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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機

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4.特異点の奇蹟 -5-

日向から2時間弱。

車内の灰皿が吸殻で埋め尽くされた頃、窓の外の景色は海と山の田舎染みた風景から、人工的な建物がズラリと並んだ都会の景色に変わっていた。

勿論、私が生きていた頃の東京と比べたら随分と閑散として見えるのだが…


彼の家まであと少しというところでエンプティランプが付いたので、丁度近くに見えていた国道沿いのガソリンスタンドに止めて一息つくことにした。


レコードを持った私達に、まるで意識が抜けたままのような様子で応対する店員に、吸殻で満載になった灰皿を渡して…ハイオクを満タンになるまで入れてもらう。

私は未だに周囲の人間とのやり取りの際は違和感を感じてしまうのだが、運転席に座ったままの彼女はそうでもないようで、別の店員が色を失った目でガラス窓を拭き上げていく姿を黙って見つめていた。


「意外と燃費が悪かった。弄ってたっけ?この車」


ポツリと彼女が聞いてくる。

私は小さく肩を竦めて見せた。


「彼に聞いて。車は私の趣味だけれど…」

「そう」

「国産でメーターが300まで振られてる訳がないから、何かしら弄ってるんでしょうね」

「だろうね。僕のもそうだけど、僕のは相方の趣味だしなぁ…」

「へぇ。相方はどんな人?」

「……何時か会う時が来るまで取っておこう。君も良く知ってる人だから」

「もしかして…」

「ああ。"上司"じゃない」


彼女はそう言うと窓を開けて、丁度給油を終えて会計にやって来た店員の応対を始める。

私は助手席の内張りに頬杖を付いて外の景色に目を移した。


すぐ直後、エンジンが掛かって車が動き出す。

国道沿いの道に戻り、後は彼の家に行って彼とその家族を"処置"するだけだ。


「全員殺していいんだっけ」

「良い。彼の両親はレコードの改変によって復活してしまった存在だから。彼は別に"注射器"でもいいけれど、ここまで来たら同じように眠らせた方が良いでしょう?」

「異議なし」


国道の流れに乗った車内で、そう言った私は仕舞いこんでいた拳銃を取り出した。

何時も持っている物とは違う、プラスチック製のフレームを持つ拳銃だ。

銃口に消音器を取り付けて、膝の上に置いた。


「そう言えば、それは採用?」


彼の家まであと少しとなったところで拳銃を出した私を横目で見た彼女がそう尋ねてくる。

私は手にしたそれをじっと見下ろしながら、首を傾げた。


「どうだろう。今よりも古い時代に行くことになるかもしれないのに、新しい物に変える必要を感じないと思ったけれど…もし未来に行くことになるとしたらコレでも良いのかもしれない」

「そう」

「それでも、これは良い品だと思うけれどね。弾数も多いし、持っと小さければ尚よかった」

「もし次の世界が"平成"だとしたら、その時は色々と探ってみるといい。その銃のバリエーションは豊富だから」

「ありがとう。だけども人を手にかけずに済むなら、なるべくそうしたいから…結局ハイパワーで事足りると思ってる」

「……僕とは正反対だ」

「あら、人殺しに何かを感じる人?」

「そうじゃない。ただ…何時か言ったけれど、最早ロボットでしかない幾多の世界の住民を人間だと思わなくなっただけの話…感情論なんていうのはとうの昔に消え去ったから」

「私もいずれそうなるって?」

「同一人物ならそうなるものだと思ってるけれど」

「どうだろうね」


私がそう言っている間に、車は国道から狭い住宅街へと入っていく。

昨日、雷雨の夜に見た住宅街の景色は、明るい晴天の下で見ると妙に廃れた印象を受ける。


「行き止まりの家っていうのも珍しいよね」

「数年後には再開発でここら辺一体が消える土地。元々の区割りが変だったのでしょうね」


道を塞ぐように建った家の前に車が止まる。

私達は車を出ると、昨日の銃撃戦など無かったかのように平静を取り戻した家の柵を開けた。


「そう言えば、今日の21時までは放っておくつもりじゃなかったの?」


家の玄関扉に手を掛けた私は、ノブを掴んだ手を止めて彼女に問いかける。

横で煙草を咥えていた彼女は、何も答えずに首を傾げた。


「そう言えばそんなこと言ってたっけ」

「言ってた」

「彼に聞かれてないだろうし、別にいい。気が変わった」


私は銃を取り出して構えながらそう言った彼女の顔を見ると、何も言わずにノブに掛けた手を回す。

ゆっくりと、音を立てぬように開けた玄関から私達は中に入っていく。


「手帳を出しておけば良い。必要ないかもしれないけれど…上を任せた」


彼女はそう告げて先に進んでいく。

私はポケットから取り出した手帳を胸ポケットに引っ掛けると、昨日はずぶ濡れのまま駆け上がっていった階段を上がっていった。


その直後に、一発。

消音器のおかげでくぐもった銃声が聞こえてくる。


「一人、か」


明るい室内を、迷うことなく進んだ。

目指す先は、昨日と変わらない。

階段を上がって、クルリと向きを変え、昨日彼と遭遇したあの部屋へ。


「……」


廊下から見えたその部屋は、扉が閉まっていなかった。

窓から差し込んだ光の陰が、中に1人、誰かが居ることを教えてくれる。

私は無言のまま、淡々とその部屋に歩みを進めていった。


開きっぱなしの部屋の中に入り、手にした拳銃の銃口を中に居た男に向ける。

男は私に気づいた様子だったが、直ぐに手帳に目が行ったのだろう…眼の色を失い、呆然とこちらを見ているだけになった。


それがつい一昨日までレコードを持って、この世界を軸の世界とやらに繋ぎ合わせようとした謀反者だと誰が思うだろう?

私は、すっかり様子が変わり、そこら辺に居そうな若い男に成り下がった彼を見て、ほんの少しだけ眉を潜める。


それでも、仕事をこなす方が先決だった。

呆然とした顔でこちらを見ていた彼の額に、銃弾を一発撃ち込んで彼の人生を終わらせる。


引き金に指を掛けて、それをゆっくりと引くだけ。

反動と共に、動いたスライドから空薬莢が1発飛び出て床に転げ落ちた。

消音器越しのくぐもった音と共に、目の前には一瞬血飛沫が飛び散って、周囲の床や、背後のカーテンに飛び散っていく。


「……」


ぐったりと、力を失った彼が椅子に仰け反ると、私はゆっくりと銃を下ろす。

機械的に仕事をこなした私は、直ぐにレコードを開いて彼の名前を書き込んだ。

そして、浮かび上がった内容を見てレコードを閉じると、私は手にした拳銃の銃口から消音器を取り外す。


「今度また何処かで…それまでいい夢を」


目の前の彼は、座っていた椅子に仰け反って息絶えていた。

静かな部屋に、聞こえるのは血が滴る音だけ。

目を見開いて、驚愕ともとれる表情を浮かべたまま固まった彼の顔を確認した私は、そっと彼の目を閉ざしてやると、部屋の外に出て行った。


「随分と早かった」

「たかが一人。無抵抗とあれば尚更でしょう?」

「確かに」


私は上に上がって来た彼女にそう言うと、拳銃を仕舞った代わりに煙草の箱を取り出して一本咥えた。

金属製のライターで火を付けて、フーっと煙を吐き出す。


「これで終わり?」

「終わり。パラレルキーパーの増援は撤収を始める段階…僕はまだいるけれどね」


私達は階段を降りて、家の外に出る。

ほんの少し日が傾きだした時間帯。

昼間よりもほんの少し青みが減った空の下で、私達は止まっている車の中に収まった。


「2日間働きづめだった感想は?」


運転席に座った彼女はそう言って、車のエンジンをかける。

私は吸いさしの煙草の灰を灰皿に落とすと、煙を吐き出しながら首を傾げた。


「危機だのなんだのって言われている割に、この程度の時間で終わったっていうのが不思議に感じた」


車がゆっくりと動き出した時、ポツリと答えた。

そして、煙草を再び加えて煙を吹かす。


「勿論。貴方達が何人増援に来たかも分からないし、私が居るここ以外で何が起きたかも知らないで言ってるけれどね」

「その時になれば分かるさ。でも、この規模の問題を対処するにはそれなりに人員は必要。今回のは、前々から君をマークしていたからある程度スムーズに介入できたけれど、こんなのが突然起きるようならどうなっていたか…ギリギリの決着だって覚悟だった」


彼女は住宅街から国道に車を合流させると、ギアをトップに入れて流れに乗せた。

私の家の近くまでは、このままずっと真っすぐ行けば良い。


「次の世界から思い知ることになるんでしょうね」

「ええ。何が起きるかはその世界の住民次第」

「私は一人で対処しないとダメなの?」

「さぁ?もしかすると、次の世界に行って最初の仕事は同僚の迎えかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


彼女は曖昧な事を言うと、一瞬私の方に目を向けた。


「真島昌宗だって、君が来るまでは一人だった」

「……そう、人が増えるわけでも無いってこと?」

「レコードを持てる人間っていうのは、そう多くない。だから、何時だって人手不足にあえいでる」

「へぇ……」

「僕の居るパラレルキーパーなんて、暫く新人の姿を見ていない。僕がまだまだ新参者に感じるくらいにね」

「そう。なら、私も彼みたいになるまで一人かな」

「賭けをしても負けるっていうのは今回学んでるだろうから、それは無いんじゃない?」

「どうかな。現に貴女は生前に死を選んでるわけだし、追い詰められたときの人間なんて何をしでかすか分かったものじゃない」


私はそう言って、窓を開けて煙草の煙を外に逃がす。

舞い上がった煙と入って来た風にほんの少し目を細めた私は、小さく口元を笑わせると、煙草を再び灰皿に置いた。


「貴女が白髪に赤眼を持っているといるのに、私はそうじゃないのと同じで、例え一周違いといえど、中身は随分と違うんでしょうね」


私の言葉に、彼女はふっと鼻を慣らす。


「これは、この体特有の病気。君もある日突然こうなるだろうね」

「え?」

「僕はパラレルキーパーとして目を覚ました時にこうなった。死ぬ間際まで、君みたいな黒髪黒眼だったんだけれど」

「……病気」

「どんな病気なのかは知らないけどね。君も覚悟しておくといい。白髪に、赤眼に、病的に白い肌」


彼女はそう言いながら、シフトレバーを握っていた左手を放すと、私の目の前に突き出して振って見せる。


「この体になって良いことなんて一つも無いけれど。どういうわけか年を若くしても治らない」

「覚悟しておきましょう」


私はそう短く呟くと、再び灰皿に置きっぱなしになっていた煙草を取って口に咥えた。


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