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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
天照台家
116/242

116話 校長

 六月十二日、土曜日。

 午前八時三十分、天照台高校敷地内のとある建物にある、とある部屋。

 一人の男性が背もたれの高い椅子にもたれかるように座り、部屋の壁面に設置された大型モニターを眺めていた。

 その大型モニターには三人の男女が表示されており、どうやら、その男性を含めた四名でウェブ上での会議をしているようだった。その画面では、つい先ほどから一人の男性が、何かの報告を始めていた。


 また、別の壁面には十センチ角の小型モニターが、合計で百八十個設置されていた。小型モニターには個人名のみが表示されており、スピーカーからは何やら、日常会話や生活の雑音のような音が絶えず聞こえていた。

 

 常に全ての小型モニターから音声が出ているわけでは無い。だが時間帯によっては、百を超えるモニターから一斉に音声が発せられることもある。

 だがこの男性は、ウェブ会議の報告を聞きつつ、小型モニターからの音声全てを聞き分けることができた。



 ここは天照台高校の校長室。そしてこの男性は、天照台高校の校長だった。

 この校長室は、生徒はもちろん先生にもその所在が知られていない。

 百八十個の小型モニターからは、全校生徒分の個人端末が録音している音声が、常に流れていた。

 個人端末に音声録音機能があること。それは、入学式当日のオリエンテーションで、担任の先生から生徒に説明させていた。

 いくら優秀で規律正しい生徒であろうと、不可抗力の犯罪、あるいは冤罪に巻き込まれることもある。そのための自衛手段の一つがこの録音機能であった。

 そしてその音声を一人で管理しているのが、この校長先生なのである。

 生徒からの申請があれば、指定された時間の音声データを提供する。だが、滅多にそのような機会は無いため、録音機能の存在を忘れている生徒も多いことだろう。


 だがそれでも、校長は二十四時間、三六五日、全校生徒百八十人分の音声を管理している。常時その音声を聞いているのだ。

 それは何のためか。

 もちろん、『生徒を守るため』である。

 個人端末を携帯している場合に限るのだが、生徒の身に、不意に何かが起こった場合。

 校長自らが動き、その生徒を助けることができるのだ。先ほど、生徒からの音声データ提供依頼が滅多に無いと言った。

 一方で、この『校長自らの救援』は、日常茶飯事であった。


 あるときは、とある生徒が全校生徒を地獄に落とすような弁当を持参したとき。

 またあるときは、一人の生徒が別の生徒の発言及び行動によって絶滅に追い込まれてしまったとき。

 そのとき、とある生徒が端末を使い、担任の先生に相談をしたのだが、その相談に答えたのが校長だったのだ。


 もちろん、担任の先生を信用していないわけではない。

 むしろ、校長自らが動く案件では無かったか、とも思っていた。

 だが、校長の言い分、それは『校長も人間なのだ』である。


 これらの出来事が『非常に面白かった』のだ。


 校長は、今の先生たちが自分の教え子だった頃に、『機械になるな』、そう教えてきた。

 校長自身も、効率的に物事をこなす場合には、時には機械的になることもある。

 だが、作業は機械のように素早く正確であっても、そこに感情を持ち得ない場合、『人間は不要』と考えていた。

 そう、感情が無いのであれば、全て機械に任せれば良いのだ。


 そして、先ほど述べた出来事。

 いずれも腹筋が崩壊するような、面白い出来事だった。

 生徒の精神や命に大きく関わる事象であったものの、それらを取り囲む人間関係が極めて優秀であったため、面白いで済ませることが可能だったのだが。

 そしてこの二つの出来事。校長の『今年度面白かった出来事』ベストスリーに既にノミネートされており、しかも、それはいずれも、同じ友人グループが引き起こしたものだったのだ。


 高校の教育理念と同様に、校長も『分け隔ての無い』という考えを持っている。

 それでも、その二つの出来事を引き起こしたグループには注目せざるを得なかった。

 ただもちろん、モニターの音声は平等に。というよりも、全て同じように聞いている。だが、聞くのと同時に行う『推測や思い返し』に費やす時間が少し多いのだ。


 そしてこのグループ、特筆して『面白い』のだが、それだけでは無かった。

 『特異』なのだ。

 現時点で、六名で構成されるこのグループ。個々人がそれぞれ面白い個性、体質を持っているのである。



 特に中心的存在と言われる人物がいるわけでは無い。

 だが、その話題の中心となることが多い人物、自然と進行役になる人物、そして一際目立つ人物は存在した。


 話題の中心となる人物、『黒木くろきさい』は、希に見る特異な体質を持っていた。

 『二メートル以内に近づいた人間が強く思っていること、我慢していることを発現する』という体質。

 だが、警視庁に勤める彼の父親、そしてその上司の判断で、黒木裁は本当の体質を知らされること無く、中学生活までを終えた。

 『重度のアレルギー症状』という嘘の体質であると教えられ、そんな環境の中で、小学校、中学校の九年間もの時間を過ごしたのである。

 

 そして本当の体質を知らされたとき、彼はさらに、自身の身体能力のことも教えられた。

 握力が百七十八キログラム、五〇メートル走が三秒八など。その気になれば、あらゆる競技、種目で世界一位を狙えるであろうその体質。

 だがもちろん、日の目を見ることの許されないその体質である。

 自身がそんな体質を持って生まれた理由を考え、彼は自らの意思で、『自己責任』で、悪に立ち向かうと決めたのであった。


 彼のその特異な体質、そして身体能力と強い意志を有効に使うことで、悪に立ち向かうことは可能であろう。

 だが、彼一人の力のみであれば、立ち向かう悪には限度があるに違いない。

 だが彼には、その自己責任を分け合う、その負担を受け持ってくれる味方、友達がいた。

 彼の精神を強靱に、そして見事なツッコミ属性に育て上げたのは、ボケ属性の父親、そしてそのボケを強化する属性を持つ母親だ。

 そして警察官としての立場において、彼の父親、そしてその上司は、彼の能力を上手く使うことができる。二人の判断で、これまでにいくつかの事件を、彼を使って解決しているのだ。

 また、彼の父親の同僚は、警視庁の科学班という立場において、彼に高性能スーツという、彼の身体面をサポートする道具を提供している。



 そして友達。

 彼の本当の体質を知る友達は、友人グループの中で、雛賀ひなが天照奈あてな東條とうじょう紫乃しのの二人だけ。

 その二人もまた、特異な体質を持っていた。


 東條紫乃は、日本屈指の財閥である東條家の嫡男という、生まれ持った素質もあるのだろう。グループでは、自然と進行役を担う存在だ。

 だが、『極端に音波に弱い肌』を持って生まれたその体質は、常に、肌を何かで覆わなければ、命に危険が及んでしまうものだった。

 本人は最近知ったことではあるが、その体質が生まれ持ったものであると同時に、『つくられたもの』であるとされた。

 様々な想いによりつくられたその体質。

 だが、今では誰もそのことを恨むことも、後悔することもしていないようだ。

 それも全て、彼女・・・いや彼、東條紫乃の生まれ持った明るさ、優しさによるものなのだろう。



 そして雛賀天照奈。

 一際目立つ存在の彼女は、高校の名称と一文字違いである。

 名は体を表すと言うが、天から人を照らすような、まばゆい存在なのだ。

 天照台家の人間には、彼女と似たような存在が多数存在する。だが、自覚も無しにここまでまばゆく輝くその存在には、さすがの校長も、すごいを通り越して恐ろしいという感情すら抱いていた。

 彼女が東條家の血筋を引いている、ということを抜きにしても、だ。

 息子の皇輝こうきと同様に、人の上に立ち、そして光明をもたらす存在になるのだろう。

 校長は入学時に一目見て、そう確信していた。


 その彼女が持った体質。

 それは生まれ持ったものでなく、おそらく、幼少時に黒木裁と近づいたためであると推測されている。

 その体質により、何者も彼女に触れることはできない。

 また、彼女に触れようとした場合、触れた部分が、触れた者の、その彼女に触れた部分に移動するのだ。

 例えば、誰かが彼女の眉間に銃を発砲したのなら、その銃弾は、彼女に触れた瞬間、いや、触れる直前に、発砲した人間の眉間へと移動する。

 使い方によってはひどく恐ろしい、そして最強の体質であるのだ。

 

 何者も触れることができず、触れた者に天罰が下るような、まさに女神とも言える存在。

 だが、黒木裁と同様に、『認知の外からの接触は命に関わる』という嘘の体質を教えられ、人との接触を避けて生活を続けてきた。

 小学校は通信教育、そして自ら望んで通った中学校は、ひたすら我慢をするだけの生活であった。



 本来、黒木裁が近づくことで発現される何か。

 だが、つくられた体質を持つ者は、彼に近づいているその間だけ、その体質が無効化されることがわかった。

 体質が無効化された人間は、これまでに四人確認されている。

 つい今ほど述べた、東條紫乃、雛賀天照奈の体質。

 そして三人目が、友人グループの一人、一年天クラスの清水野しみずの太一たいちだった。


 彼は、『ある人への願いを頭に記録して、その人に触れることでその願いが叶う』という体質を持っていた。

 だが、高校入学後、雛賀天照奈の嘘の体質に同情した心優しい彼は、『その体質が完全に、普通に戻ったら良いのに』という願いを記録し、彼女と握手をした。

 しかし、彼女と握手したはずのその右手は、自分の左手に移動し、自分の左手を握ることになったのだ。

 結果、彼の体質は普通のものとなったのだった。


 そして四人目は、天照台高校の生徒では無かった。

 『質問を思い浮かべて握手すると、その人のその質問の答えを読むことができる』という体質を持った男。

 アイドルの握手会を利用し、知った情報を『リアルなガセネタ』としてSNS上に発信していた彼。

 だが、私利私欲のため、そして人を不幸にする可能性があった彼は、黒木裁たちにその行為を暴かれ、そして咎められた。



 体質が無効化されるという、ただの事実。

 だが、雛賀天照奈と東條紫乃にとっては、黒木裁が運命的な存在であることを意味していた。


 『黒木裁だけが自分に触れることができる』

 『黒木裁だけが自分に対して害を与えない』


 特に前者、雛賀天照奈の場合。

 彼女のその体質が、たとえ彼によってもたらされたものであったとしても、彼女は彼を責めることはできないし、責める気持ちすら持っていなかった。

 むしろ、自身に何か不測の事態があったときに、唯一『助けることができる』存在なのだ。


 そして、彼女自身、黒木裁の本当の体質を教えられた雛賀天照奈は、『悪に立ち向かう』という彼を助けることを決意したのだった。

 

 その後、黒木裁の父親の陰謀やら、なんだかんだで、黒木裁と雛賀天照奈は同じアパート、同じ部屋に住むことになった。

 教育者としては不埒なこの状況を無視することはできない。だが、一階と二階とで居住空間を確実に隔てている事実。そして、不埒な行動、感情が二人からは一切感じられないのだ。

 よって、校長は二人を咎めること無く、ただ、『面白い』存在として静観してきた。



 もちろん、面白いからと言って、いつも彼らのグループだけを気にしているわけでは無い。

 全校生徒、百八十人全ての情報、秘密、面白い点などを同じように網羅しているのだ。

 

 そして、それらの情報源は、ただひとつ。

 個人端末から聴取した『音声』のみ。


 だが、音声だけから、どうして黒木裁、雛賀天照奈の本当の体質などを知ることができたのか。

 そう、音声から、ただ、『推測』したのだ。

 二十四時間、三百六十五日、全校生徒の音声を聞き分け、そして音声のみから情報を得る。

 表情の見えない情報。

 だが、その息づかい、、声の高さや大きさから、その人間の感情や発言の背景などを推測することができるのだ。

 

 それが、天照台高校の校長が持ち得る能力。


 天照台家でも、この能力を持つ人間が、この天照台高校の校長になり得る存在なのだった。

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