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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter2 凍てつく世界の管理人
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2.零下の消失劇 -5-

事務所を片付け終えて、外に出た私は再び駆け足で移動し始める。

目的地は、過去の私の…いや、従兄の家だった。

世界は違えど、あの家は変わらない間取りで存在している。


そこまでは、港からはそんなに遠くない。

走りながら…私は銃の弾倉を入れ替えて、それをホルスターに仕舞いこんだ。

今走っている道を真っ直ぐ進み、狭い路地が見えたら、そこに入ればいい。


車1台分の道を真っ直ぐ進み…小さな用水路を越えて、少々開けた空間に出る。

右手には空き地、左手には少々大きな家。

その家こそが、過去…ポテンシャルキーパーになる前に過ごした私の家だった。


レコードを確認すると、既に由紀子が処置を終えて中に居るらしい。

私は玄関の扉を開けてから、鍵のかかっていない引き戸を開けて中に入った。


「由紀子!居る?」


玄関口で声を上げる。

先程まで人が住んでいたであろう場所に土足で上がるのもどうかと思い…靴を脱いで中へ上がった。


「千尋?こっち!千尋の部屋!」


家に上がった私の耳に、由紀子の声が聞こえてくる。

それを聞いた私は、迷うことなく目の前の階段を上がっていった。

私の部屋は…階段を上がって、右後ろに進んだ先にある角部屋。

扉は開いていて、由紀子が私を出迎えてくれた。


「何か見つかった?」


中に入るなり、そう言って煙草の箱を取り出す。

すると、由紀子は小さく頷いて机の方を指さした。


「変だと思わない?部屋の感じ、千尋の部屋のままでしょ?」


そう言われた私は、部屋を見回して納得が行く。

確かに…家具やカーペットとか…細部は違えど、中にあるものや配置は私の部屋そのものだった。

そして、テーブルの家に置かれたもの…それを見た私は嫌な予感を感じる。


「確かに。感じだけは同じだ…感じだけ…」


私はそう言いながら、取り出して咥えた煙草に火を付ける。

そして、煙草を吹かしながら…由紀子が机の上に置いてくれていたであろう品に目を通した。


「で…これは?」

「開けてみてよ」


これ見よがしに置かれた銀色のケース。

横に長く…それでいて、高さがある…少々異形なケース。

それは、私に懐かしさを感じさせる見た目をしていた。


そのケースのロックを、そっと開く。

パチン!と金属の心地よい音が部屋に響き…重たいケースの蓋がゆっくりと開かれる。

中身は…私の知っている通りの中身だった。


「……」


中身を確認した私は、一番上のトレーに収まっていた物をケースの蓋側に避けていく。

私が持つ物とは違い…メープルマークが刻まれた軍用の拳銃…

9mmパラベラムの弾薬箱に…拳銃と、トレー下段に入っているであろうカービンライフルの弾倉…手入れの届いているナイフ…拳銃とライフルに付けられる消音器…

見覚えのある…それでも、微妙に何処かが違う品々を蓋側に移動させ…トレーを取っ払う。

その下には、クラシカルなデザインのカービンライフルが収まっていた。


「由紀子はこの中身を見たの?」


私は中に入っていたカービン銃を取って細部を確認しながら尋ねる。


「え?…下は見てないけれど…上だけ。でも、それってさ」

「ああ…私のだ…見たことあるでしょ?このケース」

「知ってるよ。ここに来た時、持ってきてたでしょ?」

「そう」

「通りで浩司に持たせないわけだ…一番大事な仕事道具じゃない」


彼女はそう言って部屋に置かれたベッドに腰かける。

私は中身を全て出し終えると、学習机に備わっている椅子を引いてそこに座った。


「問題は、何故か私によく似た人物がここに居たという事と…この家に居た人物…私の認識はそれまでなんだけれど、合ってる?」

「うん、合ってる。ここで処置したのは初瀬昭三と初瀬有栖という老夫婦だった。夫が1918年生まれの90歳…妻は1923年生まれの85歳」


由紀子はレコードを開いて、この家の住民のことを教えてくれる。

私が耳にした、初瀬夫妻も…戦中には既に成人…と聞いていたから、そこに差異は無かった。


「長生きじゃない」


私はそう言って、手を伸ばして窓を開けて…外に煙草の灰を落とす。

彼らは…可能性世界では何事もなく生き抜いてきた…ただの一般人だろう。


「そうね。でも、千尋…良い?」


考えすぎかな…?と思った私を見透かしたように、由紀子が私に釘を刺す。

私は再び煙草を咥えると、頷いて先を促した。


「彼らのレコードを辿っても、今いるこの部屋は存在しないことになっているの」

「……と、言うと?今私達が居るこの場所は?」

「存在しないわ。最初から」


由紀子はレコードを見て淡々と事実を告げてくる。

私は周囲を見回して立ち上がった。


「…存在しないはずの場所?」

「ええ。でも、来た時から綺麗だったわ。まるで今日掃除したばかりみたいに」

「なら、この銃も…?」

「ええ。レコードに存在しない。でも、綺麗でしょ?まるで今日整備したみたいに」


私は徐々に頭の中を混乱させていく。

だが、それは由紀子も辿って来た道なのだろう、彼女はレコードを閉じて私の横に立つと、ポンと私の肩を掴んだ。


「一誠に報告は?」

「もうしてる。小野寺さんからは、ヤバくなる前に引き上げてこい…だそうよ」

「そう。了解…ケース位は持って行こう」


私は彼女に肩を掴まれたことで、一気に冷静さを取り戻すと、淡々と…先程まで机に広げ出したケースの中身を、慣れた手つきで仕舞っていく。


「ケースは私が持とう…」


パタン!とケースを閉じてロックをかけた私は、ケース横に置かれていたロープの両脇に付いているカラビナを、ケースに付いているアンカーに引っ掛ける。

これで、遠い昔に日向へ引っ越してきた時と同じように肩に下げることが出来るようになった。

ヒョイと、軽くはないそれを軽々と肩にかけた私は、由紀子と共に家を後にする。


「これでこのエリアはクリア…他の場所に展開している人達は?問題ない?」


この世界に対しての謎は深まっただけだったが、それを深追いして…この世諸共消えるつもりは毛頭ない。

役場に置いた車までの道のりを歩く途中、私は横を歩く由紀子にそう尋ねた。


「問題ない…ああ…札幌の方で少し手が足りてないかも」

「了解…ならそこによって、処置を手伝う。明日までには綺麗にしておきたいから」

「そうね。何時もと違うと変に緊張感が出てくる」

「…確かに」


家から役場までは、そんなに遠くない。

狭い町だから、数分といった所。

駐車場の隅に止めていたポルシェのドアを開けて、後部座席にケースを詰め込むと、私達はそれぞれ車の中へと入った。


「…っと」


咥えていた煙草を灰皿に捨てて、キーをキーシリンダーに挿し込んで、クイっと捻る。

冷めつつあったエンジンは、再び息を吹き返して…冷めているとき特有の振動が車内を包み込んだ。


「最後に確認しよう」


アクセルを数度煽りつつ、軽く暖気運転を始めた私は、この時間を使ってレコードを開く。

由紀子も同じようにレコードを開き、中を確認し始めた。


「この周辺に異常は?」

「無い」

「残りは?」

「札幌と苫小牧に少々残ってる程度。どっちにも人は居るけれど、札幌が足りてない」

「オーケー…状況は同じ、なら行きましょう」


そう言って、互いにレコードを閉じてポケットに仕舞いこむ。

そして、サイドブレーキを降ろしてギアをローに入れた私は、ゆっくりと車を発進させた。


車道に出ると、凍てついた路面で車が少々滑りだす。

私はアクセルを上手く煽って車の動きをいなすと、夏ならば日向が咲き誇っているはずのロータリーを抜けて日向町を後にした。


「…この世界、ちょっと変かも」

「ついこの間からね…一体、何が起きてるのやら」

「一誠に聞いて分からないなら、私達が追えるはずもないものかな」


海沿いの道に出た頃。

私は由紀子にそう言って彼女の方をチラリと見つめた。


「目的は外さない事…どれだけ世界に疑念があっても、レコードの通りに動いて…可能性世界を終わらせる。それが私達の仕事だからね」

「…それもそうね。難しいことはパラレルキーパーに任せろって?」

「そういう事…」

「?」


由紀子は言葉を止めた私の方を見て首を傾げる。

私は、ふと…バックミラーに見えた車のヘッドライトの明かりを見止めて言葉を止めていた。


「由紀子、後ろを見てから…レコードで調べてくれない?」


そう言うと、由紀子は直ぐに後ろに振り返り…驚いた表情を浮かべると、直ぐに前に向き直ってレコードを開く。

後方から迫ってくる車…2008年、平成の世には似使わない、鼻先の長いスポーツカーだ。


「反応してない!」

「レコードに反応しない…そう。でも、ナンバーを見れば何処から来たかは察せそう」


迫って来たその車は…私の真後ろにピッタリと付いてくると…追い抜いて来ようとせずに後ろに留まる。

ここまで来れば、車の詳細から…乗っている人物までがハッキリと見通せた。


「千尋?」

「…時任さんが言ってたのと同一?」

「さぁ…でも、千尋とそっくりよ。髪色も…服装も…車の趣味も」

「ドッペルゲンガーってわけ」

「消えないでよ?」

「善処するよ…一誠に電話。今すぐ」


私達は、不気味に背後に迫ってきて…手を出してこない間に出来ることを進めていく。

ただ…後ろから車で付けられているだけに過ぎないが…得体のしれない相手に追いかけられることほど、気味の悪い事は無かった。


「小野寺さん?由紀子です。急にすいません…緊急事態?でして」

「貸して!」


由紀子が一誠に電話を繋げると、私はそう言って彼女から携帯を受け取る。


「一誠?」

「ああ。どうした?日向で何かあった?」

「その帰り。私が後ろに付いてきてる」


そして、会話もそこそこに、一誠に向かって今の現状を手短に伝えた。


「え?」

「どうすればいい?時任さんが言っていた私の姿と合致してる。今は何も起きていないけれど…何かが起きるまでは秒読み…といった所でしょうね」


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