第五ラウンド スパーリング。
様々な種類の蹴り技、パンチとキックを織り交ぜた「コンビネーション」の練習が終わってひと息ついた後、三人はおもむろに各自のバッグをまさぐり始めた。
バイクのヘルメットの様な、プラスチック製の面が付いた頭に被る防具。
小さな、布製のグローブ。
スネ当て。
さらに、女の子は胴体を守る防具。
オーナーさんと店員のふたりは、股間を守る防具らしきものも、短パンの上から履いた。
まずは、店員と女の子が向かい合う。
オーナーさんはタイマーを二分間にセットし、なにやらちいさな物を両手に持って、ふたりから少し離れた位置に立った。
店員と女の子が、礼をして互いに構えた。
僕は、緊張して思わず生唾を飲み込んだ。
「はじめ」
オーナーさんの合図で、ふたりは軽くグローブを合わせた。
お互い、拳を顔の前にあげ、背筋を心なしか丸める様にして立っている。さらに、前の足の爪先で、小刻みにリズムを取っていた。
素人目には、マンガやユーチューブで見た「ムエタイ」によく似ている。
いきなり、女の子の足が疾った。
店員が、軽く上体を後ろに逸らして躱す。
"ブン"と音を立てて、女の子の左足が、店員のすぐ目の前の空間を、切り裂く様に駆け抜ける。
店員が、蹴り足が地に着くより早く、女の子の軸足を蹴る。
"ぺシッ"っという、肌を打つ音が、講堂に響いた。
女の子は、動じずに前に出る。
左ジャブを二発、右のローキック、右のミドルキック。
店員は、左ジャブを上体の動きでかわして、ローキックとミドルキックは、上げたスネで防いだ。
「優希、もっと緩急とバリエーション」
オーナーさんが、女の子に声を掛ける。
女の子が、ムキになって前に出る。
そこに狙いすました様に、店員の右ストレートが当たった。
さらに、左フック、右のボディストレート、右のローキック。
ため息が出るように美しい、流れる様なコンビネーションだった。
その後も、女の子の単発の攻撃を店員がいなしては手数で返す攻防が続いて、やがて、時間切れになった。
ゴングの音が響き、ふたりが「気を付け」の姿勢で向き合う。
オーナーさんは両手に持った何かにチラリと目を向けて、
「5ー1、拓也」
と、右手を店員に向けて上げた。
店員と女の子は一礼して歩み寄り「ありがとうございました」と、両手を握り合った。
***
その後、店員と、オーナーさん。
オーナーさんと、女の子。
再び、店員と女の子……という感じで、三人がぐるぐると試合をして回った。
中でも、店員とオーナーさんの試合は凄い迫力だった。
開始と同時に、店員の鋭い蹴りがオーナーさんを襲った。
あの、ローソンの裏手で金髪と茶髪のDQNを倒した時と同じか、それ以上に鋭いミドルキックだった。
それを、オーナーさんがこともなげにスネで受ける。
次の瞬間には、店員は、オーナーさんに両手で首を抱えられていた。
店員が自分の両手を内側から入れて、解こうとした。
その横っ腹に、オーナーさんの膝蹴りが入る。
一発、二発。
三発目が入ると思った時、店員の右手が、なんとかオーナーさんの胸元に到達して
「ぐい」と、距離を作った。
だけど、オーナーさんの三発目の蹴りは、膝蹴りではなくローキックだった。
左足のローキックが、まともに入る。
店員が、左足を疾らせる。ミドルキック。
オーナーさんが、右スネを上げる。
と、横っ腹に向かっていた店員の左足が、空中で、いきなり軌道を変えた。
膝を支点に、旋回する様に左足の甲がオーナーさんの頭部を襲う。
オーナーさんが、右腕を「くの字」に曲げて防ぐ。
「バシン!」という大きな音が、講堂に響く。
オーナーさんが体勢を立て直して、右のジャブを数発うつ。そして、左のミドルキック。店員が、右スネを上げてそれを防ぐ。
……一進一退の攻防が繰り広げられ、あっという間に、二分間の試合時間が過ぎ去った。
判定は、8対5でオーナーさんの勝ち。
ふたりは、先ほどと同じ様に、礼を交わし、握手を交わして離れた。
僕は、まるで自分が闘い終えたみたいに、小さくため息をついた。
握り締めていた掌の中に、爪の痕がついていた。