5.終末の余韻 -5-
気が付けば周囲を走っていた車は姿を消して、広い高速道路上を走っている車は私達の乗るZだけになっていた。
私達が居る車線だけでなく、対向車線からも車がくる気配はない。
周囲の景色は、私にとっては見覚えのある光景のままで…今いる地点は丁度…周囲が自然溢れる景色から、無機質な町の景色に切り替わる辺りだった。
羊が放牧されている広い草原に…時折見える下道や、家々のある風景から…小さな山や雑木林のような景色に移り変わり…サービスエリアを越えて暫くすれば、そこは北海道で一番大きな市に繋がっていく…
そんな所までやって来た時、彼女はアクセルを緩めた。
120キロを指していたスピードメーターは瞬く間に下がっていき…110、100、90、80、70…と、高速道路上ではまず見ない数値にまで下がっていく。
理由はもう分かり切っていた。
サービスエリアを越えた先…あるはずの光景がプッツリと途切れていたからだ。
やがて車は完全に止まってしまう。
サービスエリアを越えた先に続く上り坂の途中…本当ならばもうちょっと登って、先には大都市の光景が左右に広がるはずだった道の途中だ。
彼女の後に続いて車を降りた私は、完全に途切れてしまった道の先端に立って…近くにあった小石を途切れた道の先に蹴飛ばした。
「これが夢の世界の特徴…夢の主の周囲一定区域しか実体化しない…だから、この世界では勝神威の周辺が全てであって…テレビや新聞、人の話の中に現れる"それ以外"は全て現実には存在し得ない」
彼女は私の横までやってくると、小石を蹴飛ばした先…途切れた道の先…崖の先に続く果てしない大海原と青空の光景を眺めながら言った。
「レコードにも現れないわけ?」
「そう」
「勝神威の人だって、本州に実家が合ったり、品物がどこか別の国から来たりするものでしょう?それは…?」
「そこは自分の目で確かめて…"ご都合主義"な僕達が居るのだから、どうとでもなるのは分かるでしょう?」
「ふーん…ここで世界が切られてて…実際にこの世界の住民たちはこの近辺には来ないわけ?」
「来ない。いや、レコード上では"日向へ帰省"なんてことがあるかもしれないけれど、実際には行っておらず…本当は家でただ過ごすだけで…偽の思い出が頭にインプットされる…なんてね。そういう風にして、この世界の住民は"区切られた世界"であることを認識しないようになっている」
「……いや、無理があるでしょう?勝神威の中心部から1時間ちょっとで着くところなのに…こんな狭い範囲で…」
「もっと狭い夢の世界だってあるもの」
「へぇ……悲しい世界もあるものだね」
彼女はそう言うと、煙草を取り出して咥えて火を付ける。
私も彼女につられて煙草を一本取り出して咥えて火を付けた。
フーっと煙を吐き出して、視線を途切れた道の先から、やってきた方角へとずらしていく。
エンジンの掛かったままの車の先には、1台も車の影も形も見えず…当然、人の姿などあるはずもなかった。
「人生に悩んだらここに来ることにしよう」
私は冗談っぽくそう言うと、彼女は小さく口元をニヤつかせ…直ぐに表情を消した。
「この世界の最期、ここにだけは追い込まれないようにね。逃げ道が無いから」
彼女は淡々とした何時もの口調でいうと、車の方へと歩いていく。
「どういう事?」
彼女の後を追いながら尋ねると、彼女は私の方に振り返って海の方を指さした。
「夢の世界の最期っていうのは…この前言わなかったっけ?」
「……あー、言っていた気がする」
「最期は主を殺して…ってね。永浦美麗を殺して、そのままこの世界は何処の世界とも関係の無い、永遠に続く世界に変えてやろうと、この世界の住民は躍起になるわけだ」
彼女はそう言って運転席側のドアに寄り掛かる。
「この世界はこんなにもちっぽけな範囲しか無いっていうのも知らずにね。それに、主を失った世界など続くわけも無いって分かるでしょうに…なのに、可能性世界の住民達は八方塞がりの世界でもがき続けるわけだ」
「……それだけ聞いてると、ポテンシャルキーパーの役目などないように思えるけれど…永浦美麗を守れずとも世界は終わるわけでしょう?」
「その点では正しい。そう考えてしまうのもその通り…でも、続きがある。"何処の世界とも関係の無い"っていうのは、飽くまでもレコードの存在と夢の主に気が付き暴走した住民たちの妄想…実際はそうじゃない」
彼女は私の顔をじっと見つめたままそう言うと、彼女の持つレコードを取り出して、適当なページを開いて私に寄越した。
ページに浮かび上がっていた文字は、私が今までレコードで見てきた文字体とは違っている。
"第3軸-可能性世界813221843344号は下記の世界へ干渉する"
"第3軸-可能性世界854562568900号"
"第3軸-可能性世界873671220098号"
"第3軸-可能性世界992781292332号"
・・・
それは字面の通り受け取るのであれば、3軸の世界の永浦美麗夢の中の世界だというのにもかかわらず…他の可能性世界への干渉があるとされた文章だった。
「……干渉する?」
「そう。この夢の世界は、可能性世界を生きる誰かさんの一夜の夢の中でもある…主人公が軸の世界の永浦美麗だとしたら、ただの脇役。君のレコードにも同じ文面が出てくるはず」
「つまり…干渉する…可能性世界で誰かさんが見ているであろう夢を壊すなという事?」
「そう。干渉する数だけ気を付けなければならない人間の数は増えるというわけ。干渉先の住民のレコードはまず破られないけれど、その周囲の人間のレコードが破られて影響を与えてしまった場合、干渉先のレコードも書き換わるから注意して。別世界で働いている同僚たちが忙しくなってしまうからね」
彼女はそう言いながら道の終端に歩いていくと、短くなった煙草を海に放り投げた。
私はまだ少しだけ残っている煙草を吸いながら、彼女から受け取ったレコードのページを見続ける。
数えてみると、12の可能性世界と干渉しているらしかった。
「可能性世界のレコードが変わったら私は狭間とやらに飛ばされる?」
「いいや。別世界のポテンシャルキーパーの頭痛の種が増える程度。君の主任務は永浦美麗をこの世界が終わるまで生かし続ければいい…それだけ」
「……つまり…それまではレコード違反の処置や、暴走の予兆を監視し続けるという事?」
「そう。可能性世界の事については、飽くまでも"片手間"で良い。頭痛の種が増えるといっても、ポテンシャルキーパーにとっては日常茶飯事。この前の世界だって、幾つか夢の世界の影響だろうという現象があったわけだし、あまりシビアに考えないで」
私はほんの少しだけ眉をピクつかせる。
彼女と同じように、海に吸殻を放り投げて…彼女にレコードを返すと、こう尋ねた。
「あれの何処に夢の世界の影響が…?」
彼女は私の問いを聞いて一瞬だけ私の顔を見つめたが、何も言わずに車の方を指さして歩き出した。
私は歩き出した彼女の背中を追って…車に乗り込む。
「この世界でレコードを違反するということは、この事実に気が付いてしまうという危険性を孕んでる」
車を動かす前にポツリとそう言った彼女は、ゆっくりとアクセルを踏み込んで…途切れた中央のガードレールの合間から車を反対車線に入れ、勝神威へと鼻先を向けた。
「実際ここは夢の中だからね、起きてしまえばこの世界のことなど直ぐに忘れる…はず」
「はず?」
「そう。おそらく、忘れる…けれどそれが世界の終わり間際に思い出してしまうわけだ。"ああ、前にもこんなことが合った気がする"って」
「随分と呑気な言い草だけれど…」
「実際、不可抗力でレコードが書き換わる人だっているわけだから、躍起になってどうにかするつもりもないわけだし…どうせ"処置"してしまえば全てが終わる」
彼女は淡々とした口調で言って、言い終わるとともに眉を潜めた。
「軸の世界の住民だってそうだ…夢の中がこんな世界で…それが終わって、暫くたったある時、急にレコードを逸脱する。"夢"っていう都合の良すぎる世界は僕らにとっても未知数でね、何時だって厄介事の火種を生んでくれるわけだ。本当に、ウンザリするくらいに」
彼女はそう言って、車を左車線に入れた。
気が付くと、周囲には他の車が通っていくようになり…道路外に見える景色の中に人の影が見えるようになっている。
「軸の世界で注射器によって"処置"されるのは"夢"の世界を見てしまって…そこでレコードが書き換わった人…どこの世界に居たとしても"夢"の世界を体験してしまえば…元居た世界で"処置"されることになる」
「じゃぁ、私は"夢の世界"に居たことが無いってこと?」
「その通り。レコードを持つためには他にも基準があるらしいから、飽くまでも基準の中の一つに過ぎないけれど…レコードも持たずに"夢の世界"でこの世の歪さを体験してしまった人間は最早"処置"されて消えていくことしか残されてない」
「本人はそれすらも知らず、認知できず消えてくわけだ」
「そう。不良品は廃棄される」
彼女はサラっとした口調でそう言うと、ふーっと溜息をついた。
「ねぇ」
「何?」
「ちょっとした持論だけど良い?」
「ご自由に」
「そう。ならば…仕組みとしてさ?何がどうなっているかは知らないけど。ずーっと延々廻り続ける世界の中の一部でしかないわけだから、僕達は"レコード様"の言う通りに動いていれば良い」
「……」
「デジャブだって、それは以前のループで体験したことを思い浮かべてるに過ぎないわけだ。僕達だって、永遠に死ねないといえど…そんな永遠はあるはずもないのだから…何時かは姿を消して、それを知らずに何処かの世界にひょっこり産み落とされるのかもしれない」
「時空の狭間とか言ってたけれど…?」
「ああ。言った。悪さをすれば時空の狭間に飛ばされるってね。けれど、狭間といえど、永遠に続くといえど…その永遠は誰から見た永遠なんだろうね?」
彼女は急に哲学者にでもなったのだろうか?
私は口調も、論調も普段の彼女とは違うように思えてくる。
チラリと目を向けると、そこには真っ赤な瞳を少し大きく開けて前を見据えた彼女が見えた。
「……人の主観で永遠だなんて、図れるわけも無いって僕は信じてる。だから、どうせレコードを持ったとしても、何時かは自分が消えて無くなるだろうってね」
私の視線も彼女には一切届いていないらしい。
彼女は自分の主張を淡々と続けていたが…
「……」
急に黙り込むと、元の表情に戻って私の方に目を一瞬だけ向ける。
「何?」
私は得体のしれない不気味さを目の当たりにしたせいか…ほんの少し引き気味に問いかける。
彼女は直ぐに前に向き直ったが、それからすぐに口元を笑わせた。
「フッ……フフフ…」
自分でも珍しいと思う"自分の声"の笑い声。
笑い慣れていないせいもあるのか、これまた不気味に聞こえてきた。
「アハハハ!…いや、流石に今言ったことの大半は僕の考えだよ?本気にしなくたっていいのに」
「急に気味の悪いこと言い出すし、目が本気だった。ジョークにしても、ねぇ?自分がどれだけそういうのからかけ離れた人間か知ってるでしょう?」
私は深いため息の後で、呆れ口調で返す。
すっかり彼女は元通りの、良く知った彼女に戻っていた。
「いや、ごめんなさい。"自分"が相手だから少し自由にやりすぎた。でも、こうも思ってないと、幾つもの世界を巡っては同じような事が起きて、それを処置し続けるっていうのも酷なの」
「ああー…はいはい…」
「君も何時かわかるさ、変わり映えもしないのに、時間が経つのは凄く遅いままなんだから」




