第五十一ラウンド 甘い記憶。
すこし冷たい夜風を浴びながら、ぼくたちは、いつものローソンを目指して自転車のペダルを漕いでいた。
先頭は、久原拓哉と川内優希の二人乗りの自転車。そのあとに、ぼく、浦ノ崎丈の順に続いて、薄暗い県道をゆっくりと進む。
春のはじめの冷たい空気に、ほんの少し、ほころびはじめた桜の香りが混ざっているような、そんな気がする夜だった。
やがてぼくたちは、ローソンの駐車場にたどり着いた。
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「卒業祝いな」
そう言って、浦ノ崎丈がぼくの前にホットココアの入った紙コップを置いた。
ぼくは「押忍、いただきます」と応えて目礼し、それから、ココアをゆっくり口に含んだ。
稽古でたっぷりかいた汗は、自転車移動中にすっかり乾いてしまった。どこか肌寒さすら感じていたぼくのからだが、内側から、ゆっくりと温められていく。
「高校合格してたら、次は、いよいよ四月に地区大会か」
川内優希が、コーヒーの入った紙コップを持って、そう言った。
四月。
いよいよぼくの、アマチュア競斗公式戦デビューの日が近づいていた。
ぼくは、手技での上段への攻撃が禁止の「中級の部」へ参加する事になっている。
最初は、足技も上段に打ってはいけない「初級の部」へ出場を考えていたんだけど、久原拓哉や浦ノ崎丈、川内優希とスパーを繰り返すうちに、なんだか、そのルールだと物足りなさを感じるようになっていた。
ある日、思い切って先生に相談すると、
「もちろんいいさ。ウチは、生徒の挑戦は止めない主義だからな」
と、二つ返事でオーケーが出た。
それからは、今まで以上に稽古に熱が入った。
久原拓哉はもちろん、浦ノ崎丈と川内優希も、上段への手技が認められている「上級の部」への出場だ。
浦ノ崎丈は、前に所属していた「拳神会」では顔面パンチなしの試合しかしていなかったので、特に念入りに、その稽古に時間を割いている様子だった。いまでは、川内先生や久原拓哉とも、スパーでそこそこには渡り合えるくらいに、顔面パンチに慣れてきている。
「決勝で、この間のリベンジしてやるからな」
事あるごとに、浦ノ崎丈は久原拓哉にそう言って笑っていた。
実際、そうなる可能性は充分にあると、川内先生も言っている。
浦ノ崎丈が久原拓哉を煽り、久原拓哉は聞き流す。そこに、川内優希が浦ノ崎丈のディフェンスの甘い部分を指摘……というかツッコむ。そんな、いつもと同じ調子の会話が弾んでいる横で、ぼくは、上着のポケットから、ちいさな包み紙を、取り出した。
チュッパチャプスの棒がはいった、ちいさな紙片。
それを見て、ぼくは、あの時の二里美弥の唾液の味を思い出した。
甘ったるくて、生温かい、女の子の唾液。
はじめての味。
「ゴミ? 捨てとこうか?」
横から、川内優希がぼくにそう声をかけた。
ぼくは慌てて「それ」をポケットに戻し、
「いや、だいじょうぶ!」
と、笑い返した。
川内優希は、キョトンとした顔で、ぼくのその様子を眺めていた。




