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第三十ラウンド 宣戦布告。

「おわったか」


 ギラギラした夏の日差しと蝉の声を浴びながらいつもの「黒いカマボコ千本突き」が終わって入店した僕に、カウンターの中から久原拓哉が声をかけた。タバコの棚の、商品補充中だった。


「押忍」


 そう答えながら、僕は飲み物売り場のドアを開けた。わっと溢れ出した冷気が、僕の火照った身体を心地よく包んだ。ひとつ深呼吸をして、僕は、棚からポカリを一本手に取った。


 その時、ポケットの中のスマホが、LINEの着信を知らせた。

 見ると、牧島岳のグループのひとり、空手経験者の黒川からだった。彼からのLINEは、極めて珍しい。


「いま、どこにいる?」

 という短い文に、


「大坪にあるローソンにいるけど」

 と、返す。


 すると、すぐに「ちょっと時間ある? いまから行ってもいいか」と、返ってきた。


「いいよ」

 という返事を返す。


 僕は、首を傾げながらレジに向かった。


「どうした」

 久原拓哉が訊く。


「押忍。なんか、友達がいまから来るらしいです」

 僕は、ポケットのSUGOCAを出しながら、そう答えた。


*****


 そう時間が経たないうちに、黒川はやってきた。

 見知らぬ、高校生くらいの男を連れていた。


「おまえが堀田か。競斗やってるんだって?」


 高校生くらいの男は、いきなり僕にそう訊ねた。


 デカい。

 身長は百八十センチちかく、体重だって八十キロくらいはありそうだった。だけど、決して肥満体という感じではない。筋肉質で、ゴツい。


「……」

 僕がその体格に呑まれて黙りこくっていると、いきなり、その巨体が動いた。


 巨体に似合わない滑らかな動きで、僕の脚を目掛けて右足が疾ってきた。


 無意識に、左スネでガードを試みる。

 だけど、そのガードを潜り抜けて、高校生の右足は、僕の右足元を襲った。


 あっという間に、僕の身体はバランスを崩された。


 身体が床に叩きつけられるのを防ぐために、僕は両手で受け身を取ろうとした。


 だけど、僕の身体が床に転がる事はなかった。


「⁉︎」


 いつのまにか、僕の後ろ襟を、高校生が掴んでいた。僕の身体は、そこを支点に宙にういていた。


「撮ったか?」

 高校生の言葉に、


「は、はい」

 と、黒川が答えた。見ると、スマホをこちらに向けている。


「悪かったな。これで、黒川がおまえにやられた分はチャラだ」

 高校生は僕を立たせると、そう言ってニヤリと笑った。


「……チャラ?」

「拳神カラテは、競斗より強いって事だ」


 そう高校生が言った時、


「拳神会の、浦ノ崎丈さんか」


 横から、そう声が掛けられた。久原拓哉だった。


「知ってるのか」

「狭い業界だからね」


 久原拓哉は、タバコの補充の手を止めずに言った。


「拳神会佐賀筑後支部始まって以来の天才空手少年が、今やチンピラの大将ですか」

「……言ってくれるな、久原拓哉」


 高校生……浦ノ崎丈は、そう言いながらカウンターの前に立った。


「……知ってるのか」

 久原が、手を止める。


「狭い業界だからなぁ。十代にしてアマ競斗の全日本選手権三位。未来のG1選手間違いなしの逸材……だろ?」

 浦ノ崎丈はズボンのポケットをまさぐると、何やらをカウンターの上に取り出した。タバコと、ライターだった。


「世間が勝手に言ってるだけだよ」

 久原拓哉がそう答える。浦ノ崎丈は、ニヤニヤと笑いながら、一本のタバコを箱から抜き取り、口に咥えた。

「禁煙だよ」

 久原拓哉は、顔色ひとつ変えずにそう言って、また、補充作業に戻った。


「どうだい、久原拓哉」

 浦ノ崎丈は、大仰な仕草でタバコに火を点けた。

「俺と、試合してみるか?」

「……試合?」

 久原拓哉が眉をしかめると、浦ノ崎丈は飛沫防止のフィルム越しに、タバコの煙を吹きつけた。


「おまえの弟子にウチの後輩がやられて、ずいぶん恥をかかされた。その、お礼がしたくてよ」

「俺とやりたきゃ、競斗の大会にエントリーすればいいだけですよ。あんたなら、資格充分でしょう」

 そう言いながら、久原拓哉は無言で何かを差し出した。景品かなにかの、安っぽい携帯灰皿だった。


「そんなまどろっこしいマネができるかよ。俺とお前がやれば、それだけではっきりするよ。拳神カラテと競斗、どっちが上かがな」

 浦ノ崎丈は、携帯灰皿を一瞥すると、そう言った。


「あんた、勘違いしてるな」

 久原拓哉が、その言葉を遮るように言う。


「競斗ってのは競技名で、流派じゃない。俺たちがやってるのは、川内流のムエタイだよ」


 この日はじめて、真っ直ぐに浦ノ崎丈の目を真正面から見据えた。自分よりひと回り大きなこの男にも、久原拓哉はまったく臆していないようだった。


「どっちでもいいよ。どうする? やるのか、逃げるのか」

 浦ノ崎丈が訊く。


「……今晩九時に、公民館に来てくれ。そこでやってもいい」

「久原先輩……」


 僕が思わず声を漏らすと、久原拓哉は、一瞬だけ僕に視線を送った。


「わかった」

 浦ノ崎丈は、タバコを指で摘んで笑った。


 それから、お金のやり取り用のトレーの上で、タバコをぐりぐりと揉み消した。


「ルールは競斗でいいぜ。顔が殴れる方がありがたい」

 そう言うと、浦ノ崎丈は出口に向かった。黒川が、慌てて後を追った。


「…………」


 久原拓哉は、無言で汚れたトレーを引っ込めた

 その顔からは、感情があまり読み取れなかった。いつも通りの仏頂面のまま、久原拓哉は、また、タバコの補充作業に戻った。


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