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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
16/63

3.闇夜のロケット花火 -3-

雑居ビルの4階は悲鳴に包み込まれていた。

洒落の効いた調度品は次々と粉々になっていき、ガラスは砕け散る。

私はそんな雑音など気にすることなく、眼の前に映り込む動くものを次から次に目で追っては、銃口を向けて引き金を引き続けていく。


28発込めた弾倉が底を付き、カシャン!と音を立ててコッキングレバーがロックの位置に留まると、私は空になった弾倉を取り払って、新しい弾倉を上着の内側から取り出して銃に挿し込む。

再びカシャン!と、勢いよくレバーを叩くようにしてコックすると、何事もなかったかのように仕事を続けた。


片付け終わるまでに1分少々。


外で強さを増す嵐のように、私達は時間を掛けずに店内にいた全員を始末して見せた。


「これで、旅客機のレコードは元に戻る」


割れたガラス窓から大雨が吹きつけてくる店内のド真ん中に棒立ちになった私に、彼女はレコードを持って近づいてくるなりそう言った。

彼女が見せてきたレコードに目を向けると、確かに先ほどの旅客機の運命が変わっている。


「人的ミスから完全な機械トラブルに…ね」

「そのために、この荒療治が必要だったと思うと、少し気分が悪くなる」


私はそう言って、動くものが私達以外居なくなった店内に目を向けた。

すると彼女は、カウンター席に突っ伏していた男の首根っこを掴みあげる。


「そうかな?」


彼女は何気ない口調でそう言うと、男の顔を覗き込む。

すると、驚くことにうめき声が聞こえてきた。


「僕はこの立場になってから、可能性世界…いや、レコードを持たない者達を人間だとは思わなくなったよ」


彼女はそう言いながら拳銃を取り出すと、躊躇することなく男の額に銃口を向けて引き金を引く。


「…!」


私は苦い表情を浮かべながら目を少しだけ背ける。

これまでの消音器のくぐもった銃声ではない…消音器が付かない乾いた銃声が響き渡った。


「例えこの世界で殺す結末を迎えても、次の世界では一市民として天寿を全うするかも知れない。最早彼らはレコードの記す通りに動く機械のようなもの…不良品が少し多いけれど」


彼女はそう言いながら、拳銃を仕舞って代わりに煙草を一本咥えて火を付ける。

そして、私の方を見た彼女の表情は、無表情ながらもどことなく気落とされるような、そんな圧力があった。


「他の地域でも僕達の部下や君が名も知らぬ同僚がレコードを修復して回ってる。きっと今みたいな光景を余儀なくされた所も少なくはない筈さ…」


煙を吐き出してそう言った彼女は何かに気づいたらしく、眉をほんの少しだけピクつかせると、煙草を咥えなおしながら小さく口元を歪ませた。


「今度は逆の立場らしい…この様子じゃ外に出ても一戦二戦を交えないとダメかもね」


彼女の言葉に、私は即座に反応してエレベーターの方に体を向ける。

少し遠くに見えたエレベーターのランプが徐々にこの階に近づいてくるのが見えると、私は手近にあったテーブルの後ろに身を潜めて、そっと銃口をエレベーターの方へと向けた。

明かり事落とした店内で、黒い恰好をしている私達は向こう側からまず見つからない。


ポーンという音を立ててエレベーターが止まる。

息を止めて扉が開くのをじっと待ち続けた。


「……」


そして扉が開き、指にかけた力を込める。

アイアンサイト越しに見えた人影たちは、一様に長い棒のような物を持っていた。


カシュ!カシュ!っと短く2発。

エレベーターの中に居た男たちは即座に力を失って沈み込んでいく。


私は次の行動を求めて彼女の方に目を向けると、彼女は既に駆けだしていた。

咄嗟の事に、思わず私は咥えていた煙草を吐き出して踏みつぶす。


「何処へ?」

「こっち」


私の問いにこちらに振り返ることなく答えた彼女の後を追う。

身軽な私から見ても、彼女の身のこなしは同じ人物とは思えないほどに軽く、目で背中を追いかけながら付いて行くのは少しだけ骨が折れた。


雑居ビルに備え付けられた、意味をなさないような狭い非常階段の扉を蹴り開けて、手すりに手を付いて階段を飛び降りてショートカットしながら降りていく。


あっという間に4階から1階へと降りていくと、扉を開けて雷雨が降りしきる外へと飛び出していった。


「!」

「居たぞ!こっ……」


ビルの裏から出る形になった私達は、銃を手にしたスーツ姿の男たちと鉢合わせになったが、即座に口を封じ込めて、私は走りを止めない彼女の背中を追いかけていく。

途中、横目に見えた"違反者"を仕留めながら、私達は車を止めた路地ではなく車通りの多い繁華街のメイン通りへと体の向きを変えた。


ようやく彼女が速度を緩めたのは、悲劇の舞台になったビルから数百メートル離れて、繁華街を遠くに眺められる交差点。

雨脚は弱まらず、寧ろ強さを増していて、私達は上から下まで、表から中までグッショリと濡れていた。


「まだ処理しないとダメな人間が多いんじゃない?あの様子だと」


少々息が切れている私は、一切息も切らしていない彼女に問いかける。

彼女は小さく頷いて見せたが、特に元に戻ろうともしなかった。


「別に放っておけばいい。数は少ない」

「でも、それだとまたレコードが…」

「心配なく…僕の部下がもう一人ここに来てくれたから、彼に後は任せましょう」


彼女はそう言うと、手にした短機関銃の弾倉を取り換えた。


「あの飛行機に関わるレコードさえ元に戻せれば僕達の仕事は終わり…後の仕事は皆に任せて、僕達は本来の目的を果たさなければ」

「……真島昌宗の抹殺?」


私はトーンの落ちた彼女の言葉を聞いて、先ほどレコードから罷免された上司の名前を挙げる。

彼女は小さく頷くと、手にした短機関銃を構えなおして、これから行く方向で有ろう方角に目を向けた。


「レコードが彼の位置を伝えてきた。この近くに居るらしい」

「この近くに?ただの住宅街に?」

「そう、住宅街」

「彼の家?」

「おそらく…」

「レコードを失ってどんな顔をしていると思う?」

「それは分からない。何故彼ほどの男が、あんな手を使ったのかも…」

「本人に聞いてみれば言ってくれるかな」

「どうだろう…彼も気が変わらない男の子だったから」


彼女はどこか不敵な笑みを口元に浮かべると、ゆっくりと歩みを始める。


「さて、気を抜かないで。ここから先…その信号を越えた先の区域は"違反者"が大勢発生している。彼の元にたどり着くまでに彼らが黙っているというのは希望的観測でしょうね」


土砂降りの中、歩道を歩き進みながら彼女の後に付いて、赤信号の横断歩道を渡っていく。

横断歩道のド真ん中で、空が黄色く光り、直後に雷鳴が響き渡った。


人影一つ…一般車一台も見えない中を、同じ顔を持つ女2人が進んでいく。

雨でもっと暗さを増した道のあちこちに目を光らせて、狭い住宅街へと足を踏み入れて行った。


「あの"書類"を見る限り、彼の元にあった銃火器はまだまだあるはず…」

「ここら辺一体にも配られていたら、最早戦争だ」

「猶更何をしたかったのかが分からない。あんな現実主義者がね」


小さな声で言葉を交わしながら、私は彼女の後に付いて行く。


「それにしても随分と入り組んでいること」

「遠い将来は再開発が行われてる土地だからね。僕もこの時代のは久々に来た…」

「こういう土地に、私達がやって来たとして、相手側だったらどう考える?」

「それは簡単…内側に誘いこむだけ誘いこんで、一気に叩く」


彼女はそう言うと、誰かの家の駐車場へと体の向きを変えて素早く身を潜めた。

私も難なく後に続いて、車の陰…彼女の横に身を潜める。


「ジロジロと見られることには慣れてない」

「火を付ける?私達は果てないんでしょう?」

「おそれと短期間のうちに死を繰り返すことも出来ない。数が問題だ」


私達は車の影で、ひそひそと会話を重ねる。

先ほどから、通り過ぎた家々のカーテンが揺らめき、不自然に明かりが点いたり、消えたりする様子を横目に見てきた。


そこに蠢く影は、きっと私達を見ては見過ごすフリをした者達なのは間違いない。

それは彼女が開いたレコードを見ても明らかだった。


「互いに互いがどういう存在かというのを分かってる…膠着状態だ」

「私達は無計画に懐に入る間抜けだったわけ」

「ええ。彼らが手を出してこれば、彼らがやられる側だもの」


彼女はそう言うと、不意に身を潜めた車の影から道路側に顔を出して、直ぐに顔をひっこめると、今度は徐に指を出して眼の前の壁を適当に指さし始めた。


「?」


彼女の意味が分からない行動に私はほんの少し首を傾げたが、直ぐにその意味を理解することになる。


ビシ!………パラパラパラ…


ビシュ!…パラパラパラ…


パァン!…パラパラパラ…


3か所、彼女が指を指した先に弾丸が撃ち込まれて、石壁になっていたブロックが粉々に砕け散った。

小銃弾で撃ち抜かれたブロックは内部の鉄筋ごと砕かれて、パラパラと地面に降り積もった。


「観測手も狙撃手も、共に優秀」

「良い部下に恵まれてる…なら、早いところ進みましょう?」

「…ええ。彼女が後3人、仕留める感覚を得てからね」


彼女はそう言って身をひそめる車に背を預けて溜息を一つ付く。

彼女の言う"仕留める感覚"とは、きっとレコード違反者を仕留めて、違反者が姿を消した時の感覚の事を言うのだろう。


彼女と共に行動するようになってから徐々に感じてきた、違反者が間近にいるときに感じる

どうしようもないくらいの空気の重さ…陰鬱さ…きっとこの感覚だ。


今は凄く空気が重く感じている。

午後に、違反者にまみれた街並みを歩いた時ほどではないが…それでも重たい。


「……!」


暫く黙っていると、何か金属音がして、空気がほんの少しだけ軽くなった。


「1人」


横にいるもう一人の私は、目を閉じて呟く。

その直後、今度は遠くでガラスが砕け散った音が聞こえてくる。

再び空気が軽くなった。


「2人」


彼女はそう言って目を開けた。

3度目は、何の音も聞こえず…ただ、何者かの絶叫のような断末魔が雷雨交じりに聞こえてくる。


「3人…行こう…いい仕事だ」


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