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第8話 急募:コミュ力

呆気に取られる俺を他所に少女は一頻り笑うと、先程までが嘘のように一瞬で表情を消して、すっと立ち上がると歩き出す。その姿にハッとした俺は慌ててその後を追いかけた。


「な…!待ってくれよ!」


少女は木の根や大きな石で歩きにくい地面を、慣れたようにひょいひょいと軽やかに進んでいく。俺は必死に追いかけるが、今日初めて森に入った俺ではとても追いつけない。


「な、なあっ…!君っ!…名前は!?」


「…。」


「おい、きいて……っ!うわっ!?」


『あ!バカ!』


何度声をかけても振り返らない少女に痺れを切らして手を伸ばそうとした時だった。余所見をしていたのが良くなかったのだろう。足の置き場が悪く、俺は苔でずるりと足を滑らせた。バランスを崩して手を振りまわすが、何も掴むことなく虚しく空を切る。俺が衝撃を覚悟して目をつぶった時だった。


パシッ


足を止めて振り返った少女が俺の腕を掴んだ。そのままぐいっと岩の上に引き上げられる。


「あ、ありがと。助かった。」


俺はふらつきながらも自力で立つと、少女を見上げて言った。こうして同じ足場に立つと俺より少女の方が少しだけ背が高いことがわかる。なんかちょっと悔しい。


俺が礼を言っても、少女はじっと俺を見下ろしたまま動かない。俺はだんだん見つめあっているのが気まずくなって目を逸らした。


「あ、あのー?」


「…………ウィラ。」


「え?」


「…私の名前。」


何を思ったか、今までずっと無言を貫いていた少女が一つ瞬いてそう言った。どうやら少女はウィラというらしい。


「えっと、さっきも言ったけど俺はレン。助けてくれてありがとな。」


「…ん。」


こくりと一つ頷いて、ウィラは再び前を向いた。俺が転びそうになったせいか、心做しかその進みは遅くなった気がする。


「ウィラはここで何をしてるんだ?」


「…狩り。」


「へぇ。一人でか?」


「…。」


俺とそれほど歳の変わらない少女が一人で森にいるのが少し気になって訊ねる。魔物もそれなりに出るだろうし危険じゃないか。一人で来ている俺が言うことでは無いかもしれないが、一応俺にはシエルがついている。


……さっきは助けてくれなかったけどな。


『違うよ!あの時は全然殺気を感じなかったから、ほっといても大丈夫かなって思ったの!』


本当に駄目な時は助けるよ!とシエルが喚く。


どうだか…。


「その弓で獲物を狩るのか?」


俺がウィラの背で揺れる弓と矢筒を指すと、ウィラは緩く首を振った。


「…罠。」


「罠?弓は使わないのか?」


「…。」


無言。


うーんと俺は唸った。ウィラはなんというか独特の雰囲気のようなものを纏っていて、なかなかペースを掴めない。


か、会話が続かない…っ!


その後も何処に住んでいるのかとか、いつも森に来ているのかとか色々訊いてみるが、何一つ返事が返ってこない。


「あー…えっと。」


とうとう話のネタが尽きて言い淀んだ時だった。今まで無反応を貫いていたウィラがピタリと足を止めて振り返る。しかしじーっとこちらを見つめる金の双眸からは何も読み取れない。


「…。」


「な、なに?」


「……。」


「えっと…?」


「…いつまで。」


「え?」


「…いつまでついてくる?」


無表情のままウィラはこてりと首を傾げて言う。それに俺はさあーっと血の気が引くような気がした。


そうだったー!!何となくついてきちゃったけど何も考えてなかった!そういえばさっきの質問とか家の場所を知りたいストーカーみたいじゃん!知らないやつがずっと後ろをついてくるなんて…!なんてホラー!?完全にやばいやつ!誤解!誤解だよ!?え!?どうしたらいいの!?


「ご、誤解だ!!」


「…?」


「俺は決してストーカーとかそんなつもりじゃ…!」


「…すと?」


『いや、レンは今子供の姿なんだしストーカーはないんじゃ……。』


身振り手振りを交え必死に無実を主張しているなか、俺はシエルの言葉にはっと我に返った。そろりとウィラを伺うと、胡乱げな視線とかち合う。


「…ごめん、もう帰るよ。」


「…。」


俺がそう言った途端にウィラは(きびす)を返す。無言で去っていくその背に、嫌われたかなぁと俺は溜息を吐いた。


いや、名前も教えてくれたし、転びそうになったら助けてくれた。まだ可能性はあるだろう。初めてあった家族以外の人だし。歳も俺とそんなに変わらないし、できれば仲良くしたい。


俺はよしっと覚悟を決めると、勇気を出して去っていく背に声をかけた。


「な、なあ!」


「…。」


ウィラは返事もしないし振り返りもしないが足を止めてくれた。一応聞いてくれるらしい。


「また会えるかな!」


「…。」


ウィラはその言葉にチラリと俺を振り返ると、さあとでも言うように小さく首を傾げた。そしてウィラは再び歩き出す。その緑の背中はすぐに木々に紛れて見えなくなった。


「…とりあえず駄目とは言われなかったし、嫌われては無いってことで。」


『前向きだねぇ。』


「うるさい。さぁ帰るぞ。」


かなり奥の方に来てしまった。急がないと日が暮れてしまう。


くるりと振り返って来た道を戻ろうとして俺はピタリと動きを止めた。


「……どっちから来たんだっけ?」


『……はぁ。』






☆★☆★☆






あの後シエルの道案内でなんとか無事に家まで辿り着き、夕食を済ませて今は部屋の中だ。


俺がお土産に持って帰ったアプルは母さんにとても喜ばれた。ジャムにしたいと言われたので、また明日も少し取ってこよう。


ぼふりとベッドに倒れ込むと、一気に疲労感がのしかかってきてもう一歩も動けそうになかった。慣れない道を長時間歩いたからだろう。特に足が鉛のように重くてだるい。


明日も森に入るつもりだから筋肉痛が酷くないといいんだけど。それに今度こそは角兎(ホーンラビット)を仕留めたい。あ、そうだ。もしウィラに会えたら罠の作り方を教わるのもいいかもしれない。…彼女が教えてくれるかはわからないけど。


「ちょっと、掛布くらい自分で掛けて寝てよね。風邪ひくよ。」


つらつらと明日の事を考えてぼんやりしていると、むすっと頬を膨らませながら実体化したシエルが言う。素直に足元に畳んであった掛布を引っ張りあげると、俺はシエルの姿を見つめた。


初めの頃に比べて、だいぶしっかり実体化できるようになったみたいだ。よく見ればまだ少し輪郭がぼやけて見えるが、遠くから見れば普通の人と変わらない。こいつが死んでて実は幽霊だなんて言っても誰も信じないだろう。


俺はそこまで考えて、ふと最近気になっていたことを訊いてみた。


「なぁ、シエル。お前夜に何かしてたりするのか?」


「いや?僕もレンが寝たら寝るよ。どうかした?」


「…お前も寝るのか。…何か寝てる間なんとなくだけど騒がしい気がするんだよな。実際に声が聞こえたり、物音がするわけじゃないんだけど、ざわざわしてるっていうか。」


なんというか空気が騒がしいのだ。うるさいというより落ち着かない。何を言っているのかわからないかもしれないが、本当にそんな感じで他になんと言っていいかわからない。首を捻る俺にシエルがむっとしながら言った。


「失礼だな。僕だって元は人間なんだから睡眠も必要だよ。気分的に!だから僕が夜中に勝手に何かをしてるわけじゃない。…うーん。もしかしたら精霊が騒いでいるのかもね。」


「魔族だろ。」


「魔族だってほぼ人間だよ!それに転生前も人間!」


「……精霊、ね。」


今まで精霊の存在を感じたことは無かったが、シエルによると俺は精霊魔法に適性があるらしいし何かを感じ取っているのかもしれない。近いうちにシエルに精霊について詳しく聞いてみよう。


とりあえず今日は疲れたから明日に備えて早めに寝る。


「…おやすみ。」


「おやすみ、レン。また明日。」




☆★☆




夜。月の明るい静かな夜だ。草木も眠りについて、煌々と光る銀の月だけが存在感を放っている。


シエルは寝ているレンを起こさないように、そっと実体を薄くして窓を通り抜けた。そして音もなく地面に降り立つと、再び質量を取り戻して歩き出す。夜だからだろう。微かにぼやける輪郭が月光を受けて、まるでシエル自身が光を放っているようだ。


さくりさくりとシエルは森の中に入って行く。やがて屋敷が見えなくなると、どこからともなくいくつもの蛍のような小さな光が飛んで来てシエルの周りを飛び回った。白や淡い緑や青、黄色。時折赤や橙も混じる。


小精霊だ、とシエルは寄ってきた白い光に手を伸ばした。指先に留まった光は数度明滅すると、道案内をするようにふわりと浮き上がって森の中を進んでいく。シエルは光の進む方へ足を進めた。


どれくらい歩いただろうか。茂みを潜るとようやく目的地らしき場所に着く。


そこは小さな川のほとりだった。いくつもの小精霊が何かを囲むようにふわふわと飛び回っている。シエルが足を止めると、周りを飛んでいた小精霊達も輪に加わって見えなくなった。


ふいに飛んでいた小精霊達がピタリと動きを止めた。見えないけれど何かがこちらを見ている。それが何かシエルはよく知っていた。


「やあ、こんばんは。いい夜だね。」


何かは答えない。でもしっかり意識がこちらを向いているのがわかる。


「君達がレンに気付いていることは知ってる。でももう少し待ってくれないかい?時が来たらレンの方が君達を呼ぶよ。」


ふわりふわりと小精霊達が戸惑うように揺れる。シエルはじっと小精霊達の中心を見つめた。


やがて輪の中から白い光が飛んで来て、シエルの周りをぐるぐる回った。その光はシエルの差し出した指先にそっと触れると、空気に溶けるように消える。それを了承ととって、シエルは頷いた。


「…ありがとう。」


くるりと彼らに背を向けてシエルは来た道を戻った。


―くすくす。クスクス。


シエルが去った川のほとりに笑い声が響く。月明かりが狂ったように飛び回る小精霊達を照らした。


―ふふふ。ははは。


―クスクス。


ざわざわと森がざわめいた。






☆★☆★☆






そろりとレンは壁から顔を出して中を覗いた。中では忙しそうに使用人達が動き回っている。その中にはマギーの姿もあって、レンはさてどうするかと考え込んだ。


『…何してるの?』


シエルの怪訝な声がかかる。レンは今厨房に来ていたが、壁に張り付いて中を伺うその姿は完全に不審者だ。


「うるさい。今忙しいんだ。」


『…忙しいのはレンじゃなくて中の彼らだと思うけど。』


呆れたようなシエルの声を俺は聞こえないフリをする。俺は今、軽食を頼みに厨房に来ていた。今日も森に行くため、弁当までは行かなくても何か摘める物が欲しくて頼みに来たの、だが…。


中を覗いて俺は唸った。


朝食後に来たのが災いしたか。朝食の後片付けで皆、せかせかと忙しそうに動き回っている。


ただでさえ俺はあまりよく思われていないんだ。ここで図々しく頼み事なんかしてみろ。好感度だだ下がり間違いなし。


『…行くの?行かないの?どっちなの?』


…ええい!男は度胸!!


心の中で頬を打ち気合いを入れると、俺はそろりと入り口から中に入った。


「…あの。」


声をかけるが誰もこちらを見てくれない。声が小さかったのを幸いに、気付かないフリをしているのだとわかった。


「あの!すみません!」


息を吸って今度は大きく言ってみる。今度は無視できなかったのだろう。ピタリと動きを止めたマギーがつかつかとこちらにやってくる。俺の目の前で足を止めたマギーは、無表情で俺を見下ろして言った。


「なんでしょうか。」


「えっと、今日森に行くので何か外で摘めるものが欲しいんですけど、何かありますか?」


「ありません。」


「じ、じゃあ!俺が作るので使っていい材料とか…。」


「ありません。」


「……。」


ダメだ。全然聞く気ないな、これ。


諦めて肩を落とした時だった。コンコンと後ろからノックの音が響く。振り返るとにこやかに笑ったレオ兄さんが壁を叩いた姿勢で立っていた。


「あ、レオ兄さん…。」


「や、レン。マギー、今からちょっと出掛けるんだけど何か摘めるものないかな?」


「…サンドウィッチでよろしければ。」


「最高だね。あ、ついでにレンのもよろしく。」


突然の助け舟に驚いて兄を見れば、茶目っ気たっぷりのウィンクが降ってくる。マギーは流石にレオ兄さんのお願いは無視出来ないようで、数分でサンドウィッチが詰まったバスケットが二つ出てきた。


「はい、これはレンの分。森に行くのかい?」


「は、はい。」


「そうか。あまり奥の方には入らないようにね。それとちゃんと夕食までに帰ってくること。」


「はい。ありがとう、レオ兄さん。」


「いいよ。気にしないで。」


片方のバスケットを差し出したレオナルドはそう言って手を振ると去って行った。


『…うーん。素晴らしいさり気ない気遣いだね。あれは女の子にモテそうだ。』


「…そうだな。」


しみじみと呟くシエルに、俺は心から同意を示した。





ウィラ、めちゃくちゃマイペースっ子。


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