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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
3/63

1.死を経た管理人 -2-

街のはずれ。

つい数年前に開通した高速道路のインターチェンジ近くにある煙草屋で、2カートン分の煙草を買って出てきた時には、既に時計の針は9時に近づこうかという頃だった。

私が吸う銘柄は珍しいせいか、そこそこの量を取り揃えた専門店っぽい店じゃないと置いていないのだ。


路肩に止めた車のドアを開けて、助手席に買い物袋を置き、そこから煙草をひと箱取り出した。

エンジンをかけておいた車の横に立ち、煙草を一本咥えて、ライターで火を付けると、私は車の横で煙草を吹かしながら周囲の光景に目を凝らす。


9時付近になり、機能しだした街の光景が見えてくる。

平日なのに、愛車の横で煙草を吹かして居るような女など、私しか居ないらしい。

車に乗っているのは大半が男で、殆どがスーツや作業着を着て、これから仕事なのか…もう仕事中だといった様子だった。


私はそんな光景を見ながら、先ほどからバックミラーにチラホラと映った車がどこかに居ないかを探していた。


この煙草屋に来る手前あたりから目についた車。

それは、私の乗る車と同型なだけで、普段なら見過ごす存在だったが…

一瞬見えた運転手の容姿を見て、強烈に記憶に残ってしまった。


髪が真っ白に染め上げられた私が運転していたと言えば、それも分かってくれるはずだ。

私は、一瞬だけ見えた、髪の白い私が駆る黒いZを探し求めて周囲の光景に目を凝らす。


世界が消える2週間前だという事。

行きつけのカフェで読んだ記事。

死んだはずの私がこうして生きている事。

そして、余り知らないながらも…私がこのような消えゆく世界を管理する存在となった事。


そんなことが続いた後に見た私のドッペルゲンガーのような人…嫌な予感なのか、良い予兆なのかも分からないが…何かがあると思っても仕方がないと思ってしまう。


2,3度。煙草の煙を吐き出して、灰を適当に落とした私は、諦めて車に乗り込んだ。

煙草を灰皿に置くと、ウィンカーを上げて本線に入っていく。

すぐ近くの料金所から高速道路に上がっていって、ゆっくりと左車線を流すことにした。


行先は…何となく、これまで行くのを躊躇っていた場所。

この世界に来る前に私が2か月間だけ過ごした海辺の田舎町。


この時代に来て、暇になり出した頃に調べてみると、今いる勝神威と呼ばれる市から高速→国道と繋いでいって3時間少々でたどり着くことを知った。

でも、何となく、消えてしまうと分かり切った世界のあの町を見たくなくて、今まで訪れるようなことは無かったのだ。


高速に入って直ぐ、ギアをトップの位置に入れた私は灰皿に置いた煙草の灰を落としてから、それを咥えた。

車のラジオも、8トラも切っているから、聞こえてくるのはエンジンの音と風の音だけ。

時折、追い越し車線を行く車の音が聞こえてくる程度だ。


「………」


振り返ってみると、可笑しな2か月半だった。

知らない病院で目を覚まし、私の記憶の限りでは1年以上前に自ら死を選んだ男が現れて、急にとんでもない事を言い出したことからそれは始まる。


この世界は"可能性世界"と呼ばれた、どこか別の世界から見た時の"あったかもしれない世界"。

私の"上司"は、私達は死を経て"可能性世界"を管理して回る"管理人"になったのだと言った。


ポテンシャルキーパー…昌宗は、そう言っていた。


私からすれば、まずそこが可笑しな話だ。

死後の世界だといってくれた方がすんなり受け入れられたのに。

だが、その後で彼が見せてくれた"この世界"が私のそんな気持ちを軽々と撃ち砕いていく。


昌宗が持つ深い赤色をした本…レコードと呼ばれるそれは、訪れた可能性世界の全てを記録していた。

彼は、その本を持ってこの世界に異常が無いかを監視しているらしい。

レコードの記録にある通りに動かなかった人間は"処置"を施してこの世から消していき…例えレコードの通りに動いていても、思考に"異常"が見られれば"処置"を施す。


そんな"仕事"風景を見た私は、レコードの文面に現れる指示に従って、名もなき一般市民を間引いていく姿を見せられた。

実際、仕事を覚えるついでだといって、私も数人を間引いた。

彼らはレコードから逸脱したとたん、急に"壊れて"行くのだ。


私は使い慣れた拳銃を片手に"処置"をしていくうちに、その光景を見て行くことになる。

何の変哲もない、そこら辺に居そうな老若男女が示し合わせたように、同じような"壊れ方"をしていく。

そんな光景を見続けていると、やがて自分の中の常識も少しずつ変っていくものだ。


だが…この世界が消える2週間前になったというのに、私の手元にレコードが無い。

昌宗が持ったまま…強引な手に出ようと思えば出れなくは無いが…レコードの機能を全て知っていない以上…迂闊に手は出せなかった。


彼曰く、私達のような存在にも、レコードの監視目はあるらしい。

ただの一般人をこの世の者ではなくするような効力を持ったそれを、良く知らぬまま手を出すのは得策とは言えなかった。


 ・

 ・


私は高速道路の終点が近づいてきた頃、ふとサイドミラーに視線を向ける。

私の車の数台後ろに、見慣れた丸いヘッドライトが薄っすらと見えた。


私はため息交じりに煙草を一本取り出して咥えると、シガーライターで火を付けた。

もう一度前を確認して…バックミラーに目を向けなおす。

間違いない…黒いZだ。


私は一瞬、この先どうするか考えたが…何をどうしても事態は好転しなさそうに思えた。

第一、私が後を付けられる理由がない。

レコードから外れ、この世界には何も関係のない私が何を理由に追われるというのだろう?


だが…後を追われるだけで妙に背中がムズ痒くなる。

私は降りるつもりだった出口を一つ早めて、山道を通るルートで日向町に向かうことにした。


追って来ていたZは、付いて来ない。

私はそれを確認しながらも、料金所を越えた先の道は少々飛ばし気味に駆け抜けて行った。

アクセルを多めに煽って、普段は回さない所までエンジンを回していく。

このルートでは、暫く車通りのない山道を通るから、頻繁にタコメーターの針は6千回転を越える所まで回した。


付いてきたあのZは何を考えているかは知らないが…後を付けてこないのなら、私の行く先が分かるとは思えない。

例えドッペルゲンガーだったとしても…それは私じゃない。


私は身体に染み付いた懐かしい道を辿って、日向まで駆け抜けて行く。

土砂降り直後の、まだ所々が濡れたままの道を進んでいくと、やがて右手側には海が見えるようになった。


私は窓を全開に開けて、横目に見る久しぶりの光景に思わずハッとさせられた。

海辺を沿うように通る道。

ここまで来れば、私の住んでいた町はもう近くだ。


高速を降りて、町を4つ抜けた先。

通って来た道の脇に現れる、細い小道へと車の鼻先を入れていく。

道は一段と悪くなり、お世辞にも乗り心地が良いとは言えないスポーツカーの車体はギシギシと音を立て始めた。


車が2台通れるかどうかの道を真っ直ぐ進み…

やがて正面の木々の向こう側…葉っぱの隙間から大海原が見えてくる。

突き当たりまで進んでいき、90度左に折れて真っ直ぐ進む。


曲がった先の道は、運転手目線から見ると、突如として道が途切れたかのように見えた。

でも、実際には急激な下り坂が待ち受けていた。

下り坂に差し掛かると、眼前には私が過ごした町の光景が映し出される。


町の入り口を示す、向日葵の咲き乱れたロータリー。

港の近くに出来た大きなひまわり畑。

兎に角この町には向日葵が多く咲いていた。


日向町。

町の名前を頭に思い浮かべる。


ゆっくりと車を走らせて、ロータリーを越えて…商店街へと入っていく。

片側一車線。この町のメイン通りで、数少ない舗装路の一つだ。


私は周囲の光景をチラホラと見ながら、奥へ奥へと進んでいく。

商店街を越えて、町役場の近くまで行き…浜の方に鼻先を変えると、真っ直ぐ進む。

右手には家。左手には崖を見上げるようにしながら進んでいき…浜の傍に通る道に出た。


そこを左…崖の方に曲がっていくと、異様なほどに広く、この町には不釣り合いなトンネルに入っていく。

私は記憶通りの街並みを見て、ほんの少しだけ口角が上がっていた。

トンネルの入り口付近に車を止めて、エンジンを切って外に出る。


一度、周囲を見回して、息を大きく吸った。

1972年の8月…お盆を過ぎたあたりで、私が生きた世界の日向町は大津波に襲われて壊滅してしまうから…今見ている光景は、私からすれば、本来は見られない光景だ。

このトンネルも、周囲に立つ家々も、遠くに見える漁港の建物も、迫って来た濁流に一瞬で巻き込まれて、歴史の中に消えていった。


私は周囲の光景を見て、若干の感傷に浸ると、煙草を一本咥えて歩き出した。

トンネルを出てすぐ横の獣道に入っていく。

煙草に火を付けて、最初の煙を吐き出して、獣道の先にあった細い道に目を向けた。


私の本当の目的は、この道の先にある。


細い細い山道を軽快な足取りで歩いていく。


この先にある建物は、私が最も好きな景色を見せてくれた場所。

この先にある建物で、私は生涯を終えたはずだった場所。


トンネル横の獣道を入って歩くこと5分少々。

少しだけ急な道を登った先にあるのは、真っ赤なペンキで塗られた2階建ての木造の展望台。


記憶と変わらない姿で建っていたそれを視界に入れた私は、思わず口元を緩ませる。

少々弾んだ足取りで、建物の中に入っていき、階段を駆け上がった。


らせん状になった階段を上がっていき、登り終えた先に見えたのは、複数の青色。

真っ赤に塗られた柱と柵が額縁になり、その中にはただ一面の海と空が見えた。


私は過去の自分がそうやっていたように、柵まで歩み寄って、柵に手をかけて…身体を少しだけ乗り出すようにしてその景色の隅から隅までに目を凝らす。


散々遠い過去のように思い浮かべていたその景色。


私の主観では…最期の瞬間からまだ2か月半前の事だというのに、随分と懐かしく感じられた。

人生最後の2か月間。私が唯一人らしく過ごせた場所。


ほんの少しだけ冷たい海風が髪を揺らしたが、私は気にすることなく、ずっと見ていられそうな景色を見続けている。


「前田千尋」


そんな、過去を懐かしむ女になっていた私を現実に引き戻したのはか細く透き通った女の声だった。


私は煙草を咥えたまま、一歩も動かずに声がした方向を探る。


「!?」


だが、私は急に目の前に"降って来た"人影を見止めて思わず両目を大きく見開く。

咄嗟に構えたが、それ以上に"降って来た"人物の動作の方が素早かった。


胸元を蹴飛ばされて、綺麗に背中側に吹き飛ばされる。

右手を相手に、左手を、今は身に着けていないホルスターに当てた私は、受け身を取る暇もなく床に叩きつけられた。


「クハッ!」


叩きつけられた瞬間、思わず噴出した呼吸と共に、短くなった煙草が宙に舞う。

私の元に降ってきて、なおかつ私を蹴飛ばした女は、そのまま倒れた私にのしかかり、流れるような動作で左手に構えた黒い物体を私の心臓部分に突きつけた。


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