優しい感情、そして激情
5話目
>オルグ平原<
墓参りを終えた俺は北へ向かって歩いていた。
住んでいた村から北の方角には王都があり、ひとまずは王都を目的地とすることにしたのだ。
王都であれば神々に関する情報も集められるはずだ。
だが、情報を集めるにしても金が要る。
情報屋から情報を買うには、銀貨1枚は必要なはずだ。
情報によっては金貨も取られることもある。
(…一文無しだからなぁ…)
封印される前に銅貨5枚でも握っていれば…と後悔する。
封印されるなんて思ってもみなかったのだから後悔しても仕方がないのだが。
――ぐぎゅるるる…
(腹が減った…ここしばらく飯を食ってないな…草でも齧るか…?)
そこら中に生えている草に目を向ける。
食べられないことはないが、薬草の知識はある程度あるが毒草の見分け方の知識はないため迂闊には食べられない。
ガックリと項垂れる。
『幸運だな』
「不幸の間違いだろう」
『目の前を見よ』
そう言われて下げていた視線をあげる。
小さいが村が見えた。
「あそこに行けば飯が食えるかもしれない」
『文無しに飯をくれる人間がいればいいがな』
ガルヴの指摘はもっともだが、村で簡単な仕事を任せてもらえば食事にありつけるかもしれない。
村に向かって歩き始めた。
===================================
>ポル村<
牛の鳴き声や村の人たちの会話で村は賑わっていた。
小さい村でもここまでの活気があるといい村だなと思える。
王国には小さな村はかなりあるが、3割は貧しい村だった。
住んでいた村は貧しくはなかったが、そういう村もあることを過去に父さんに教えてもらったことがあった。
「ようこそ、ポル村へ。冒険者の方ですか?」
「…まぁそんなところだ。」
「であればまずは宿にご案内すべきですね。こちらへどうぞ」
村の民兵と思われる人間が丁寧に案内してくれている。
だがその前に…
「……すまないが水をもらえるか?」
「水ですか?宿にご案内するのでそちらでもらっていただければと…」
「………原初の森から歩いてきてそろそろ体力の…げんか…い…」
空腹と体力切れで意識が途切れ、目の前が真っ暗になった。
======================================
>ポル村<
目が覚めると木製の天井が見える。
(よほど空腹が効いていたのか…意識を失うレベルとはな…)
上半身を起こし、周囲を見渡す。
寝ていたのはどうやらソファだったようで、辺りにおいてある木製の家具や奥に見えるキッチンから宿ではないことが伺えた。
ガチャっという音がし、音の発生源の方向を見ると小さな茶髪の少女が目を真ん丸にしてこちらを見ていた。
「…君ここは―」
ここはどこなのかを聞こうとしたが最後まで問いをなgることはできなかった。
「ママ―!!たおれたひとおきたよー!!」
大きな声を上げながら扉の向こうへと消えて行ってしまった。
母親がいるらしいので、状況を確認するためにおとなしく待つべきか。
助けてもらったのは間違いないのでお礼は言うべきだ。
それからしばらくして再びドアが開いた。
「ご気分はいかがでしょうか?」
「休ませていただいたので、回復いたしました。私はアルマ=ノブルと申します。この度は助けていただきありがとうございます。」
入ってきたのは先ほどの少女とは違う黒髪の女性だった。
お礼を言いながらペコリと頭を下げると、母親らしき人物は先ほどの少女のように目を真ん丸にしていた。
似たもの親子とはこのことだろうか。
(…俺も親に似ているところがあったのかもしれないな…っとそれよりも)
「どうかされましたか?」
「あっ、いえ!冒険者の方々は荒々しい方が多いので…丁寧な対応に驚いてしまいました。私はエイラ=ファルナと申します。」
丁寧でそして優し気な笑みを浮かべる女性はどことなく母さんに似ていた。
母特有の雰囲気というのだろうか。
そんな雰囲気を出しているエイラさんには癒されるような感覚を覚える。
(それにしても、冒険者というのはかなり身勝手な連中なんだな。)
「私は冒険者ではないからかもしれませんね。」
「え、ですが民兵の方には冒険者だと名乗ったそうではありませんか?」
「原初の森の方から歩いてきていますので、説明に便利だと思い名乗らせていただいた形ですね…誤解を招くことをして申し訳ございません。」
再度頭を下げる。
冒険者だと名乗ったことが不安にしていたなら申し訳ないという気持ちからの謝罪だった。
「ふふっ、男性の方が何度も頭を下げるべきではないと思いますよ?」
「そうですね、ここは助けていただいた恩に報いて誠意を見せるべきですね」
「お礼など必要ありませんよ?」
「そうはいってもですね――」
――ぐぎゅるるる…
どうやら腹の虫が我慢できなかったようだ。
「クスクス…」
「すみません…腹の虫が…」
「いえいえ、これからお食事をレムが持ってくるので召し上がってくださいね。レム!いつまでそこにいれつもりですか?お客さんにお食事を出すのでしょう?」
どうやら扉の前にいるようだ。
ドアが開き、おずおずと少女が入ってくる。
お盆を抱えており木製の食器には湯気が立ち上っていて、いい香りがこちらまで漂ってくる。
「……」
「大丈夫ですよ。恐い人ではありません。」
そのままレムは目の前まで来るとお盆を差し出した。
さっきは大きな声を出していたが、どうやら俺に怯えているらしい。
「…どうぞ」
「ありがとう、いただくね」
お盆を受け取り、料理に目を移す。
湯気に乗せてとてもいい香りが食欲をくすぐる。
「これは…ビーフシチューかな?」
「…そう、ママといっしょにつくったの」
スプーンを使い、ひとすくいして口の中へ入れる。
「…美味しい…」
美味しいといわれ、花が咲いたような笑顔をレムは浮かべていた。
よほど嬉しかったのだろうエイラさんに「よかったね」と言われ「うん!」と元気よく返事をしている。
実に微笑ましい。
「…まともな食事なんて何年ぶりだろうか…」
レムには聞こえていなかったようだが、エイラさんには聞こえていたようでギョッとした表情をしていた。
「何年ぶりとはどのような生活をしてきたのでしょうか?」
「あ!いえ!原初の森で生活していましたのでここまで美味しい料理はという意味です」
「原初の森で!?」
封印されていたことは当たり前だが言えない。
思いつく言い訳としてはこれがベストだと思っていたが、またしても驚かせてしまったようだ。
「あの場所で生活してきたということはかなりの腕をお持ちなのでしょうか…?」
「…まぁ生きていくには困らない程度ですが…」
そう答えると、エイラさん俯いたまま考え込んでしまった。
(生活していたってのは、まずい言い訳だったのかもしれないな)
もっといい言い訳を考えるべきだったか。
などと考えていると、バッと顔を顔を上げたエイラさんが頭を下げてきた。
この行動には俺も驚きを隠せなかった。
「先ほど、お礼は必要ありませんといった身で申し訳ないのですがお願いしてもよろしいでしょうか!」
困惑している俺に対しエイラさんは真剣な表情で申し出てきた。
命の恩人ともいえる人のお願いを聞かないわけにはいかないだろう。
断れるはずがない。
「お引き受けします」
「…えっ!?内容も申し上げていないのにお引き受けしてくださるのですか?」
「えぇ、私も先ほど『恩に報いて誠意を見せるべき』と申し上げた身。ここで断っては誠意を見せることはできないでしょう?」
恩は必ず報いるべきだ。
大きな恩であればなおさらだ。
「レム、私はこの方とお話をするのでお外で遊んでらっしゃい」
子供に聞かせられる内容ではないらしい。
レムは小さくうなずくと部屋から出て行った。
俺は出て行ったしばらく扉を見つめ、話を切り出す。
「…それでお願いの内容はどんなものでしょうか。」
エイラさんは再び俯き、ポツポツと依頼の内容を話し始めた。
「実はポル村から西に進んだところにある、ドルグの森にゴブリンとオークの巣窟ができているようで村から民兵を数十人連れて殲滅しに行ったのです…その中には私の夫も…森へ民兵達が向かってから10日経っているのですが、帰ってきていない状況でして…ですので不安で不安で…」
10日も帰ってきていないとなると生存は絶望的か…?
どうやらエイラさんも不安な夜を過ごしていることが伺えた。
化粧で隠しているが目の下に隈ができている。
恐らくレムにそんな顔を見せられなかったのだろう。
「村からはこれ以上民兵が出せず、冒険者組合にも依頼を出しているのですが一向に…森に向かった民兵の方々の生死を確認してきてくださるだけでもいいのです!できれば助けていただきたいのですが…!何卒お願いします!!」
涙を流しながら懇願するエイラさんを見て俺は――
――憎悪を燃やした。
――俺の恩人にこんな表情をさせたゴブリン、オーク
『ならば殺し尽くそう。』
「あぁ…もちろんだ」
「…?」
心で答えればよかったが、声に出てしまっていたようだ。
涙でボロボロになった表情で俺を見上げるエイラさんに対して
「最初に引き受けるといいましたよね。言葉を曲げるつもりはありません。ご依頼はお引き受けします。必ずエイラさんの旦那さんを連れ戻してきます」
「…!ありがとうございます!ありがとうございます!」
エイラさんをソファに座らせてから扉を開け廊下に出る。
「…レム」
扉の横で座り込んで泣きじゃくっているレムに声をかける。
俺は最初からさっきの話をレムが効いていたことに気づいていた。
「…おどうざん…じんじゃっだの…?」
「いや、きっと生きてるよ。必ず連れ帰ってくる、必ずな」
「うぅ…うわぁぁああぁぁあん!!!」
泣きじゃくるレムを抱きしめる。
右手で頭を撫で落ち着かせるように左手で背中をやさしく叩く。
落ち着いたのか旨の中ですぅすぅと寝息を立て始めた。
そのまま抱きかかえ別室を見て回り、寝かせられる個所を探しベットのある部屋に寝かしつける。
レムの頭を撫でながら
「…ビーフシチューとてもおいしかったよ…」
穏やかな笑みを受けべながら言い残し、部屋から出る。
―――――部屋から出た時には穏やかな感情は消えていた。
評価していただけると幸いです。
低評価でも受け入れます
…あと申し訳ないのですが誤字脱字ありましたらご報告ください。