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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
アケビフルーティエイト
114/242

114話 自分が本当に望んでいることを、読んでみて?

「誰にも見向きもされない。俺がいてもいなくても、何ら変わりが無いであろう日常。ネット上、匿名の人しか話し相手がいなかった。

 そんなとき・・・俺は握手会に行ったんだ。

 俺がそのとき本当に好きだった、アケミフルーティエイトの朱美ちゃんの握手会だ。

 『こんな可愛い子と付き合えたら、どんなに幸せだろう。でも、この子、こんな俺のこと、どう思ってるんだろう?・・・きっと、キモいとしか思ってないんだろうな』

 そう思って、でも、さわれることを嬉しく思いながら、手を握った。

 そしたら・・・


 『イツモアリガトウ』


 そんな言葉が、頭の中に流れてきたんだ。そのときは、『この子にそう言われたい』という思いが強すぎたから、『幻聴』だろう。そう思った。


 でも、次の握手会。また、朱美ちゃんだった。

 『こんな可愛いこと付き合えたら・・・でも、もしも告白したとして、何て答えるだろう?きっと、キモい!で終わるんだろうな・・・』

 そう思って、手を握った。

 すると・・・


 『ワタシノコイビト、ソレハ、ファンゼンインダヨ』


 そんな言葉が頭の中に流れてきた。

 さすがに二回目だったから、俺は気付いた。

 質問を思い浮かべて握手をすると、その回答が返ってくるのだ、と。

 

 それから俺は、特に好きでもないアイドルの握手会に参加して、その能力を試した。すると、どんな質問にも、答えが返ってくることがわかった。

 でもそれが真実かどうかは、直接本人に聞くしか確認のしようが無い。もちろん聞くことなんてできないし、それに、もしかしたら、ただ俺が強く望んだ答えが頭に流れるだけ。

 ただの自己満足の答えじゃないのか。初めのうちはそう思っていた。


 だけど・・・朱美ちゃん以外のアイドルの回答は、ひどいものだった。俺の精神を破壊して、絶滅させるような。

 こんな酷いことを考えて、あんな嘘の笑顔を振りまいて、握手をしてやがるのか。

 そう思うと同時に・・・これは俺が望んでいる答えじゃない。

 つまり、このアイドルたちの本音だ!真実なのだ!そう思った。


 アイドルたちがファンを『自分たちの利益のためだけの存在』としか思っていないのなら。

 じゃあ俺は、アイドルを『自分の私利私欲のための情報源』と思っても良いだろう。そう思った。


 その後、アイドルへの質問、そしてその答えをネット上にアップすることを始めた。

 最初は誰からも、何の反応も得られなかった。だけど、それを何回も、何十回も繰り返していると、いつからか『リアルなガセネタ』として注目されるようになった。

 もちろん全て本当のことだった。だけど、それは当のアイドル本人しか知り得ようのないことだから、事実だと思われることは無かった。


 意識はしてなかったけど。

 アイドルへの質問は、その答えを聞いても『自分が傷つかないもの』を選んでいた。

 だから、結果、アイドル本人、そしてファンの誰かを傷つけるような質問は無かったし、そんな答えも無かった。


 そして、一年半前。

 『紫音』というアイドルが彗星のごとく現れた。俺は紫音を、一億人ものファンを持つ『すごい情報源』としか見ていなかった。

 ここ最近、強運が続いたのか。三回も握手会のくじ引きで当たりを引いた。今日を含めると三回、紫音と握手をすることができたんだ。

 過去二回の質問は、『本当の将来の夢』『本当に好きな男の子』だった。

 どんな回答が得られるのだろう。その回答を、俺が拡散した情報を、一億もの人間が面白いと言ってくれたら、どんなに嬉しいだろうか。そう思った。

 だけど・・・


 『クロキサイノオヨメサン』

 『クロキサイ』


 ・・・まさかクロサイなんて、動物のことが好きなんてな。

 おかげで、みんなには面白いとは思ってもらえたようだが。これまでよりも『ガセネタ』扱いされてしまった。


 俺は、リアルなネタを拡散したい一心で、今日、『本当の住所』を聞き出した。そして、ついさっき、アップした・・・」




 男は一度も顔を上げることなく、これまでしてきたこと、そしてその思いを話し終えた。

 そして、

「だから・・・ごめんなさい。アイドルのみなさん、本当にごめんなさい。紫音ちゃん、本当の本当に、ごめんなさい!

 ・・・朱美ちゃん、ファンのことを大切に思ってくれていた朱美ちゃん。

 ・・・ああ、俺は、朱美ちゃんだけを見ていれば、こんなことにはならなかったかもしれない!」


 男は床に頭を付けたまま、謝罪を続けた。


 その後、男はタブレット端末を取り出すと、自身のアカウントを削除した。

 裁と女神、そして魔法使いは、その行為をしっかりと見届けた。


 ずっと泣きじゃくるその男に、天照奈は本当の微笑みを浮かべたまま、

「あなたが・・・自分が本当に望んでいることを、読んでみて?」

 そう言った。

 男は目を閉じて、そして、自分の右手で左手を握った。

「『トモダチガホシイ』・・・ああ・・・そうだ、友達だ・・・俺は、友達が欲しかったんだ・・・」

「あなたの周りに、友達と言える人はいないの?」

「・・・いる・・・いや、いた。そうだ、朱美ちゃんファンクラブのみんなだ。握手会とか、オフ会とか・・・みんなで語り合って、気付いたら朝で・・・楽しかったな・・・いつの間にか能力のことを知って、周りが見えなくなっていたのか、俺は・・・そうだ、あいつら、俺の友達なんだ!」


 涙と嗚咽を残したまま、男は広い廊下を、アリーナの出口へと歩き始めた。

 男は、最後に呟いた。

「ありがとう。でも、俺がアカウントを消しても、拡散した情報は、消えない・・・だから、ごめん」


 自分の行い全てを反省し、本当の気持ちに気付いたその男。

 その背中を見つめ、三人はしばらく、立ち尽くしていた。




――夜遅くに東條家別宅へと戻った一行。

 別宅にもう一泊し、明日はみんなで登校することに決めた。

 

 不動堂がSNSを確認すると、例のアカウントは完全に削除されていた。

 しかし、

「やっぱり、情報は拡散されてるな。これまでの情報をご丁寧に一覧にしてるヤツもいるくらいだ。今日アップした『本当の住所』もちゃんと書かれてる」

「赤信号、みんなで渡れば恐くない、か・・・」

「ふむ。わたしが大嫌いな言葉ですね。あ、でも、『目出し帽、みんなで被れば恐くない』なら許せますよ!」

「いや、目出し帽の集団!?十分恐いよ!?」

 不動堂のつっこみに、珍しく、みんなが、心から笑った。



 遅い夕食を取りながら、みんなで今日のライブの感想を語り合った。

 一通り感想を出し終えると、

「今日、紫音ちゃんは帰ってくるのか?」

「ドードーよ。何かエッチなことを考えていますね?」

「この質問からエッチを導き出すの!?俺、もう何も質問できないぞ?」

「ぶふっ。この絶滅危惧種、こんな夜遅くまでキレキレですね」

「ふっ。一度絶滅した俺の、超回復をなめるなよ?」

「天照奈ちゃん、お願いします。もう一度絶滅させてください」

「ごめん、わたしのHP、ほぼゼロに近いから。今日は無理かな」

「な、なんですと?いつもなら鼻息だけでドードーを吹き飛ばせるほどなのに・・・じゃ、じゃあ、今日は早く寝ましょう?一緒にお風呂・・・」

「で、紫音ちゃんは帰ってくるんだっけ?」

「・・・いえ、今日はメンバーでホテルにお泊まりだそうです。なんでも、打ち上げで盛大に『焼き肉パーティー』をやるそうですよ」

「へえ、焼き肉か・・・良いな」


 そう呟く裁。骨付き肉を食べている姿を思い浮かべているのだろうな、と、裁はみんなの顔を見て察した。


「ところで紫乃ちゃん?」

「なんですか、ドードーよ」

「紫乃ちゃんと紫音ちゃん、好みは一緒なんだよな?」

「趣味以外は一緒だと思うがよろし」

「じゃあ、紫乃ちゃんも『黒きサイ』・・・クロサイが好きなのか?」


 不動堂は、一旦忘れていたクロサイの話を再び始めた。


「ドードーよ・・・」

「なんだい、紫乃ちゃん?」

「・・・もちろん。わたしも黒木裁くろきさいのこと、大好きですよ?」

「そっか。じゃあさ、今度クロサイグッズを買って紫音ちゃんにプレゼントしたいから、どんなのが好きか教えてくれないか?」

「そうですねぇ・・・」


 紫乃は、黒木裁を見ながら、しばらくの間、考えていた。


「本物を送るのが一番ですよ。なるべく大きい、強そうなヤツ!」

「えっ、クロサイって買えるのか?」

「さぁ。ふふっ!あと、それか・・・」

 紫乃は、少し悪い微笑みを見せながら、また裁を見ながら言った。


「『黒きサイ』と『黒木裁』。名前が一緒だから間違えた!って言って、サイくんにリボン巻いてプレゼントしたら?たぶん、何よりも喜ぶと思うよ!ぶふっ!」


 裁を含め、誰もが冗談だと思う中、天照奈だけは眉を数ミリ動かして、何かを考える表情をしていた。

 だが、サイクロプスがリボンを巻いている姿を思い浮かべたのか。その表情は、すぐに笑みに変わっていた。



 その後も、日が跨ぐまで楽しい会話は続いた。

 裁は、相槌とつっこみを入れながらも、今日の『あの男』のことを考えていた。


 あの男の『拡散したい』という気持ちは消え去った。

 だが、拡散した情報が消えることは無いだろう。

 だから、男の後ろめたい気持ちも一生消えることが無いはずだ。


 一歩間違えば・・・いや、もう少しで、人の生活を脅かすところだったのだ。

 それは仕方が無いと裁は考えている。


 自分の本当の体質を知ってから、裁は目に見えない悪に立ち向かうことを決めた。

 だが、それは人の内にあって見えないものであって、それを抱える人ありきのものだと考えていた。

 だが、今回の一件で思い知った。

 匿名という無責任の名の下に罪を犯す人間が、世界中にたくさんいるのだ。

 その罪は、他の罪に埋もれるような小さいものから、誰かが傷つくような大きなものもある。


 自己責任で、その罪、悪を拭うことはできるに違いない。

 だが、それを全てを拭うことなど到底できない。

 数ももちろんだが、拭うことが不可能な悪もあるだろう。

 

 だけど、僕は『責任を持って』悪に立ち向かい、拭っていくつもりだ。

 いつか、拭えない大きな悪にぶつかり、その全ての責任を負うことがあるかもしれない。

 精神が崩壊することがあるかもしれない。

 命を失うこともあるかもしれない。


 だけど、それは、僕一人で立ち向かった場合だ。


 僕には友達、そして守ってくれる人がいる。

 

 『自己責任、みんなで分ければ恐くない』


 そう。みんなが、僕の責任を少しずつ、受け持ってくれるのだ。

 だから僕は、立ち向かおう。たとえ、何があっても。




 ・・・でも、そんな危険な悪に直面することって、実際にあるのだろうか。

 これまで高性能スーツに助けられた事件も無いし・・・。


 『格好良い決意表明したわりには、たいした悪に当たらなかったな!うっしゃっしゃ!』

 将来、すっかり年老いた父に冷やかされる姿を想像した裁。


 『この決意、思うだけなら笑われまい』


 そう思うと、うっかり口に出さないように、その決意を記憶の奥底に封じ込めた裁だった。

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