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第四ラウンド 見学。

 次の土曜日、僕は、ローソンの近くの公民館に向かった。


 お寺の隣り、思ったよりも大きな平家の建物だった。車の二十台くらいは停められそうな広い砂利敷きの駐車場の端には、地元消防団の詰所もある。


 遠くから、様子を窺う。


 親に連れられた小学生くらいの子供達が、ギャーギャーと笑いあい喚きあって、走り回っている。その横では、母親達が井戸端会議中だ。


 練習は、終わってしまったのだろうか。


 人が大勢いる正面から入るのもなんだか気が引ける。僕は、建物の横手に廻ってみた。


 向かいに墓地がある細道の横、僕の頭より少し高いくらいの窓が開いている。

 そこから中の様子を見てみようと、僕は、手頃な足場に飛び乗って中を覗き込んだ。


 その途端、中にいる女の子と目が合った。


 少し長い黒髪の、大きな瞳をした可愛い子。

 その女の子は、灰色の下着だけしか着ていなかった。首に、ピンク色のタオルがかけてあった。


 そう。

 まずいことに、その子は着替えの真っ最中だった。


 僕が事情を説明するより早く、その子の悲鳴が響き渡った。

 僕は足を滑らせて地面で尻持ちをついた。


 頭上では、

「どうした!?」

「ギャーっ! 開けんな、スケベ親父!」

 と、騒ぎが続いていた。


***


 公民館の講堂で、僕はしどろもどろになりながら、身の潔白を説明した。


 女の子は唇を尖らせて不満げな顔つきだったけど、もうひとりのスキンヘッドの中年男は、笑いながら聞いていた。


 スキンヘッドの人は、この間の、ローソンのオーナーさんだった。

 赤い柔道着の様な物を着て、ボロボロになって元の色がよくわからない帯を巻いている。

 この間は気がつかなかったけど、拳がなんだか歪な形をしている。


 その隣りには、さっきの女の子。

 こちらは青い道着で、茶色の帯。そして、黒い短パンとスパッツを履いている。

 サラサラした黒髪の下に、どこかエキゾチックな雰囲気の漂う大きな瞳。

 通った鼻筋に、小さな唇。……正直、格闘技をやってる様には見えないくらいの美少女だ。


「まぁ、要は痴漢じゃなくて見学に来たんだな」

 オーナーさんの言葉に、僕は頷く。


 その時「オス」という声が、入り口から聞こえた。


 皆の視線が、入り口に集まる。


 オーナーさんと女の子が「オス」「オス」とそれぞれ声を返した。


 Tシャツにジャージのズボンだけというラフな服装だけど、間違いなくあの時の、僕たちを助けてくれた若い店員だ。


 店員は僕の顔を見て「お前、この間の」と、言った。

 

 僕は、小さく会釈した。


「見学って言っても、こっからは三人だけで試合用の練習するだけだから、あんまり参考にならんかもしれんが」

 オーナーさんが言う。


 試合用の練習?


 よくわからないけど、僕は「見学させてください」と言った。


 隅っこにあるソファーに座って見ているように言われ、僕は腰を下ろした。


 若い男が、一礼して講堂に入って来た。青い道着に、茶色の帯。下は、スパッツと黒い短パンを履いている。


 これが「競斗」のユニフォームなんだろうか。


 スキンヘッドの男が一番前に座り、その後ろに、ふたりが並んで座る。


「正面に、礼」


 オーナーさんの声に合わせて、講堂の正面、日の丸の旗に向かって三人が深く頭を下げる。僕も、慌てて真似をする。


「キョウイクチョクゴ」

 オーナーさんがそう言うと、三人が一斉に、何やらよくわからない標語の様な文章を暗唱し始める。


 それが終わるとオーナーさんの合図で全員が立ち上がる。


 オーナーさんが、講堂の隅にある机の上のオーディオを操作する。途端に、よく知っている音楽が流れる。"ラジオ体操"だ。


 三人はそれの「第一」を終えると、今度は、柔軟体操を始めた。

 オーナーさんは"おじさんにしては柔らかいかな"くらいだけど、若い店員と女の子は、信じられないくらいの身体の柔らかさだった。左右に開いた足の間で、上半身がペタリと前の床に着く。テレビや雑誌では見た事があったけど、実際に目にしたのは初めてだった。


***


 準備運動が終わると、オーナーさんの号令に合わせて、パンチの素振りが始まった。


 左手のジャブ。


 右手のストレート。


 左手のフック。


 右手のアッパー。


 僕は生まれて初めて、人の拳が風切音をたてるのを聞いた。


 パンチって、こんなにも速く鋭く打てるものなのか。

 三人が繰り出す美しいフォームのパンチの数々に、僕は、目を奪われていた。


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