107話 一度絶滅して復活したらすごく面白い
朝八時ちょうど。
「開始!」
という紫乃の号令のもと、二日目の勉強会が始まった。
昨日の終了時点では、遅れて合流した紫音が一位の座についていた。
特別ルールの恩恵もあったが、紫音は予想以上に勉強ができたのだ。回答は全て満点で、さらには出題する問題も、天照奈以外には一人にも満点を取らせなかった。
だが、紫音には今日もライブがあることから、朝食後すぐに勉強会を離脱し、その得点は参考記録となってしまったのだった。
二日目開始時点での一位は天照奈。続くのが裁、相良、不動堂。紫乃は最下位の太一とは一点差で、なんとか五位をキープしていた。
天照奈の最下位が無くなったことから、意気消沈する紫乃。
だが、ある一つの不安を払拭するため、かつてないほどの頑張りを見せていた。
不安とは、もしも天照奈が一位で紫乃が最下位だったら。きっと、『今後、一緒にお風呂に入ることを考えるのを禁ずる』と命令されるだろう。
昨日のカラオケとダンスで八点を獲得するも、テストでは思うように満点を取れず、得点が伸びていない紫乃。かつてないほど集中して勉強していた。
その姿を見て、発起人の裁は大満足で頷くと、みんなの頑張る姿を自身の活力に変え、勉強に励むのだった。
――十時半。
午前中の四コマが終了したところで、二日目の息抜きタイムとなった。
「では、ここからはスケジュールのとおり、一時間半の息抜きタイムです・・・」
「紫乃ちゃん、今回の息抜きは内容が書かれてないね」
「はい。昨日はボク・・・いや、わたしのオスメス・・・いや、オススメの息抜きを紹介したんですが・・・」
かつてない集中力を見せた代償からか、いつもの司会進行能力を発揮できない紫乃。
「今回はこの場で、みんなで決めることにします。なので、まず何をするか、オスメス、あるいはやりたいことはありますか?」
紫乃の問いかけに、『趣味=勉強』『息抜き=特に無し』の裁以外が一斉に手を上げた。
「ちなみに・・・レスリングとアニメ鑑賞以外でお願いしますね?」
紫乃の言葉に、相良と天照奈が無言で手を下ろした。
「では、そこの太一。苦しゅうない、面を上げて申すが良いぞ」
「ははぁ。ありがたき幸せ」
紫乃の思うとおりに可愛がられる、心優しい太一。
「普段みんなとおしゃべりするのがすごく楽しいし、息抜きにもなってると思うんだ。だから、いつもどおり、みんなでおしゃべりすれば良いんじゃないかな?」
「おぉ!」
その場の全員から感嘆の声が上がった。
「ふむ。可愛い太一の言うとおりです。でもね、それも良いですけど。例えば家で一人きりで勉強しているときにはできない息抜きですね?」
「あぁ・・・」
その場の全員から、海外のホームドラマのような悲嘆の声が上がった。
「じゃあ、はいっ!」
「そこのドードー、今回に限り発言を認めます」
「えっ、今回だけ?しかも許可無いと発言できない系?・・・せっかくみんな集まってるんだし、俺もおしゃべりには大賛成。でも紫乃ちゃんが言うこともわかる。じゃあさ、この場で『普段みんながどんな方法で勉強してるか』『どんな方法で息抜きしてるか』。これをテーマにおしゃべりしないか?」
「おぉ!」
珍しく不動堂の意見を聞いていた全員が賛同した。
「じゃあ、勉強方法から話をしてみましょうかね?・・・では、勉強と言えば、サイくんから行きますか。『ひたすら時間をかける』以外でお願いしたいですね」
「・・・ひたすら時間をかける以外の勉強方法を教えて下さい。以上」
「素直でよろし。ではこの問いに答えられそうな・・・ラブくん。お願いできますか?」
「おお?いいぜ!俺はな、勉強は一日二時間、レスリングは一時間半までって決めてるんだ」
「一日二時間であの成績・・・」
裁は、キラキラした目で地獄の相棒を見つめた。
「レスリングも勉強も、とにかく相手をぶったおすことだけを考えてるぜ!」
「ん?」
「例えば数学だ。積分だったら、そうだな・・・足を持ってタックルして押し倒すんだ。俺はこれをインテグラルアタックと名付けているぞ!」
「・・・」
「あと、化学式は大変だぞ?何といっても相手の数が多いからな。まず先鋒の水素は軽いから、ちゃんと掴んでハイドロジェンアタック・・・」
「ラブくん、わかりました」
参考にならないことがわかると、紫乃は次に誰を指名するか考えた。
「では・・・おそらくこちらも、全く参考にならないとは思いますが、一応聞いておきますね。天照奈ちゃんはどんな方法で勉強をしていますか?」
「わたしは・・・ひたすら、見て覚えるの。映像記憶能力とはまた別だと思うんだけど。頭の中に文字を書き込むイメージかな?だから、図とか絵は覚えにくいんだ」
「お芝居以外は本当にハイスペックですね、この女神・・・」
勉強の参考にはならないが、天照奈という女の子を計り知るには参考になると思い、裁は人知れずメモをしていた。
「たしか、太一は記憶力が良いって言ってましたね?だったら、天照奈ちゃんと似た感じでしょうか?」
「うん、似てるけど、でもちょっと違うところもあるよ。ほら、うちの高校の授業ってかなりわかりやすいよね?僕はそれを、さらに、弟でもわかるような授業内容につくりかえるんだ。
今回、テストをつくることで再認識したけど、問題をつくるにはその内容をより理解しないとできない。まして、人に教えようとするなら、さらに知識が必要となるんだ。例えば数学の公式がつくられた背景とか、名称の起源を調べると、理解が深まるし、さらにそこから派生して他のこともわかったりする。
その分、時間はかかるけど。でも成績を上げるため云々じゃ無くて、興味を持って勉強できるから、より身に付くと思ってるんだ」
裁と不動堂の目から鱗並みの涙が落ちた。そしてその口は、『先生・・・』と呟いていた。
「この太一は可愛いだけじゃなかったのですね。脳みそを千切りにしてミキサーにかけて、サイくんに飲ませてあげたいです」
「それって爪の垢を、煎じて飲ませるやつじゃなかったっけ?」
「・・・サイクロプスに爪の垢なんて、太平洋に入浴剤を一粒入れるようなものですからね。・・・おほん、そんなことはよろしい。では、話をまとめると、『人それぞれの勉強方法がある』ということで!」
「それを話し合う場だったから、まとめというか趣旨に近いような・・・って、俺は!?・・・あ、いや、そういえば紫乃ちゃんのも聞いてないぞ?」
「・・・わたしは気まぐれ屋さんなので。モチベーションを上げることに重きを置いています。そうですね・・・何か良いことがあると、教科書を眺めただけでも内容を覚えることができます。逆に、悪いことがあると・・・そのときは勉強すらしないのでわかりません。もしも天照奈ちゃんと一緒にお風呂に入れたら。わたしは歴代最年少、そして史上初の女性総理大臣にもなれるでしょう」
それはつまり、お風呂の夢は一生叶わないと揶揄しているのだろうか?でも、総理大臣だったら努力すればなれるかもね、頑張れ!天照奈は無表情でそう思っていた。
「さて、ドードーくん。太一を超えるものがあれば、あなたの意見も受け付けますが?」
「異論無し!」
「よろし。では次に、息抜きの方法に移りますね。わたしの方法は昨日のとおりなので・・・ラブくん、レスリング以外には何かありますか?」
「おお、実は俺、多趣味なんだぜ?レスリング以外にも筋トレ、料理、整体、裁縫、油絵、あと昨日からカラオケもランクインしたぞ!」
地獄の極刑レパートリーが増えた・・・誰もがそう思ったが、誰も何も言わなかった。
だが代わりに、誰もが裁を『毒味役は任せた』という目で見ていたのだった。
「おほん。ちなみに裁くん?音楽を聴き始めたようですが、調子はどうですか?」
「うん。音楽を聴くと、気分が落ち着いたり、逆に高ぶったり。やる気とか集中力を操作するのに最適だなって思ったよ」
「ほお。サイクロプスにも音楽の善し悪しがわかるのですね!太一、メモするのです。これは歴史的な大発見ですよ!・・・と、冗談はさておき。何かお気に入りの曲は見つかりましたか?」
「えっと、いつも曲名見ないで聴いてるから・・・あ、ちょっと歌ってみて良い?」
相良を除く全員が身構えた。
「す、スタジオじゃないので、鼻歌程度なら許可しましょう」
「うん、えっとね。『ふん!ふん!ふふふふん。ふーふーふーふーふーーーん。ふんっ!!』って曲なんだけど・・・」
声量がかなり抑えられたが、今度は音程の問題が発覚した。
このサイクロプス、一つの音程しか出せないらしいのだ。
「音で言うと『ファ』あたりでしょうか?なんだか、曲当てクイズみたいになっちゃいましたね」
だがそんな中、天照奈だけは異なる反応を見せた。
「裁くん、わたしもその歌大好き!昔の野球アニメのオープニングだよ!たしか双子の・・・主人公の顔で作品を判別するのが難しい作者の・・・」
「言われてみれば・・・しかし天照奈ちゃん、よく『ふんっ!!』でわかりましたね。アニメスイッチおそるべしです」
次に、天照奈からはオススメアニメの紹介があった。次の手口の参考にしようとする者、同居人として好みを把握しようとする者、親衛隊として情報収集業務をこなす者。それぞれがしっかりと、メモを取っていた。
次に指名された太一の息抜きはアルバイトらしく、『アルバイト先のスーパーマーケットで本当に起きた、すごい出来事ベストスリー』の発表があった。
太一が挙げた出来事、それは、
『四月二十八日、最大瞬間来客数八百人を記録』
『四月二十八日の一日の売り上げ、過去の月最大売り上げを上回る』
『四月二十八日、店内の酸素濃度が過去最低値、そして二酸化炭素濃度が過去最大値を記録』。
「四月二十八日に何が・・・ん?・・・天照奈ちゃん、その日、スーパーに買い物に行きましたか?」
「水曜日でしょ?いつもどおり十八時に買い物したけど?」
何かを察した紫乃の目線に、太一が頷く。
「そういえば、いつもよりお客さん多かったような気がする・・・いつも、順路以外は人がぎゅうぎゅう詰めなんだけど。その日はなぜかわからないけど、肩車してる人もいっぱいいたかな」
天照奈の何気ない言葉に、目を見開く紫乃。太一に小さい声で確認を始めた。
『お店に入りきらないから、縦方向も使い始めましたか・・・そのうち一万人規模の観客席ができそうですね』
『あ、それ。今、計画中らしいよ?体育館みたいに買い物スペースをぐるっと囲むイメージで、『スーパースタジアム計画』だってさ』
『さすがにそこまでいくと本人も気付きそうですね。全国ニュースでも流れそうだし、やめてもらいたいです』
『不思議と、女神を見ると心が浄化されるみたいだから。場を提供するだけで、無用な布教はしないみたいだけどね』
『ちなみに酸素濃度というのは?』
『女神が息を吐くタイミングで、お客さんが一斉に息を吸うらしいんだ』
『・・・女神の吐息を瓶に詰めて売れば、一兆円くらい稼げそうですね』
「おほん。最後は・・・えっ、またドードー?なんでいつもあなたが大トリなの?何も無いのに?」
「それは紫乃ちゃんの裁量だろ?いや、俺の存在感のせいか?・・・でも、今回は、息抜きなら俺にもあるぞ!」
「ほぉ」
「実は俺・・・」
「へぇ」
「俺・・・」
「ふーん」
「・・・」
「ほぉ」
「・・・え?俺の話って適当に相槌打たれる感じ!?しかも相槌、三種類しか無い!?」
全員が無表情で相槌すらしなくなった。
「え、嘘・・・しゃ、しゃべるほどみんなにフィルターをかけているのか?俺、いつの間にそんな能力・・・もしかして、これを使いこなせば透明人間になれる?」
全く反応しない面々。だが、
「・・・あははっ!ごめん、やっぱり僕我慢できないよ」
「こら、そこの太一!からかってこそ輝くドードーなのですよ?」
「だって、これ以上続けたら・・・」
「透明になったと勘違いして、エッチなことをすると?そう言いたいのですか?」
「ちょっとちょっと、しないよ!?えっ?何、エッチなことって?」
「え・・・まさか、しないの?」
「し、して、いいのか?・・・・・・って、騙されないぞ!」
「・・・惜しいところまでいきました。もしも今後この展開で、天照奈ちゃんのお胸かお尻でも触れば・・・誰も傷つくこと無く紫音が編入できたのですが・・・」
「俺が傷つくよね!?」
「ぶふっ!あははは!ごめんごめん、一度絶滅して復活したらすごく面白いんだもん!超回復ってやつですか?」
「お、おぉ・・・」
でも、一歩間違えればまた絶滅しそうだったけど?
生まれて初めて『面白い』と言われたこと、そしてみんなの温かい笑顔を見て、そんな疑問はすぐに消え去った不動堂だった。