第2話 チートって本当にいるんやな
途中で曲がる方向を間違えそうになりつつも、俺はなんとか無事に部屋に辿り着き、扉を背にしてほっと息を吐いた。
ほんっと広すぎだろこの家。いや、もう家っていうより屋敷か。
「で、早速だけど話してもらうぞ。」
誤魔化しは許さない。そんな気持ちを込めてシエルに呼び掛けた。
俺はわからないことだらけでモヤモヤするのは好きじゃないからな。いい加減全部はっきりさせようじゃないか。
『わかってる。とりあえず長くなるし、まず座って。会って話したい。』
「は?会って話すってどういう……?」
『いいから!すぐわかるって!』
早く早く!そう急かすシエルの声を聞きながら、渋々窓の傍に置かれた安楽椅子に向かう。日当たりのいい場所に置かれたその椅子は子供の俺には大き過ぎて、座るためによじ登らないといけないんだが、この椅子に座って日向で本を読むのが小さい俺のお気に入りだった。
よっ…と……。
腕をクッションに付き、思いっきり飛び跳ねて、なんとか無事に椅子の上に座ることができた。
ぐらぐら揺れるから毎回地味に大変なんだよな。これ。でもその分座り心地は保証されてるけど。しかし何故子供部屋に大人サイズの椅子を置いたのか。誰が置いたのか知らないけどいつか聞いてみたい。
椅子に深く腰掛けると、俺はくわりと欠伸を零した。
あーうん。今日もいい天気でぽかぽかと暖かい日差しが心地好い眠気を誘う。こんなにいい天気なのに、部屋に篭っているなんてなんてもったいない。ああ、このまま昼寝というのも悪くな…………。っと、まずいまずい。つい思考が逸れた。
ゴホンっ。
誤魔化すように咳払いをひとつ。
「あー座ったけど?お前とどうやって会うんだ?」
『―――このときを待ってたよ。』
……え?
俺が疑問の声を上げる間もなく、ふっと意識が遠のく。何の前触れもなく緩やかに、だが強烈な眠気にも似た何かが襲い、抗うことのできない力で引っ張られるように俺の意識は闇に沈んだ。
☆★☆★☆
ぽちゃん。
「……っ!?……ここは。」
満天の星空。星の降る場所。群青で包まれた世界。
目を覚まして辺りを見渡せば、見覚えのある景色。どこか懐かしさを感じるここは時々見ていた俺の夢だ。
「やっと…。やっと会えたね。レン。」
後ろから震えた声がしてゆっくり振り返る。まず目に入ったのは雪のような白銀の髪と空の蒼を映したような真っ青な瞳。少年の姿をした彼―シエル―は泣きそうな顔でふわりと微笑んだ。
「こうして君とちゃんと会える日をずっと待ってた。…はじめまして。僕はシエル。君と同じ転生者だよ。」
「俺と同じ……?じゃあどうして俺の中にいるんだ?お前の身体は?今のお前はまるで…………」
幽霊みたいじゃないか。
そう言おうとして躊躇い、口を噤んだ。
幽霊みたいだなんて、お前は死んでるって言ってるようなもんだし…。死ぬとかトラウマだろ?普通。トラウマを抉る趣味はないから、流石の俺も躊躇う。
「幽霊、かな。ふふっ。レンはわかりやすいね。全部顔に出てるよ」
フラフラと気まずげに視線を彷徨わせる俺を見て、シエルはますます笑みを深めて言った。先程と変わらずに穏やかに微笑んでいるところを見ると、あまり気にしていないように見える。無意識に詰めていた息を吐き、ほっと胸を撫で下ろした。
「うーん……。なにから話そうかな。…全部話すとなるととても長くなるんだけど。……まず、事実として僕は今から100年くらい前に、多分死んでる。」
「は!?死んでる!?」
それに100年前って!いくらなんでも時間が経ちすぎじゃないか!?
驚きに目を見開く俺を見て、シエルは困ったように頭をかいた。
「僕も正直あの時のことはよく覚えてないんだ。その時の勇者パーティーといろいろあって、多分封印されたっぽいんだけど。ほんといきなりだったから…」
うーんと首を捻るシエルを前に俺は叫びたくなるのを必死に堪えた。
落ち着け。落ち着くんだ俺。こういう時こそ冷静に、だ。おっけー。大丈夫。
「……あの、な。いろいろツッコミたいんだけどな。まず、勇者ってなに?」
「ああ、そこからか。多分君の想像してるような勇者で合ってると思う。でもまずは僕についてね。僕についてはステータスを見せた方が早いかな。ほんとは専用の魔道具を使わないといけないんだけど、ここなら精神世界だからね。幻術を応用すれば擬似ステータスくらいわけないよ。」
「ステータスってあれか?ゲームとかにあるキャラのパラメーターを表示するやつ。」
「そうそれ!ちょっと待ってね。今準備するから。……えーと、ここをこうして、あっちはこう…いや、こうかな?」
ステータスってそんなのもあるのかよ……。ますますファンタジー感増してきたな。
色々と調整しているらしいシエルに呆れを多分に含んだ眼差しを向ける。でも本当を言うと呆れつつも、段々とワクワクしてきたのも事実。
魔法とかあるのかな。俺にも使えるかな。
まあ俺も男の子だし?未知の世界とか冒険とかに夢を見ていたこともあった。そんなわけだから、シエルのファンタジー色の強い発言には久しぶりに好奇心を擽られてる。
「これでよし!《ステータス・オープン》」
手を止めたシエルがそう唱えると、伸ばした手の先に回転しながら仄白く発光した光の板が現れた。ジジっと微かに音をたてて震えるそれはホログラムにも似てる。シエルは自身のステータスを上から下までじっくり見て一つ頷くと、くるりと指先で回して弾くように俺の方へ飛ばした。
「……見ていいのか?」
一応プライバシーだし念の為に確認すると、シエルは頷いて俺を促した。
いいと言うなら遠慮なく。どれどれ……
シエル・アルバストゥル
種族:魔族 Lv:―――
年齢:―――
職業:―――
体力:A 筋力:B 魔力:―――
敏捷:A 防御力:B
魔法攻撃:――― 魔法防御:―――
運:B
状態:呪い??(鑑定不可)
スキル
全属性魔法 Lv:― 精霊魔法 Lv:― 契約魔法 Lv:― 召喚魔法 Lv:― 空間魔法 Lv:― 陣作成 Lv:― 高速詠唱→無詠唱 多重展開 Lv:― 並列思考 Lv:― 高速演算 Lv:― 魔力操作 Lv:― 概念理解 Lv:10 命中精度 Lv:10 解析 Lv:10 開発 Lv:10 魔剣製作 剣術 Lv:9 弓術 Lv:7 槍術 Lv:6 棒術 Lv:6 体術 Lv:9 暗器 Lv:5 罠 Lv:3 罠解除Lv:8 索敵 Lv:10 気配遮断 Lv:9 毒耐性 Lv:8 精神異常耐性 Lv:10 料理 Lv:2 速読 Lv:10 高速筆記 Lv:8 話術 Lv:3 ポーカーフェイス Lv:8 念話 Lv:5 霊体化 実体化
称号
「魔王」「魔を統べる者」「賢者」「探求者」「創造者」「魔剣を生み出す者」「覇者」「破壊者」「龍殺し」「悪魔狩り」「精霊の愛し子」「神の愛し子」「疎まれし者」「忘却されし者」「天災」「嵐を呼ぶ者」
加護
『異世界神の加護』『精霊の加護』
「………………なんだこれ。」
唖然。俺の今の心境を表すならその一言しかないだろう。ぽかんと口を開けたまま固まる姿は、たいそう間抜けだろうが気にする余裕が無い。
なんだこれ。…なんだこれ。言葉もないわ。人間、本当に混乱すると語彙力が消滅するんだな。初めて知った。
「封印された影響かな……。レベルが下がってるし、スキルや称号もいくつか無くなってる。」
「これで全部じゃないのか!?嘘だろ!?」
チートか!?チートだな!!!
サラリと言い放つシエルに思わず叫ぶ。
一体どうしたらここまで強くなれるのか。強くてニューゲームどころじゃない。もしかして転生者ってみんなこうなのか?
……まてよ。こんなチートステータスのこいつが負けるって勇者ってのはどれだけ強いんだ?
俺はまだ見ぬ存在を想像して背筋が粟立った。
じっくりシエルのステータスを見ると、一つ物凄く気になるところが。いや、色々気になってるしツッコミどころありすぎて、どこから聞こうか悩んでたんだけど。これは…。んん?見間違い?いやいやまさか……。……まさか。
聞きたいけど聞いたら戻れないような気がする。ぐるぐる悩んでちらりとシエルを伺えば、にこにこと変わらない笑顔で俺を見ていた。視線が合うとさらににこっと笑うのが何故か恐怖を煽るんだが。アレを見てしまうと更に。
何考えてんだかわかんないよこいつ……。
「あ、あのーシエル、さん?聞きたいことがあるんだけど…。」
覚悟を決めて声をかける。ええい、ままよ!
「やだなぁ。シエルでいいよ。さん付けとかいらないから。それで?何かな?知ってる事なら答えるよ。」
どんどん聞いちゃって!と朗らかにシエルは笑う。でも俺にはなんだかその顔がもう後戻りはできないぞと言っているように見えた。変だよな。後戻りもなにも、知らない世界に転生してしまっている時点で逃げ場なんか無いだろうに。
でも覚悟を決めるなら今なんだろうな。
ふとなんとなくそう思った。流されるようにというか、拒否権も無くこの世界に転生して、何でそうなったのかも、この世界で何をすればいいのかもわからない。帰る手段も知らない。帰れるのかもわからない。否応無く俺はこの世界で生きていかないといけないんだろう。
理不尽だ。
そう思う。それにあの妙な男は次に会ったら絶対殴る。許さん。
でもこの事実は受け入れないと前に進めない。多分俺にとってその受け入れる第一歩がシエルを受け入れることだと思う。
シエル。まだよく知らない同居人。あの男に無理矢理押し付けられて、俺にとり憑いている幽霊みたいなやつ。こいつと分離できない以上、これから一緒に生活することになるだろう。それなら関係は良好な方がいい。
よし。大丈夫。覚悟は決まった。こいつがどんな奴でもちゃんと向き合っていこう。手始めに相手を知ることから。そんなわけで…………
「……なあ、『魔王』ってなに?」
「やっぱり気になるよね!僕も最初は『は?』って思ったし。」
☆★☆★☆
「そもそも僕は人族じゃなくて魔族に転生したんだよね。」
ほら耳の先が尖ってるでしょ。
そう言って髪をかき分けたところを見ると、確かに先が尖っている。エルフの耳みたいだ。実際に見た事は無いけど。
「彼の悪戯かな。魔族なのに色が白かったから、凄く目立ってね。僕はそんなことより家に引きこもって魔法の研究ばかりしてたんだけど…。」
「ちょっと待て。彼って誰だ?」
「レンも会ったでしょ?黒髪で紫の瞳のなんていうかテンション高くて……。キャラがぶれぶれな…。」
あ い つ か!!!
「お前あいつが何だか知ってるのか!?」
ぴんと脳裏に過ぎったのは、二度と忘れられない憎たらしいあの顔。思わず勢い込んで言うと、たじろいだシエルが一歩下がる。
「いや、本人からは聞いてないから知らないけど。あんなことできるんなら、やっぱり神様かなぁと。」
「……やっぱり神なのか?」
「少なくとも人間じゃないと思うよ。」
「だよなぁ…。」
溜め息を吐いて肩を落とした。
人間を違う世界に転生させるなんてやっぱり神でもないとできないよなぁ。
収穫はシエルもあいつに会ってるってことだけか。
「話を戻すけど、まぁここファンタジーな世界だしね。僕は魔法を使えることに感動して、引きこもって何処までできるのか研究してたんだけど。……色々あって。その時の魔王がタイミング良く?…いや悪くかな。亡くなったもんだから、よく知らないうちに誰かが僕を次の魔王にって推薦したらしく。気が付いたら魔王なんて呼ばれるようになってて……。称号もその時に。」
「いや気付けよ!!!」
あははって笑ってるけど笑い事じゃないからな!普通気付くだろ!自分が王様に祭り上げられたら!どんだけ鈍いのお前!!
「うーん……。確かに妙に来客が多いなとは思ったんだけど。そのときの研究が佳境だったから……。」
…ああ(察し)
「……それで魔王になったわけね。」
はぁ……。どっと疲れた気がする。1つ目の質問でこれって……。俺はツッコミ役じゃ無いんだけど。身が持たねぇ。はぁ。
顔を覆って溜め息を吐く。溜め息吐くの今日で何回目だ?ていうか、まだ1日始まったばかりだよな。すっごく濃い時間を過ごしてて時間の感覚無いけど!序盤でこれって……。これは幸せ逃げまくりだな。その噂あんまり信じてないけど。
シエルをちらりと見ると他には?と目を煌めかせて待っている。この様子を見ると全然魔王に見えない。こいつが魔王でいいのか魔族。今のところただの魔法オタクなんだが。
なんか魔王のインパクト強すぎて色々吹っ飛んだんだけどな。えーと……
「……なんで一部のスキルのレベルが表示されてないんだ?」
「ああ、それは……。」
そう気になってた。何故か魔法関連のやつばかりレベルが表示されてないんだよね。……アレ?魔法……?…んん?……どうしよう、先が読めた気がする。
「最初は普通だったんだけど、レベルが最大になってしばらく後かな。…魔剣を作った頃だね。ふと気が付いたら文字化けしてて。まあ、それでも普通に使えてたし。いや寧ろちょっと使いやすくなったかな。そんなわけであまり気にしてないんだけど。」
「へ、へぇ……。」
シエルの言葉に引きつった笑みを浮かべる事しかできない。
ほんと規格外過ぎだろ、こいつ。世界の枠からはみ出したってことだろ。多分。そんな奴に勝つって勇者どんだけ強いんだ……。
それにしても、また気になる発言が飛び出したな……。
「なぁ、シエルは魔剣も作れるのか?」
そう魔剣。なんか強そうなキャラは大抵持ってる、あの魔法が使える剣である。魔剣、いいなぁ。炎を出したり、凍ったりするのかな。雷かも…!夢があるよなぁ…。
「わぁ興味深々だね!でも君が想像してる魔剣とはちょっと違うかな。僕の作る魔剣は魔法が使える剣というより、魔法でできた剣だからね。」
「魔法でできた……?魔法で作ったってことか?」
ふふんとシエルは得意気に胸を張る。だが、俺はシエルの言っている意味がよくわからず首を傾げた。
シエルなら魔法で何かを作り出すのもできそうだけど。魔法で、できた…?どういうことかよくわからない。
「違うかな。文字通り魔法で作った剣さ。魔法を用いて作ったというより、魔法が材料の剣といった方が正しい。剣の形をしているけどその本質は魔法だ。剣としても普通に使えるけどね。」
いやーこれを作るのが一番大変だったなー。僕の生涯の最高傑作だね!
なんてシエルは笑うけど、俺にはイマイチピンとこない。……理屈はなんとなく理解したけど、剣の形をした魔法ってどんなものだ?全くイメージが湧かない。
「うーん…。見せた方が早いかな。百聞は一見にしかずって言うもんね。一番弱いやつなら大丈夫。…多分。」
シエルは顎に手を当ててしばらく考えると、1人で何やら頷き、俺に少し下がっているように言った。言われた通り数歩下がってシエルから距離をとる。シエルは俺が十分離れた事を確認すると、手を前にかざし集中しだした。
変化は唐突に現れた。
シエルの身体が淡い光を発し始め、風に煽られたかの様にふわりと白銀の髪が浮き上がる。光に照らされてキラキラと輝いていて、あまりの美しさに思わず目を奪われた。それから直ぐにシエルの手元に不思議な文字が円を作り始める。白く発光するそれが回転する巨大な魔法陣になると、その前に凄まじい速さでいくつもの赤い魔法陣が作られ始めた。一つ一つ大きさも形も違うそれが、纏まり、重なり、何かの形を作っていく。そこまで来れば俺にも何が作られているのかわかった。
―これは剣だ。
大きさから長剣ではない。それよりももっと小さくて、でもナイフよりは大きい。おそらく短剣と呼ばれる物だろう。
するするといくつもの魔法陣が一つの形を作っていく光景は、まさに奇跡のような美しさだった。
「………できた。」
魔剣が作られる様子にすっかり目を奪われていた俺は、シエルのその声にはっと目を覚ました。
完成したのはやはり短剣だった。表面は少し赤みがかっているものの、何の変哲もない金属の様に見える。あんなに魔法陣が重なってできた物とは思えない。ただ、目を凝らすと僅かにオーラのようなものを纏っているのがわかる。
シエルは完成した短剣の柄を掴むと、ブンブン振り回して何かを確かめる。しばらくして満足したのか手を止めて俺を振り返ると口を開いた。
「これをね、普通に剣として使ってもいいんだけど、僕はこうするかな。」
そう言ってシエルは短剣を右手で肩に担ぐように構える。すると柄の先に今度は緑の魔法陣が現れた。シエルは陣が完成した短剣を持ち、そのまま一瞬固まると「せぇの!!」と声を放って短剣を投げる。投げられた短剣は、魔法陣が一瞬光を放ったかと思うと、轟音をたてて加速し、遥か彼方の水面に着弾して燃え上がった。遠くの方で巨大な火柱が上がる。火柱から発生した熱気がこちらまで押し寄せて俺の顔面を叩いた。
…………は?
「と、まあこんな感じで使うかな。今のは初級魔法の《炎》だったから威力は弱めだけど、中級魔法だともっと威力が上がるよ。上級魔法はまだ安定できなくて実用化できてないんだけどね。他にも三属性までなら同時に込められるから色々バリエーション作れるよ!単一でも中級魔法の《爆破》だともっと威力上がるかな!あと炎と風も相性いいし、氷と風も好きかな!綺麗だし!風魔法って応用が効くから何にでも合うんだよね!あとあと………………。」
何やらシエルが興奮気味に語っているのを右から左に聞き流しながら、俺はたった今確信した。
―こいつ確かに魔王だわ…。
疑いようが無く。間違いなく魔王だ。絶対。今確信した。
次回予告!!
魔法の修行始まるよ!多分ね!