第三十二ラウンド 他流試合、始め!
胸元に「拳神会」と刺繍された白い空手道着に着替え、腰に黒帯を締めた浦ノ崎丈は、なんだか、私服の時よりもひと回り大きく見える様な気がした。
久原拓哉が、無言で浦ノ崎丈に何かを手渡した。
プロ競斗用の、オープンフィンガーグローブだった。
浦ノ崎丈はそれを受け取ると、徐に拳に嵌め、手首のマジックテープを留めた。
「……こりゃ、いいな」
拳頭同士を「バンバン」と二回ほどぶつけて、浦ノ崎丈はにやりと笑った。
講堂の隅っこには、かしこまった顔つきで、黒川が正座をしていた。僕はそっと近寄って「ソファに座ってていいよ」と言った。黒川は、黙って首を横に振った。
黒川は、あの後LINEで謝ってきた。
なんでも、僕と教室でやったあれの動画が、誰かの手によって某SNSに載せられ、拡散してしまったらしい。
それが、拳神カラテの先輩である浦ノ崎丈の目に入り、呼び出されたそうだ。
それで、僕に対しての報復となったらしい。
とはいえ、僕はこの件で特に怒ったりショックを受けたりはしていなかった。
浦ノ崎丈はたしかに不良なのかもしれないが、あの、僕や晴人とトラブルを起こしたふたりとは、根本的に違う気がした。
自分がかつて打ち込んだ拳神カラテが、バカにされるのが許せない。
彼の行動理由は、競斗を始めた今ならなんとなく理解できる。なにより、報復と言ったって、別にボコボコにされたわけじゃない。
僕に怪我をさせないように、なおかつ、実力差を見せつけただけだ。
この浦ノ崎丈という人は、僕にはむしろ、好ましい部類に思えている。
久原拓哉と浦ノ崎丈が、講堂の中央で向かい合う。
浦ノ崎丈の方が、縦にも横にも少しづつ大きい。
ふたりとも、拳にはオープンフィンガーグローブ、脛にはキックレガースを着けている。
「拳神会は、本戦二分だったよね?」
ふたりの間に立った川内先生が訊くと、
「いいっすよ、競斗の3分3ラウンドで」
と答えて、浦ノ崎丈はマウスピースを口に嵌めた。
「OK。では、時間は三分。ラウンドはなしでいこう、一発勝負だ」
久原拓哉と浦ノ崎丈は、黙ってコクリと頷いた。
「肘はなしで。掴みからの膝はあり。いいな?」
また、ふたりが頷く。
「よし。いったん離れて」
川内先生の言葉に、ふたりはいったん下がった。お互いがペットボトルを口にして、マウスピースを嵌めた口の中を濡らす。
「はい、いこうか」
その川内先生の一言に合わせて、ふたたび、ふたりが中央で向き合った。
「判定なしでいきます。……構えて」
ふたりが、静かに構える。
久原拓哉は、いつもの様にアップライトに。
浦ノ崎丈は、足のスタンスを若干広く、拳を胸の前あたりに構えた。
「はじめ!」
川内先生の声が、講堂に響いた。
浦ノ崎丈は、その巨体からは想像ができないほどの軽やかなステップワークで、久原拓哉の周りを回った。跳ねるのではなく、滑る様な足取りで前後左右に動く。
一方、久原拓哉はどっしりと構えて、前に突き出した右掌で、ゆっくりと、相手との距離を測っていた。
先に攻撃したのは、浦ノ崎丈だった。
遠間から、閃光の様なスピードで飛び込みながら、右の拳を久原拓哉の顔面に打ち込んだ。
……速い!
久原拓哉はその拳を首を傾けて躱すと、同時に、左の膝蹴りを浦ノ崎丈の腹に突き刺した。
ふたりが、いったん離れる。
次の瞬間、久原拓哉の左足が、浦ノ崎丈に向けて放たれた。
肩口くらいの高さに、凄まじい速度の蹴りが疾る。
浦ノ崎丈は、両手でしっかりとカバーして、その蹴りを受けた。
続けて、右のボディフック、左の、胸元へのストレートを久原拓哉が放つ。
右は当たり、左は、浦ノ崎が掌でパリーしてふせぐ。
そのまま、至近距離での打ち合いになった。
互角……!
最初はそう見えた。
ワンツーからロー、膝蹴り、パンチの応酬……。
打たれた分は、きっちりと打ち返す。
ところが、少しづつ手数のバランスが崩れていく。
あきらかに、久原拓哉が劣勢になっている様に見える。
「先生……」
僕は、思わず横の川内先生にそう漏らした。
「体格差だよ。どうしても、デカい方が有利なのが格闘技の現実だ」
川内先生は、落ち着いた口調でそう言った。
「一分経過!」
ストップウォッチを持った川内優希が、そう叫んだ。
浦ノ崎丈が、覆い被さる様にして競斗技の肩口を掴み、膝蹴りを入れた。
その手を振り解き、久原拓哉が両掌で浦ノ崎丈の胸元を突く。
少し距離が空くと同時に、また、さっきと同じ様に肩口への蹴りを久原拓哉が放つ。それが、また両手でブロックされる。……この攻防が、幾度か続いている。
遠間から、また、右ストレートで浦ノ崎丈が飛び込む。さらに、返しの左フックも出す。
その拳が、久原拓哉の中段膝蹴りと、相打ちになる。
久原拓哉の身体が、ぐらりと揺れる。
「久原先輩!」
僕は、思わず叫ぶ。
「二分経過!」
川内優希が、ふたたびそう叫んだ。




