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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
自己責任ヒーロー
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01話 体質

 三月十七日、火曜日。

 明日に卒業式を控え、中学校で最後となる授業を受けていた少年、黒木くろきさい

 晴れ渡った空を教室の中から眺め、少しの間呆けると、すぐに黒板へと視線を戻した。

 窓際、一番後ろの座席のその少年。身長一六六センチメートル、体重五十六キログラム、中学三年生男子の平均とほぼ同じ、ごく平凡な男子である。

 今年度のスポーツテストの結果も、五〇メートル走七秒七、握力三十八キログラムなど、全てにおいて平均値を記録した。

 そんな、ごくごく平凡な男子であった。



 ただし、外見と体質以外は、であるが。



 まず、頭には柔らかい生地の帽子を被り、耳までを覆っている。

 透明なゴーグルは目元をすっぽりと、大きめのマスクは口元から耳の下までを広く覆っている。

 また、手には薄手の布製の手袋を装着しており、極力肌の露出を抑えた格好をしている。

 一見すると、紫外線から肌を全力で守る美魔女スタイルのようにも見えた。

 

 少年自身の見た目だけでなく、使用している机と椅子も普通とは異なっていた。

 他の生徒は一般的な木材とスチール製のものを使っているが、少年は、一見すると素材が全くわからない、漆黒の、そして重厚感のある机と椅子を使っていた。


 そして、机の配置も何やらおかしい。少年の左側は窓、後ろは壁、ここまでは良いが、右側にあるはずの『隣の席』が無い。

 クラスの人数が奇数であれば、特に変わったことでもないのだが、このクラスの人数は偶数である。

 少年の右側と同様、前にもスペースが空いており、隔離されているようにも見える。



 これはクラスで浮いているとか、いじめられているとか、そういうものでは無い。

 少年の『体質』の問題だった。



 少年は重度のアレルギー症状を持っていた。

 成長するにつれ、その症状はさらに悪化すると言われていた。

 物心がつく前、三歳のときに一度発症したことがあるという。母親に抱っこされた少年は、肌と肌が触れた部分が真っ赤になり、高熱とともに三日間生死をさ迷ったらしいのだ。

 

 アレルギーは、おそらく人肌をはじめとし、体液、木材、化学繊維など、日常生活に存在するあらゆるモノを拒絶するという。

 それからというもの、人に触ること、そして発症するおそれのあるものには触れないよう、細心の注意をはらっての生活となった。

 その後は一度も発症することは無かったのだが、中学三年生の今であれば、発症すなわち死に至ると考えていい、と言われていた。


 危険を犯してまで学校に登校せず、オンラインでの授業を受けるという選択肢もあった。

 だが、隔離された生活を望まなかったのは、両親と、そして少年本人の意思だった。

 肌の露出を抑えるとともに、人との距離を最低二メートル離すことを学校にお願いしたうえで、小学校の六年間、そして三年間の中学生活を送った。

 

 対応をしてくれた学校、そして、そんな異様な学校生活を送る少年を拒絶せず、適切な距離を置いて話しかけてくれた同級生。

 全てに多大な感謝を胸に抱き、明日、無事に卒業式を迎えることができるのだ。 



 最後の授業が終わると、裁はクラスメートと少し談笑しながら、生徒が少なくなるのを待った。

 しばらくすると、人との距離を十分にとりながら学校を出た。

 

 校門を出ると、一台の車が裁を待っていた。

 車から顔を覗かせたのは、裁の母親、美守みもりだった。

 小中学校九年間の登下校、毎日してもらった送り迎えも、明日が最後となる。

 裁は、なんだか少し寂しいような、でも面倒をかけなくなるかな、という安堵も少し感じていた。

 

 

 その日の夜のことだった。

 裁の父、正義まさよしは、


「重要な話がある」


 と、二メートル離れたところから、改まった様子で裁に向き合った。


「裁が一週間前に受けた検診の結果が今日出たんだ。前回は、症状が少しおさまったかもしれない、という結果だったのを覚えていると思う。そして、今回、なんと、なんと、変わりませんでしたー! っていうのは冗談で。おほん。なんと、症状がほぼおさまったようなんだ」

「え? 冗談から入ったから一気に信憑性無いんだけど」

「ごめんごめん。俺もうれしくてさ、ついテンション上がっちまった。これは本当だよ」

 

 テンションの高い父の横で、母がうっすらと涙を浮かべた目でこちらを見ていた。どうやら本当のようだ。


「じゃあ、手袋しないでも人に触れるの?」

「あぁ。でも、念のため、明日の卒業式は今までどおりにしような。よし、明日の夜は、近距離赤飯パーティーだ!」



 高いテンションを維持し続けるこの父は、警視庁警察本部の刑事だ。

 この調子でちゃんと仕事ができるのかと心配になるくらい、いつも陽気である。

 母も、警視庁に勤めていたが、出産を機に仕事をやめたという。

 父とは職場で出会い、出会って六か月のスピード婚だったらしい。


「じゃあ、明日は一人で学校に通ってみてもいい? 最後もお母さんに送ってもらうのが本当は一番いいんだけど、最後が最初の普通、っていうのも忘れられないから」

「そうね。裁を送った後、卒業式に出るのにもう一回学校に行くよりは一回で済んだほうが私も楽かな」

「でも、大丈夫か? 何気に遠いからバスに乗らないといけないぞ」

「うん、大丈夫だよ。この三年間、いつでも一人で行けるようにって、準備だけはしてたからね。最後の最後に役に立ちそうで良かった」

「わかった。じゃあバスの運賃渡しておくな。たしか、十一円くらいだっけ?」

「そんなわけないじゃない。十三円はするわよ」

「それ、十円の駄菓子しか買えないよ? 百円! 定額で行ける区間だよ」


 父のボケは小刻みに襲い、母はそれに乗る。よって、ツッコミは裁の役目であった。


「じゃあ、登校のイメージトレーニングもしたいし、今日は早く寝るね」

「おう、おやすみ。じゃあ、明日は九時半に中学校の体育館集合な」

「朝は会わないんかい」


 本日最後のツッコミを入れると、部屋に戻り、瞑想しながら床に就いた。

 


 翌朝、バスの時間に合わせていつもより二十分早く起きた裁。

 母の準備した朝御飯を食べると、家を出た。

 いつも朝食をともにする父は、朝一番で仕事を済ませて卒業式に向かうらしく、すでに出発しているようだった。

 どうやら体育館集合というのは本当だったらしい。


 いつもの美魔女スタイルではあるが、初めての普通の登校。

 裁は、少し浮き足立つところを抑え、まずは一歩、つまづかないように踏み出したのであった。

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