第四十六ラウンド 決着の時は突然に。
八月三十一日の、午後だった。
夏のおわりの太陽が、ジリジリとぼくの身体を照らして焼いた。
ぼくは、ローソンでいつもの練習を終えて、それから、なんとなくバイパス沿いのブックオフに足を運んだ。
自動ドアが開き、流れ出てきた涼しい風が、ぼくの火照った身体を冷ました。
店内に入り、カードゲームに興じているこどもたちの横を通って、中古漫画の棚を、ゆっくりと見てまわる。
そこに、晴人がいた。
身体を丸めるようにして、漫画を読みふけっている。
ぼくは、そっと近寄り、横に立った。
ぼくの気配に気づいた晴人がチラリとこちらを見た。
ぼくと目が合う。
晴人は無言で漫画を棚に戻して、その場を離れようとした。
「待ってよ」
ぼくがそう声を掛けると、晴人の足がピタリと止まった。
「ちょっと、話そうよ」
ぼくは言った。
晴人は、黙ってうつむいていた。
*****
自動販売機でそれぞれジュースを買い、ぼくたちふたりは、ビルの裏手の駐車場に向かった。
日陰を見つけて、ぼくは腰を下ろした。晴人は、立ったままだった。
「ひさしぶりだね」
ぼくがそう言っても、晴人は、ただ黙っているだけだった。
持っているジュースの缶を、口に運ぼうともしなかった。
「たまには、晴人と出かけたいなと思ってたんだ」
ぼくは、晴人に笑いかける。
「…………」
晴人は、まだ黙っている。
遠くで、車のクラクションが鳴った。
「最近はちょっと忙しくて、ぜんぜんカードも買ってないよ。また、一緒に買いに行こうよ」
ぼくがそう言うと、やっと、晴人は口を開いた。
「……あいつらと遊ぶのに、忙しいんだろ?」
絞り出すように、そう言った。
「牧島たちとつるんでる方が楽しいよな。学校での扱いだって、全然ちがうもんな」
晴人はプルタブを開け、ジュースを飲んだ。晴人の汗ばんだ喉が、大きく上下した。
「晴人……」
ぼくは、思いきって訊いた。
「晴人。おまえ、牧島からお金を取られてるのか?」
晴人の喉が動きを止めた。
「……そうだよ」
晴人が、ぼくを見た。
今日、初めて目が合った。その目は、うっすらと涙で滲んでいた。
「あぁ、そうだよ! その金で、おまえだって遊んでるんだろ」
「…………」
そうか。
やはりそうだったんだ。
あの、牧島岳の羽振りの良さ。あれは、牧島岳自身のものではなく、晴人からカツアゲをして得ていたものだったんだ。
「またお前らかよ」
その時、不意に横から声を掛けられた。
そちらに振り向き、ぼくは息をのんだ。
茶髪の男と、金髪の男。
あの、久原拓哉にやられ、そのあとぼくをボコボコにした、あのふたりが立っていた。
「どこに行っても会うな、お前ら」
茶髪の方が、あの、厭な笑いを顔に貼り付けて、こっちに近づいて来た。
金髪の方は建物の曲がり角に残り、通りの方を眺めていた。
「ちょうどいいや。お前ら、ちょっと金貸してくんねぇか」
ぼくは立ち上がり、晴人を背にして背筋を伸ばした。
「なんだ、おい」
茶髪が言った。
「てめぇ、またボコられてぇのか? あ?」
ポケットに手を入れたまま、首を伸ばしてぼくを睨んだ。
あぁ。
これ、すぐに頭突きがはいるな。
……久原拓哉と稽古していることを思い出して、ぼくは、思わず笑ってしまった。
隙だらけだった。
いつも稽古している久原拓哉や浦ノ崎丈に比べると、この茶髪の男は、あまりにも隙だらけだった。
なんでも、どんな技でも入りそうだった。……倒せそうだった。
「なんだ、てめぇ」
茶髪が、露骨に苛ついた表情を見せた。
「……隆一」
晴人が、震える声でそう言った。
「おもしろそうなことしてんな、おい」
不意に、この場に不釣り合いな、妙に呑気な声が響いた。
ぼくと、晴人と、茶髪の男が、同時にそちらを向いた。
そこには、浦ノ崎丈が立っていた。
飼い犬の散歩の途中なのか、足元には、鎖に繋がれた黒いおおきなラブラドールレトリバーがいた。
浦ノ崎丈が駐車場にずかずかと入ってくる。見張りをしていた金髪の男は、それに気圧されるように後退りをした。
「……浦ノ崎」
茶髪の男が、つぶやいた。
「……押忍」
ぼくは、ついいつもの「くせ」でそう言った。浦ノ崎丈が、ぼくを見て「押忍」と笑った。
「立岩。そいつはおれのツレで、超強いガキなんだ。やめといた方がいいと思うぞ」
浦ノ崎丈は、手にしている鎖をジャラリと鳴らした。
茶髪の男が、なにを言っているのかといった表情で、ぼくを見た。
「大丈夫だ。おれが見といてやるから、遠慮なくやれ。堀田」
浦ノ崎丈が、のんびりとそう言った。
ぼくは、
「押忍」
と、応えて、ゆっくりと腰を落とした。




