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終末世界の片隅で  作者: 朝倉春彦
Chapter1 無知な女と終末危機
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2.ドッペルゲンガー -3-

先ほどは良く読めなかった書類。

ただ、真島昌宗の文字が書かれていた書類の中身は、一体どんなものなのか?

それが、彼をレコード管理者から罷免するために何の効果があるのだろうか?

私は落ち着いて読み始めた書類の、最初の数行で何かを察した。


「……武器の売買記録?」


煙草を灰皿に置いて、ふーっと煙を吐き出した私は、そう言って彼女の横顔に顔を向ける。

もう一人の私は、一瞬私の方に視線を向けると、小さく肯定を示した。


「さっき読まなかった?」

「読めなかったの。ここに上がってる名前なんだけど、数名は私が銃で処置した人間…」

「そう。やることだけやっておいて、レコードが違反者として上げているのをいいことに処置して消し去ったわけ……」


彼女はうんざりしてそうな口調で言うと、私が灰皿に置いた煙草を取って吸いだした。


「可能性世界だから出来ること…これが軸の世界なら、接触した段階でレコードから重大な警告が下るというのに、そうはしなかった…だから、こうなる」

「どういうこと?」

「レコードはこの世の全てを記録している。なのに、それをレコードの管理人自らが意図的に破りに行ってる…おかしい話。僕達も居た"軸の世界"であれば、即座に処分が下る。でも、可能性世界はそうじゃないってこと」

「だから、彼の行動も異常値として上がらなかった?」

「そう。レコードは記録していれど、行動を知っていれど、意図まで知ることは無い。何でも知っているけれど、それは機械的に処理するだけ。だから、彼がどういう意図を持ってそんな取引をしているかだなんて、レコードに感知しようが無い…」

「結構、ルーズなのね」

「可能性世界だから。直ぐに消えてなくなる。"軸の世界"に影響さえ出さなければ良いの」


彼女はそう言うと、目の前に迫った赤信号を見上げてブレーキを踏む。


「それで、可能性世界の終わりは何時もこうなの?」

「もう少し穏やか。こうやって、僕達が出張る程にはならない」

「そう」


私はそう呟くように言って、書類を読み進める。

私の"上司"たる男が裏で密かに進めていた事柄の一部が、そこには記されていた。


書類に出てくるのは銃器から、車…衣類などの品々の売買記録。

全てがこの世界の住民たちから彼が買い漁っていたもので、それらの品々の行先は…送り先を見る限り…知らない場所だった。


書類の内容を見ても、どう見たって彼一人で扱い切れる量ではなかった。

大柄な米国製のバンに、数十丁規模の米軍払い下げのライフル銃…迷彩柄のシャツに、ジーパン…

ここは本当に日本なのだろうか?と思いたくもなる品々が、とある一か所に集められている。


「今から行くのは、この書類に書かれている場所?」

「ちょっと違う」


私の言葉に、彼女は即座に否定を示した。


「お楽しみに取っておくといい」


そして、小さく口角を上げてそう言った彼女は、青になった信号を見上げてクラッチからそっと足を放した。


 ・

 ・

 ・


「さて…ご丁寧に、こんなにもアブナイモノの取引履歴を残してくれた訳だけど」


私の家について、居間のテーブルに書類を置いた彼女はそう言って私の方に振り向いた。


「?」

「流石に拳銃一丁で乗り込むほど、私服姿で乗り込むほど命知らずでは無いでしょう?」

「まぁ、そうだけれど…コレしか無いじゃない」


私はそう言って拳銃を取り出して見せる。

すると彼女はレコードを取り出して私に見せつけた。


「レコードを使えば…可能な限り融通してくれる」


彼女はそう言って、居間から寝室に繋がる引き戸に手をかけた。

戸を開けて、そのまま中に入っていった彼女に続き、中を覗き込んだ私は小さく鼻を鳴らして頷いた。


ベッドの上に載ったガンケース…彼女はそれに見向きもせずに、クローゼットの扉を開ける。

すると、その中にも数個の小さなケースが積み上げられており…更には私が持っていない衣類が数着掛かっていた。


「急な要請だから、多少は蹴られると思ったけれど。案外、レコードもこの世界が及ぼす影響をバカにできないとでも判断したのかも」


彼女はそう言って、クローゼットに入っていたケースを取ってベッドの上に置いた。

私はその横で、一番大きなケースのロックを外す。

軽々と開いたケースの中には、見覚えのない銃が横たわっていた。


細い弾倉から見える弾薬は、拳銃と同じ9mmパラベラム弾。

だから…短機関銃の分類だと思うが…私の記憶にはこんな銃は無かった。


「使ったこと、ある?」

「無い。見たことも無い」


私は彼女の問いにそう答えると、彼女は小さく頷いて、そっとその銃を取って構えた。


「そう…か、僕が死んだ頃にはまだ出始めか、それくらいだったかな?まぁ、いい。これはドイツ製の短機関銃…持ってみて」


彼女はそう言って、私に銃を寄越してきた。

手に持って構えてみると、見た目よりは軽く…そして、短機関銃にしては異様なまでにガッチリとした作りをしている事に驚かされる。


少なくとも、私が今まで持ったことのある短機関銃とは作りからして違う。

流石はドイツ製といった所なのだろうか?


「左側のレバーがチャージングハンドル。ちょっと動作が鈍いけれど気にならない。あとは…後ろの照準器はドラムになっていて…回して調節できる。発射モードは構えたまま指で動かせるでしょう?」

「……なるほど?ボルトは?閉じたままなのね」

「そう。ストックも調整式…好きに合わせるといい」


彼女はそう言いながら、もう一つのガンケースを開けて、私が持った短機関銃と同じものを手に取った。


「随分としっかりした作りになった…これも時代のお蔭?」

「流石はドイツ製といった所」


私は彼女の返答に小さく笑った。


「時間は無いけれど、動かすだけなら難しくはない…」


一連の操作方法を、私に見せるように各部を動作させて…最後に細長い弾倉を取り付ける。

それから、チャージングハンドルをカシャン!と動かして、指元のレバーを安全の位置に合わせてケースに置きなおした。


「弾倉は30発。前に一度、仕事中に給弾不良を起こしたことがあって…それ以来28発しか弾は込めてない」

「そう…消音器は?」

「ケースの中に」

「…銃口の下のライトのスイッチは…これ?」

「そう。握り込めば丁度いい位置に来るでしょう?」


私は何度も構えては、各部を動かして体に操作を馴染ませていく。

独特な照準器だけは、直ぐに慣れそうにないが…これから行く先が室内で…相方が色違いの自分ならば、大した問題にはならないだろう。

屋外だったら、少々手こずるだろうが。


「別の世界じゃ、これを持った特殊部隊員がハイジャックが起きた飛行機に突入して、人質に被害を出さず制圧してる。使えばわかるだろうけれど、恐ろしく精度の高い銃なの」

「へぇ……それなら、この上にスコープでも載せてくれれば良かったのに」

「この時代のは嵩張るからね。そういった類のを付けれるようになるのは、20年後」

「そうなの?20年後も平和とは程遠そう」

「平和だよ?表向きは」


彼女はそう言って小さく口元を歪めると、間を取るように、手に持っていた短機関銃を持ち上げて見せる。


「これがメイン。予備は、何時ものがあるでしょう?諸々の品が欠けていたから、そっちのケースに入れてある」


私が短機関銃を置くと、彼女はそう言って小さなケースを指さした。

私はそれを引っ張ってきて、ロックを解除して開けると、彼女の言う通りの品々が中に入っていた。


拳銃の消音器が2本。

ホルスター代わりにもなる木製のストック。

代わりの弾倉に…それに込めていた特注品の9mmパラベラム弾の箱が数個。


私は完璧にそろった品々を見下ろして小さく口を鳴らして見せた。


「銃本体も微妙に違うけれど、弾薬も僕と違うらしい」

「弾頭から火薬の調合まで、私の指定品。貴女も同じのだと思ってた」

「違う。僕のは向こうの軍で使ってる強装弾さ、あとはフルメタルジャケット弾」


彼女はそう言いながら、私が開けたケースに手を突っ込む。


「…あと、もう一つ忘れてる。下のトレーのものも忘れないで」


彼女がそう言ってトレーを取って見せると、そこには丹念に磨き上げられたナイフが数本入っていた。


「これは…昔のじゃない?」

「こっちはこの時代の最新。触れただけで切れるから、気を付けて」


彼女はそう言って一本のナイフを取って、私に鋭い切っ先を見せた。

刃渡りも長くない、取り回しやすそうなサイズのナイフ。

銀色に輝くそれを見た私は、ケースの中に入っていたもう一本を取って、左手で…昔、幾度となくやったナイフ捌きをやって見せる。


「さて…装備はこれくらいにして…着替えよう」


ひとしきりやり終えて、ナイフを置いた私に彼女はそう言って立ち上がった。


それから、私達は互いの目も気にすることもなく、着ていた衣服を脱ぎ捨ててクローゼットに掛かっていた服に袖を通す。


黒い長袖のTシャツに、ヨレヨレのジーンズ。

共にサイズは少々大きめだが、ブカブカではない。


Tシャツの上からは、ハーネスを巡らせて…そこに予備弾倉のポーチを括り付けた。

太もも部分…右太ももにはナイフの鞘を巻き付けて、反対側には拳銃の木製ホルスターを取り付ける。


全てを身に着けて、短機関銃を手に取った私は、部屋に置かれた姿見の前に立って細部をチェックした。


「似合ってる?」

「似合ってる」


姿見の前に並んだ私達は、互いの顔を鏡越しに見つめ合ってそう言うと、何も言わずに部屋を後にした。


薄い玄関扉を開けて外に出て、錆びの浮いた、急な階段を駆け下りていく。

車のハッチを開けて、そこに2人分の短機関銃を載せると、私達は左右に分かれて、それぞれドアを開けて中に収まった。


エンジンの振動に少々揺られながら、私はシートベルトもせずに、煙草を一本取り出して咥えた。

火を付けて最初の煙を吐き出す頃には、車は車道に出て崩れかけた世界の流れの一部になっていく。


レコードによれば、この世界が終わるのはまだほんの少し先なはずなのだが…

私の目に映ったのは、徐々に普段の生活を失っていく街並みだった。


何人かの人々は、何かから逃げ惑うように歩道を駆け巡り…

何人かの人々は徒党を組んでパラレルキーパーに立ち向かう…

それでも、何も気づいていない人々は、そんな彼らに目を向けさえすれど、何も行動を変えること無くレコードの通りに生活している…


私は煙草を咥えて、煙を煙らせながら彼らをじっと見て回る。

そして、煙草を手に持ってふーっと煙を吐き出すと、もう一人の自分に問いかけた。


「で、これから行くのは何処だっけ?」

「港のコンテナ。書類を見る限り、納品場所は彼のセーフハウスだったりどこぞの倉庫だったりと…バラバラだったけれど、一番日付の新しい納品場所がそこだった。そして、この世界の終わりを知っている僕としては、ちょっとした可能性を考えてる」

「可能性?そもそも、私にはこの世界の終わりがどうなるかなんて言ってない」

「ええ。でも、最初に一気に言われたところで、頭がパンクするだけ」


彼女はそう言って、ようやく…といった表情を浮かべながら、小さく息を吐き出すと、煙草を一本咥えて火を付けた。


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