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第五十一ラウンド 甘い記憶。

 すこし冷たい夜風を浴びながら、ぼくたちは、いつものローソンを目指して自転車のペダルを漕いでいた。


 先頭は、久原拓哉と川内優希の二人乗りの自転車。そのあとに、ぼく、浦ノ崎丈の順に続いて、薄暗い県道をゆっくりと進む。

 春のはじめの冷たい空気に、ほんの少し、ほころびはじめた桜の香りが混ざっているような、そんな気がする夜だった。


 やがてぼくたちは、ローソンの駐車場にたどり着いた。


*****


「卒業祝いな」


 そう言って、浦ノ崎丈がぼくの前にホットココアの入った紙コップを置いた。


 ぼくは「押忍、いただきます」と応えて目礼し、それから、ココアをゆっくり口に含んだ。

 稽古でたっぷりかいた汗は、自転車移動中にすっかり乾いてしまった。どこか肌寒さすら感じていたぼくのからだが、内側から、ゆっくりと温められていく。


「高校合格してたら、次は、いよいよ四月に地区大会か」


 川内優希が、コーヒーの入った紙コップを持って、そう言った。


 四月。


 いよいよぼくの、アマチュア競斗公式戦デビューの日が近づいていた。


 ぼくは、手技での上段への攻撃が禁止の「中級の部」へ参加する事になっている。


 最初は、足技も上段に打ってはいけない「初級の部」へ出場を考えていたんだけど、久原拓哉や浦ノ崎丈、川内優希とスパーを繰り返すうちに、なんだか、そのルールだと物足りなさを感じるようになっていた。


 ある日、思い切って先生に相談すると、


「もちろんいいさ。ウチは、生徒の挑戦は止めない主義だからな」


 と、二つ返事でオーケーが出た。


 それからは、今まで以上に稽古に熱が入った。


 久原拓哉はもちろん、浦ノ崎丈と川内優希も、上段への手技が認められている「上級の部」への出場だ。

 浦ノ崎丈は、前に所属していた「拳神会」では顔面パンチなしの試合しかしていなかったので、特に念入りに、その稽古に時間を割いている様子だった。いまでは、川内先生や久原拓哉とも、スパーでそこそこには渡り合えるくらいに、顔面パンチに慣れてきている。


「決勝で、この間のリベンジしてやるからな」


 事あるごとに、浦ノ崎丈は久原拓哉にそう言って笑っていた。


 実際、そうなる可能性は充分にあると、川内先生も言っている。


 浦ノ崎丈が久原拓哉を煽り、久原拓哉は聞き流す。そこに、川内優希が浦ノ崎丈のディフェンスの甘い部分を指摘……というかツッコむ。そんな、いつもと同じ調子の会話が弾んでいる横で、ぼくは、上着のポケットから、ちいさな包み紙を、取り出した。


 チュッパチャプスの棒がはいった、ちいさな紙片。


 それを見て、ぼくは、あの時の二里美弥の唾液の味を思い出した。


 甘ったるくて、生温かい、女の子の唾液。


 はじめての味。


「ゴミ? 捨てとこうか?」


 横から、川内優希がぼくにそう声をかけた。


 ぼくは慌てて「それ」をポケットに戻し、


「いや、だいじょうぶ!」


 と、笑い返した。


 川内優希は、キョトンとした顔で、ぼくのその様子を眺めていた。


 


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― 新着の感想 ―
めちゃめちゃ面白くて、一気に読ませていただきました。特に好きなのは、飲み会での回想シーン、この描写で登場人物の深みがより強まる感じがしました。また、袴田と河内の関係が気になります。そして、ところどころ…
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