第三ラウンド 競斗との出会い。
若い店員に続いて、僕と晴人もローソンの店内に入る。
「どうだった」
眼鏡をかけた中年の男が、若い店員に声を掛ける。中肉中背、被ったキャップの下の頭は剃り上げられている。
胸の名札に「オーナー 川内」と書いてあるのが見えた。
「裏でふたりとも伸びてますよ」
若い店員は、澄まして答えた。
僕たちは、オーナーに促されるまま、事務所に入った。まるで鰻の寝床みたいに狭苦しい部屋に、段ボールに入ったお菓子やペットボトルなどが積んである。
「怪我はしてないか?」
オーナーの問いに、僕と晴人は首を横に振った。
「おまえは?」
オーナーが若い店員に訊くと、
「しやしませんよ。先に殴らせて、一発づつ返しただけです」
と、若い店員が答えた。
「あ、あの……」
僕は、気になっている事を訊ねる。
「あんなにしちゃって、大丈夫なんでしょうか」
僕の質問に、オーナーが笑う。
「まぁ、あの手の奴らは警察云々は言わないだろ。それに、万が一にそうなっても……」
オーナーが、事務机の隣りのモニターを指して、何やらマウスを操作した。
モニターの映像が切り替わり、駐車場の様子が映し出された。さっきのニッカポッカのふたりが、立ち上がって、車に乗り込むのが見えた。
「ちゃんと録画してあるからな。一発に一発かえすくらいじゃ、大ごとにならないよ」
……そういうものなのだろうか。理屈はいまいちわからないが、僕は、納得する事にした。
「あ、あの。ありがとうございました」
僕たちは、若い店員に頭を下げた。
「いいよ」
若い店員は短く言うと、事務所から出て行ってしまった。
「まぁ、これから気をつけて」
オーナーが、持っているマグカップを傾けて言う。
僕たちは、もう一回、頭を下げた。
***
帰りがけに、僕は思い切って若い店員に聞いた。
「あの、さっきの蹴りって、空手とかそういうやつですか」
若い店員は、棚の整理の手を止めずに、ちらりと僕に一瞥をくれた後、言った。
「……キョウト」
僕は、思わず聞き返す。
「京都? 観光地の?」
若者は、露骨に面倒くさいという顔をして、言った。
「……競斗。知らねぇのか」
僕は、黙って首を横に振った。
「そこに、ポスター貼ってある」
若い店員は、本棚の奥、トイレの入り口の方を顎をしゃくって指した。
そこに、立つ。
B4サイズくらいのラミネート加工を施された紙が、貼ってあった。
赤と青の柔道着の様な物を着たふたりが闘っている写真が、中央に大きく載っていた。
「競斗 伊万里川内教室 門下生随時募集」
と、書いてある。
場所は、ここから歩いて十分程度の公民館、練習日は、月、水、土曜日。時間は、十九時からと書いてある。
……競斗。
はじめて聞いた言葉だ。
僕は、無言でそのポスターを眺め続けた。
ここに通えば、あんな風に強くなれるんだろうか。
晴人が急かすまで、僕は、三分ちかくもそれを眺めていた。
競斗。
はじめて見た、本物の格闘技の蹴り。
僕は、胸の高まりを、なかなか抑えられなかった。