第7話 初めての冒険
今回は少し短いです!
『ねぇ、そろそろ外に行ってみない?』
全てはこの一言から始まった。
☆★☆
シエルが声を上げたのは、俺が新しい魔法を練習しようと杖を取り出した時だった。
「……外?」
あまりにも唐突な言葉に、俺は動きを止めて問いかける。
『だってレンは記憶が戻ってからずっと家にいたでしょ。初級魔法もほぼ使えるようになったし、そろそろ外に出てもいいんじゃない?』
…確かにシエルの言うことにも一理ある。
言われてみればこれまで家の外に出たことは一度も無かった。外に出ても精々中庭くらいで、敷地の外に出ようなんて考えたことも無い。そう思うと段々家の外に興味が湧いてきた。
いい機会だし、今日は外に行ってみよう。
はじめてのお○かいならぬはじめての冒険だ。
異世界だし多少は危険もあるかもしれないが、俺もそこそこ魔法を使えるようになったし、いざとなったらシエルがいる。何が来ても魔王がついていれば大丈夫だろう。
「…行くか、外!」
『おー!』
☆★☆★☆
ざっと準備を終えて俺は家の門の前に立っていた。
俺の目の前には二つの道が続いている。正面の道は町へ続く道だ。ここを真っ直ぐ行くと町―村よりは大きいけれど街というには小さい規模らしい―に出て、右側の道を進むとすぐ森に入るらしい。
今日は父さんは衛兵隊の訓練に行っていて、母さんとヘレナも出掛けていて留守だったので、厨房を覗いてマギーに出掛ける事を伝えてきた。ちゃんと頷きが返ってきたから大丈夫だろう。…ちなみに兄二人が何処にいるのかは知らない。探したけど見つからなかった。
さあこれで準備は整った。
「…どっちに行く?」
『そりゃもちろん』
「『右だ!』」
☆★☆
意気揚々と道なりに歩くこと数分で、目的の森が見えてきた。本来この道は森の間を通って森を抜けるのだが、俺達が用があるのは森の中だ。森に入って少ししたところで道を外れる。森の中に足を踏み入れ、元の道が完全に見えなくなった頃になるとガラリと空気が変わった。
人の世から遠ざかり、生き物のざわめきを孕んだ静寂が身を包む。しんと冷えた風が頬を撫でていき、俺は身体を震わせた。キョロキョロと辺りを見回しながら進むが、周りは当然見たことの無い木々ばかり。初めて見るものばかりの景色に心が躍った。
『あ、レン!見て見て!角兎だ!』
シエルの示す方を見ると、少し離れた茂みの影で緑がかった茶色の兎が草を食んでいた。角兎の名の通りその額には短い角が生えている。角兎はこちらに背を向けていて、まだ俺には気付いていないようだ。
野生の兎なんて初めてみた…。角生えてるけど。
『角兎は角があるだけで普通の兎と変わらないよ。結構どこにでもいる。…ちなみにそこそこ美味しい。』
「へぇ。食べられるのか。…へぇ。」
俺は兎の肉は食べたことがない。いや、もしかしたら食べているのかもしれないが、覚えていないのでそれは置いといて。おそらく家族は皆食べ慣れているだろうし、土産にちょうどいいな。
それに魔法の試し打ちにもいい。
ニヤリと笑った俺は背中に背負った杖を確認して手を前に翳す。初めて動く的に当てるため、威力を安定させようと普段は省略する詠唱も唱えることにした。背中の杖から必要な魔法陣を引っ張り出し、翳した手の先に展開する。
「風よ、我が意を受けて敵を裂け。」
『あ。』
「《風刃》」
シエルの小さな呟きが聞こえたと思ったら、ピクリと耳を動かした角兎がこちらを振り返る。ばちりと視線が合い、あ、やばいと思ったものの詠唱は完成していたので俺はそのまま魔法を発動した。詠唱によって威力と正確さが上がった魔法は正しく発動したが、着弾の前に危なげなく跳んで回避した角兎によって、草を数本刈り取っただけだった。
フー!!
突然攻撃された角兎は、こちらを向いて歯をカチカチ鳴らして威嚇すると、近くの茂みに飛び込んで見えなくなった。
「あー…失敗した。」
『詠唱したのがまずかったね。』
肩を落とした俺に、ほら兎だしとシエルが笑う。
あ、そっか兎かぁ。そりゃ詠唱なんかしたら聞こえるよなぁ。俺はなんてしょうもないミスを…。
『次は大丈夫だよ。さあ気を取り直して次行こう次!』
頭を抱えた俺をシエルが励ます。俺はそれに頷きを返して再び足を進めた。
さくさくと足音をたてながら奥へ進むが、五歳児の目線が低くて俺には一面木々の緑色しか見えない。しかしシエルには色々見えているようで―それにしてもシエルはどうやって外を把握しているのか―、何かを見つける度に声を上げた。
『あ!見て見て!アプルの木があるよ!』
「アプル?」
『リンゴのこと!』
シエルに言われるがままにいくつか茂みを抜けると、真っ赤な実をたくさんつけた木を見つけた。それはやや小ぶりだが確かにリンゴに見える。俺はその中でも良く色付いていて下の方にあるものに狙いを定めると、今度は詠唱無しで魔法を発動した。
「《風刃》」
俺はすぱっと切り離されたアプルを真下でしっかり受け止めた。そして手の中のものをまじまじと見る。俺が知っているものより小さいが確かに見た目はリンゴだ。
さて、味の方はどうだろう。
服の裾でゴシゴシと拭ってから大きくかぶりついた。
『どう?美味しい?』
もぐもぐと口を動かしながら考える。噛み締めると溢れる果汁は少し酸味が強いが、野生の果物だと思えないほどの味だ。夢中で齧るとあっという間に手の中のアプルはなくなってしまった。
「うまい。」
『いいなー。僕も食べたい…。…もう少しで飲食できるくらい実体化できるんだけど……。』
シエルが残念そうに言った。
「…また来ればいいだろ。」
『えっ!?ほんと!?やった!』
…さっきの角兎は失敗したが、このアプルなら大丈夫だろう。いくつか採って行くことにしてシエルに声をかける。
「シエル、アイテムボックスを出してくれ。」
『了解!』
俺は更に五、六個アプルを採ると、シエルが開けてくれたアイテムボックスに放り込んだ。
「よし!これで土産もバッチリだな!」
『ヘレナもきっと喜ぶね。』
喜んでくれるといいな。
☆★☆
そして再び歩くこと数分。俺は足元に毒々しい赤色のキノコを見つけてしゃがみこんだ。
「うわ、見るからに毒キノコだな。」
『オコリダケだね。そんな見た目だけど毒はないよ。食べられないけどね。』
「嘘だろこの見た目で毒キノコじゃないのか。」
それにしてもオコリダケね…。
よく見ると確かに笠の上の模様が怒った顔に見えないことも無い。細くて短い白い軸にパンパンに膨らんだ拳大の笠が乗っている。俺はその膨らんだ笠が気になって、そっと指を伸ばしてつついてみた。
ボヒュー!!
触れた途端に笠の上のちょうど目の部分にあたる模様が、カッ!と光を放ったかと思うと、笠が破裂して白い煙を吐き出した。
「う、げほっ…ごほごほ!」
『くっ!ふふっ…お、怒られたね…!』
オコリダケってこういうことかよ……!!
煙を吸ってしまい噎せながら、笑い転げるシエルに怒鳴った。
破裂するならそうと教えて欲しかった!俺が触る前に!
しばらくして少し落ち着いたので、噎せすぎて涙の滲んだ目を拭い、近くの木を背もたれに座り込む。そして持ってきたバッグから水筒を取り出し勢いよく呷った。
「…ぷはっ。あー…酷い目にあった。」
一気に半分を飲み干し、水筒を横に置いて溜息を吐く。シエルは悪戯好きなところがあって、こういうことは何も言わずに俺の反応を楽しんでいる節がある。まぁ、本当に命の危機だったらしっかり教えてくれるんだろうけど、こういう小さなこともちゃんと教えて欲しい。できれば。
ふと上を見上げれば、太陽が西に傾き始めていた。結構奥の方に来たし戻るのにも時間がかかる。俺は少し休憩したしそろそろ帰るかと腰を上げた。
『?何か近づいてくる。』
「は?」
ふと落ちたシエルの言葉に、俺は疑問の声を上げて動きを止めた。
近づいてくるって何が?どこから?ていうかお前何でわかるの?
いくつもの疑問が頭を回る。けれどシエルは何も答えない。俺は何が来るのかも、どこから来るのかもわからず立ち尽くすだけだ。
『レン!危ない!!』
「はぁ!?」
突然シエルが叫んだ。俺はキョロキョロと辺りを見回し、少し遅れてそれを見つける。しかし見つけた時にはもう遅かった。がさりと茂みが揺れたと思えば、飛び込んできた緑色の影が俺に飛びかかる。完全に不意をつかれた俺は、避けることも受け止めることもできずに倒れ込んだ。
衝撃に息が止まって顔を顰めた俺の首にピタリと冷たいものが当てられる。流石に現代っ子だった俺にも、この状況で首に当てられた物が何かくらいはわかる。ナイフか短剣かそれ以外の何かでも、確実に俺の首を掻っ切って命を絶つことのできる何かだ。
つまり俺の命はこの上に乗ってる誰かが握っているってこと。絶体絶命だ。
たらりと流れる冷や汗を感じながら、そろりと視線を上に向けると微動だにしない金の双眸とかち合った。
「………人間?」
お互い瞬き一つせず数秒見つめ合い、ようやく相手が発したその問いに俺は慎重に頷いた。
「……でも黒髪赤眼。…魔族?」
すっと目を細めたと思ったら、ぐっと首元の何かに力が加わって俺はぎょっと目を見開いた。誤解を解こうと慌てて声を上げる。
「ち、ちがう!違う!俺はレン・ネノワール!人間だ!」
「…魔法で誤魔化してるのかも。」
「そんなことしてない!ほら、耳も尖ってないし牙も生えてないぞ!!もちろん尻尾だってない!!」
『ちょっと!魔族には牙も尻尾もないよ!!』
頭の中でシエルが憤慨しているが今はそれどころじゃないので無視だ。なにしろ俺の人生がかかっている。転生して1ヶ月も経たないうちにもう一度死ぬなんて冗談じゃない。
ていうかお前!助けろよ!
『僕は気分を害しました。自分でなんとかしてください。』
おい!!
それきりシエルは奥に引っ込んでしまった。俺が何度呼んでも応えない。完全に無視を決め込んだようだ。
こうなったら一か八か思いっきり魔法で吹き飛ばしてその隙に逃げるしか…。
俺がそう覚悟を決めた時だった。目の前から場違いな笑い声が降ってくる。目の前といえば俺に刃物を突きつけているこいつしかいないわけで。
「……え?」
「…魔族に牙や尻尾があるなんて初めて聞いた。」
そっと俺の上から退いた人物が、心底可笑しそうにくすくす笑いながらそう言った。とりあえず起き上がってみると、緑髪の美しい少女と目が合う。
「…え?」
「…んんっ。…冗談。」
状況が飲み込めずぱちくりと目を瞬かせる俺に、咳払いをした少女は真顔に戻ってそう言った。
「……冗談?」
「ん。冗談。」
「…………は?」
な、なんとか月曜日にできた……。
引越しって大変ですね。ほんと。まだ全然片付けが終わってない…。
時間を見つけて書きますが、しばらく不規則な投稿になるかも知れません。なるべく月曜日を目指します!