114話 自分が本当に望んでいることを、読んでみて?
「誰にも見向きもされない。俺がいてもいなくても、何ら変わりが無いであろう日常。ネット上、匿名の人しか話し相手がいなかった。
そんなとき・・・俺は握手会に行ったんだ。
俺がそのとき本当に好きだった、アケミフルーティエイトの朱美ちゃんの握手会だ。
『こんな可愛い子と付き合えたら、どんなに幸せだろう。でも、この子、こんな俺のこと、どう思ってるんだろう?・・・きっと、キモいとしか思ってないんだろうな』
そう思って、でも、触れることを嬉しく思いながら、手を握った。
そしたら・・・
『イツモアリガトウ』
そんな言葉が、頭の中に流れてきたんだ。そのときは、『この子にそう言われたい』という思いが強すぎたから、『幻聴』だろう。そう思った。
でも、次の握手会。また、朱美ちゃんだった。
『こんな可愛いこと付き合えたら・・・でも、もしも告白したとして、何て答えるだろう?きっと、キモい!で終わるんだろうな・・・』
そう思って、手を握った。
すると・・・
『ワタシノコイビト、ソレハ、ファンゼンインダヨ』
そんな言葉が頭の中に流れてきた。
さすがに二回目だったから、俺は気付いた。
質問を思い浮かべて握手をすると、その回答が返ってくるのだ、と。
それから俺は、特に好きでもないアイドルの握手会に参加して、その能力を試した。すると、どんな質問にも、答えが返ってくることがわかった。
でもそれが真実かどうかは、直接本人に聞くしか確認のしようが無い。もちろん聞くことなんてできないし、それに、もしかしたら、ただ俺が強く望んだ答えが頭に流れるだけ。
ただの自己満足の答えじゃないのか。初めのうちはそう思っていた。
だけど・・・朱美ちゃん以外のアイドルの回答は、ひどいものだった。俺の精神を破壊して、絶滅させるような。
こんな酷いことを考えて、あんな嘘の笑顔を振りまいて、握手をしてやがるのか。
そう思うと同時に・・・これは俺が望んでいる答えじゃない。
つまり、このアイドルたちの本音だ!真実なのだ!そう思った。
アイドルたちがファンを『自分たちの利益のためだけの存在』としか思っていないのなら。
じゃあ俺は、アイドルを『自分の私利私欲のための情報源』と思っても良いだろう。そう思った。
その後、アイドルへの質問、そしてその答えをネット上にアップすることを始めた。
最初は誰からも、何の反応も得られなかった。だけど、それを何回も、何十回も繰り返していると、いつからか『リアルなガセネタ』として注目されるようになった。
もちろん全て本当のことだった。だけど、それは当のアイドル本人しか知り得ようのないことだから、事実だと思われることは無かった。
意識はしてなかったけど。
アイドルへの質問は、その答えを聞いても『自分が傷つかないもの』を選んでいた。
だから、結果、アイドル本人、そしてファンの誰かを傷つけるような質問は無かったし、そんな答えも無かった。
そして、一年半前。
『紫音』というアイドルが彗星のごとく現れた。俺は紫音を、一億人ものファンを持つ『すごい情報源』としか見ていなかった。
ここ最近、強運が続いたのか。三回も握手会のくじ引きで当たりを引いた。今日を含めると三回、紫音と握手をすることができたんだ。
過去二回の質問は、『本当の将来の夢』『本当に好きな男の子』だった。
どんな回答が得られるのだろう。その回答を、俺が拡散した情報を、一億もの人間が面白いと言ってくれたら、どんなに嬉しいだろうか。そう思った。
だけど・・・
『クロキサイノオヨメサン』
『クロキサイ』
・・・まさかクロサイなんて、動物のことが好きなんてな。
おかげで、みんなには面白いとは思ってもらえたようだが。これまでよりも『ガセネタ』扱いされてしまった。
俺は、リアルなネタを拡散したい一心で、今日、『本当の住所』を聞き出した。そして、ついさっき、アップした・・・」
男は一度も顔を上げることなく、これまでしてきたこと、そしてその思いを話し終えた。
そして、
「だから・・・ごめんなさい。アイドルのみなさん、本当にごめんなさい。紫音ちゃん、本当の本当に、ごめんなさい!
・・・朱美ちゃん、ファンのことを大切に思ってくれていた朱美ちゃん。
・・・ああ、俺は、朱美ちゃんだけを見ていれば、こんなことにはならなかったかもしれない!」
男は床に頭を付けたまま、謝罪を続けた。
その後、男はタブレット端末を取り出すと、自身のアカウントを削除した。
裁と女神、そして魔法使いは、その行為をしっかりと見届けた。
ずっと泣きじゃくるその男に、天照奈は本当の微笑みを浮かべたまま、
「あなたが・・・自分が本当に望んでいることを、読んでみて?」
そう言った。
男は目を閉じて、そして、自分の右手で左手を握った。
「『トモダチガホシイ』・・・ああ・・・そうだ、友達だ・・・俺は、友達が欲しかったんだ・・・」
「あなたの周りに、友達と言える人はいないの?」
「・・・いる・・・いや、いた。そうだ、朱美ちゃんファンクラブのみんなだ。握手会とか、オフ会とか・・・みんなで語り合って、気付いたら朝で・・・楽しかったな・・・いつの間にか能力のことを知って、周りが見えなくなっていたのか、俺は・・・そうだ、あいつら、俺の友達なんだ!」
涙と嗚咽を残したまま、男は広い廊下を、アリーナの出口へと歩き始めた。
男は、最後に呟いた。
「ありがとう。でも、俺がアカウントを消しても、拡散した情報は、消えない・・・だから、ごめん」
自分の行い全てを反省し、本当の気持ちに気付いたその男。
その背中を見つめ、三人はしばらく、立ち尽くしていた。
――夜遅くに東條家別宅へと戻った一行。
別宅にもう一泊し、明日はみんなで登校することに決めた。
不動堂がSNSを確認すると、例のアカウントは完全に削除されていた。
しかし、
「やっぱり、情報は拡散されてるな。これまでの情報をご丁寧に一覧にしてるヤツもいるくらいだ。今日アップした『本当の住所』もちゃんと書かれてる」
「赤信号、みんなで渡れば恐くない、か・・・」
「ふむ。わたしが大嫌いな言葉ですね。あ、でも、『目出し帽、みんなで被れば恐くない』なら許せますよ!」
「いや、目出し帽の集団!?十分恐いよ!?」
不動堂のつっこみに、珍しく、みんなが、心から笑った。
遅い夕食を取りながら、みんなで今日のライブの感想を語り合った。
一通り感想を出し終えると、
「今日、紫音ちゃんは帰ってくるのか?」
「ドードーよ。何かエッチなことを考えていますね?」
「この質問からエッチを導き出すの!?俺、もう何も質問できないぞ?」
「ぶふっ。この絶滅危惧種、こんな夜遅くまでキレキレですね」
「ふっ。一度絶滅した俺の、超回復をなめるなよ?」
「天照奈ちゃん、お願いします。もう一度絶滅させてください」
「ごめん、わたしのHP、ほぼゼロに近いから。今日は無理かな」
「な、なんですと?いつもなら鼻息だけでドードーを吹き飛ばせるほどなのに・・・じゃ、じゃあ、今日は早く寝ましょう?一緒にお風呂・・・」
「で、紫音ちゃんは帰ってくるんだっけ?」
「・・・いえ、今日はメンバーでホテルにお泊まりだそうです。なんでも、打ち上げで盛大に『焼き肉パーティー』をやるそうですよ」
「へえ、焼き肉か・・・良いな」
そう呟く裁。骨付き肉を食べている姿を思い浮かべているのだろうな、と、裁はみんなの顔を見て察した。
「ところで紫乃ちゃん?」
「なんですか、ドードーよ」
「紫乃ちゃんと紫音ちゃん、好みは一緒なんだよな?」
「趣味以外は一緒だと思うがよろし」
「じゃあ、紫乃ちゃんも『黒きサイ』・・・クロサイが好きなのか?」
不動堂は、一旦忘れていたクロサイの話を再び始めた。
「ドードーよ・・・」
「なんだい、紫乃ちゃん?」
「・・・もちろん。わたしも黒木裁のこと、大好きですよ?」
「そっか。じゃあさ、今度クロサイグッズを買って紫音ちゃんにプレゼントしたいから、どんなのが好きか教えてくれないか?」
「そうですねぇ・・・」
紫乃は、黒木裁を見ながら、しばらくの間、考えていた。
「本物を送るのが一番ですよ。なるべく大きい、強そうなヤツ!」
「えっ、クロサイって買えるのか?」
「さぁ。ふふっ!あと、それか・・・」
紫乃は、少し悪い微笑みを見せながら、また裁を見ながら言った。
「『黒きサイ』と『黒木裁』。名前が一緒だから間違えた!って言って、サイくんにリボン巻いてプレゼントしたら?たぶん、何よりも喜ぶと思うよ!ぶふっ!」
裁を含め、誰もが冗談だと思う中、天照奈だけは眉を数ミリ動かして、何かを考える表情をしていた。
だが、サイクロプスがリボンを巻いている姿を思い浮かべたのか。その表情は、すぐに笑みに変わっていた。
その後も、日が跨ぐまで楽しい会話は続いた。
裁は、相槌とつっこみを入れながらも、今日の『あの男』のことを考えていた。
あの男の『拡散したい』という気持ちは消え去った。
だが、拡散した情報が消えることは無いだろう。
だから、男の後ろめたい気持ちも一生消えることが無いはずだ。
一歩間違えば・・・いや、もう少しで、人の生活を脅かすところだったのだ。
それは仕方が無いと裁は考えている。
自分の本当の体質を知ってから、裁は目に見えない悪に立ち向かうことを決めた。
だが、それは人の内にあって見えないものであって、それを抱える人ありきのものだと考えていた。
だが、今回の一件で思い知った。
匿名という無責任の名の下に罪を犯す人間が、世界中にたくさんいるのだ。
その罪は、他の罪に埋もれるような小さいものから、誰かが傷つくような大きなものもある。
自己責任で、その罪、悪を拭うことはできるに違いない。
だが、それを全てを拭うことなど到底できない。
数ももちろんだが、拭うことが不可能な悪もあるだろう。
だけど、僕は『責任を持って』悪に立ち向かい、拭っていくつもりだ。
いつか、拭えない大きな悪にぶつかり、その全ての責任を負うことがあるかもしれない。
精神が崩壊することがあるかもしれない。
命を失うこともあるかもしれない。
だけど、それは、僕一人で立ち向かった場合だ。
僕には友達、そして守ってくれる人がいる。
『自己責任、みんなで分ければ恐くない』
そう。みんなが、僕の責任を少しずつ、受け持ってくれるのだ。
だから僕は、立ち向かおう。たとえ、何があっても。
・・・でも、そんな危険な悪に直面することって、実際にあるのだろうか。
これまで高性能スーツに助けられた事件も無いし・・・。
『格好良い決意表明したわりには、たいした悪に当たらなかったな!うっしゃっしゃ!』
将来、すっかり年老いた父に冷やかされる姿を想像した裁。
『この決意、思うだけなら笑われまい』
そう思うと、うっかり口に出さないように、その決意を記憶の奥底に封じ込めた裁だった。