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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
21/63

4.特異点の奇蹟 -2-

銃撃を受けて直ぐ、私は来た道を引き返す。

あのまま、道脇の家々を辿っていくことだってできたが、銃を使わないのでは何かがあった時に分が悪すぎた。

9mm口径ですら受けたくないのに、ライフル弾など以ての外だ。


大きく遠回りした私は、少し離れた位置から"空き家"を目指す。

札幌の街中のように碁盤の目になっていない、旧来の街並みのせいで、死角や侵入経路は幾らでも想像できた。


分校の近くで、小学生の子たちを相手に何度も鬼ごっこに興じていた過去もあり、この近辺の地理はすっかり頭の中に入っている。

もっと言うならば、目的地の"空き家"は私が生きていた頃には二つ下の男の子の家だった。


元来た道から大きく回り込んだ私は、"空き家"とは一切繋がっていなさそうな家々の間に入り込み、迷うことなく奥へと進んでいった。


複雑に重なり合った塀のすき間を抜けて行き、4軒ほど家を横目に見ると…その先には1本の木が見えてくる。

その木の奥に見える家が目指す"空き家"だった。

私は木の横…丁度、木のせいで塀が途切れたすき間から敷地内に入り込むと、家の雨どいを伝って2階まで登っていく。


「なぁ、なんか音がしなかったか?」

「風のせいだろ。あの木邪魔じゃねぇのかな」

「いや、違うって、何かダン、ダンって……」

「下の連中に何かあったのか?」

「さっき一発撃ってからは何もない。何か見えるか?」

「いや。気味の悪い双子は見えない…どっかに隠れてる」

「……白と黒で、色違いの2人組だよな?」

「ああ。パッと見、高校生位の女2人だ。この時間に出歩いてる子供なんてそういないはずだからな」


雨どいを伝って2階に上がった私は、男の会話が聞こえてくる窓の方へと進み、躊躇することなく中へと踏み込んでいった。


「うぉ!」

「あ!……」


窓からの来訪者に、驚く暇も与えない。

手帳を掲げて難なく男2人を無力化した私は、2人を注射器で"処置"していく。

ガタ!ガタ!と、彼らが手にしていた米軍が使うライフル銃が床に落ちた。


「何かあったか―?」


そこそこ大きな音だったからか、下の方から別の男が問いかけてきた。


「おい!何か…ん?」


だが、その声も、何か別のものに気を取られたらしく、直ぐに聞こえなくなる。

2人目に注射器を打ち終えた私は、床に落ちたライフル銃を一瞥して部屋を出ていくと、見覚えのある間取りの家の中を素早く見て回った。


1階よりも狭い2階にはもう人がいないらしい。

全ての部屋を確認し終えた私は、急な階段を降りていく。


「え?…」


すると、丁度もう一人の自分と鉢合わせになった。


「どうして2階に?まだ来てないかと思ってた」

「ここは後輩の家だったから。秘密の裏口があるのを知ってただけ」


私はそう言って、注射器で上の階を指した。


「そう。それで、掃除は終わった?」

「終わった。下は…見る限り大丈夫そうだけど」


私はそう言って降りて来たばかりの1階を見回す。

扉の向こう側はどうなってるか知らないが、見える範囲で言えば既に"処置"は済んでいそうだった。

数人の男女が、目の色を失って突っ立っている様子は、落ち着いてみてみるとかなり不気味に映る。


「ええ。終わり。次で最後だ。元君の家」

「私の家じゃない。"親戚の家"」


階段の前で会話を重ねていた私達は、そのまま家を出て外に戻る。


「そうだっけ?」

「そう。貴女だって、そう説明は受けていたはずでしょう?」

「覚えてない。もう、その時はどうでも良くなってたから」


彼女はそう言うと、遠くに見えるこの町唯一の信号機を指さした。


「この信号機1か所しかない狭い町がどういった場所だったかを知っていれば、きっとあの時少しでも気が変わってたと思うのだけれど…」

「……ちょっと後悔した?」

「いいや。君のレコードを見て結末は知ってるから。そうは思わない」

「そう」


私はほんの少し意固地になったように見えた彼女の横顔から、遠くに見える信号機の方に目を向ける。


雲一つない青空の下。

私達以外に人影が見える様子は無い。


そんな最中、遠くに目を向けた私達の視界に1台の黒い車が移り込んだ。


「……ん?」


何故かこう…ってはならないものが視界に入った感覚にとらわれる。

見えたのは鼻先の長い、2シーターのスポーツカー。

普段から足車にしている車のシルエットを見間違うはずもなかった。


だが、それ以上に背中に覚えた寒気が気になる。

徐々に消えてきた"違反者がいる感覚"とは別の…"居てはいけない何か"が居るような…私達では手も足も出ないような何かが居るような感覚。

蛇に睨まれた蛙の気分だ。


そして、それを感じていたのは真横を歩いているもう一人の自分も同じらしい。

車が通り過ぎた後、彼女の方に目を向けると、彼女はほんの少しだけ口元を歪ませていた。


「あれは何?」

「分からない」

「追いかける?」

「いや…まずは仕事が先……だけど」


そう言うと、彼女は歩調を早めて進みだす。

歩調を早めれば、数十メートル先に見えていた信号まではあっという間だった。

交差点まで戻って来た私達は、黒いZが消えた方角に首を向ける。

だが…当然というべきか、車の陰も形も見当たらない。


「ここを突っ切ってけば…当たるのは役場?」

「それか、右に折れて港の方。トンネルまで繋がる道がある」

「……早いところ君の家を片付けよう。いや、手分けをしよう。家の掃除を任せていい?」

「オーケー」

「終わったらトンネルに…私が居なければレコードに位置を聞いて」


彼女はそう言うと、商店街の方に体を向けて走り去っていく。

きっと、煙草を買った商店の前に置きっぱなしだった車を取りに戻るのだろう。

私もノンビリはしていられない。

赤信号を無視して交差点を突っ切って、つい昨日訪れた家までの道を駆けて行った。


町を貫く通りから一本小道に入ってすぐの所にある、少し大きな一軒家。

ポテンシャルキーパーになる前の、人生最後の2か月間を過ごした家の前にまでやってきた私は、玄関の方から…ではなく、空いたままになっていた家の横の窓から中に入っていく。


靴を履いたまま、居間に降り立った私は周囲を見回して少々の気味の悪さを感じる。

居るはずの処置対象の…人の気配は不思議と感じなかった。


レコードを開いて確認してみるが、仕事場はやはりここで間違いない。

浮かび上がった人名と、場所を確認し終えた私はレコードを閉じる。

そして、これまで以上に気配を殺して、居間から別の部屋へと探索を始めた。


「……」


両手をフリーにしたまま、居間から客間…廊下…台所…浴室…物置部屋…1階の部屋を全て見回る。

だが、人影は一切見当たらない。

私はそのまま、2階へと上がっていった。

足音を立てないように、物音を最小限に抑えつつ…息をも殺して上がっていく。


2階は階段を中心にロの字型の廊下の周囲に4つの部屋がある作りになっている。

道路わきに面した2部屋の一方が元私の部屋で、それ以外は従兄やその両親の部屋になっていた。

私は廊下から一番遠い自分の部屋を最後に回し、他の3部屋を見て回る。


だが、人影は一切見当たらない。


「……」


それは従兄の部屋から廊下に戻り、私の部屋にゆっくりと近づいていった時だった。


カチャ……


この家に入って初めて、自分が出す音以外を耳にした。

私は一瞬、上着に仕込んだ拳銃に手が伸びたが…それをグッと堪えて部屋の扉に右手を伸ばす。

もう一方の手には、手帳を握りしめてゆっくりと扉を開いた。


「んー?」


扉を開く時から、その奥に見える人影は私の来訪に気づいてこちらに振り返ってくる。

その人影は、身に覚えのあるセーラー服に身を包んでいた少女だった。


「……」


想定外すぎる人物が居たことに、私は何も行動を起こせずに…扉を開けたまま入り口で突っ立ってしまう。

それは向こう側も同じらしく、昨日からそのまま残っていた私の部屋の机の前から、私の方をじっとこちらを見つめていた。


彼女の背後…机の上には、身に覚えのある銀色のガンケースが置かれている。

そして、そのガンケースのロックを外せるのは世界にただ一人しかいないはずだ。


「貴女は……私?」


鏡写しのように眼の前に立っている"セーラー服姿"の私に声をかけた。

彼女は悪戯がバレたかのような表情を浮かべながらも…どこか心ここに有らずといったような感じで、顔色の変調が激しい。

まるでお酒に酔っているかのように、顔色も少し赤かった。


「おっと…私に、バレるとは、私も、随分と、油断した……ちゃんと選んだはずなのに」

「貴女は一体……この家に居る人達は?」


私は手帳をポケットに入れると、ゆっくりと部屋に入っていく。

彼女は"私"らしくなく、しどろもどろになっているみたいだった。


「いや、ここに、居る人?…居た人…あれ?この世界は確か…」


そして、私が彼女の間合いに入った途端。


「あ!」

「!!」


突如叫び声を上げた彼女に、私は思わず銃を突きつけた。


「あー……そうか、グロックを持ってたか…」

「……貴女は一体何者?この家に居るはずの人間は?何処かにやったの?始末でもした?」

「さぁ?…撃ってみれば分かるんじゃない?」


彼女はまるで私がどう動くかを知っているかのように、嘲笑うような口調でそう言うと、銃口が向けられているにもかかわらず、それを意に介さない。

先ほどの、少しキョトンとした表情はすっかり消え失せ、普段の落ち着きを取り戻したようで、彼女は無機質な顔を私に向けた。


彼女は知っているわけだ。

私はただの脅しで銃を向けているだけで、決して引き金を引ける状況にないことを。

消音器のついていない銃口をじっと見つめて、私にしては表情の変化を大きくとって笑いかけてくる。


「撃てる訳が無い。処置は注射器。消音器もない銃を撃てば近隣の人達はどうなるか…君はそれをちゃんと知ってる」

「質問に答えて」

「答えるのも私の勝手だ。ちょっと"通りがかり"なだけなのだから。害は及ぼさない。この家に居た人が何処へ行ったかって?」


彼女はそう言うと、ほんの少しだけ首を傾げる。


「……ここに居ないのは確かだ。そして、町がおかしくなってない。居る場所なんて限られてると思うけど」


そう言った彼女は、銃口を向けられたままだというのに一切気にかけず、背後のケースから昔使っていたカービンライフルを取り出すと、スリングを肩に掛けて…そして、机の傍の窓枠に手を掛けた。


「君の仕事の邪魔はしないさ。…ただ…ちょっと野暮用がある。時間も無い。それじゃ、また、どこか別の世界で…」


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