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第6話 急募:兄弟との上手い付き合い方

ちょっと遅くなりました!すみません!


今引越しでバタバタしてて。来週ももしかしたら少しズレるかもしれません。なるべく月曜日に出せるように頑張ります。


賑やかな一日だったな…。


今日一日を振り返ってそう思う。


ヘレナを喜ばせるために、最後の方は一体どこのサーカス団だってくらい派手なことになった。兎は跳ねるし犬は走り回るし、魚は最終的にイルカやクジラに進化してたな。さすがにサイズは部屋の中に収まるくらいだけど。それにシエルなんかヘレナの反応がいいからと、だんだん調子に乗って部屋の中で花火を出そうとしたから、俺は慌てて止めることになった。


…まったく家が燃えたらどうしてくれる。……シエルなら家くらい簡単に作れるような気もするけど。


でも今日は俺も楽しかった。ヘレナもかなり喜んでたし大成功と言っていいだろう。最近は修行―って言っていいのかわからないけど―ばかりだったからいい息抜きになった。


ヘレナには感謝しなくちゃな。それについでにシエルにも。


俺だけじゃあんなことはできなかったから。


賑やかな光景を思い出してくすりと笑った。


『ねえ!思ったんだけど《(バブル)》をちょっと変えて破裂するようにしたらどうだろう!?名付けて《泡銃(バブリーガン)》!見た目可愛いのに威力が凶悪とかおもしろくない!?あ、でも泡だと速度がでないよね…。小さくする?でも速く飛ぶくらい小さくするとなると、見た目の可愛いさが…。……中に液体を入れて散布?…いやそれなら雨を降らした方が早いし。ね、レンはどう思う?』


唐突にシエルが興奮気味に頭の中で(まく)し立てる。俺はその内容に正直引いた…。シエルはどうしてそうポンポン兵器を作りたがるんだ。


…前言撤回。こいつに感謝するのは止める。


絶対やめろ!!


ぎょっとして俺は思わず頭の中で叫んだ。


ちょっと静かだなと思えばコレだ!まったくシエルのやつは目を離すとすぐ妙な魔法を作ろうとするんだから。


『えー……。』


えーじゃねぇよ!!絶対やるなよ!?絶対な!フリじゃねぇぞ!!


しつこいくらい念押しして、シエルからなんとか了承の言葉を引き出した。ほっと息を吐く。


とりあえず一安心、か。


コト。


なんとかシエルとの問答を終わらせた俺の前に、静かに皿が並べられる。


「あ、どうも…。」


上を見上げて小さく呟くが、マギーは俺に一瞥(いちべつ)もくれず無言で皿を並べ終えるとそのまま去って行った。


…やっぱり俺だけなんかおかしいよなぁ。


心の中で溜息を吐く。家族は普通に接してくれるのだが、どうやら使用人達は俺が嫌いなようだった。


そんなにあからさまに邪険にされるわけでは無いが、俺から動かない限り使用人達にはいないものとして扱われる。さすがに話しかければ対応してくれるが返事はほぼ無く、精々はいかいいえだけ。けれどわかりやすい嫌悪を表情に出さないのは、流石プロといったところか。


何故俺だけこんな扱いなのか。原因には心当たりがある。


そう考えて視界の隅に揺れる前髪を摘んだ。俺の癖のないさらりとした髪は黒い。それに鏡を見れば俺の瞳は深い赤色を写すだろう。対して父はどうか。ちらりと席に着いているエイデンの方を見やる。レオナルドと言葉を交わしている父の髪は薄い金色、瞳は湖面のように青い。そしてまだ来ていない母は燃えるような赤毛に緑の瞳だ。…ここまでいえばわかるだろう。


この家族の中で俺だけ両親の色を受け継いでいないのだ。しかもシエルによると黒髪赤眼は魔族の特徴らしい。それにどうやら魔族はやはりこの世界でも忌み嫌われる対象だ。


それを踏まえて考えてみてほしい。楽しみにしていた子供が、両親に似ていないばかりかそんな魔族の様な特徴を持って生まれてくるのだ。ましてここは世間体を気にする貴族の家。この家が元は騎士の家系で、父はあまり貴族らしい世間体を気にする考えを持っていないから良かったものの、普通ならおそらく最悪そのまま殺されるか、良くて監禁だろう。その場合母も不義を疑われ辛い目に合っていたのでは。幸いこの家の使用人達は、両親の純愛っぷりを知っていたのでそのような噂が広がることは無く、俺だけが白い目で見られるだけで済んでいる。


しかし本当に何故俺だけが黒髪なのか。一度は転生者だから前の特徴を継いだのかとも考えた。でも以前の俺の髪は黒いというより焦げ茶色だったし、もっと癖が強くてこんなサラストヘアーじゃなかった。もちろん目も黒っぽかったからこんな赤眼じゃない。そう考えると突然変異というか先祖返り説が有効か。


…でも黒髪赤眼って魔族の特徴が一度に揃うなんて一体どんな確率……。


俺が悶々と考え込んでいると、すっと隣の椅子が引かれ誰かが座った。思わずぎょっとして隣を見やると、にこりと笑うヘレナと目が合う。


「おにいさま、お隣よろしいですか?」


「えっ…。」


よろしいってもう座ってますよね、ヘレナさん。いや、俺はいいけど。


「…ヘレナお嬢様。お嬢様の席はあちらでございます。お戻りなさいませ。」


「どうして?私はお兄様とご一緒したいです。」


冷静にマギーが用意されている席に戻るように(たしな)めるが、ヘレナは無邪気に聞き返す。ヘレナはこう見えて頑固なところがあるから、こうなったら納得できる理由が無い限りテコでも動かないだろう。ヘレナの純粋な目で見つめられて、マギーの無表情が僅かに崩れて困った様な空気を醸し出す。


『…今日一日で随分と懐かれたね。いや、うん。いい事じゃないか。』


「俺は構わないけど…。」


「ほら!お兄様はいいとおっしゃっていますわ。何故いけないの?」


「……聞き分けてください。どうかお戻りを。」


さぁ、お嬢様とマギーが促すが、ヘレナは動かない。しばらくヘレナとマギーの見つめ合い―睨み合いではない―が続くが、次第にヘレナの眉が下がり泣きそうな顔になる。泣きそうなヘレナに、流石にマギーも焦りを見せるが、やはり引けないのか視線が外されることはなかった。


焦りを見せつつも一向に引かないマギーと、泣く一歩手前のヘレナ。


俺は2人の間に挟まれながら、オロオロと視線を彷徨わせた。心情的にはヘレナ側だが、俺自身も自分の立場がまだよくわからないため、下手に口を挟む事ができない。


…ここで俺の為に争わないで!とか言ったらなんとかならないかな。


『ならないだろうね。』


だよなぁ…。


どうしたもんかとほとほと困っていると、救いの手が横から差し伸べられた。


「あら、いいじゃない。」


遅れてやって来た母さんが、俺達を一目見て状況を把握したのか、朗らかに笑いながらそう言い放った。


「…しかし奥様……。」


「そもそも私は納得していないのよ。レンだけ席を分けるなんておかしいわ。いい機会だし、レンもこちらにいらっしゃい。」


マギーもそうしてちょうだいね。母さんがそう笑顔で念を押せば、マギーも承知しましたとあっさり引き下がる。


「さあ、二人とも!こっちにいらっしゃい。」


母さんが手招きすれば、ぱっと笑顔を咲かせたヘレナが立ち上がり俺の手を取った。急展開に目を白黒させる俺に、ヘレナの満面の笑みが向けられる。


「お兄様!是非私の隣に来て下さい。」


「え?あ、ああ…。」


手を引かれてヘレナの隣に腰を下ろすと、すぐさまマギーによって料理が並べられる。そして全員揃ったことを確認した父さんが、静かにグラスを掲げて挨拶を述べた。


「今日の恵みに感謝を。」


「「「「「感謝を。」」」」」


そうしてようやく夕食が始まった。


今日のメニューは、白パンに野菜のスープ、そしてステーキ擬きだ。スープはコンソメのような味で普通に美味しかった。そしてメインのステーキだが、何故擬きかというと。このステーキ、見た目は普通にステーキなのだが、食感が鶏肉のようなのだ。見た目と食感のギャップがすごい。いや、美味しいんだけどな。一体何の肉なんだろう。謎肉…。


「おにいさまおにいさま。」


魔力を大量に消費して空腹だったため、無心でもぐもぐと口を動かしていると隣から声がかけられた。俺の隣といえばヘレナしかいない。


「はい、あーん。」


「…!?」


どうしたのだろうと横を見て、俺はぎょっと目を見開いた。はいっと差し出されたのはフォークに刺さった一切れの肉。そのままずいっと俺の口元にフォークを差し出される。


こ、これは…。アレか……?あの、伝説の…!?


視線を上げれば、ニコニコご機嫌に笑うヘレナ。


これは間違いなく拒否したら不味いことになる…!だ、だがいいのか!?幼女からのあーんだぞ!?い、一応兄だからセーフ?ギリセーフか!?


ふらりふらりと助けを求めてあちこちに視線を揺らす。母さん…は楽しげにあらあらなんて笑ってるし、駄目。う、父さん…我関せず…駄目。レオ兄さんは…あれは面白がってる、駄目。最後の頼み!ルーカス兄さんは!?


縋るように一つ上の兄を見て、目を見開いた。


ど、どうしたんだルーカス兄さん!?


やばい顔をしてるぞ。今にもギリィッってハンカチ噛みちぎりそうな顔…。


ど、どうしよう…!?どうすれば…!?


『もう諦めたら?』


うるさいぞ!シエル!


「お兄様?」


「はいっ!?」


思わず声が裏返った。たらたらと冷や汗をかきながら、そっとヘレナに視線を戻す。そしてキラキラと期待に満ちた瞳と目が合った。


も、もう覚悟を決めるしか……!


ぎゅっと目を閉じて、必死で無になれ無になれと唱えながらそろそろと口を開ける。間を置かずフォークに刺さった肉が入って来て、無心で口を動かした。


「どうですか?美味しいですか?」


「う、うん。美味しい、デス…。」


…ごめん、ヘレナ。正直味なんてわからない…。


『ふ、ふは…。くくっ。』


…なんだよシエル。笑うなら笑え。


頭の中に押し殺した笑い声が響いて、思わず半目になった。くすくす笑われるより、思い切り笑ってくれる方がまだマシだ。


『あ、そう?じゃ遠慮なく。』


その言葉を最後にシエルは奥に引っ込んだ様だった。耳を澄ませば微かに笑い声が聞こえてくる。時々、ひーっと引き攣る様な声も聞こえるんだが、そんなに面白かったのか?一体何がツボに嵌ったのやら。


「お兄様、お兄様!私にも、あーん。」


「え。…!?……は!!?」


思わずヘレナの顔を二度見してしまった。


軽く開けた口をこちらに向けるヘレナ。これはアレか。俺にもやれと。あれを。


されるのもあれだったけど、やるのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。


「?おにいさま…?」


躊躇(ためら)って一向に動かない俺に、ヘレナが悲しげな顔をする。しょんぼりと眉を下げるヘレナにドキリと心臓が跳ねた。


あ、兄たるもの妹を悲しませていいものか…!!


そっとフォークを握った手を伸ばす。手が震えてカタカタと音がなった。そのまま小さく切った肉を一切れ突き刺し、ヘレナの口元に持って行く。


―ボギッとどこかで派手な音がしたが気にしないことにする。


「あー…。」


「…。」


『ぶはっ!くくくっ…。』


どこかで吹き出すような音が聞こえたがしらん!


「ん!美味しいです!」


「……それはよかった。」



―いっそ殺せ…!






☆★☆★☆






「つ、つかれた……。」


ぼふっとベッドに倒れ込んだ。ふわっと柔らかく受け止められて、心地良さにそのままずぶずぶと意識が沈んでいく。


『駄目だよ!そのまま寝たら!着替えて!』


皺になるでしょ!なんて頭の中でシエルが喚く。お前は俺の母親か。顔を(しか)めて呻き声を上げながら寝返りを打った。


…それにしてもさっきはよくも笑いやがったな。


『えぇ!?だ、だってしょうがないだろ!?レンのあの顔…!』


思い出しても笑える…!


なんて言ってシエルは口を押さえてそっぽを向いた。


…そのまま笑い死んでしまえ。


そっと呪いの言葉を吐き出して、着替えるために渋々身体を起こす。途端にずしりと全身に疲労がのしかかってきて酷くだるい。


疲れた……。


のろのろと服を脱ぎ、寝間着を手に取った。俺が脱いだ服は詫びのつもりか、実体化した半透明なシエルが畳んでテーブルに置いていく。ピシッと綺麗に並んだそれを見てふと思った。


魔王に服を畳んで貰ってる俺って一体…。


いや、普段のシエルがあれだから魔王って忘れそうになるけど、一応こいつ魔王なんだよなぁ…。


じっと見ていれば、視線に気付いて振り返ったシエルが首を傾げる。それになんでもないと手を振れば、顔を戻してシエルは再び手を動かした。


…これだからなぁ。シエルって全然魔王にみえないんだよなぁ。むしろ近所のお兄さん?…いや、お兄さんは無いな。歳の近い友達?


うーん…。難しいな。言葉で説明できないこの感じ…。


そう悶々と考え込んでいた時だった。



―――。



「…?シエル、今何か言ったか?」


「いや?何も言ってないよ。」


「あれ?おかしいな…。誰かに呼ばれた様な気がしたんだけど。」


微かに聞こえた声におかしいなと首を捻る。


だがこの部屋にはシエルと俺しかいないし、シエルが何も言っていないのなら俺の気の所為なのだろうか…?


「疲れてるんじゃない?今日は色々あったしね。」


「そう、だな。」


どこか釈然としないものを感じつつも、シエルに促されてベッドに入る。ベッドに入って毛布を被ると、やはり疲れていたようですぐに睡魔がやってきた。重くなった瞼を持ち上げて、毛布を俺の肩まで引き上げて何かと世話を焼くシエルを見上げる。


だからお前は俺の母親か。


「おやすみレン。」


目が合えばそんなことを言って微笑まれるからもうどうでも良くなって目を閉じた。


「……おやすみ。」


小さく呟いたそれが聞こえたのか、そっと優しく頭を撫でられる。それが思いの外優しい手付きで、恥ずかしくなってシエルへ背を向けた。


…俺は子供じゃないんだが。






☆★☆★☆






ドンドンドン!!


「おい!レン起きろ!!朝だぞ!」


けたたましいノックの音と怒鳴り声に飛び起きた。その勢いのままにばっと部屋を見渡せばまだ薄暗い。だいたい日が昇る少し前といったところか。俺が普段起きる時間より遥かに早い。


そんなことを考えている間でもノックは続いている。仕方なく眠気眼を擦りながらふらふらと扉に向かった。


…こんな時間に一体何の用なんだ。


くだらない用なら許さんと思いながら開いた扉の向こうにいたのは不機嫌な顔をしたルーカスだった。思わず目が点になる。俺何かしたっけ。


「お、おはようございます?」


「まったくいつまで寝てるんだレン。朝稽古の時間だぞ。」


「……は?朝稽古?」


いや、聞いてないし。ていうか稽古って何の?


きょとりと目を瞬かせる俺を見下ろしてルーカスは大袈裟に呆れた様な溜め息を吐くと、ビシッと俺の鼻先に指を突き付けて言い放った。


「レン、お前も騎士の家に生まれたのだから多少は剣術を身につけろ。何やら最近は魔法にばかり現を抜かしているようだが、剣術も疎かにしてはならん!」


わかったな!と言われて反射的に頷いてしまったが、ちょっと待って欲しい。


…俺、今まで一度も剣術を習った記憶がないんだが。


「なら着替えて中庭に来い。俺が見てやる。」


「え、あの…ちょ……!」


「ほらこれはお前のな。ちゃんと持って来いよ。遅れたら承知しないぞ!」


困惑する俺を他所にルーカスは持っていた木剣の片方を俺に押し付けると、話も聞かずに去って行った。後には手を伸ばしかけた俺だけが残される。


一体…!一体俺にどうしろと…!!


とりあえずこのまま廊下に立っていても仕方が無いので、一旦部屋に戻りシエルを呼ぶ。シエルは朝が弱いので、なかなか起きてくれない。根気よく声をかけ続けること数分。


シエル!おいシエル!起きろ!


『…ふわぁ……。ずいぶん、はやいね?』


悪いけど緊急事態だ!起きてくれ!


『きん、きゅう…?』


ようやく返ってきた声は、欠伸混じりで弱々しい。明らかに寝惚けている。今にも寝てしまいそうだ。


くそっ!これじゃあシエルは使い物にならない!…仕方ない。できれば使いたくなかったが、あの手を使うか…。


「シエル!新しい魔法を1つなら作ってもいいから起きてくれ!」


『えっ!?本当に!!?やった!えーどうしよう…。色々あるんだよね!1つ…1つかぁ…。悩む……。』


魔法の言葉に急に元気になったシエルが捲し立てる。


あんまり危ないのは無しな!それより聞きたいんだけど、俺って剣術を習ってたのか?どうも覚えてないんだけど。


『剣術?…いや、特に習ってないと思うけど。レオナルドとルーカスがいたから、レンは結構放任されてたんだよね。』


それがどうかした?と言うシエルに、先程の出来事を話して聞かせる。


「…ってわけなんだけど、どう思う?」


『うーん…。でも確かに剣術を覚えて損は無いよ。教えてくれるって言うなら、あまり深く考えずに行ってきたら?』


「まぁ、確かに…。」


シエルの言う通り、剣術を覚えていて損は無いだろう。でもそんなに単純な雰囲気じゃ無かったと思うんだけど。


『でも行かないわけにはいかないだろう?』


「…そうだな。」


ルーカス兄さんのあの様子だと俺に拒否権は無さそうだ。これは腹を括るしか無いか。


はぁ、と深い溜息を吐いて、着替えを手に取った。






☆★☆★☆






動きやすい格好で向かった中庭には既にルーカス兄さんの姿があり、開口一番遅い!と怒られた。


「す、すみません。」


「…まぁいい。次はもっと早く来いよ。」


…次もあるのか……。


げんなりしながらルーカス兄さんを見る。それにしてもどうしてこんなに不機嫌なんだ?俺が何かしたっけ。


「じゃあ早速剣を構えろ。」


いきなり!?


そう言いながら上段に剣を構えるルーカス兄さんに俺は目を見開いた。


もっとこう、素振りとか型から入るんじゃないのか!?いきなり打ち合い!?


「何をそんなに驚いている。剣技とは実戦の中で磨かれるもの。ほら早く構えろ。」


それともこのまま打ち込んでもいいのか?なんて言ってルーカスが笑うから、慌ててぎこちなくルーカスの真似をして剣を上段に構える。


「構えたな。…いくぞ!」


…ッ!は、はやっ!!


いくぞ!と言われた次の瞬間にはルーカスの姿は掻き消えて、一瞬で目の前に接近されていた。振り上げられた木剣を、咄嗟に受け止めようと俺も剣を翳す。しかし翳した剣はスカンッと軽い音を立てて、いとも簡単に手からもぎ取られてしまった。じんと痺れた手を押さえながら、信じられない気持ちで飛んで行った木剣を見やる。


五歳児にここまでやるか…!?ぜんっぜん見えなかったんだけど!これほんとに稽古になるのか!?


「握りが甘い!!もう一度だ!」


…マジかよ。




それから何度剣を飛ばされたことだろう。


何度も何度も握った剣を吹き飛ばされた手は、赤く腫れ上がりジンジンと痺れて感覚が無い。荒い呼吸のまま尻もちをついて下を向く。顎を伝って垂れた汗が点々と地面に黒い染みを作った。


「ぜ……はあっ…はっ……。」


くそっ!なんでこんなに朝からハードなんだよ…!


『レン、大丈夫?』


心配そうなシエルの声が聞こえる。ルーカス兄さんに怪しまれると困るから、シエルには手出しをしないように言っていた。


大丈夫…!まだやれる!


俯いて乱れた呼吸を整えていると、ピシッと首元に木剣があてられる。


「どうしたレン。もう終わりか?」


無表情で俺を見下ろしたルーカス兄さんが、淡々と問いかける。


正直もう限界だ。手の感覚は無いし、足は震える。もはや意地しか残っていない。でも俺は負けず嫌いなんだ。一方的に打たれるだけなんて考えられない。


せめて…せめて一度くらいは…。


「まだ…っ、やれます。」


一度大きく息を吐き、傍らに転がっていた木剣を支えに立ち上がる。足元がふらつくが立ち上がってしまえば大丈夫だ。木剣を握り直しルーカス兄さんに向き合う。


「いい根性だ。」


立ち上がった俺を見てニッと笑みを浮かべた兄さんが軽いステップで突っ込んでくる。だが俺も今までただ打たれっぱなしだったわけではない。多少はルーカスの剣に目が慣れた。左からルーカスの木剣が迫ってくるのを木剣で受ける。正面から受けると弾かれるので受け流すように斜めにだ。それでも衝撃で手が痺れる。


だがルーカスの剣はそれで終わりでは無い。


俺に受け流されたことを気にもせず、勢いをそのままに次は下からの切り上げがやってくる。一方、全力で最初の一太刀を受け流した俺の体勢は整っていない。なんとか受けたものの、腕を大きく弾かれた。木剣が手からすっぽ抜けなかっただけ進歩しているが、これでは身体の正面ががら空きだ。どう頑張っても次の一撃は受けられない。身体が後ろに流れながら、振り上げられた木剣を見る。


……っ!


『レン!』


俺は覚悟を決めて来るべき衝撃に備えて目を瞑った。


ガァン!


どさりと地面に投げ出されるが、覚悟していた衝撃は無い。不思議に思って目を開けると、目の前にはルーカスの剣を弾いたレオナルドの姿が。


「げっ…!あ、兄貴……。」


「レ、レオ兄さん…?」


「やあ、レン。おはよう、今日は随分早いね。」


朝日に輝く金の髪を揺らして振り返ったレオ兄さんが笑う。いつもと全く変わらないレオナルドの姿に気が抜けてしまい、ぱちくりと瞬いて兄を見上げた。


「お、おはようございます?」


戸惑いがちに挨拶を返せば、にっこりと満足そうに笑ったレオ兄さんはルーカス兄さんに向き直る。


「それにしてもルーカス。ちょっとおいたが過ぎるんじゃない?朝からやり過ぎだよ。そんなに動きたいなら俺が相手をしてあげる。」


「えっ!?い、いや、俺は別にそういうわけじゃ……。兄貴の稽古は嬉しいけど、今日はえ、遠慮します。」


「別に遠慮なんてしなくていいよ。ほらほら、構えて構えて!」


「え、は…ちょっ!」


言い切るが早いかレオナルドが凄まじい速さでルーカスに突っ込んだ。それに慌てて木剣を構えたルーカスは、必死の形相でレオナルドの剣を捌く。その姿に先程までの余裕は微塵も無い。俺は目にも止まらぬ速さの剣戟を呆然と見やった。


「はい上!右!上下左突き右斜め横!ほら後ろがら空き!遅い!!…もらった!」


「…ぁ!こ、の!……うぐっ!」


スカァン!とルーカスの木剣が吹き飛ぶ。膝を着いたルーカスの首にレオナルドの木剣が突きつけられ、ルーカスは大人しく手を上げた。


「…ま、参った。」


それに笑ったレオ兄さんは持っていた木剣をベルトに差し込むと、ルーカスに手を差し出して引っ張り立たせる。


「まったく。これに懲りたらもう大人気ないことするんじゃないぞ。」


「………悪かったよ。」


バツの悪い顔をしたルーカス兄さんがそっぽを向く。そしてそのまま吹き飛んだ木剣を拾って去って行った。ふうと息を吐いたレオ兄さんは振り返ると、未だに座り込んだままだった俺に手を差し出す。


「大丈夫かい?」


「あ、はい。レオ兄さんありがとうございます。」


「礼は要らないよ。悪いのはルーカスだからね。気にしなくていいさ。」


じゃ、また朝食でねとレオ兄さんは手を振って歩き去った。その背中をぼうっと見送り、見えなくなったところで大きな溜息を吐く。


「……次元が違った。」


『ルーカスはそこそこだけど、レオナルドは凄いね。かなりの使い手だ。』


「全然見えなかった…。」


『仕方ないよ。レンは初心者だもの。』


「〜っ!!あー!!くやしい!!」


俺も剣の修行する!


叫んだ俺にシエルが笑う。


『いいね。剣なら僕も使えるから教えてあげようか?』


「…お願いします。」




兄二人に追い付く覚悟を決めるレンであった。



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