはな。しかも、まさか西望寺さいぼうじ家の娘も転入してくるとは、誰が予想しただろうか。

 

 ・・・そして、わたしの息子もいる。一学年に五人か・・・くくっ。

 これも巡り合わせというやつか、面白い!

 それぞれが高め合い、我が校を、そして日本の将来を背負って見せよ!


 ・・・でも、紫乃ちゃん?君はもうちょっと勉強頑張ろうね」


 やや興奮気味の独り言を最後に、校長は小型モニターから聞こえる生徒たちの音声を耳に、推測に耽るのだった。

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