104話 付いてないもんね?
夕食をとるため、広々としたダイニングに入った面々。
十人掛けのテーブルには、お手伝いさんが全力でつくりあげた、質も量も超一流な料理が並べられていた。
「おお、すげえぜ。湯気が出てらぁ!」
「そりゃそうでしょ。つくりたてですからね」
「いつもつくってもらってる料理も超旨いけどな。でも俺、弁当と冷凍のしか食ったことないから。こりゃ、さらに旨そうだぜ!おお、相棒、どっちが多く食えるか勝負しようぜ!」
「え、でも・・・夜のダンスに支障が出ない?」
「そんときは出せば良いんだよ!はははっ!」
「上からか下からかわかりませんが・・・サイくん、御手洗い、詰まらせないで下さいね」
「・・・ラジャー」
夕食中は、各々食べる量を競ったり、連休中の出来事を話したり、自分の存在を確認しながら楽しんでいた。
そして、十九時十五分・・・
突然、ダイニングの照明が全て消えた。
「な、なんですか!?いきなり暗くなりましたよ?」
『あ、紫音ちゃん、着いたのかな?』
『おお、お嬢の姉ちゃんが来たのか?』
『ほ、本物の紫音ちゃんに会えるのか!?』
『弟の分のサイン、もらえるかな?』
『紫乃ちゃん、本当に演技上手いよね』
バレバレのサプライズ演出の中、ドアを開け閉めする音、そしてダイニングの奥に誰かが移動する足音が聞こえた。
音がしなくなると、また急に照明が点いた。
少しの間、目を慣らそうと目をパチパチさせる面々。
そして、全員が音が止んだ先を見る。だが、いると思われた紫音の姿は、どこにも見られなかった。
「何でしょう・・・停電ですか?おかしいですね。鉄壁の我が別宅にこんな不具合が・・・失礼をば」
サプライズ演出と思わせるサプライズだったのか。
裁と天照奈を除く三人は、ドッキリに引っかかってしまったかのように苦笑して、食べることを再開した。
裁は、骨付き肉を口に運ぶ作業を継続しつつ、天照奈と目での会話を始めた。
『意外と気付かれないものだね』
『二人で考えたんでしょうね。それだけ巧妙なドッキリってことでしょ』
『よく見ればわかるのに。だって、付いてないもんね?』
『・・・フェイスガードのことだよね?』
『え?それ以外何かある?紫乃ちゃんに付いてて、紫音ちゃんには付いていないもの・・・』
『・・・ごめん、忘れて』
そう。暗闇から戻った後、先ほどまで紫乃の頭部をすっぽり覆っていたフェイスガードが付いていないのだ。
『どうせならフェイスガードも付けてれば、もっと気付かれないのにね』
『わたしたちは気付くとして。残りの三人が全然気付かないかもしれないからじゃない?』
『なるほど』
『気付いちゃいました?』
『え!?』
『あ、紫音ちゃんも目会話できるみたいだよ?』
『声を出せない紫乃と会話していたら、自然とできるようになってたの!』
「ふふっ。でも、二人とはまだうまく目ではしゃべれないから。普通に話してもいい?」
「そうだね。それにしても遅かったね。今日はライブだったの?」
「うん、全国ツアーだよ。十万人を沸かせてきたの!」
「すごい!けど、大丈夫?疲れてるんじゃない?」
「ふふっ。勉強は別腹だから大丈夫だよ!」
「おお、お嬢、珍しいな。天照奈さんに敬語使わないなんて」
紫乃を装う紫音と、天照奈との会話に、さすがに違和感を持ったのか。
意外と目ざとい相良が、まだ湯気の出ているエビピラフを口の中に流し込みながら質問した。
「ふふっ。ラブくん・・・だよね?ほら、学校じゃないし。たまには無礼講ってね!」
「おお。そいつは良いや!」
何が良いの?という表情で目の前のごつい少年を見つめる紫音。
「ところで紫乃ちゃん。紫音ちゃんはいつ帰ってくるの?」
『夜に合流』と聞かされ、しかも先ほど肩すかしをくらった不動堂。もう我慢できないという様子で聞いた。
だが、紫音は不動堂の問いに、ピクリとも反応しなかった。
おそらく紫乃から、『ドードーは無視するよろし。面白いから』とでも教えられているのだろう。
「おーい、紫乃ちゃん?フィルターかかってる?また絶滅しちゃうよ、俺?」
「不動堂くん、僕にはちゃんと聞こえてるから安心して」
面倒見の良い太一にフォローされ、安堵の表情を見せる不動堂。
「ぶふっ!あはははっ!」
紫音が突然笑い出した。
だが、その笑いはすぐに涙へと変わった。
「ふふっ・・・急にごめんね。わたし、グループの中で最年少だし。これまで、紫乃以外には、同い年の友達なんて・・・いなかったから・・・楽しくって」
その言葉と、何ものにも遮られることもなく涙を拭うその姿に、男三人はそれが紫音であることに気付いた。
「ちょっとちょっと紫音!ボクが紫音役で現れる前にバレちゃったじゃん!」
ダイニングの出入り口から、文句とともにフェイスガードを付けた紫乃がやってきた。
「え、じゃあやっぱり、紫音ちゃんなのか?ほ、本物!?」
「おお、お嬢じゃなかったか。そいつはすげえや!」
「さ、サイン・・・あ、色紙、バッグの中だった・・・」
男どもの反応に、泣き笑いを続ける紫音。
「ほら、泣いちゃダメだよ紫音。全国模試の結果が良かったら、みんな、卒業まで一緒なんだから!」
「・・・うん!」
「でも・・・入れるかどうか、あと、卒業までずっと一緒の保障は無いか・・・そのためにも、勉強頑張るよ!」
「おおっ!」
――十九時四十五分。
サプライズ合流を果たした紫音とともに、勉強会が再開となった。
特別ルールとして、この日限定で、紫音のみ満点を取ったら得点が二点となること。
また、紫音が出題するときに満点を取れなかったらマイナス一点、そして紫音に満点を取られてもマイナス一点となることが決まった。
紫音の登場に喜ぶ不動堂と太一も、マイナスは避けなければと、必死に集中力を保っていた。
夕食後の二コマが終了すると、紫乃と紫音の誘導のもと、別宅内にあるスタジオへと移動した。
「さてさて、カラオケとダンスの時間ですよ!ただ歌って踊るのも楽しいけど、ゲーム性があった方がより楽しいですよね?だから、これです!じゃじゃーん!」
紫乃は何やら全身に取り付ける装置のようなものを取り出した。
「おお・・・お嬢、そりゃあ何だ?」
「ふふっ。いわゆる『リズムゲーム』のためにからだの各部位につけるんです。頭、肩、肘、手首、腰、膝、足首にこれを取り付けます」
紫乃はその装置を、各部位に取り付けた。
「すると、なんということでしょう!ほれっ、ディスプレイを見て下さい!」
紫乃が動くと、ディスプレイに表示された人型の影が、紫乃と同じ動きをしていた。
「あらかじめ、数百曲の歌とダンスが登録されています。画面に表示されたお手本のダンスと同じ動きを、タイミング良くできれば高得点をもらえるゲームなんです。では、ボクがお手本を見せましょう!」
紫乃が画面を操作すると、曲が流れ始めた。
画面左側にはダンスのお手本となるキャラクターが表示されている。
「一曲につき、メロが二つ、サビが二つ、合計四つのパートで構成されています。それぞれ、十秒から二十秒くらいですかね。お手本を二回見た後に、実践する。それを四回やるというわけです!」
紫乃が選んだ曲のお手本ダンスが開始された。
難易度が高い曲なのか、すでに裁は目で追えていなかった。
お手本が二回終わると、紫乃のダンスが始まった。このゲームに慣れているのか、あるいはこの曲のダンスを完全に覚えているのか。
画面にはずっと、『最高!』と表示されていた。
曲が終わり、画面の表示について紫乃が説明してくれた。
「各部位の動きを正確に、タイミング良く実践できれば、評価が高い順に『最高!』『良』『普通』『うーん』『ぎゃーっ!』と表示されます。せめて普通以上を目指して頑張りましょう!」
余裕の表情を見せる紫乃と紫音、そして相良。
不安の表情を見せる不動堂と太一。
そして、ダンスもゲームも経験の無い裁は、ただ固まっていた。
「わたしダンスって初めてだからできるかな・・・」
戸惑う様子を見せる天照奈。
その様子を横目に、紫乃と紫音が悪い顔で微笑むのが、裁の位置からははっきりと見えた。
「天照奈ちゃんなら、お芝居以外は何をやっても神レベルだから、大丈夫ですよ。どれ、じゃあ天照奈ちゃんには早速、ボクのオスメスをやってもらいましょう。難易度も、ちゃんと天照奈ちゃん向けですから。安心してください!」
「えっ、他の人のを見てからの方が良いんだけど・・・しかも自分で選べないの?」
「ほら、天照奈ちゃんの好きなアニメの曲ですよ!」
「やる!」
天照奈の謎のスイッチが入る音がした。その音を聞いて、二人の悪笑みが増したのが見えた。
紫乃が選曲をすると、曲が流れ、お手本ダンスが始まった。
「え・・・これって・・・」
ダンスのことなど全くわからない裁でも、この曲が最高難度の『鬼レベル』であることがわかった。
お手本ダンスを必死に覚える天照奈に向けて、紫乃が悪い顔で説明を追加する。
「あ、言い忘れましたが。息抜きとはいえ、ダンスとカラオケの成績で、それぞれで得点が入りますからね!一位が五点、二位が三点、三位が一点、四位が〇点です!そしてそして、ふふっ、五位がマイナス一点、六位がマイナス三点、ビリがマイナス五点です!」
「え、ちょっと、紫乃ちゃん!?得点高くない?ビリだとマイナス五点?」
「おや、サイくん。ビリにならなければいいだけですよ?おっほっほ」
裁は気付いた。
おそらく、これは天照奈をビリにするための作戦だろう。
カラオケはどうだかわからない。だが、少なくともダンスでは、いきなり超高難易度のダンスをやらせてビリにさせようというのだろう。
お手本の二回が終わると、悪い微笑みの二人をよそに、天照奈のダンスが始まった。
「え・・・嘘でしょ・・・」
紫乃と紫音が目を見開いた。
上半身の動きに『最高!』がずっと表示されているのだ。
一方で腰から下は、ほぼ全てが『ぎゃーっ』だった。
「あ、天照奈ちゃん・・・下半身を捨てた!?でも、どちらかというと上半身の動きが多いから・・・これは・・・」
最下位を望む二人の目の前で、最高な上半身の動きを見せる天照奈。
ダンスが終了すると、千点満点の評価点が表示されるのだが・・・
「プラマイゼロではなく、どちらかというとプラスよりか・・・それでも『ぎゃーっ!』が多いはずだから・・・」
画面には、『七二八点』と表示された。
そして、評価は『良』だった。
「な、何ですって!?そ、そうか・・・超高難易度だから、『最高!』を出すと点数が高いのか・・・」
「でも、初見でこんな点数出せる?天照奈ちゃん、本当に恐いわ」
読みが外れたのか、紫乃と紫音の表情に焦りが見え始めた。
そして、息をつき水分補給をする天照奈の目を盗み、目会話を始める二人。
『ボクと紫音が一位と二位を独占するのは変わらないとして・・・』
『天照奈ちゃんをビリにするのは難しくなった、と』
『問題はドードー、太一、サイくんだね』
『難易度低い曲にするから、大丈夫だよね?』
『おそらく。サイくんに至っては、幼稚園児向けだから大丈夫でしょう』
『あとはいかに頑張ってもらうかだね』
『紫音が応援すれば下手なドーピングより効くはず!』
『効き過ぎて鼻血出ちゃうかもよ?』
『ちょっと薄めるよろし』
『じゃあ、眺めるくらいかな』
『ふむ、それで十分かもね』
幼稚園児向けの曲・・・目会話を盗み見した裁。
二人からの期待度が限りなく低いという事実にショックを受けつつも、どちらかというと大きな安心を覚えたのであった。