第四十五ラウンド 解散
「便利な世の中になりすぎるのも、まぁ、考えものですね。ちょっとスマホで検索すれば、大概のものを見つけられる世の中ってのも」
久原正勝が、苦笑いを浮かべてそう言った。たしかに、黙っていた過去を、まさか、息子に観られるとは思ってなかったのだろう。
「まぁ、あいつの中で、なにか思うところがあったんでしょう。おれが知らないうちに、もう先生のところに入門して、競斗漬けの生活になってました」
久原正勝がそこまで言った時、うしろの方でゴソゴソと音がした。
振り返ると、寝ぼけ眼の川内優希が、むっくりと起き上がっていた。
「……あれ。久原さんと浦ノ崎さんは?」
のっそりと周囲を見たあと、川内優希はそう言った。
「帰ったよ。先に」
ぼくがそう言うと、
「そう……」
と、まだ開ききってない瞳をこちらに向けて、川内優希はそう言った。
そして、右手でお腹を押さえて見せて、
「お腹すいた」
と、ちいさく言った。
そうだ。ろくに食べもせずにカクテル(ノンアルコールだけど)を何杯も飲んで、彼女はそのまま眠ってしまったのだった。
それを聞いて、カウンターの中の店主の奥さんが笑って言った。
「お嬢ちゃんの分は、ちゃんと取ってあるわよ」
しばらくして小上がりのテーブルの上に、温めなおされた焼き鳥の盛り合わせと、ごはんと味噌汁、小鉢のサラダが並べられた。川内優希が「ごくり」と喉を鳴らしたのが、はっきりと聞こえた。
「どうぞ」
奥さんがそう言うと、
「あ、ありがとうございます!」
川内優希は瞳を輝かせて、“いただきます”の仕草を見せると、猛烈な勢いでそれらを食べ始めた。
「なんだか、今日はいろいろ喋り過ぎちゃったなぁ」
すっかり薄まったグラスのなかの水割りを飲み干して、久原正勝がそうつぶやいた。
「いやいや。興味深い話ばかりで、すごく楽しかったです」
お父さんが、笑顔を見せて、そう言った。それを見て、久原正勝も微笑んだ。
「今度は、川内先生のお話も聞いてみたいですね」
久原正勝が、川内先生の方を見ながらそう言った。
「それほど大したことはやってませんかけどね、わたしは」
川内先生が、苦笑いしてそう答えた。
それからしばらくして、飲み会はお開きになった。
雨があがった夜道を、ぺこりと皆に頭を下げて、久原正勝は歩いていった。その姿が闇の中に見えなくなった時、電話で呼んだタクシー二台が、店の前に静かに停車した。
「押忍」
「押忍。おやすみなさい」
そう言葉をかわして、ぼくたちはそれぞれタクシーに乗り込んだ。




