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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
22/63

4.特異点の奇蹟 -3-

諦めて銃を下ろした私に彼女はそう言うと、窓を開けて屋根伝いに外へと出ていく。

屋根から出ていくのは…昔…2か月間だけここで過ごした時に、家の人達に悟られないように外出するために良く使った方法だった。


「……」


部屋の窓から港の方へと駆けだした彼女を見つめていたが、私は今やるべきことを思い出してレコードを取り出す。

適当なページを開いて浮かび上がってきた"処置対象"の名前と現在地を確認する。

…だが、浮かび上がった場所はこの家から変わっていなかった。


レコードを見る限り、この家の敷地に居ることは間違いない。

だが、広い家の1階から2階を見て回っても、人の影はおろか、既に出て行った彼女が出した物音以外、何も聞こえてこない。

私は自分の部屋だった場所で沈黙すると、左手に握った拳銃を上着の内側に仕舞いこんだ。


どうしようか?

まだ探していない場所といえば、屋根裏部屋と外の納屋位なものだ。

どちらも、レコードに上がっている分の人数が入っていられる場所では無いはずなのだが。


私は一先ず部屋を出て、廊下の天井を見上げた。

あったのはステンレスの枠で囲われた屋根裏への入り口。

反対側に踏み外せばまず無事では済まない高さの階段の手すりに登って、少し背伸びすればそれに手が届く。


「ん…」


ロックを外して、グイっと奥に押し込むと屋根裏への入り口が開かれる。

少量の埃と共に、中に入っていた梯子を引きずり下ろす。

誰かが使った形跡も見当たらなかったが、念を押して屋根裏へと上がってみることにした。


梯子を登って、暗い屋根裏に顔を出す。

暗闇に目が慣れない中でも、見える範囲に人影が見えないのは良く分かった。

暗闇に目を慣らして、数度見回しても人影は見当たらない。

小さくため息を一つ付いた私は、梯子を降りて行き、それから1階へと戻った。


ここまでで居ないのならば、最後は納屋だ。

外に出た私は雑草が生い茂る庭を進んで、最早崩壊寸前といった見た目の納屋の扉に手を掛けた。

腐りかけの木の扉は、少し力を込めると簡単に割れていく。

この時点で、中に人がいる事もないだろうと思ったが…それでも私は扉を開けて中に入っていった。


結果は思った通り誰もいない。

直ぐに外に戻っていき、家の石塀の上に腰かけた私は、もう一度レコードを開いた。

結果は変わらず、誰かさん達がこの家に居るというのは変わらないらしい。


「……?」


レコードに浮かび上がった文字を見下ろしていた私が違和感に気づいたのはその直後のことだった。

暫くページを見つめていると、徐々にこの家に居るはずの人達のレコードが薄く消えていく。

私はほんの少しだけ目を見開いてそれをじっと見つめていた。

レコードのページに浮かび上がった文字は、薄っすらと…ゆっくりと消えていく。

そして、ついには真っ新になってしまった。


「……」


私はレコードを手にしたまま家の方へ振り替える。

相変わらず人気のない、少々くたびれた"空き家"のように見えた。

何が起きてるかは分からないが…少なくとも、私がこれ以上この家を探っても意味は無さそうだ。


塀から降りた私は、もう一度家の方を見てから、直ぐに次の目的地に向かって駆けだした。

向かうは港近くにあるトンネルだ。


昨日、白髪の私と来るまで来た道とは逆順を追って走っていく。

車なら直ぐ。歩きでも5分と掛からない。

走っていれば、2分少々でたどり着くほどに近場だった。


家のある細い路地から少々広い道に出て左に曲がると、後は道なり。

この時代でも妙に広く大きく感じるトンネルが遠くに見えた。


腕時計で確認した時間の進みから行けば、彼女はトンネルで煙草でも吸って私のことを待っている頃合いだろう。

だが、トンネルに到着した私が見たのは、私達がここまで乗って来たZがポツリと止められている様子だけだった。


エンジンも掛かったまま、ハザードランプを付けたまま、彼女は何処かに姿を眩ませている。

私は開きっぱなしの運転席の窓から手を突っ込んでエンジンを切って、ハザードランプを消すと、改めてトンネルの奥の方に目を向けた。


「……」


すると、少し先にも、私の横に止まったZと全く同じ型のZが止まっているのが見えた。

さっき信号のある交差点で颯爽と過ぎ去っていった黒と銀色のマンハッタンカラーを持つそれは、エンジンもかかっておらずポツリと置かれている。


「……」


レコードを開いて、ペンで彼女の位置を探る。

結果はトンネルの奥に居ると出てきた。

私は出てきた場所を見てほんの少しだけ顔を顰める。


このトンネルを抜けた先、一番奥にある建物はどうもいい思い出が無い。

レコードを見る限り、この町に"処置対象"が居ないことは分かっていたから、きっと白髪の彼女の相手はマンハッタンカラーのZに乗って来た人物だろう。


私は拳銃を取り出して、銃の先端に消音器を取り付ける。

そして、ふーっと溜息を一つ付くと、トンネルの奥へと足を進めた。


このトンネルは、日向まで来るときに通るどのトンネルよりも幅が広くて、綺麗で、明るいのに、距離は凄く短かい。

私達が乗って来たZから少し歩いて、もう一台のZの横を通り過ぎ…もう少し歩けば直ぐにトンネルの先だ。


このトンネルの上には、昨日私が感傷に浸ってるときに吹き飛ばされて、殺された展望台がある。

そんなトンネルを越えて…向こう側に出ると、日陰の道が真っ直ぐ続いている。

家が数件並んでいて…一番奥、行き止まりにはひときわ大きな建物が一つ。

その建物がレコードが示すもう一人の私の現在地だった。


左手に持った拳銃をもう一度だけチェックして、小走りで入り口横の壁に位置どる。

そっと入り口の扉に耳を当てて中の様子を探ってみたが、確かに何かが動いているような音が聞こえてきた。

レコードによれば、この建物には人が居ないはずなのにも関わらず、だ。

私は左手に持った拳銃をそっと顔の近くまで持ち上げると、そのまま右手で扉を開ける。


「……」


開けて直ぐの部屋…事務所には誰も居ない。

私は小走りで建物の奥へと進んでいった。

事務所の奥の扉を開けて、時折耳に入ってくる微かな物音のする方へと近づいていく。


そこは、建物の一番最奥に位置する場所だった。

周囲に乱雑に捨てられた工作機械や工具類が、何らかの作業場だったことを伝えてくる。


その部屋の、一番奥の扉。

私はそっと扉に手を掛けると、素早く扉を開けて銃口を行先に向けた。


「……」


その扉の先は、小さな物置部屋だった。

私の視界の先、蛍光塗料が塗られた銃の照準器の先に映ったのは、先ほど出会ったセーラー服姿の少女。

視線の先の彼女も、私が普段手にしている拳銃を左手に持ってこちらに向けて、私の顔を見て小さく笑っていた。


「また会ったね」


そう言った彼女の右手にも左手と同じ銃が握られていて、それはもう一方の別の人物に向けられている。


「ええ。同じ部屋に同じ顔が4人揃ってることほど珍しいことは無いと思うのだけれど…これはどういう事?」


私は彼女にそう言うと、丁度私の真横で、セーラー服の彼女が銃を向けている人物に銃を向けた白髪の私に目を向けた。

扉側に私ともう一人の私…向かい側にはセーラー服の私と、また別の私服に身を包んだ白髪の私…狭い部屋にこうして同じ顔が4つも並ぶこと程不気味に思えることもない。

レコードが突如として書き換わったなら、きっと向かい側の2人の仕業だとしか思えないから、不気味さはさらにグッと増していく。


「4つ子だった覚えも無い。彼女ら2人がレコードを持ってる感じでも無い…」


横に立っていた昨日からの相棒はそう言うと、私の方に目を向けて肩を竦めた。


「しかし…目的地がココだったとはね?用事を済ませるなら早いところ済ませて欲しいなって思ってたけど、その用事って結構面倒な事なの?」


私が目の前のセーラ服姿の彼女にそう言うと、彼女は小さく頷いた。


「そんなに面倒じゃない。ただ彼女をここから消せれば良いだけ」

「そうじゃない。僕が彼女を消せば良いだけの事。君達はこの世界で仕事が残ってるんだろう?」


セーラー服の彼女と、その反対側に立つ白髪の彼女が言う。

私と相棒は彼女たちをどう処置するべきかで頭を悩ませていた。


「君の仕事には干渉しない。ただ彼女が問題なだけさ」

「ここまで来て簡単に消えたくは無いが、この世界に影響があるっていうのは誤解だ。それなら……」

「貴女が問題を起こして回るからでしょう?こうなったのにまだ……」

「そうじゃくて。僕じゃないんだ。その問題の源は。この世界のレコードを辿れば分かるだろう?」

「……こっちのレコードでは貴女が問題源だって出てるんだ」

「それはこっちの!」


目の前で銃を向き合わせて言い争いが始まる。

私達は互いに目を合わせて…それから互いの右腕に付いた腕時計に目を向けた。

まだ昼を過ぎて間もない時間だった。


「レコードが全てを記してる!それが全てでしょう?」

「そうじゃない。君のレコードと僕のレコードではまだ改変差異が……」

「改変はさっき元に戻った。もうとっくに……」


彼女が小さく唇の先を出して、口元を拭う。

そして、もう一度向かい側の2人を見た時に私達の起こすべき行動は決めていた。


「ねぇ」


横の彼女が声を掛ける。

目の前にいる2人は顔をこちらに向けた。


「!」


そのまま私達は引き金に掛けた指に力を込めた。

銃を向けているのに、私達から気を逸らすような間抜けな2人に反応できる時間は残されていない。

それでも、彼女たちも銃の切っ先はこちらに向けているわけだから、反射的に指に力が入ることを見越して私達は真横に向かって足を蹴りだしていた。


消音器のおかげで銃声は小さいながらも、小さな反動と共に飛び出た9㎜弾は精確にセーラー服姿の体を貫く。

視界の隅では、もう一人の私も、目の前に居た白髪の彼女の腹部を撃ち抜いていた。


「!……」


ガラガラと音を立てて物置の棚の背後に飛び込む。

私の傍を2発の弾がすり抜けて行って壁に風穴を開けた。

それに即座に反応した私は、棚から手だけを出して彼女が居るであろう方角に向かって乱射する。

数発ごとに聞こえるうめき声を聞きながら、それでも棚の周囲に着弾する弾のお蔭で身を潜めたまま、応戦し続けた。


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