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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
13/63

2.ドッペルゲンガー -Last-

「さて、さっき部屋で言ったことを説明していこうか?」

「8月3日に起きる3つの出来事の話?」

「そう」

「大体は文言をそのまま受け取っていたけれど、引っかかることがある」

「ふむ?例えばどんな?」


流れない車列の最中で、私は煙草を咥えたまま横目で彼女を見た。


「同じ出来事が起きるのはいい。だけど、その瞬間にこの世界は消えるものだと思ってた」

「ああ。それは、そうなんだ。普段だったら」

「普段だったら?」

「ちょっとレアケースを引いたらしい」


彼女はそう言うと、私と同じ銘柄の煙草の箱を取り出して、一本咥える。


「"進化"させる世界って言ったけど」


私がそう言うと、煙草に火を付けた彼女は頷いてから、煙を吐き出す。

車内が一瞬煙に包まれた。


「そう。可能性世界の中でも珍しい世界。"軸の世界"を"進化"させられる世界。こういう世界は、軸の世界との合流点に達した時に直ぐに消えない」


彼女はそう言うと、助手席の窓を全て開ける。

煙草の煙が一瞬で車外に吸いだされた。


「可能性世界の最期に触れて…そこから軸の世界の人々は"進化"する。軸の世界を"進化"させられる世界ってこと。その役目が終われば、可能性世界は消滅する。から、この世界は8月3日の終日に終わることになるでしょうね」

「……軸の世界と合流することを防ぐために動いているのに、どういうこと?」


私は頭の中の整理が付かずにほんの少しだけ眉を潜めた。


「難しい塩梅を取れってこと。軸の世界を進化させつつ…この世界を終わらせる。さもなくば、軸の世界と可能性世界が完全に融合しきってしまって…ゲームーバーになる」

「……変な話」

「実際変な話だけれど、そうしないと"軸の世界"とやらは進化しない」

「"進化"って、いったいどんな?」

「そのままの意味。技術的な進化であったり…時には人間そのものの体質の変化もある」

「そんなの、レコードに記されてるんじゃないの?こうなりますって」

「実際はそうじゃない。レコードは、その世界にあるものだけを使って構成される。ある程度のことは確かに君の言う通りだけれど、それだけだと、軸の世界とやらは不完全だ」

「?」


私は彼女の方に顔を向ける。

丁度、赤信号で止まっている時だったから、彼女の色白の不健康そうな表情が良く見えた。


「これは、君が見える範囲外の話だけれども。軸の世界の基になる世界…始祖の世界っていうものがあってね。その世界は今、西暦でいうと5千年くらいなのに…まだ人々はラジオも使えない世界を暮らしている」


彼女は煙草を片手に、涼しい顔をしてそう言った。


「そこから派生するように出来た軸の世界は、そうじゃない。その違いは…レコードの違反と可能性世界の介入。レコード外の行動を取るもの…可能性世界との接触…色々なことが軸の世界に爪痕を残して、そして世界が変わっていく」

「……なのに、レコードは可能性世界との合流を避けろと?レコード違反を取り締まれっていうの?」

「毒みたいなものだから。多少であれば、プラスの効能をもたらすものであっても、取りすぎると良くない。といえば分かる?」

「ああ…そういうこと」

「そう。そうやって、軸の世界に影響を及ぼすことができる世界がココだったってだけ。普通の可能性世界では、合流点に来た途端に消滅する運命にあるけれど、ここはそうじゃない。ほんの少しだけ軸の世界に爪痕を残せるというだけの事」


彼女はそう言うと、煙草の灰を灰皿に落とす。


「難しい世界だ。あまり甘く見すぎていると可能性世界と軸の世界が融合してしまう」

「……だから彼はこの世界で事を起こしたとか?」

「都合よく考えるとそうかもしれない。だけど、それだけではない気がする」


彼女はそう言うと、再び煙草を咥えた。


「……なにはともあれ、普通の可能性世界を体験したかった。最初が例外だと、常識がズレる」


私は青になった信号を見て、車を発進させる。


「次からは嫌という程体験できる。唐突に終わりを迎える世界だったり、夢の主を殺そうと躍起になる人達の相手をね」


彼女はそう言って小さく口元を笑わせると、上着の内側から拳銃を取り出した。


「それで?この世界の終わりが変になってるってのは分かったけれど、どうすればいいの?」

「"変異事象"を起こさせなければいい。世界が溶け合っているその瞬間に…この世界の人間に余計な事をさせなければいい。"変異事象"が何か…つまり、この世界と軸の世界を繋ぎ合わせるトリガーはレコードが示してくれる」

「じゃぁ、これから行く場所に彼が来るかもしれないっていうのは…変異事象を起こさせるための準備?」

「そう」

「これから、世界が終わるって言って違反者だらけになるのに厄介だ…」

「そうなるけれど、仕方がないさ。何より第一に、全員が全員暴走するわけじゃない」


私は彼女の言葉を聞きながら、流れの遅い車の流れに乗っていた。


「それに、変異事象までこの世界の人間が知れるかというと、そうじゃない。だから、やることといえば、人の掃除と変異事象の起きるエリアの警戒位なもの…」

「今回は3か所…他にもパラレルキーパーは居るから…手分けするってこと?」

「そう。それに、事態が事態だし、僕の部下達も居る。世界を終わらせることにかけてはそこまでシリアスにならなくてもいい」


彼女はそう言うと、手に持った拳銃を点検している手を止めた。


「ただ…何時もと違うのは、間違った方面に成長したポテンシャルキーパー1人を消すということだけ。この世界の人間を使って何を目的に動いているかは分からないけれど、彼を止めなければ"変異事象"が起きる時間前後の危険性が増すのは確かだ」

「……とりあえず、やることは分かったけれど」


私はそう言って、咥えていた煙草を灰皿に捨てる。

そして、丁度眼前に見えてきた、空港を示す看板を越えて…車のギアを一段上げた。


「結局、彼を消す為に動くわけか…消せるって言っても、どうなるかはまだイメージが付かないけれど」

「…罷免コードが読み込まれれば、彼はポテンシャルキーパーとして全ての権限を失って…扱いとしては、この世界の人間と変わらないものになる。そうなれば、後は探し出して手を下すだけ…そこまで行ければ、もう大丈夫」


彼女の方に視線を向けると、その奥には空港の明かりが見えてきた。

私は何も答えずに、小さく頷いて、窓の外を指さす。


「そろそろだけど、何処に止めればいい?」


私がそう尋ねると、彼女は窓の外に顔を向けて…ほんの少し黙り込んだ後、再び私の方に顔を向けた。


「何処かの一般車の間になるように。色が違うからバレはしないだろうけれど」


 ・

 ・


車を何の変哲もないセダンの間に止めると、私達は直ぐに車から出て空港の建物内に入っていく。

当然、拳銃は上着に隠して…私達は疎らになって来た一般人を横目に歩いていた。

右手に付けた腕時計をチラッと見ると、既に時計の短針の針は10に近づいている。


「こっち」


彼女は迷う素振りも見せずに足を進めて行き、私は少し後ろを黙って付いて行った。

向かった先は、何てことのない場所。

空港の屋上に作られた展望台だった。


「何故ここに?」

「ここから見えるの」


展望台の隅に歩いてきた私達は、壁に寄り掛かる。

見えるのは、ライトアップされた滑走路と…エプロンに並んだ旅客機…


「ほら、同じ並びだけれど…ここは微妙に湾曲してるから」


そう言って彼女が指した先に見えたのは、建物の並びに見える、扉が開いた格納庫だった。

中では、エンジンが4つぶら下がった飛行機が明かりに照らされ…作業員たちが飛行機の周りを囲んでいる。


「あれが事故機?」

「そう」

「へぇ…事故原因は?」

「第6軸の世界では、些細な機械トラブルだって。専門じゃないから良く分からないけれど、何てことないトラブルに焦った乗務員の操縦ミス」

「死者は?」

「居ない」

「居ない?」

「そう。ほんの些細な事故だから。ただ……」


彼女はそう言ったまま、目を細めていて…何かに気づいたらしい。


「この事故における"変異事象"は、あの飛行機から出てきた証拠品が6軸と異なること…あれを見て」


彼女はそう言って、私の横によって来ると、格納庫のある部分を指さした。

彼女が指した先に見えたのは、作業服姿でありながら、どこか世界から浮いてしまった空気感を纏う男の姿。


「6軸では、乗務員は過労によってミスを犯したと結論が出るはずだけれど…そうはさせない気だってことかな」


よく目を凝らして見ると、その黒い瓶には何もラベルが貼られていない。


「あれは…瓶?今更仕込んだところで、事故の起きる日までに消されるんじゃない?…」


私達が言葉を交わす向こうで、その"浮ついた男"は機内に入っていき…操縦席の方に体を向けて消えて行った。


「薬物じゃ無さそうだけれど…お酒…なわけないか…」

「あの瓶は別の用途…?」

「何にせよ、操縦室に何かを仕込んだのは間違いない…」

「だったら。確認しに行こう。あの格納庫に男が入った途端、あの場にいる数名のレコードが破られた。処置をしなければならない…押し入るには丁度いい言い訳もできる」


彼女はそう言って、直ぐに上着のポケットから注射器を取り出した。

私も頷いて、同じように注射器を取り出して見せる。


「彼が消えてから事を起こそう」


私がそう言って、今にも動き出しそうな彼女の肩を掴む。


「……そうしよう」


彼女はほんの少しだけ驚いた表情を浮かべたが、直ぐにそう言って動きを止めた。


「そうだった…君のことを考えれば軽率だった」

「私が現場に居れば、負けるのは私なんでしょう?」

「そう。レコードは、新参者の裏切りには厳しいから」


彼女はそう言って、格納庫の方に目を向けなおす。


暫く待つと、件の男が飛行機から降りてきた。

私達は彼が空港の建物の中に入ってくるまで眺め続け…彼の姿が見えなくなると、そっとした足取りで展望台から空港の中に入っていく。


「鉢合わせにならない?」

「あの出入り口以外から滑走路側に出られればいい」


空港内に入って、私の質問に答えた彼女は、搭乗口を指さした。


「多少は歩くけれど。手荷物の受け取り口から辿れば外に出ていける…」


私はそれを聞いて、一瞬躊躇したが…直ぐに頷いて彼女の後に続いた。


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