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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter2 凍てつく世界の管理人
34/63

1.凍り付いた時間 -2-

「どうしてここに居るの?…」


玄関から聞こえてくる怒号のような声。


「?」

「何かあったのかな?」


居間に居た私と由紀子は、玄関の方から聞こえてきたレミの声を聞いて顔を見合わせる。

あの子の声は明らかに普段の声色ではなく…どこか困惑と怒りが混じったような声だった。


「どうしてアンタみたいな薄汚い女がパラレルキーパーなんかになれたのさ!…」


彼女はどこか、言葉を選びながらも…時間が経つにつれて段々と口調と声色が荒くなっていく。

やって来たのは、一誠が手配してくれたパラレルキーパーで間違いないのだろうが…どういう事だろう?

私は由紀子と共に玄関の方へと小走りで駆け寄ると、扉を開けてレミの方に顔を出した。


「レミ、何かあったの…?」


由紀子がレミに尋ねる。

私は彼女の後ろについて玄関に入っていった。

すると、レミの向こう側には2人の男女が、これもまた何とも言えない表情を浮かべて立っていた。

私は2人に見覚えがあるから、尚更その状況が読めてこない。


「どういう状況?」


私もそう言って、どう動いていいか分からない空気感を醸し出す玄関に立つ。

レミは私達が来たからか、バツが悪そうに口を閉じて…それでもやって来た2人…というよりは女性の方をこれ以上にないくらい殺気立った目で睨みつけている。


「あー…これは、ちょっと個人的な問題というか…前田さんと元川さんですよね?」


何も言えない中で、やって来た2人の男の方が口を開く。

私は頷いて答えると、レミの手を引いて私の横に持ってきた。


「ええ。何時か会ったことがある気がする。名前は…ごめんなさい。覚えてないけど」

「はい…永浦博光です。こっちは妻の美麗」


私は彼の自己紹介を聞いてハッとした表情を浮かべてレミの方を見る。

彼女のレコードは、迎え入れる前の一度確認したことがあるから、大体の事情は察せた。


「なるほど?…ま、家族問題は後にしてくれる?…一旦、上がって」


私はそう言って、レミの手を引いて居間の方へと戻っていく。

レミを由紀子に任せて、私は台所からもう2人分のコーヒーを淹れて戻ると、何とも居心地の悪そうな空間が出来上がっていた。

やってきた2人は何処か緊張気味で…由紀子は訳あり家族の真ん中で下手に動けず、レミは由紀子の横にくっついて顔を2人の方に向けようとしない。

私は小さくため息を一つ付いて、2人にコーヒーを出すと、由紀子の横に座って早速話を繰り出した。


「…車は?」

「駐車場に置いてます。雪に埋もれたやつの後ろに」

「そう。ありがとう…貴方達の帰りの足はあるの?」

「はい…ここまでは2台で来ましたから」

「…雪、凄くなかった?」

「まぁ…そこは慣れです」


私は彼の言葉を聞いて少しだけ苦笑いを浮かべると、本題に入るためにレコードをテーブルに広げた。


「それと、貴方達を呼んだもう一つの理由がこれ」


私はそう言って、レコードに表示されていた内容を全員に見せる。

由紀子もレミも、レコードに出ている情報に目を向けた。


「天気予報?」


由紀子が言うと、私は小さく頷いた。


「昨日から降ってる雪なんだけど、この雪…レコードが書き換わっていない?」

「はぁ…?」

「…私は毎日レコードを見てるの。生憎"この手の感覚"には疎いから」


私はそう言って2人の顔を見る。

2人は明らかに困惑しきっていた。


「テレビの天気予報が外れた程度なら気にしないけど。昨日と今日でレコードが言ってる事が違えば、それは異常でしょ?」

「はい…確かにそうですが…レコードが書き換われば…当然、我々に何かアラートが出てくるはず。この世界は終わりかけにしては珍しく平和な部類なんです。だから気にかけることもないと思ってたのですが…」

「毎日この世界だけを見れてる訳でもないんでしょう?」

「そうですね……」

「そして貴方達がここに来たってことは、一誠から"問題が解決するまではこの世界に居てくれ"と言われてる。間違いない?」

「はい…」


彼はそう言うと、私の顔を見て声を詰まらせる。

私は表情を一つ動かさずに彼をじっと見据えた。


「それなら、調査をお願い。私の記憶だけが頼りになってしまうけれど…3日目前に今日の天気を調べた時には、今日は晴れだった。言えるのはそれだけ」


私はそう言うと、由紀子を挟んで反対側に居るレミに一瞬目を向ける。


「レコード違反が起きて、関係ない人のレコードが書き換わるのは良くあることだけど。天候だなんて、何があれば変わるのか…それを知りたいの」

「分かりました」

「…それと、もう一つ。たった今、出来た仕事なんだけど…それも頼んでいい?」

「はい?」


私は2人の顔を見比べた後で、レミの方を向いた。


「娘さん、少しの間だけ貴方達に返すから。誤解を解くだけの時間はあるでしょうし」

「はぁ?」


私がそう言うと、即座にレミが由紀子を跨いで私に掴みかかる。

こういった以上、彼女には何をされたって受け入れるつもりでいたので、私は表情を変えずに彼女の手を取ると、そのまま視線をテーブルの向かい側に座る2人に向けた。


「レミには何時か…言った気がするけれど、少しだけ"誤解"が混ざってる。申し訳ないけれど、少し貴方達のレコードを見せてもらったもので…」


彼女の手を払いのけた私は煙草を一本取り出すと、それを咥えて火を付けた。


 ・

 ・


「良かったの?レミ、凄く不機嫌そうだけど」


3人を見送った直後…窓から手を振って彼らを見送っていた由紀子が私に言った。

私は煙草の灰を灰皿に捨てると、彼女の方を見て頷く。


「一誠がわざわざ送って来たんだし。そういうことでしょう」

「あの2人はまぁ…大人だから良いけど。大丈夫かな、あの子…」

「…心配?」

「まぁね。あの子、親の事話す時と姉の話になると人が変わるから」


由紀子はそう言うと、テーブルにあったお盆にコーヒーカップとクッキーの入った皿を乗せて下げてくれる。

私は煙草を咥えたまま、台所に行った由紀子の後に付いて行った。


「姉の事は、怖いくらいに好いてる。まぁ…小さかった頃の事だからそうなるのは分かるけど…ちょっと度が過ぎてるかな?」


由紀子が食器類を洗い始めたので、私は彼女の横に立って布巾を手に取った。

乾かすよりも、サッと拭いて元に戻せばいい。


「…親のことは何て?」

「それはもう…理由が理由だから。姉への愛情とか諸々が全部マイナス方向に振り切って、それをさらに倍にした感じ」

「へぇ…それは怖い」


由紀子と私は会話しながらも、手は動かして手早くカップと皿を片付ける。

私は短くなった煙草を台所にあった吸い殻入れに入れると、居間の方に戻っていく。


「家族問題はどうも私には難しい」

「千尋は…まぁ…確かにそうだろうけれど」

「それに由紀子。レミを彼らに任せて、ついでに調査も任せて、私達は暇してる何てことにはならないよ」

「え?」


私はそう言って首を傾げた彼女の方を見る。

雪かきの時に使った上着ではなくて、普段着る方の上着をコート掛けから取って羽織ると、由紀子の上着も取って彼女に投げ渡した。


「仕事。レコードと注射器と銃。何時もの仕事だよ」

「あ…うん。分かった」


彼女は受け取った上着を羽織ると、階段を駆け上がって自室に物を取りに行く。

私はテーブルの上に置いていた自分のレコードと煙草の箱を取ってポケットに仕舞いこむと、玄関で彼女を待った。

注射器と銃は、昨日別の用事で使ってからそのままだ。


「お待たせ」

「行こう」


由紀子は直ぐに戻ってきて、私達はブーツを履いて外に出る。

さっきよりも吹雪が小康状態に落ち着いてはいるものの、依然として大雪の状態は変わっていない。

私と由紀子は小走りでさっきの2人が持ってきてくれた車の元に駆けて行き、直ぐに乗り込んだ。


「あの人のポルシェ好きもここまで来れば宗教だね」


乗り込んで、刺さりっぱなしのキーを回してエンジンをかける。

私は外から見たシルエットと、見覚えのある内装を見回すと半ば呆れたような声色で言った。

Zのような車だと身動きが取れないからと言ったはずなのに、彼が回した車は、彼が良く乗り回すような、小柄なドイツ製のスポーツカーときたのだから。


それでも、一誠が寄越したのだし、私のオーダー通りなのだろう。

この手の車には珍しい右ハンドル…ギアをリバースに入れて車を車道に出し、ギアを1速に入れてクラッチを繋げると、少し滑りながらも車は前に進んだ。


「それで…対象は何処に?」

「この近辺。ホラ…この地域の端にマンションが立ってるでしょ?」

「ああ…了解」


助手席に居る由紀子はそう言ってレコードを開く。

直ぐに彼女のレコードに対象者たちの名前が出てきたらしい。

彼女は何時ものように注射器を取り出して、レコードと共に膝の上に置いた。


「何時もの処置ね」

「…3人くらい居たよね?」

「うん。そんなに危険そうじゃないけれど…誰も彼も、そこら辺の知らない会社の役員とか」

「…そう…不気味なほどに何時も通り」


私はそう言って、交差点を左に曲がる。

後は真っ直ぐ行けば、目的のマンションだ。

普段ならば向かい側の大きな公園の駐車場に止めるのだが…こんな日だし、今日は大人しく路駐するしか無いだろう。


私は思った以上に普通に走る車に少し感心しながら、ギアを一つ下げてアクセルを踏み込んでみた。


「え?」


ほんの少し雪の上で滑るような感覚を受けて、直ぐにギアを戻す。

助手席で驚いた顔を見せた由紀子の方を見て少し口元を笑わせると、小さく肩を竦めた。


「驚かさないでよ!」

「ごめんごめん。…でも、この程度なら何とか出来そう」


私は彼女に軽く謝ると、真っ白な雪が降り続けている視界の先に見えた建物を見止める。

彼女に指を指して伝えると、私は表情を元に戻した。


「普通の仕事は早いうちに終わらせよう…また雪が強くなってきた」


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