第三十三ラウンド 決着!
ベチベチッ
という二発続けての炸裂音が、講堂の中に響き渡った。
一瞬遅れて「ぐらり」と浦ノ崎丈が巨体を揺らせ、慌てた様子で片足を踏み出して、その場に踏ん張った。
久原拓哉の攻撃が、当たった!?
僕は、思わず声を漏らした。
そこから、息を吹き返した久原拓哉の、凄まじい反撃が始まった。
ジャブから左ストレート。
右ボディフックから左のロー。
プッシングから肩口への左ミドル。
左ストレートから右ボディフック、左ロー、左ストレート。
矢継ぎ早に繰り広げられるコンビネーションに、さっきまで攻めていた浦ノ崎丈が、亀の様に身体を丸めて防戦一方になっている。
「ラスト十秒!」
川内優希が叫ぶ。
それを聞いてか聞かずか、久原拓哉は、また両掌でのプッシングを仕掛けた。
今日の試合で前半から多様している、肩口へのミドルに繋げるコンビネーションの一発目だ。
浦ノ崎丈が、なんとか腕を上げて防ごうとする。
その時、疾り出していた久原拓哉の左足が、空中で、膝を支点にくるりと軌道を変えた。
斜めから振り下ろされる様に、久原拓哉の足の甲が、ガードのさらに上から浦ノ崎丈の側頭部を捉えた。
ばちん!
という、大きな音が響いた。
浦ノ崎丈が、ふらりと大きくよろめいた。
「そこまで!」
川内優希が叫んだ。
「はい、やめ!」
川内先生が、ふたりの間に割って入った。
久原拓哉は競斗着の乱れを直して、ひとつ長い息を吐いた。
浦ノ崎丈は、両手を自分の膝に着き、前屈みになって肩で大きく息をしていた。
「はい、中央に」
川内先生が言い、ふたりが向かい合う。
「時間切れ……引き分け!」
帯の下で両手を交差させて、川内先生がそう言った。
「押忍、ありがとうございました」
久原拓哉が小さく頭を下げて、浦ノ崎丈に歩み寄って、両手を差し出した。
「……押忍」
その手を、なんとか差し出した片手で握り、浦ノ崎丈は、また、大きく息を吐いた。
*****
「延長した方がよかったかな」
川内先生がそう言うと、浦ノ崎丈は、下を向いたまま首を横に振った。
「……いや、やっても倒されただけです」
ボソリと、浦ノ崎丈が言った。
久原拓哉は、何事もなかったかの様に、さっきの場所でシャドーを繰り返している。そちらをチラリと見てから、浦ノ崎丈が言った。
「たいしたもんですよ。あいつ、最初の二分は、顔を打って来なかったでしょ」
それを聞いて、僕はハッとした。
そうか。
押されてたのは、それが原因だったのか。
久原拓哉は「本戦二分、手技での顔への攻撃は無し」の拳神カラテルールに付き合って、戦っていたのだ。
「敵いませんよ……。今のおれじゃ」
浦ノ崎丈は、小さく口元をほころばせてそう言った。
「……いろいろ大変だったらしいね」
川内先生が、浦ノ崎丈の前であぐらをかき、スポーツドリンクのペットボトルを渡しながらそう言った。
「押忍」
そう言ってペットボトルを受け取ると、キャップを捻り、ごくごくと一気に三分の一ほどの量を、浦ノ崎丈は飲み干した。
「……大人のね、嫌な部分ってのを、これでもかってほど見せてもらいましたよ」
浦ノ崎丈は、黒川が差し出したタオルを受け取って、顔の汗を拭った。
「師範の言う事は絶対みたいなノリでまとまってた佐賀筑後支部が、あっという間にバラバラになりました。仲良くしてたはずの道場長達が、いきなりそれぞれの悪口を言い合い始めてね」
「…………」
「おれなんかは、まぁどっち付かずだったからね。選手でやれればなんでもよかったんですよ。だけど、"おまえはどっちに来るんだ"って両方からつっつかれてね。……なんか急にバカらしくなって、退会届を出してきたんス」
浦ノ崎丈は、小さく笑うと、また、タオルで顔を拭った。
「ずっとね、ずっとみんなで空手が出来ると思ってましたよ。それが、創始者がいなくなっただけであんなになるんスね。……大会に出るたびに当たってたヤツらも散り散りになって、もう二度と、会えなくなったんですよ。おれたちのせいじゃなく、大人の事情でね」
川内先生が、浦ノ崎丈の肩に「ポン」と手を置いた。
「どうだい、競斗、やってみないか」
浦ノ崎丈が、目を丸く大きく開いた。
「君は、初めての競斗ルールでこれだけ拓哉と闘えた。この才能を埋もれさせるのは勿体ないぞ」
「押忍……」
浦ノ崎丈は、戸惑いながら小さく答える。
「君が競斗で活躍すれば、いずれ君の空手時代のライバルにも伝わるはずだ。そしたら、また、マットの上で会えるかもしれないぞ」
川内先生のその言葉に、浦ノ崎丈の目が明らかに輝いた。
*****
入門願書の入った封筒を持って、浦ノ崎丈と黒川が、一礼して公民館を後にした。
「……よっしゃ、即戦力がはいったぞ」
川内先生が、腕組みしたまま満足そうに笑った。
「これで、次の大会、ウチでワンツーフィニッシュもあり得るな」
「……でも、浦ノ崎さん、あきらかに80キロ以上あるでしょう」
ボソリと、久原拓哉が言う。
「競斗に出るなら、けっこう減量せにゃいけませんよ」
「あ……そうか」
川内先生が、思わず押し黙る。
競斗は、顔面ありの上級の部とプロ部門は、体重のリミットはたしか73キロだ。
「……ほんと、なんも考えてないんだから……」
川内優希が、ため息と共に小さくつぶやいた。




