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第三十七ラウンド その男、ガオラン。

 夕飯をかき込むようにして済ませると、僕は、足早に自室に向かった。

 エアコンをつけ、椅子に腰掛け、スマホの画面を開く。


「YOUTUBE」のアイコンをタップして、さらに、検索キーをタップする。そして「ガオラン 競斗」と入力した。


 ずらりと、サムネイルが並んだ。


 どれも「日本競斗協会チャンネル」の公式配信動画だ。僕は、そのなかから適当にひとつを選んで、タップした。


 2018年7月18日、福岡での試合。

 リング上には、ふたりの選手とレフェリーが立っている。


 背が高い方が、大分競斗所属の市尾選手。そして、小柄な方が、招待選手のガオランだ。

 市尾選手は、よく引き締まったすらりとした身体つきだ。対してガオランは、お世辞にもスマートとは言えない体型だ。全体的に弛んでいて、張りのない身体だった。頭髪も少し薄めで、年齢を感じさせる。


 レフェリーのチェックが終わり、お互いのオープンフィンガーグローブを合わせる時も、ガオランは、なにやらへらへらと笑っている。精悍な顔つきで真正面から相手を見据える市尾選手に比べると、正直、とても強そうには見えなかった。


 ゴングが鳴ってすぐに、僕の先入観は吹き飛ばされた。


 ガオランは、ものすごく強かった。


 市尾選手の攻撃を、へらへらと笑ったまますべて紙一重のボディワークだけで躱し、一瞬でも隙を見つければ、強烈な反撃をお見舞いする。


 開始早々に絶望的なレベルの違いを見せつけると、ガオランは、市尾選手をからかうような行動にでた。


 高く跳び上がって、空中からハイキック……と思わせて、ローキックを放つ。

 クリンチの際に両手両足で抱きつき、肩口に浅く肘打ちを連発する。

 マットに手を着き、逆立ちの様な体制でハイキックを見舞う……。


 その一挙手一投足に、会場からは歓声や拍手、笑い声があがる。

 はっきり言って、役者が違う。


 結局、三分三ラウンドをフルに闘い抜いて「60対4」という圧倒的な大差で、ガオランの勝利となった。


 しかも、ガオランが失ったポイントは、肘打ちや逆立ちキックなどの反則による失点がほとんど。最終ラウンドの最後の最後に、一発だけ意地で返した市尾選手のミドルキック以外は、まともにヒットした攻撃すらない有り様だった。


「すごいな……」

 思わずそう呟くと、僕は、他の動画も次々と観ていった。


 どれもこれも似たような結果で、どの日本人競斗選手もガオランにいいようにやられていた。


 そして、次の動画のサムネイルで、僕は思わず声を漏らした。

 そこには「ガオラン・ロブクェーン対川内優」と、書いてあった。


*****


 映っているのは、間違いなく川内先生だった。今より少し若くて、細い。


 三年前の四月、唐津での試合。


 リング中央で向かい合うと、ガオランはいつものようにへらへらと笑っていた。そして、川内先生も薄っすらと笑みを浮かべていた。


 ゴングが鳴った。


 お互いがゆっくりとリングを周り、軽くジャブを交換した。


 川内先生が、右のミドルキック。


 ガオランがそれを脛で受け、すぐにその足でミドルキックを返す。


 川内先生が、腕でブロックして、失点。……と、川内先生は、ガオランの蹴り足の踵を掴んでいた。不安定なガオランの軸足に、川内先生のローキック……というより、足払い!


 ガオランが転倒し、ポイントが五分になった。


 会場がどよめく。


 ガオランは、にやりと笑って立ち上がり、川内先生とグローブを合わせた。


 試合再開。


 川内先生がいきなり踏み込んで、ワンツーから左ボディ、右ローキック。


 ワンツーは躱されたけど、ボディとローキックは入った。


 ガオランが組み付き、首相撲になった。

 ガオランのいい膝が、一発はいる。


 その時、川内先生がいきなり腰を深く落とした。

 効いた!? と思った次の瞬間、ガオランの身体が宙を舞った。


 そり投げ!


 川内先生は、首相撲に無理に付き合わず、これを狙っていた様だった。


 途中で体制が崩れ、両者がマットに倒れた。

 会場から、ふたたび拍手と歓声が起こる。ポイントは「3対2」だ。


 川内先生が先に立ち上がり、にやりと笑う。


 ガオランが、少し遅れてふらりと立ち上がった。


 その貌が、いつもと違っていた。


 へらへらと、どこかとぼけた感じのいつもの笑顔ではなく、どこか、狂気を思わせる怖い笑みを、立ち上がったガオランはその顔に浮かべていた。


 そこから、ガオランの本気の攻撃が始まった。

 

*****


 最終ラウンド前のインターバル。川内先生とセコンド陣が、続けるかどうかで明らかに揉めていた。


 腫れ上がってほとんど塞がっている両眼にそれでも強い光をたたえて、画面の中の川内先生は「まだやる」と小さく言った。


 両眼だけではなかった。


 強烈なミドルと膝蹴りを受け続けた左脇腹は、赤色を通り越してどす黒く変色していた。   

 脚も似たようなもので、もはや、脛を上げて防ぐ事すらままならない有り様だった。もはや、立っているので精一杯だ。


 セコンドのひとりは、しきりにタオルを投げ入れようとする。それを、もうひとりが制する。レフェリーも近寄り、続行の意思の確認をした。


 結局、川内先生が押し切って、最終ラウンドが始まった。


「遊び」の要素が排除された本気のガオランの攻撃が、ふたたび川内先生にぶつけられた。


 まるで、鋭利な刃物で少しずつ皮膚や肉を削ぎ取っていくかの様に、川内先生の身体が傷つけられ続ける。

 最初に観た数個の動画とは明らかに違う、ムエタイ選手としての、本気のガオラン。観客に愛嬌を振り撒き、多彩な技で会場を湧かせている姿からは想像もできない、鬼神のような強さ。


 僕は、スマホを持つ手にじっとりとした汗をかいているのに気がついた。


 最後は、ハイキックだった。


 ガオランが右フックから左のハイキックというコンビネーションを繰り出し、その鋼鉄のような左脛が、川内先生の側頭部に叩き込まれた。


 川内先生はゆっくりと崩れ落ち、頭部をマットで打たないように、レフェリーが慌てて駆け寄り、抱きついた。


 三ラウンド五十八秒、ガオランの、ノックアウト勝ちだ。


 僕は、ちいさくため息をつくと、スマホの画面を閉じて、机に置いた。

 壁に掛かった時計が秒を刻む音を聞きながら、僕は、自分の身体が小さく震えていることに気がついた。


 


 

 

 

 

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