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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
17/63

3.闇夜のロケット花火 -4-

断末魔が聞こえた時点で、私達は車の陰から車道に身を乗り出していた。

暗闇の中、一瞬だけ黄色く光る瞬間を迎えた直後、私が手にした銃の銃口は、通りの民家の窓に向けられる。


そして銃に備わった照準器越しに、驚愕の顔を見せた見知らぬ"違反者"をじっと見据えたまま、引き金に力を込めた。


雷の轟音、豪雨の打ち付ける音に負けず劣らずの音が手にした銃から発される。

ガラスは砕け散り、視線の先に見えた人影から何かが吹きだした。


「それで?彼の家まであとどれくらい?」


私は次々に、目を付けていた家々の窓を撃ち抜いていきながら…私のすぐ横で同じように周囲の家々に銃撃を加えている彼女に尋ねる。

暫く返答は無かったが、ひとしきり目につく範囲の"違反者"を狩りつくした頃にボソッと呟くように言った。


「200m…」


入り組んだ住宅街の中で、私達は目につく動くものすべてに対して銃口を向けながら先を急ぐ。

多少の撃ち漏らしは、何処からともなく飛んでくる援護射撃によって沈黙するから、周囲を取り囲まれている状況でも不利を感じることは無かった。


少し進んでいくと、遠くに数名の人影が見えた…

私達は直ぐに散開して、車道を挟んだ両側の電信柱の影に身を潜める。


直後には、私の周囲を数発の銃弾が突き抜けて行き、丁度私の顔の真横あたりにあった石壁が砕かれた。

電信柱は明らかに遮蔽物としては不合格だったが、街灯に照らされていないお蔭で、影にしゃがんだだけでも見えなくなったのだろう。


遠くに見えた彼らも、私達と同じように車道脇の家々に身を潜めていく。

距離にしては100mもないくらい。


私と彼女はそっと銃口をそちらの方角に向けて、彼らが視界に入らないことを確認すると怯むことなく足を進めた。


馬鹿正直に車道を歩くのではない。

真横にあった家の敷地に入っていく。


家の角を曲がるとき、遮蔽物から身を乗り出す時に注意しながら、それでも動きは素早く家の敷地内を駆けていく。

家と家の仕切りになっている塀を越え、何処に誰がいるかも分からない方角へと足を進めていった。


豪雨と雷が頭上に居座る中で歩みを止めなかった私は、3軒先の家の敷地に入ろうとしたときに、視界に入った者を見て一旦身をひそめる。

彼らは私に背を向けて、車道の方をじっと見据えながら小刻みに震えていた。


数は3人。

それぞれが銃器を手にしていたが、1人が突撃銃を持っている以外は拳銃しか持っていなかった。

彼らは土砂降りの中で、不安げな顔を浮かべて震えている。


私は身を潜めた場所からそっと行動を再開し、彼らの背後ににじり寄った。


「……」


左手には、短機関銃ではなく…美しく研がれたナイフを持って。

狙うのは、3人の中で唯一突撃銃を手にしていた男だ。


「!」


行動を開始してから、終わるまでは随分と早いものだ。

私は素早く右手を出して突撃銃を持った男を引き寄せると、有無を言わさずに心臓部分にナイフを突き立てる。

それから、素早く男の持った銃を残る2人の方へと向けるように仕向けると、心臓を抉られてもがいた男は引き金に掛けていた指に力を込めた。


耳には人の声ではなく、突撃銃の凄まじいまでの銃声が聞こえてくる。

間近で5.56mm弾を真面に浴びた2人の男は、叫び声すら上げる間もなく、体を引き裂かれた。


「……ん?」


私は事が済んだ後、突き刺したナイフをそのままにして男から手を離す。

とっくに事切れていた男は、重力に誘われるままにぬかるんだ地面に突っ伏した。


「随分と派手…」


車道の反対側の民家から出てきたもう一人の自分が、少し引きつった表情を浮かべながらやってくる。

私はナイフの血をヒュッと振るって拭うと、鞘に戻して肩を竦めて見せた。


「まぁ…良いんじゃない?引き金を引いたのは私じゃない」

「そういう事じゃなくて…いいけども。ここが街中だって分かってる?」

「最早レコード違反者の巣窟だって?」

「…ええ。その通り。今日はずっと華やかな中だったから麻痺してそうだけど、普段は対象以外には行動を悟られてはいけないのだから…」


彼女はそう言いながら、手にした短機関銃の弾倉を入れ替える。


「さて…背中側に置いてきた連中はとっくに彼女が片付けてくれたらしい」


彼女はそう言って、一度来た道を振り返った。

私も彼女に倣って振り返ると、雨に濡れた道端には事切れた遺体が数体、目に映る。


「そして、今日の最終目的地はこの家…」


再び前に向き直った彼女がそう言って目を向けたのは、少し歩いた先に見える、何の変哲もない一軒家。

雷鳴と雨音しか聞こえなくなった街中で、私達は車道のど真ん中を堂々と進んでいくと、家の門の前で立ち止まった。


"真島"


門に掲げられた木の表札には、そう刻まれている。


「真島?…」

「そう。彼の実家」


彼女は少しだけ目を細めてそう言うと、ゆっくりと家の敷地に足を踏み入れる。


「実家…北海道の…札幌の人だったの」

「ええ。僕もパラレルキーパーになってから知ったよ」


会話を重ねながら、二重玄関の外側の扉を開けて中に入り…玄関扉の前で立ち止まる。

土砂降りのせいでずぶ濡れになった私達についた雨粒が、乾いた玄関フードの床を濡らした。


「一体どうして?……」

「言いたいことは分かるけれど。それは後だ」


顔を合わせて言葉を交わした後、彼女は短機関銃のセレクターレバーを切り替えて、ゆっくりとドアに銃口を合わせた。


・・・・・・・・・・・・!


木製の扉を撃ち抜いていく。

丁度弾倉一つ分、風穴が28か所空いた。


その後、弾倉を取り換えている彼女の代わりに、私が風穴の開いた玄関扉を蹴破って中に入っていく。

濡れた体はそのままに、靴も脱がずに上がり込む。


狭い住宅街に建った一軒家。

中も広いはずがなく、私達は手際よく部屋を虱潰しに探し回り…2階の角部屋に居た男の影を見つけるまでには、そう時間が掛からなかった。


予想外だったのは、抵抗が無かったことくらい。

それくらいに家の中は静まり返っていて、家に打ち付ける大粒の雨の音が煩いくらいだった。


「……」


家の中で唯一、扉が開いたままの部屋。

私達が背後から迫ってきている事を知ってか知らずか、彼は黙ったまま仏壇の前に正座していた。


ランタンの光と、仏壇に乗っているローソクの明かり…そして、私達の持つ短機関銃に付けられたライトのみが光源の中…光に照らされた彼の背中がゆっくりと動き出す。


「……千尋にしては、慈悲深いな」


こちらに顔を向けた、"昨日までの上司"であり"生前の同僚"だった彼は、そう切り出すと、どこかやせ細った顔と、周囲が青く染まった双眼をこちらに向けた。


「……」


私達は、思ってもみなかった姿の彼を見て、微かに目を見開く。

彼はそんな私達を見て小さく鼻で笑って見せた。


「ふん…相変わらずロボットみたいな女だよ。お前は」

「……真島昌宗。僕の事は覚えてるかな?」


どこか余裕を崩さない様子なのか、諦めてしまったのか、潔さすら感じる彼を見て、横に居た白い髪を持った私が口を開く。


「ああ。俺達の"一周前"の千尋だろう…アンタだったのか…通りでそこにいる何も知らない女を罷免出来ない訳だ…」

「生憎様…仕事が出来ない木偶の棒を見に来たら驚いたよ」


彼女は銃口を彼の体に向けたまま、じっと彼から目を逸らさない。

真っ赤な双眼が彼の瞳を射抜いていた。


「…それにそても、随分と慈悲が深い…アンタ等、そんなに身内に甘かったか?」

「さぁ?…映画の悪役に憧れてたから、やってみたかっただけかもしれない」

「……何が目的だ?」

「ただ、後の参考の為に聞きたいの。あのまま黙って"変異事象"を起こせば良かったものを、わざわざ"レコード改変"を行ってまで…レコードから罷免されてまで、こんな末路を選ぶ理由をね」

「……」


彼女はそう言って彼の出方を待った。

私は何も言わずに彼の方を見ていたが、彼の視線が、微かに左右に泳いでいることに気が付いて…ふと、彼の背後に置かれた"真新しい"仏壇の方に目を向ける。


「……」


その仏壇に掲げられていた2つの遺影は、壮年の男女。

私は一つのツマラナイ可能性"に思い当たって、彼の顔を見直した。


「……」


彼は何も言わずに…ただただ雨音が部屋を支配する。

そして少しの時が経ち、窓の外が黄色く光った。


間髪入れずに雷鳴が家を揺らす。

どうやらこの家の間近に雷が落ちたらしい。


「……そうだな」


雷の音の後で、彼が口を開く。

後ろ手に持っていた"何か"が、手から零れ落ちた。


「可能性の世界に留まりたかった」


彼はゆっくりと言うと、口角を釣り上げる。

カラン…と床に何かが落ちた音が聞こえた。


「!」


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