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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
27/63

5.終末の余韻 -2-


消音器も付いていない銃火器の銃声が、重症者たちの地獄絵図になりかけていた周囲一帯に鳴り響く。

それは動物が車に引かれたときのパーン!という音とは違った、暫く耳の奥に残り続ける金属音のような音。

私は躊躇なく、対向車線に止まった車から飛び出してきた男2人を頭上から撃ち抜いて沈黙させる。


「……」


それが厄介事の始まりの合図だったらしい。

男2人を始末した直後、私の体は橋の片側から来た車のハイビームライトに照らされた。


「!」


私は咄嗟にZの助手席のドアを開けて中へ飛び乗る。

咥えていた煙草はとっくに吐き捨てられていた。

私が立っていた場所には数発の銃弾が通り過ぎ、開きっぱなしになった助手席には5発程度の風穴が開く。


「遮蔽物にすらなりゃしない」


私は毒づきながら、シートに潜めた体を動かして、Zの後方から来ているであろう相手の方へと顔を出す。


「く…」


その顔は、即座に引っ込められた。

数発のライフル弾が私が顔を出した空間を貫いていく。

…だが、さっきの一瞬で相手の位置は把握できた。


私はフロントガラスを撃ち抜いて、ガラスを突き破って外に出る。

そのままボンネットを滑り降りて行き、フロントバンパーに背を預けた。


手にしたライフル銃にはまだ16発入ってる。

背後からにじり寄ってくる数名を撃ち倒すには十分だ。


私はゆっくりと、Zの運転席側から…匍匐状態のまま、銃口を向けながら姿を見せる。

ビクン!と、人型の陰へ向けて反射的に引き金を引く。


「あああああああ!」


銃声の直後に聞こえた断末魔が結果を教えてくれた。

私は逆光の視界の最中で、微かに揺らいだ人影たちの隙を見逃さない。

私は叫び声を上げた男に数発撃ちこんだのち、素早く真横に転がっていき、ビタ!っと動きを止めると即座に次の標的に照準を合わせた。


「う…!」


2人目も腹部に銃弾を受けて呻く。

彼らからは、Zの陰に寝ころんだ私の姿が見えているのだろうか?

そんなことが頭によぎりながらも、私は淡々と目の前の標的に銃口を向けて行った。


1発。

もう一発。

そして、止めに一発。


空薬莢が地面に転がっていく。

弾倉に2,3発が残った頃には、迫っていた何者かはとっくにこの世から消えていた。


「……」


膝立ちになった私は、周囲を見回して脅威が居ないことを確認する。

そして、橋の上が沈黙を取り戻した事を確認した私は、運転席側の方で立ち上がり、手にしたライフル銃の弾倉を入れ替えた。


ボンネットの上を飛び越えて、再び高速道路の方へ目を向ける。

だが、彼女がスモーク弾を放ったのであろうか。

眼下に見えた高速道路の光景は、真っ白に曇っていて何も見えなかった。


「く…」


私は銃を片手に表情を歪める。

飛び降りて、彼女を探し出しても良いのだが…再び橋の上に脅威が現れないとも限らない。


未だに"レコード違反者"が出た感覚に疎い私は、微かに感じる"違反者"の気配を感じながら頭をフル回転させた。

行くも待つも決め手にかける。


どうする?

頭に浮かぶこの4文字。

だが、眼下に見えた反対車線にもう2台の車が見えた時、私の考えは固まった。


「チェ!」


舌打ちと共に、車に銃撃。

中に居た人間諸共、5.56ミリ弾で風穴を開ける。

薄っぺらなボディでライフル弾を耐えられる筈もなかった。


私は素早く2台を沈黙させると、橋の手すりに捕まって眼下のトラックの荷台へと飛び降りていく。

ドン!という鈍い鉄の音と共に着地した私は、それからもう一回下に飛び降り、事故車の煙と漏れ出した油脂類の匂いが立ち込める高速道路上に降りたった。


事故車の合間を縫ってまず目指したのは、4台目の事故車である白いマークⅡ。

フロント部分を完全に失って、エンジンが砕け散っていたその車の元にたどり着くと、比較的軽症で済んだ後部のフェンダーに寄り掛かっていた相棒を見つけた。


「大丈夫?」

「問題は無い。この中にいる一家は"処置"した。ルーチェの方は一誠が無事に…そっちは?」

「対向車線に3台。橋の上に1台車が…邪魔が入った。もっと増えるかも…これは何時迄粘ればいい?」

「あと少しもすれば、6軸との交わりは徐々に解け出していく。さっきレコードが告げてきた。9時35分…あと10分もすれば、任務は終わり」

「そう…!」


私は霧と白煙とスモークに巻かれた最中、先ほども銃撃を加えた対向車線側に新たな光を見つけ出す。


「まだまだ抗うっていう人が多いみたい」

「らしいね」


私達はピンに弾かれた球のように、マークⅡの傍を去っていく。


「どこだ?」

「マークⅡだマークⅡ!前の方にあるだろう!」

「見えねーよ、アホ!」

「気を付けろよ!レコードを持ったやつが…あああああ!」


白煙をかき分けた先、目と鼻の先に見えた数人の男たちに銃弾を浴びせる。

微かに聞き取れた会話を聞く限り、目当ては私達と同じらしい。


「一誠の周りは守られてる?」

「ない!行って!」


対向車線に移った私は、ふと玉突き事故の最後列に居るはずの男の事を思い出す。

彼女も同じだったのだろう。

だが、叫び声と共に聞こえてきた銃声がそれどころではないことを物語っていた。


「……手間がかかるのは相変わらずか」


私はこちら側を彼女に任せて、対向車線の端を駆け抜けて行く。

霧で見通しが悪い中ではあるものの、まだ事故の最後列側には何も脅威は来て無さそうだった。


だが、何があるか分かったことじゃない。

私は半分ほどになった弾倉を新たな物と入れ替える。


数十メートルほど行った所で駆け足を止め、事故現場の方に目を向ける。

事故の最後列の方も、前方と変わらない悲惨な状況下にあった。

路面に視線を落とすと、最後の1台が止まった大分前の方から、路面が何かで濡れている。

対向車線側から事故現場の方へと戻った私は、足元で濡れた部分を踏んで、それが何かを直ぐに理解できた。


「止まれるわけも無い。か」


私はそう呟いて、赤い車の方へと駆け寄る。

すると、ひしゃげた車の中に2人分の人影が見えた。

一人は血塗れで、一人は見覚えのある男だ。


「一誠。まだ終わってなかったの?」


私はひしゃげた車の横に立って、割れた窓越しに声を掛ける。

すると、ほんの少し顔を青ざめさせた彼が私に気づいて力ない苦笑いを浮かべた。


「ああ。この車は数十秒前に事故ったばかり…それに思った以上に傷が厄介でね。血が止まらない」

「もうそこまで酷いなら死んでそうだけど」

「虫の息って所かな」

「注射器とかで"処置"出来ない?もう一人の私がどう処置したか知らないけれど」

「あれは外傷が少ないこと前提だったからね。ここまで酷いと手に負えない」


私は運転席に項垂れていた男の顔を見つめると、小さく溜息を付いてから周囲を見回す。


「何にせよまだ終わってないんでしょう?取り合えず外に出そう。このままじゃ止血も出来ない」

「ああ…足さえ挟まってなければそうしたいところだけど」

「あー……そうか」


私は殆ど潰れているのと同義に見える足元に気づいて顔を歪めた。

直後、背後から来た車のライトを浴びて目を細める。


「上着とナイフだけ置いておく。血だけで済めばいいけれど」


私はそう言って、着ていた上着と別の目的で使うつもりだったナイフを車内に置いて振り返る。


「レコードじゃ、こっちの車線にも車が来ることは無いからね」

「はいはい」


私は背中越しに聞こえた言葉を受けて、今日何度目かの溜息を付く。

ひしゃげた車の陰に身を屈めたまま、右手に付けた腕時計を確認すると、時計の針はもうじき9時35分になろうとしていた所だった。


あと1分。

私は最後の仕上げに向かった。


やることはさっきまでと同じ。

身を潜めていた車から飛び出て、目についた人型の影を撃ち抜いていくだけの作業だ。


"最早ロボットでしかない幾多の世界の住民を人間だと思わなくなった"


悲鳴を上げながら倒れていく彼らを見下ろしながら、私の脳裏に彼女の言葉を思い出される。


「……」


車1台。

たった3人の…丸腰の男女を始末するのに、1分も掛からない。


私は"レコードから外れた"彼らの遺体を見下ろして、それから一誠の方へと戻った。

煙草を取り出そうとして、上着のポケットに入れっぱなしにしていた事を思い出す。

何もない箇所を掠めた右手を見て小さく苦笑いを浮かべた。


「終わり?」

「ふー……」


私が車の中を覗き込むと、顔に汗を浮かべた一誠が何も答えずに私の方に目を向けた。


「あと少し…いや」


血だらけになった手を上げてそう言うと、私の上着を切り裂いて簡易的な包帯を作っていく。

項垂れた男を見ると、先ほどまで流れ出ていた血の勢いは収まっており、止血は出来たように見える。


「とりあえず"処置"が出来るまで落ち着けたはずさ」

「流石はメディックといった所?」

「止してくれ。久しぶりなんだから」


彼は私の言葉に、小さな苦笑いを浮かべながら答えると、私の背後にやって来たもう一人の女に目を向けた。


「彼女のこと任せたよ。僕は僕で離脱できるから」


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