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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
無責任ヒロイン
11/242

11話 本当の体質

 やはり彼とは最後まで会えないまま、校門も出てしまった。

 いつもの、そして最後の下校だ。さすがに外では壁を背にして歩くことはせず、背後に注意を払って普通に歩く。

 家と学校は約二キロメートル、学校の規定では自転車で通える距離だ。だが、普段は体育の授業も見学するため、運動をする機会がほとんど無い。せめて少しでも運動となることをしようと、三年間歩いて通学した。

 お昼ご飯、何にしようかな。そんなことを考えながら、そして、彼の顔を思い出す作業も続けながら、いつもどおりゆっくりと歩いた。


 帰り道のスーパーに寄ると、小豆ともち米を買い物かごに入れた。

 一応卒業式だったし、自分へのお祝いとして、赤飯をつくることに決めたのだ。単に、わたしの大好物だ、ということもあったのだが。

 メニューを考えるのに、思ったよりも時間を使ってしまった。

 と言っても急ぐ必要もないので、ゆっくりレジに向かい会計を済ませると、再び家路についた。


 ちょうど中間地点くらい、いつも通る銀行の前に、何やらパトカーが数台停まっていた。

 何かあったのかな? そう思い中を覗き見ていると、


『銀行強盗らしいよ』

『犯人、前に別の銀行でも強盗したんだって』

『なんか、人質が犯人の手首つぶしたらしい』


 野次馬がそんな話をしているのを聞いた。

 開け放された自動ドアから銀行の中を覗いてみた。

 奥の方にいた少年、なんとなく『彼』のようにも見えたが、きっと別人だろう。

 ちらっと見えたその人物はなぜかパンツ一丁で、そしてものすごい肉体をしていたのだから。


 野次馬と一緒に、少しその場で様子を見ていると、警察官が外に出てきた。

 おそらく事情聴取などが終わったのだろう、巻き込まれたと思われる人も出てきたので、その場を去ることにした。

 

 銀行から三十メートルくらい歩いたところで、なぜかはわからないけど、振り返った。

 銀行の出入り口から、一人の男性が出てきた。その男性は二十台前半くらいだろうか。

 その男と目が合った、そんな気がした。

 でも、知らない人だし目が合ったと感じたのも気のせいだろう。そう思い、また前を向いて歩き始めた。

 

 道を曲がり、人気の無い細い道に入った。

 すると、背後から足音が聞こえた。その足音は走っていて、わたしと同じ道に曲がってきたようだ。


 振り返ってみる。

 だが、遅かった。何者かがわたしに抱きついてきたのだ。

 一瞬見えた顔は、さっき目が合ったと思われるその男性だった。

「君、可愛いね。ねぇ、ちょっと付き合ってよ。そうだ、俺の家、来る?」


 突然の出来事に何をしていいかわからず、とりあえずその男を突き離そうとする。だが、体に回されたその手に、わたしの手も巻き込まれていて、突き放すこともできなかった。

 わたしは咄嗟に、少し上方にあるその男の顔に、わたしの頭を叩きつけた。

 ちょうど鼻に強く当たったらしく、その鼻から出血するのが見えた。

 男はわたしの体から手を離し、自分の鼻に手をやった。


 すぐに距離を置き、助けを求めようとした。だが、人気の無い小道に入ってくる人影は無かった。


「気を失わせてさ、いろいろ見せてもらったり触らせてもらったりしようかなって、そう思ってたんだ。じゃあさ、どうせ気を失わせるんなら、今でもいいよね」


 その男はショルダーバッグから何かを取り出した。

 父の仕事の関係で見たことがあったから、すぐにわかった。

 それはスタンガンだった。



「さっき、警察から事情聴取受けたんだけど。ただ巻き込まれた一般人だったからかな、バッグの中は見られなかったんだよね。よかったよ。こんなの見つかったらやばかったよね。

 いつかさ、これを可愛い子に使って、好きなことしたいな、なんて思ってたんだよね。もちろん俺にも理性ってものがちゃんとあったから、今までは我慢してたんだよ」


 何なんだこの男は。

 銀行強盗に遭って気でも狂ったのか?

 逃げなくては、そう強く思うも、足が動いてくれなかった。

 男は笑みを浮かべながら、スタンガンを手に近づいてくる。


 スタンガンがわたしのお腹付近に当てられる瞬間、

『あぁ、痛いのはやだな』

 そう思った。

 だが、痛みの代わりに男の呻き声が聞こえた。


「うっ、が……」


 わたしにスタンガンを押し当てたはずの男が、自分のお腹を押さえてその場に倒れた。

 何が起きたのかはわからなかったが、わたしはその場を離れ、さきほどの銀行へと走った。

 まだパトカーが一台停まっており、警察官を見つけると、声をかけて事情を説明した。

 男が倒れている小道に案内する。


 男は、意識を保っていたが、でも動けないらしく、大人しく確保された。

 警察官の質問に一切否定せず、すぐに現行犯で逮捕されたようだ。


「大変だったね」

 事情聴取が終わると、警察官の一人がわたしに声をかけてくれた。

 そして、気を付けて帰ってね、とも言ってくれた。

 

 犯人は、たしかに銀行強盗に巻き込まれた客の一人だったらしい。

 直接聞き取りをしたというその警察官は、そのときはこんなことするような人には見えなかった、と言っていた。

 なぜこんなことをしたのか、そしてなんで彼が倒れたのかは、わたしも、そして誰にもわからなかった。

 

 

 再び家へと歩きながら、抱きつかれたときのことを思い返した。

 一瞬の出来事だったので、振り返ったとは言え、ほとんど背を向けた状態だった。

 そして、そんな状態で抱きつかれた。

 わたしの認知の外であったのは間違いない。

 父の話では、ピンポン玉が当たるだけでも命に危険が及ぶという、わたしのからだ。

 だけど、抱きつかれる、つまり力と衝撃が加わったにも関わらず、わたしのからだには何の異常も無かった。

 

 物心ついてから、からだが壊れるような出来事は無かった。

 もしかすると、気づかないうちに体質に変化が起きているのだろうか。実はもう、そんな危険を感じなくても良いのではないか。

 とりあえず、父が帰ったら話をしてみよう。

 からだを診てもらって、もし治っていたら、そんな嬉しいことはないのだから。



 その後は何事もなく、無事に帰宅できた。

 赤飯を三合分つくると、お茶碗二杯分を昼食分として、残りを夕食分にすることにした。


 昼食を終えると、自分の部屋にこもり、今日の出来事を思い返す。

 あの男の顔が今でもすぐ思い出される。

 でも、本当に思い出したい彼の素顔は、やはり思い出すことができなかった。



 午後七時少し前、父が帰宅した。

 いつも白衣の父は、着替えもせずにリビングにやって来た。

 そして、ソファに座ってアニメを観ていたわたしに言った。


「大事な話しがあるんだ。ご飯食べながら、ちょっと話そう」

「いいよ? 何、あらたまって。あ、今日、お赤飯つくったからね。盛大に祝ってくれてもいいんだよ」


 赤飯を茶碗によそい、レンジで温めると、テーブルに運んだ。

 味噌汁と付け合わせのサラダを運び終えると、父と夕食をとり始める。


「お前のつくる赤飯、相変わらず旨いな。お母さんの味を超えたんじゃないか」

 そう言いながら口一杯に頬張る父。

 いつ話を切り出すのかと思っていたが、とりあえずその口の中身を飲み込むまではないだろう。

 その後、父はおかわりを二回した。

 夕食での話題は、今日の卒業式のこと、そして、帰り道に会った変質者のことだった。

 抱きつかれたこと、スタンガンを当てられたこと。でも、からだには何の異常も無かったこと、すべて伝えた。


 父は大きく頷くと、なにか、心を決めたような表情になり、話を始めた。


「実は、お前に黙っていたことがあるんだ」

「うん、いい話なら聞くよ?」

「え? 悪い話しはしちゃダメなの? まぁ、悪い話ではない。良い話かどうかは、お前の判断に任せるが。

 でも、何から話したらいいかな……」

「明日から学校も無いし、時間あるからゆっくり話してくれていいよ?」

「ありがとう。じゃあ、そうだな。まずは、お前の体質のこと。これまで、認知の外からの接触が命に関わる、そう言ってきた。

 だけど、それは嘘だ」

「え……? じゃあ、そうか、今日の変質者に抱きつかれても無事だったのは、そういうことなの?」

「そうだな。まさに今日の出来事で説明するとわかりやすかもしれないな。

 お前は、認知していようがしていまいが、そして『何をされようが』命には何の危険も及ばない。

 逆に、命の危険にさらされるのは、『触った方』なんだ」

「はい、先生、全然わかりません」

「ちょっと、わたしの手を握ってくれるか」


 いつも自分のことを『わたし』と呼ぶ、父の手を握った。

 これまでわたしは、父以外の人に触れたことがなかった。そして、父には小さい頃から手を引かれたり、何度も触れてきた。

 間違いなく、いつもの父の手だ。


「次に、お前の、自分の左手を握ってみてくれ」


 言われたとおり、父の手を握った右手で、自分の左手を握る。こちらも何も変わらない、ただの自分の左手だ。

 父は何を説明したいのだろうか。


「自分の手の感触、そして体温を感じるか?」

「感じるよ? 当たり前でしょ」

「じゃあ、もう一回わたしの手を握ってみて確認してほしい。今度はわたしも握り返すから」


 何を言いたいのか、わからないが父の手を再び握る。

 何度も触れてきたその手。

 でも、初めてちゃんとその手に意識を向けた。



 何も感じなかった。温もりも、そして、父が握り返しているであろう、その感触も。

 手を握ったまま、わたしは父に聞いた。


「どういう、こと?」

「お前に触れているように見えるこの手。お前には触れていない」

「え?」

「でも、わたしには触れている感触はある。でも、わたしはお前の右手に触れていない。自分・・の左手に触れているんだ」

「全然わからないよ」

「今日、お前が体験したこと、さっき教えてくれたことを思い出してほしい。

 スタンガンをお腹に当てられた、そう言ったな?

 そして、お前のからだには何の異常も無かった。でも、そのスタンガンをお前に当てた男は、腹を抑えて倒れた」

「そう、だけど……」

「なぜか。

 お前の腹に当てたはずのスタンガンが、その男の、自分の腹に当たったからだ」


 わからない。全然わからない。

 いつもの父なら、どんなに難しいこともわかりやすく伝えてくれるのに。

 

 だけど、わたしはなんとなく、二年前のことを思い出していた。

 最初の体育の授業、わたしの後頭部に向かってボールを投げつけたバカ面の少年。

 でも、そのボールはわたしには当たらず、その少年はなぜか自分の後頭部を押さえて痛がっていた。

 同じ状況ではないか。

 よくわからない。でも、どちらも同じ事象だと言える。

 なんとなくだが、自分のその体質に対してひとつの推測を立てた。

 それを察したように父が微笑み、そして教えてくれた。



 父もまだ全てを理解しているわけではなかった。

 でも、父が教えてくれたことと、わたしの推測はほとんど一致していた。


 わかりやすく言うと、わたしのからだ。


『全てを跳ね返す』らしい。

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