103話 一泊二日の勉強会
五月四日、火曜日。五連休の四日目。
一泊二日の勉強会という名目で、東條家別宅に招集された面々。
呼びつけたのは東條紫乃であったが、その名目、そして発起人が裁と聞き、頭に『目指せ宇宙一』という鉢巻きを巻いている者。最近の勉強の成果を見せつけたいと意気揚々とする者。弟がガチャガチャで出したかぶりを天照奈に献上しようと持参する者がいた。
裁は、この日のために『皆に聞きたい勉強のことベストスリー』を考えてきた。
天照奈は、自身の持つアニメセンサーがガチャガチャに反応したのか、みんなの荷物をじっと見つめていた。
「おほん。皆様、本日は遠いところ足を運んでいただきありがとうございます。と言っても、負担をかけないように執事に迎えに行ってもらったし。どうせ予定など無い男連中は暇してたでしょうし」
別宅の当主らしく丁寧な挨拶を見せる紫乃。だがそれも最初だけで、後半は普段男どもに接するいつもどおりの態度だった。
「えー、現在時刻は十四時十五分です。みんな、ちゃんとお昼ご飯は食べましたか?」
『はい!』と律儀に答える男どもの反応に満足した紫乃、
「よろしい。ではこれから、明日の十五時まで。勉強だけに集中します。では、開始!」
突然の開会宣言にどよめく男連中。
「・・・先生!質問があります」
「おや、不動堂くん。久しぶりですね」
「三日ぶりくらいだよな・・・いや、事前連絡のことだけど。『サプライズゲストに恐れおののけ!』って言ってたよな?俺、すっげぇ楽しみにしてたんだけど」
「ふふっ。サプライズなのですよ?そんな簡単に出てきたら驚かないではありませんか」
『それなら事前に言わない方が、もっと驚いたのでは?』
紫乃を除く五人全員がそう思っていたが、誰も何も言わなかった。
「今日は十八時にライブ・・・じゃなくて、用事が済むらしいから、夜にサプライズ合流の予定なんです!変な期待をしているドードーなんかもいるでしょうが、一つだけ言っておきます。ゲストさんは、サイくんに負けず劣らずの勉強マニアですからね」
「ん?紫音ちゃんだと予想したんだけど・・・まさか、違うのか?」
「おお、そいつは良いな。相棒にも相棒ができそうだ」
「あ、天照奈さん。始まる前にこれ渡しておくね」
「わぁ、ありがとう!え、これ、近所にはどこ探しても無かったやつだよ!嬉しい!」
「おほん、では、気を取り直して、開始!」
「・・・お嬢。始めるのは良いんだが、何をどう始めればいいんだ?」
「紫乃ちゃん、ほら、僕と一緒につくったスケジュール表見せようよ!」
「そうでした。サイくんと二十分もかけて作成した、渾身のスケジュール表を披露します。時間、科目、勉強内容、それから勉強の方法も書いてありますからね。ドードーくん、これを壁に貼ってください!」
役割を与えられたのが嬉しいのか、指示に従い素早く丁寧な動きを見せる不動堂。
「わぁ・・・本当に明日まで勉強漬けだね・・・」
普段、一日一時間程度しか勉強しない天照奈が眉をひそめる。
「おお。詰め込みすぎず、ちゃんと休憩もあるな。さすがお嬢と相棒だぜ」
頭に巻いた鉢巻きを締め直し、やる気を見せる相良武勇。
「先生、質問です」
「はい、そこの太一!」
「『カラオケ』と『ダンス』が入ってるけど・・・」
「よく気付きましたね。よしよし、褒めて進ぜよう」
紫乃は太一の頭を撫で始めた。
まるでペットか子供のような扱いだが、すでに慣れたのか、素直に撫でられる清水野太一。
「おほん。みなさん知ってのとおり、ただ勉強だけしていても、成績は思うようには良くなりません」
それを一番痛感しているのか、裁が大きく頷いた。
「集中力を高め、さらには維持できるような『息抜き』も、時には重要となります。ラブくんで言うところのレスリング。太一だと、アルバイト?ドードーの・・・天照奈ちゃんはアニメ鑑賞でしょう」
「あれ、俺は?」
紫乃は、『名前が出ただけありがたく思いなさい!』と言わんばかりの表情で不動堂を睨んだ。
「中には息抜きを知らないサイクロプスやドードーもいることでしょう。ということで、物は試し。わたしのオスメス・・・じゃなくてオススメの息抜きをやってもらおうというわけです!」
「でも僕、歌ったことも、踊ったこともないよ?」
「サイくん・・・中学校までの、音楽の時間にやりませんでしたか?」
「うん、でも、アレルギーの関係で体育と音楽は見学してたから・・・」
「人付き合いも見学してた天照奈ちゃんよりはマシですかね・・・。うん、良い機会でしょう。意外な才能に気付くも良し、才能が無くても、面白ければ良し。気分転換が目的ですからね!」
「おお、俺はダンス得意だぜ!歌は、まぁまぁかな」
一瞬、その場が凍り付いた。
相良の地獄弁当騒動を知る同士たちの目会話が開始された。
『何となくだけど・・・わたし、相良くんの歌は聞いちゃいけない気がするんだけど・・・』
『そこまで考えていませんでした・・・』
『意外性があるから、上手かもしれないよ?』
『じゃあ、今回も裁くんが毒味係ってことで!』
『ヨンセンロッピャクヨンジュウキュウ!』
『だから何その呪文!?』
『俺に言い考えがある。耳栓をするのはどうだ?』
『耳栓をしたら?』
『さすが太一!』
『えっ、俺の目線通じてない!?・・・受信できるだけマシか・・・』
「おほん。あと、勉強にもちょっとした工夫があります。全員、決まった時間、決まった範囲を勉強するんですけど。普段の授業と同じで、そのコマの最後にテストをします!」
「問題は誰がつくるんだ?おお、まさかお嬢と相棒がすでに?」
「いいえ、裁くんはつくりたがっていましたが、そこにも工夫があるのです。サイくん、説明をお願いできます?」
「うん。では、スケジュール表を見て下さい。各科目、一コマの勉強時間は三十分。そして十分の休憩をしたら、次のコマに移る、という流れが明日まで続きます。
今日の最初のコマ、実はこの説明時間も含んで三十分です。説明の後、勉強を二十分したら。僕と紫乃ちゃんが一緒に、休憩時間を使って、最初のコマの内容でテストをつくります。次の時間の最初、十分間でそのテストをして、続けて次の勉強に移る。流れはこんな感じです」
「科目の横に名前が二つ書かれているのはそれだったんだね。なるほど、全員がそれぞれ十回ずつ出題者になる、と」
「です。あと、ただテストをするだけだと出題者側も、回答者側もつまらないでしょう。あえて今回はご褒美と罰則を設けます!」
「わたし、嫌な予感しかしないんだけど?」
「ふふっ。回答者四人のうち、満点を取れなかった人数分の得点が、出題者二人にそれぞれ入ります。全員が満点を取れなければ四点もらえるというわけです。
ただし、全員が満点を取ってしまったら。そのときは出題者二人、それぞれマイナス四点です!これは痛いですよ!
そして回答者側は、満点を取れば一点がもらえます。回答者側はチームプレイではないので、全員が満点を取ったとしても、ボーナスはありません。この勉強会が終わるまでの総合得点が最も高い人が、最も低い人に命令ができる!どうですか!?」
「王様ゲームみたいなものか・・・ん?命令って、何でも良いのか?」
「ドードー、何か、誰かに命令したいことでも?」
「いや、ほら・・・紫音ちゃんにサインもらうこともできるかなって・・・」
「そんなの、命令じゃなくても普通にお願いすればもらえるんじゃないの?」
「しっ、天照奈ちゃん、みなまで言ってはいけませんよ。その願いがやる気へと変わるのです。でも、ドードーよ。まさか自分が一位で、紫音がビリになるなんて思ってない?」
「え、いや、だって・・・いくら勉強が好きとは言ってもアイドルだし、それに遅れて来るんだろ?」
「ふふっ・・・あ、遅れて来ること考えてなかった・・・しかも、紫音が来るなんて一言も言ってないんだけど!?せっかくのサプライズだったのに!」
紫乃と紫音が暮らす別宅に遅れてやって来るサプライズゲスト。
開催を決めたときにいなかった三人誰もが、紫音が来るものだと思っていたのだが。
「・・・とりあえず合流したら決めましょうか。それじゃあ今度こそ開始しますからね。いいですか、命令は絶対ですからね?お風呂だって一緒に入れちゃいますからね?ふふふっ」
紫乃の顔が悪いにやけ方をしていた。
そして、太一を除く男連中は、各々誰かと入浴する光景を思い浮かべ、鼻から出血していた。
命令と聞いた時点で、天照奈は紫乃の企みがわかっていた。
そして、おそらくだが、遅れてくる紫音をうまく利用し、紫乃か紫音が一位に、そしてわたしがビリになるような仕掛けも考えているのだろう・・・
天照奈が自分の企みを察していることを察した紫乃。
だが、天照奈のその表情を見て、自分の考えが甘かったと後悔した。
『め、女神を本気にさせてしまった・・・』
そう、天照奈は生まれて初めて本気で勉強をすることを決意したのだった。
――十八時四十五分。
夕食前に予定していた七コマが終了した。
テストはすでに六回完了しており、スケジュール表には全員の得点が記録されていた。
意外とみんなが恐ろしく難しい問題を出していたため、これまでのところ、解答者全員が満点を取ることは無かった。
全員がちょうど二回ずつ出題した現時点で、一位は本気を出した天照奈で十二点。この得点は、自身が回答した四コマ分のテスト全てが満点で、そして出題した問題は全員に満点を取らせないという、実質満点だった。
二位は目的達成のために頑張る紫乃で九点。三位タイが裁と相良で八点、五位タイが不動堂と太一で七点だった。
今回、テストを二人一組でつくることを提案したのは裁だった。
出題者は問題をつくるために、そのコマでは特に勉強をする必要がある。
問題を出すということは、その答えもちゃんと考えなくてはいけないから、最も身に付くのが出題者であると、裁は考えた。
そして、二人一組にすれば、相談をしてより良い問題をつくることができるし、意外な相性も見つけられるのでは。
それが裁の狙いだった。
だが今のところ、天照奈と紫乃としか組んでいない裁。
恐ろしく本気モードの二人には共同作業など眼中に無いのか、相性など見つける隙は全くなかったのだった。