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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
アケビフルーティエイト
110/242

110話 サンキューベリーマッチ

 十六時三十分。

 五万人の大歓声とともに、ライブは幕を閉じた。

 全十五曲を全力で歌い踊った八人。全身汗だくで、全てを出し切った表情で控え室へと戻った。

 密着取材を続けるテレビ局員は、終了直後の、話しかけるタイミングを窺っていた。

 おそらくリーダーから挨拶でもあるだろうから、その後に。と思っていたのだが、一向にその様子は見られず、全員、そのままシャワールームへと去ってしまった。


「・・・素晴らしいライブでしたね。曲の合間、控え室での様子はいかがでしたか?開始直前は打ち上げのことしか頭に無かった彼女たち。さすがにパフォーマンスの話しかしていませんでしたね。おそらくライブを終えた今は、次の握手会のことで頭がいっぱいなことでしょう。シャワールームから戻ってきたら、インタビューしてみたいと思います」


 十五分後。

 ライブ衣装から握手会用の衣装に着替えた八人が、控え室に戻ってきた。

 全員、まだ髪も乾かしていない状態で、メイクも落とされていた。


「お疲れ様です。あの・・・撮影しても大丈夫ですか?」

 インタビュアーの問いに、リーダーの朱美あけみがすっぴんの笑顔で応対する。

「もちろんです。あ、でも、できれば・・・一部の人にはモザイクをかけてくれると助かります!」

「そ、そうですか・・・ちなみにどなたに?」

「モザイク希望者、挙手!」

「はいっ!」

 朱美を含む、昭和臭い名前の五人が手を上げた。

「そうですね、二十歳以上のメンバーに、可愛いモザイクをお願いします!」


 メンバー八人の平均年齢は二十一歳。

 最年長の朱美が二十四歳、以下、二十三歳が二人、二十二歳が二人。そして平成臭い三人は、うち二人が十八歳で、最年少が紫音しおんで十五歳という内訳だった。



 八人それぞれにスタイリストがつき、メイクが始まった。

「ライブと握手会の間は一時間。ファンにとっては待ち遠しく、永遠のように感じることでしょう。しかし、裏側ではこのように、慌ただしく準備がされています」

 カメラは、忙しくメイクをするスタイリストと、忙しくメイクされる八人の姿をとらえていた。

「ちなみに、スタイリストさんはいつも同じ方が担当されるのでしょうか?」

 インタビュアーは、朱美を担当しているスタイリストに質問した。

 見た目から、おそらく古参のスタイリストであると判断したのであろう。


「あらぁ。もしかしてあたし?やだっ、テレビに映っちゃう?きゃーっ!メイクしないと!」

 そのスタイリストは、メイク対象を朱美から自分へと切り替えた。

「あとは自分でやるから、やっさん、自分のメイクしちゃって!」

「やーん、朱美ちゃん!ごっつぁんです!きゃーっ、ちょっと、今はモザイクかけといてね!?」

「放送時の画面、モザイクだらけですが大丈夫でしょうか?」


 やっさんと呼ばれたスタイリストは、自身に高速でメイクを施すと、改まってインタビューに応じた。

「どうもぉ、ヤスエでーっす!永遠の三十二歳でーす!」

「不老不死のなり初めが意外と遅かったですね」

「いろいろあったの、三十二歳のとき。で、何だっけ?好きな男性のタイプ?やーん、わたし、体重百五〇キロ超えの可愛い子がタイプ!」

「好みがはっきりしていて良いですね。対象となるのは、お相撲さんかサイクロプスでしょうか。ところで、みなさんはアケビフルーティエイト専属のスタイリストなのですか?」

「そうとも言えなくも無い。わたしはアイドル専門で、他のみんなはアイドル以外も受け持ってるみたいよ?」

「なるほど。ではヤスエさんは、このグループのメイクはよくやってらっしゃるのですか?」

「そうとも言えなくも無い。そうねぇ、最近だと・・・毎回、朱美をいじってる気がするわ」

「いじってる言うな!」

「きゃーん!」


 自身も百キロ超級ぐらいありそうな巨体をくねらせるヤスエ。

「・・・何か、このグループのメイクで気をつけていることなどはありますか?」

「無いとも言えなくも無い。みんな素顔も超絶可愛いから、うっすらいじるだけ!衣装も、素材を生かすために他のアイドルと比べると質素にしてるしね」

「もしかして、衣装もご担当されているとも言えなくも無い?」

「やーん泥棒!わたし、というか弟・・・いや、妹なんだけども。写真館経営の傍らアイドル衣装づくりをしてるのよ!」

「ほお・・・では、後日話を伺わせてもらっても良くなく無いですか?」

「無くは無い。『スタジオジブン』っていうんだけどね。あとで連絡先教えるわね」


「ありがとうございます。さて、どうやらみなさんのメイクが完了したようですね。みなさん、ライブの感想を聞かせてもらっても良いですか?」

「はい、もちろんです!」

 モザイク明けの朱美が元気よく答えた。


「では、そうですね・・・一恵かずえさん。最後の曲で、何やら感極まって泣いてしまったようですけど」

「・・・わたし、このライブが最後だったから・・・」

「えっ!?引退するんですか?衝撃の事実ですよ?」

「ちょっと一恵、ちゃんと説明しないと。語弊ありすぎだよ?」

「ど、どういうことですか、静子しずこさん?」

「あ、はい。一恵って、自身を鼓舞するために、毎回ラストライブだと思って臨んでるんですよ」

「それは・・・素晴らしい心意気ですね!」

「でも、実は弊害もあるんです。なんか、だんだんと慣れてしまって・・・わたし、本当のラストライブで泣けない気がするんです」

「なるほど・・・では、たまに初ライブを挟んでみては?」


 一恵は、ハッとした表情で、机の上に置いてあった油性ペンを持つと、自分の手のひらに『初心!』とメモをした。


「・・・では次に、京子きょうこさん。ダンス、今日もキレっキレでしたね!」

「ありがとうございます!今日はいつもよりキレるぞって思って。昨日、近所の神社の絵馬に『キレますように!』って書いて、願ったんです!そしたら、思ったとおりキレました!」

「主語が無いのによく叶いましたね・・・さすが神様ですね!では・・・ああ、時間があまり無いですか?じゃあ、最後に紫音ちゃん。今日も、地球の裏側まで届くような、ものすごい歓声でしたね!」

「はい!えっと、本当に届いたかどうか、ブラジルにいる知人に確認してみますね!」

「いや、例えなので・・・ブラジルに知人がいるのですか?」

「父の知り合いの知り合いです。あ、そうか。正確には知人じゃなくて、父の知人の知人ですね」


「余計なことを聞いたこちらが悪かったですね。・・・あと三十秒?・・・では最後に。世界中の、一億人のファンに向けてメッセージをお願いします!」

「はい!えっと、何語が良いですか?割合的には英語圏が多いかな?じゃあ、サンキューベリーマッチ・・・あ、でも、字幕とかアフレコ付くよね?じゃあ日本語でも良いか」


「・・・ありがとうございました。握手会に向かう時間となってしまいました。みなさん、聞いたでしょうか?『サンキューベリーマッチ』と。まるでネイティブかのような素晴らしい発音でしたね。

 この後は少し離れた位置で、握手会の様子を撮影させていただきます。みなさんへのインタビューはこれで終了です。ありがとうございました」




――十七時十三分。

 握手会の会場へと向かい始めた八人は、ライブの疲れなど見せず、楽しそうに話しながら歩いていた。

「ねえ、ステージから見た感じさ」

「うんうん、青いの身に付けてる人多かったよね?」

「カウントするの大変かもね!」

「あとさぁ・・・今日も来てるかな?」

「ああ、例のリアルガセネタの人?」

「昨日は紫音と握手したみたいだよね」

「・・・うん、そうみたいだね」

「てことはさ、紫音のファンってことだよね?わたしたちを選んだら、くじ引き不要で決まるもん!」

「わからないよ?誰のファンか特定させないように、わざとくじを引いてるのかも!」

「昨日は『本当に好きな男の子』だったでしょ?たまに本当にリアルらしいから、恐いよね・・・」

「でも、紫音のは完全にガセだったから、良かったぁ・・・」

「でもさ、ガセとは言え『黒きサイ』って謎だよね!もしかしたら今日の握手会で、クロサイグッズいっぱいもらえるかもね、紫音」


「あはは、困っちゃうよねぇ・・・サイサイのグッズなら欲しいんだけど・・・」

 楽しそうなメンバーに相反して、浮かない顔でぼそっと呟く紫音。



 握手会場のすぐ隣、簡易的な控え室に到着した八人。

 開始までの十五分、それぞれパイプ椅子に座り小休憩を始めた。


 すると、そこに紫音のマネージャーが現れた。

「紫音ちゃん。目出し帽の・・・紫乃ちゃんが来てるんだけど。急ぎの用事があるんだって」

「えっ、紫乃!?・・・何だろう。どこにいるの?」

「すぐそこの廊下にいるよ」

 メンバーに『ちょっとだけ席外すね』と伝えると、紫音は簡易控え室を出た。

 すると、マネージャーの言うとおり、すぐ出た先の廊下に紫乃が立っていた。

 今日は薄紫の可愛い目出し帽を被っており、片手を上げて紫音を迎えた。

 そしてそこには、昨日一緒に勉強したメンバーが全員揃っていたのだった。


「え、みんなも!?どうして、こんなところに?」

 状況がわからず戸惑う紫音。

「急にごめんね。どうしても紫音に聞きたいことがあって。ついでにライブ観ちゃったよん!」

「わたし、ライブ観るの人生初だったけど、最高だったよ!また観たいな!」

「わぁ、天照奈あてなちゃんも観てくれたんだ。嬉しい!じゃあ、語り合うのに今夜一緒におふ・・・」

「ところで紫音ちゃん。リアルガセネタのことなんだけど」


 いつものようにお風呂懇願を遮られた紫音。

 だが、天照奈が聞きたいことはすぐに理解した。


「それね・・・相談しようと思ってたんだけど。お風呂のこと考えてたら忘れちゃったんだよね」

「紫音、口惜しいけど、お風呂のことは一旦置いておきましょう。それで、紫音には心当たりある?リアルガセネタをアップしてる人」

「無いとも言えなくも無いかな・・・あ、やっさんの伝染うつっちゃった・・・わたし、その人と二回握手したらしいんだけど・・・」

「てかさ、今日も五万人が来てるんだろ?単純に八で割っても六千人以上と握手って・・・心当たりも何も、さすがに覚えられないだろ」

「ドードー、また絶滅させるよ?紫音をなめるんじゃありません」

「さすがに何の特徴も無い人のことは覚えるの難しいけど。ちょっとでも特徴あれば覚えるよ?えっと・・・不動明王ふどうみょうおうくんだっけ?」

「あ、俺、特徴無い枠かぁ・・・でも惜しい!?」

「ふふっ。それでね、その、心当たりだけど。実はね、握手するときに質問してくる人って少ないんだ。だって、一人当たりの持ち時間、二秒しか無いから。

 質問されても回答できないし、最近だと『宇宙一好きです!』とか『前世から応援してます!』って言う人が多いかな」

「ちなみに、ドードーなら何て言います?」


「そうだな・・・『握手してください!』かな」

「・・・握手確定チケットもらっておいて言うセリフじゃないですよね?」

「ほら、もしかするとフィルターかかってるかもしれないだろ?念のため確認しないと、何もせずに二秒経過しそうだ」

「ぶふっ・・・このドードー、もう一回絶滅したらさらに面白くなりそうですね」

「わたしにもできるかな?」

「紫音と天照奈ちゃんなら可能でしょう」

「おいっ!いや、復活させてくれるなら喜んで息絶えるけど・・・」

「きゃっ、キモっ!・・・って、ドードー、話を脱線させるんじゃありません。それで?心当たり、あるの?」



 紫音は、眉間に人差し指の第二関節を当てると、目を閉じ、記憶を辿り始めた。

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