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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter2 凍てつく世界の管理人
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4.ダイアモンドダストの先に… -4-

勝神威の家に戻って来た私達は、すぐさま冬の格好から着替えて家中の窓を開けて回った。

それから、ドッとした疲れが押し寄せてきて…居間のソファに座り込む。

レコードを見る限りでは、この世界はまだ出来たばかりの可能性世界…

特に仕事らしい仕事は無かった。


車の中ではしきりに日向にあんな格好でいた謎の事を話していたのだが…

何度記憶を辿ろうにも、その記憶には何か鍵のようなものが掛けられたかのように思い出せず…考えが堂々巡りをするだけだった。


確かに、この前の世界の記憶は持っている。

だけど、その記憶は何処か曖昧な瞬間に途切れてしまい、それ以上は掘り返せない。


掘り返せないものは仕方がないと割り切るかどうかは…その記憶の大切さにも寄ると思うのだが…今回の場合、私達は無事に次の世界へ誘われたのだから、そんなに大切な記憶でも無いのだろう。

途中でその結論に至った私達は、直ぐに考えを転換して次のこと…つまりは、この世界の事について詳細に調べ始めた。


ここは5軸の可能性世界…2001年7月3日。

特に異様な世界というわけでもなく、1年後の8月23日に消滅を迎える可能性世界。

誰かの夢というわけでもない…単に歴史の分岐点を間違えた結果、呆気ない消滅を迎える世界だ。


私達は、この世界のことを簡単に調べ上げた後で…この世界の歴史の転換点がこの近辺に無い事を知ると、少しだけだらけた空気が漂い始める。

ここ最近は勝神威の近辺で事が起きすぎるせいで、世界を移動してもある一定の緊張感が張り詰めたまま過ごしていくことが多かったから…この世界では少し楽になれそうだ。


「千尋。今日の夜は何が食べたい…?」


ソファに埋もれている由紀子が力なく言った。

私は視線だけを彼女に向けると、肩を竦めて見せる。

言葉に出さずとも…彼女には「何でもいい」という答えであることが伝わった。


「レミは?」

「右に同じ…怠いというか…少し頭が痛くって」

「ん…それ私も…」

「あんな厚着だったからかな?…涼しくなればちょっとマシかも」

「水風呂でも入れる?」

「あー…良いかも…でも動きたくない」


怠くて…動きたくない…それは全面的に賛成だ。

私は由紀子とレミの気の抜けた会話を聞き流しながら、私は何気なく点けたテレビに映るニュースをじっと見つめていた。


私の定位置は居間の一番最奥地。

視線をテレビから動かすと、部屋の様子が見回せる。

家に居る限りは変わり映えのしない景色…

そんな景色の中に数秒間だけ、低い音と共に通り過ぎていく影が見えた。


「……」


影は銀色でカーテンの向こう側に見えた。

家の中に居ても分かる独特な低音…銀色に塗られたカエルのようなボディライン。

この家の近辺にそんな車に乗っているお金持ちは居ない事は知っていたので、自ずと通り過ぎた車の持ち主は私の知人に絞られる。


「…ああ、ごめん。ちょっと出かけてくる」


私は怠さを訴える体に鞭を打ってソファから立ち上がると、そう言って車の鍵を取った。


「今のポルシェ、小野寺さん?」

「だと思う。2人は休んでて」


由紀子にそう言って、私は玄関の扉を開ける。

靴を履いて外に出て…少し涼しくなってきた夕方の風に目を細めると、駐車場に止めた背の低いスポーツカーのドアを開けて乗り込んだ。


屋根がガラスのせいで車内には昼間の熱気が残っていたが、走らせ始めて直ぐに冷房を効かせて、窓を開けて熱気を逃がす。

体に残る怠さを誤魔化すために煙草を咥えて火を付けて…一誠が消えて行った方向へと車の鼻先を向けた。


わざわざこっちに出向いてきて、姿だけ見せて直ぐに消えるだなんて、一誠らしくもなく回りくどい。

Zを良いペースで走らせてはいるものの、とっくの昔に視界から消えたポルシェに追いつくはずもないだろう…と思っていたのだが、家から出て数分の所にある、何の変哲もない道脇にハザードランプを灯して止まっている銀色の車体が見えた。


「……」


同じようにハザードを付けて、ポルシェの背後にZを止める。

ミラーを確認して、後ろから車が来ていないことを確かめてから車を降りて、ポルシェの運転席側のドアに寄り掛かった男の下へと足を進めて行った。


「…やぁ、すまないね。回りくどい呼び出し方で」


煙草を一本取り出して咥えた私に、彼はフランクな口調で声を掛けてくる。

私は手で"別に"と答えると、彼の横に並んで…ポルシェの車体に寄り掛かった。


「この道を通らなかったらどうするつもりだったの?」

「その時は…マンションに行くだろうね。だけど、千尋ならこの道以外通らないと思ったのさ」

「理由を聞いても?」

「事故を起こすリスクが最も少ない道だから」


彼は私の問いを簡単に答えて見せると、私の様子を見てから小さく口元を笑わせて…そして表情を一気に消した。

彼は私が死ぬ前に同僚だった彼とは"個体が異なる"が、こういうところは変わらない。

私は黙って彼が何を切り出してくるのかを待ち続ける。


「この世界の、ひとつ前の世界の最期の事を確かめに来た」


彼はこれまでとは声色を一切変えてそう切り出す。

私は視線だけを彼の方に向けながら、少し間を置いてから口を開く。


「覚えてない。一誠と…あと何人か、覚えてないけど…数人で何かをやってたような記憶はあるけれど、最期の記憶は一切無い。この世界にだってさっき来たようなものだから」

「なるほどね…こっちの記録じゃ3日前にはこの世界に居るはずだったんだけど、レコードが示す日向の教会に言っても誰も居なかったんだ。で…アレコレ君達を探してる間に勝神威に来てたらしくてね。さっき家の前を通ったら君のZがあったってわけさ」

「へぇ…不思議」


私はそう言って彼の方に体を向ける。

一誠は私の眼をじっと見つめたまま動じなかった。


「この間まで君が居た世界で何があったかは覚えてる?最期じゃなくて、僕が呼び出された件について」

「そのあたりから曖昧なのだけど、流入とか何とかでレコードが改変されて…それで呼んだんじゃなかった?」

「その通り。君の居た世界は複数の可能性世界から侵入被害を受けてレコードが狂い…結果としてレコードが異常を発していないのにも関わらず現実に起きている事が狂ってた」

「今こうして貴方と話せているってことは、それは解決できたと思っているのだけど」

「それも肯定だ。無事に元凶を処置して傷の修復は出来た。世界もなんとかレコード通りの終わりを迎えることが出来るはずだった」

「はずだった…つまり、一誠もそこから先の記憶が無いと」

「そう。それに、折角捕まえられた筈の蓮水まで逸れる羽目になってね」

「…時任さんと?」

「ああ。彼女はレコードに感知されない。また幾多の世界の中に流れ出て行ったと思うんだけど」

「御気の毒に…つまりは…私にあの世界の最期と、あわよくば時任さんの所在を聞ければ良かったのね」

「ああ。見事に空ぶった様子だけど」

「ええ。一誠がコンタクトしてこなかったら、こっちが呼び出してあの世界の最期を聞くつもりだった」

「……なるほど、手掛かりは無しか」

「ええ。今の所…多分この先も…調べたいなと思ったけれど、レコードは何も言ってこないし、件の世界は崩壊したのでしょう?調べる手立てが無いよ」

「ああ…そうらしい」


彼はそう言うと、少しだけ表情を険しくする。

大方、私が何かを知っているものと確信してきたのだろう。

私はふーっと煙草の煙を吐き出すと、一誠の方に向き直った。


「そっちの異常は?時任さんが消えただけ?」

「ああ。レミの両親も無事…今は別の現場に行ってもらってる」

「そう。なら…また時任さんに会ったら一誠を呼べばいいのね」

「頼んだ」

「話したかったことはこれだけ?」

「何も情報が無いんじゃ、これだけだ」

「じゃぁ、直ぐにこの世界を離れて別の仕事?」

「どうだか…今の僕のレコードには急ぎの仕事は無いよ」


彼はそう言って小さくおどけて見せた。

私は小さく肩を竦めて返す。


「なら、日向に行って。今日、私達はそこの教会で、真冬の格好をしたまま目を覚ましたから」

「なんだいそれは」


私の言葉に、彼は驚き半分面白さ半分といった反応を見せる。

真剣な表情が、少しだけ笑みに歪んだ。


「さっき起きた現実。多分、冬の…それも外で活動していたような感じの格好でこの世界に来てね。暑さで酷い目に遭いながら勝神威まで来たの」

「良く帰ってこれたね。熱射病とかは?」

「ギリギリ…上着類は脱いで…腕を捲って、後は車の冷房頼み」

「そう。車はあったんだ」

「教会の駐車場にね。ちゃんと、綺麗な姿のまま止まってた」


私はそう言って、ポルシェの後ろに止めたZに目を向ける。


「へぇ…ん?」


私と同様にZに目を向けた一誠が何かに気が付いたようで、ゆっくりとZのフロントタイヤ付近まで歩いて行ってしゃがみ込むと、直ぐに砕けた表情を薄めた。


「タイヤがスタッドレスだ。冬用タイヤだけど、こんな季節に」

「え?」


彼の言葉に、私は少し驚いて彼の横にしゃがみ込んでタイヤをじっと見つめる。

タイヤには確かにスタッドレスという刻印が打たれていた。


「洗車はしてる…わけないよね。でも車体は綺麗だな」

「…前の世界、一誠と動いていた時はポルシェで動いていたはずなのに」

「ああ。だが、こっちに来た時には当然…レコードの仕様的に僕の貸したポルシェがあるはずもないから、このZが君達の傍に置かれていたと」

「…ふむ…手掛かりらしい手掛かりが見込めるなら、この時代の日向…か」

「望み薄だろうけど、あるとしたら…ね」


私がそう言うと、彼はスッと立ち上がってポルシェの方に戻っていく。


「だね…少し調べてみよう。千尋はこっちの世界の仕事をしててくれ。無いなら無いでオフでいい。この世界に来たばかりだし、平素の身分も設定しないとダメだろう?」

「そう。ありがとう…暫くはこの間との寒暖差にやられてそうだから、ノンビリしてようかな」

「それも良い」


彼はクスッと笑いながらそう言うと、ポルシェのドアを開けて、それから私の方に顔を向けた。


「タイヤは変えておきなよ?そのタイヤ、舗装路じゃ評判良くないみたいだし」

「了解…」


彼の言葉に、私は短く切り返すと、小さく口元を笑わせる。

一誠はそんな私の表情を見てから同じように笑って見せた。


「……ん?」


そして、後は彼がポルシェに乗り込んで別れるだけ…

流れとしては、そんな頃合いだったというのに…

彼は、私達の背後…つまりは、私がやってきた方角から何かが向かってきていることに気が付いて声を上げた。


「どうかした?」


私がそう尋ねるより早く。

私達の周囲に遠くから聞こえてくる車のエンジン音が聞こえてくる。


私のZのような特徴のない重低音でもなく、彼のポルシェのようなドロドロした音でもない…

少し特徴的な、弄ってある車の排気音。


「どうしてここに……?」


私はその音に聞き覚えも何もなかったが、彼にとっては違ったらしい。

一誠は目を見開いて私の後ろを指さして見せると、私も彼につられて後ろを振り返った。


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