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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter2 凍てつく世界の管理人

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3.ホワイトアウト -5-

炎の燃え盛る音と…視界に映る2人の会話以外には、寒風が吹き付ける音が聞こえるだけ…

殆ど"静寂に包まれた"と言っていいくらい、静かになった空間に、消音器越しの銃声が鳴り響いた。


「!」


亜音速の弱装弾を組み合わせていても、それなりに銃声が聞こえた。

弾は狙い通り、男の後頭部を貫き…続けざまに放った弾は驚いて振り返った女の額を正確に捉える。


2発の弾丸と共に、この地区の掃除が終わり…

倒れた2人の男女に照準を向けながら、そう思っていた私の目の前には信じられない光景が映し出された。


「…」


死体の周囲に舞い散った血が、まるで吸い取られるように死体に戻っていく光景…

それは、レコードを持つ者のみに起きる"復活"の合図…

私が目を見開いて、何も行動を起こせないでいる間に、血は元の体に吸い取られて…そして、2人は何事も無かったかのように起き上がった。


どうする?


咄嗟に暗い倉庫の中に身を隠した私は、外からの気配を伺いながら、次に何をすべきかを考え始める。

だが、その答えは直ぐには出せず…やがて倉庫の外側から声が聞こえてきた。


「なるほど…近くに居やがったか。何処から除き見してるか知らねぇが」

「こうして復活しちゃったんなら、これも何処かで見てるよね?」

「だろうな…ヘマしちまった。これでこの世界じゃ2回だな?」

「さっきも突然の事だったものね…ただ老後の暮らしはもう良いや」

「全くさ。好きに動けねぇ、車に乗れねぇじゃやることないわな」

「どうする?この世界は"踏み台"を作るには丁度良いし…もう少し居る?」

「ああ…手数は足りないが、やってみる価値はありそうだ」


彼らはこちらの位置までは分からなかったらしい。

先程よりも少々小さな声で会話を交わすと、やがて移動し始めたらしく、話し声は小さくなっていった。


「……」


珍しく心臓がバクバク鳴っている。

私は気持ちを落ち着かせて、2人の気配が遠くなるのを待った後で倉庫の外に出た。

何時の間にか嫌な汗をかいていたようで、外の風に当たるとヒヤリと体が震える。


腕時計を確認すると、そんなに時間は経っていなかった。

17時47分…私はレコードを開いて一誠にOKの連絡を入れると、手にしたライフルに安全装置をかけて車の方へ歩き始める。


なるべく街灯の光に当たらないように、暗いところを選んで歩いた。

雪は止んだとはいえ、来た時よりは少々積もっていて…時折新雪で隠れていた氷のコブに引っ掛かったりしつつ、倉庫街を抜けて駐車場に辿り着く。


駐車場が見えてきて…遠くにポルシェの特徴的なシルエットが見えた時。

私の耳に、全く別の車のエンジン音が聞こえてきた。


直ぐに影に隠れて、エンジン音が聞こえる方へと目を向ける。

その音の出所は、止めていたポルシェからは大分離れた位置にあった。


「……」


それは白い車だった。

雪の上を、上手くクルリと回転して向きを変えて車道の方に出て行く。

車道に出る前に一度止まり…舞い上がった雪煙がピタリと止んだ時…丸目4灯のテールランプがパッと光った。


同じ大きさの丸が、左右2つの計4つ…特徴的な後ろ姿を見せたそれは、直ぐに車道へと出て行き…積もった雪を後方に散らしながら闇に消えて行く。

その光景を目に焼き付けた私は、直ぐに車に戻り…助手席にライフルを置いて、体中に点いた雪を払ってから運転席に収まった。


キーを挿し込んで捻り…エンジンを目覚めさせる。

サイドブレーキを降ろし、ギアをバックに入れて…広い駐車場を豪華に使って車の向きを反転させた私は、ギアをセカンドに入れてノロノロと駐車場を後にする。


仕事はきっと果たせたのだろう…

ジワジワと感じることが出来てきた、レコードの管理人特有の"感覚"に来るものは無かったし、一誠にOKを返した時も、この近辺で特に何かが起きているようには見えなかった。


だが、今やり過ごした2人は一体何なのだろうか?

それだけが頭に残り続ける。


帰り道、捕まると少々待ち時間が長い信号で止まったのを良い事に、あの2人組が何なのかをレコードに問い合わせた。


「え…?」


そして、出てきた答えを見た私は思わず声を出す。

飲み込まれた文字に対するレコードからの返答は"該当無し"だった。

レコード上には、そんな人物は居ないという事。

昼間の、日向の私の部屋のように…PAで盛大な自爆劇を見せてくれた私のように…


私はその表示が出たままのレコードを閉じて助手席に放り投げると、少々待った後で青になった信号を見て、ゆっくりと車を前に進めた。


 ・

 ・


先程まで降り続いていた雪と、勤め人の帰宅時間帯が重なったことで、何時もよりも道が混んでいたが、それでも18時半よりも15分早く家に着いた。


車を止めて、助手席に置いたレコードとライフルを回収して外に出た私は、除雪が成された敷地を通って家の玄関扉を開ける。

私の車以外にも2台…別の車が止められていた事から、一誠や永浦さんが居る事は明白だ。


「おかえり。そしてお疲れ様」


扉を開けて中に入ると、由紀子が出迎えてくれた。


「ええ…ただいま」


私は小さく笑って答えると、ライフルを玄関の棚の上に置いて、靴を脱いで中に上がる。

居間の方へ向かうと、既に私以外の面々がソファに座っていた。


由紀子は台所の方に向かったが…一誠と時任さんは2人掛けのソファに座っていて、永浦家は3人掛けのソファに座っていたが、レミが父親にベッタリくっ付いていて…母親とはまだまだ溝が深そうなことが一目で分かる。


各々に「お疲れ」といった意味合いの言葉を投げかけられ、私はそのたびに答えて…と言った繰り返しをする中、私は上着や仕事道具を付けたベストを脱いでコート掛けに引っ掛けて身軽になる。


「私が最後?」


最後に、拳銃やら足元に付けたナイフやらを外してその辺に置いた後で尋ねると、一誠が頷いて答えてくれた。


「遅かった?」

「いや。千尋じゃなければもっとかかってたと思うよ。でも、千尋にしてはちょっと手間取ったんじゃない?」


一誠にそう言われた私は肩を竦めて見せると、空いていた椅子に腰かける。

台所の方に行っていた由紀子が持ってきてくれたホットコーヒーのカップを受け取ると、少々覚ましてから一口、口を付けた。


「ありがと。…で、これはもう打ち上げ?」

「一先ずはね。雪も晴れて…この地域はひと段落。他の地域も日付が変わるころには何とかって状況さ」

「君に任せたところ以外は注射器の処置だったし。傷は浅く済んだって所」


私の問いかけに、一誠と時任さんが答えてくれる。

それを聞いた後で、永浦一家の方に目を向けると、博光が苦笑いを浮かべる。

彼は左腕にがっしりとくっ付いたレミを離すと、少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「こっちもとりあえず問題無く…」

「あったでしょ」

「あったのは家族の問題で!」


博光の言葉に、レミが冷たい言葉をグサリと刺し込んだが…

レコードを持つ者の仕事としては問題は無かったのだろう。


「そう。それで…パラレルキーパーとしては、何もなければもう終わり?」


家の事情には深入りせず、私は一誠に顔を向けて尋ねた。


「ああ。他の地域が終われば帰るよ。この世界はどの道、レコード通り進んでも1週間と2日で消えるんだし」


それを聞いた私は、コクリと頷いた後で全員の顔を見回す。

すっかり仕事が終わった空気の中で、私の仕草や様子が異質だったのだろうか、皆は私の方を見て少々不思議がっていた。


「もう少し、長居できない?」


少々間を置いてから、そう切り出す。

それだけで、場の空気が少し変わった。


「何かあった?」


一誠がそう言ってくると、私は頷いて見せた。


「レコードでは感知できない存在に会ったの。今度は男女の2人組…丸いテールランプをした白い車に乗ってて…会話を聞く限り、レコード違反者というよりは、さっき自爆したもう一人の私のように見えた」


私がそう言うと、周囲の空気は一気に凍りつく。


「付け加えるなら、頭を撃っても死ななかった。何もなかったかのように起き上がってね…"この世界に踏み台をかける…"とか…"それをやるだけの勝ちがある"…だか言ってたな」


私はその中でさらに付け加えると、一誠や時任さんの表情が微かに揺れた。

レミや由紀子は不思議そうな顔をしていたが…永浦夫婦は見てわかるくらいに顔を引きつらせている。


「……それは何時の話だい?」

「さっき。貴方にOKを出す直前までの出来事」

「その2人組に特徴は?」

「あー……口調が独特だった。美麗さんのような喋り口調」

「アタシの?」

「そう。浜言葉みたいな感じ」


一誠や時任さん、美麗さんが、言葉を交わすごとに表情を変えて行く。


「もう少し残ってくれる気になった?」


私は敢えてお道化て尋ねてみる。

すると、一誠は大袈裟に首を縦に振って見せた。


「元川さんと美麗が…千尋が帰って来次第、料理を振舞ってくれるって言ってたけど、それはまた今度だね」


冗談めいた言葉を放つ一誠の口調は、仕事中そのものだ。

由紀子やレミもまだ状況を飲み込めていないが…パラレルキーパーが目前でこうなっているのだから、何かヤバいことが起きているという事だけは分かっていた。

私も、何か危険な事がこの世界に降り注ぐという事だけは何となくでも分かっていたが…彼らが一気に表情を険しくする程の事だとは思ってもいなかった。


「ちょっと待っててくれ…」


一誠がレコードを取り出して、ページにペンを走らせる。


「……目標は?」


その合間に手すきだった時任さんに尋ねると、彼女は肩を竦めながら言った。


「一番良いのは、2人組の確保。次点で2人組をこの世界から消し去ること…最低限はこの世界の維持」


分かりやすい回答だった。

私は頷いて見せると、最後にもう一つ確認する。


「2人組の事を知っていそうだけど。誰なの?」


そう尋ねた私に、時任さんは少し意外だとでも言いたげな表情を浮かべる。

だが、直ぐに表情を消して小さく頷くと、問いに答えてくれた。


「…見てないけど、特徴から言って初瀬昭三に初瀬有栖で間違いない。軸の世界にしか存在しないはずの人間さ」


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