プロローグ 「裏切り」
……勝った。
突き出した忌々しい聖剣が魔王の腹を貫き、瞳が見開かれ輝きが失われるのを捉えた瞬間、その言葉だけが脳裏を過る。
勢いよく引き抜くと、闇の鎧に包まれた巨体は地面へと崩れ落ちた。赤い血溜まりが広がっていく。ピクリとも動かない様子を見て、命の灯火が完全に消え失せたのを感じて、形容し難い、いくつもの強烈な感情が胸中を蠢き満たした。
勝った、倒した、殺した、終わった、やった、漸くだ、長かった、でも、それでも!俺はやり遂げた!!
「やっと……ッ!勝てたんだ……ッ!!」
大小問わず傷を受けていたにも関わらず、全く痛みを感じなかった。全身が燃えるように熱いだけだ。
掌から血で染まった聖剣がするりと落ちる。どうでもいい。片手で顔を覆い、気を抜けば溢れ出そうになる涙を唇を噛み締め必死に堪える。
ああでも、戦う前に約束をしたのだ。終わった時は皆笑顔で、と。仲間達とそう手の甲を重ねた。
念を押されたことも覚えてる。忘れてない、馬鹿にすんなよと心の中で呟く。大丈夫だ、自然に笑える。
違える訳にはいかない。俺にできる最大限の笑顔を浮かべて、背後にいる彼等へと向き直った。
お前ら、ちゃんと勝ったぞ!!
…………え?
まるで、時間が止まったような錯覚に陥った。
もしくは、俺だけが世界から隔離されたような。
突然襲った動きが止まる程の衝撃に足が止まり、喉が鋭く空気を吸い込む。口の端から何かが滴り落ちるのを感じて覚醒する。
気が付けば腹に大剣が、全身に何本もの矢が突き刺さっていた。
認識した瞬間に迸った身を裂くほどの激痛。せり上がった血の塊を吐き出す。身体から大剣が離れると同時に踏ん張ることができず、遂に倒れ伏せる。
バシャ、と音がした。魔王の血の海に俺も沈む。強烈な鉄の臭いが鼻腔に飛び込むが、嫌悪が浮かぶことはない。回復魔法を施すことも忘れて俺は無理矢理重たい頭を上げた。
既に魔王を討伐した時の感情は掻き消えた。ただ、信じられなかった、信じたくなかった、だって。
大剣も弓矢もよく知っているモノだ。ずっと間近で見てきたんだ。それを武器とする人も。
「……ど、……う、して……」
漏れる本音は殆ど掠れていた。視界もボヤけ、血を出しすぎて恐ろしい程寒い。
今にも死に逝きそうな俺の惨状を嘲笑う声が、鼓膜を震わせた。
……あぁ。
「く、はは、ははははは!いいザマだなぁ!?」
何でだよ、ドルグ。
「ちょっと、急に笑わないでよ!いかに惨めに無様に醜く残酷に殺そうか考えてたんだから」
何を言ってんだよ、シェリー。
一緒に旅してきた、あんなに喜怒哀楽を共にしてきた……仲間な筈だろ?
思い出が駆け巡る。平和な日本から召喚された子供を支えてくれた、大切な人達。
目が熱くなった。どうしようもなく、苦しかった。
嘘だ。……こんな終わりは嫌だ。
「まぁまぁ、シェリーさん。わたくし的にはさっさと死んでいただきたいのですが、どうでしょう?同じ空気を吸うのも辛いので」
よく澄んだ声。目の前が真っ暗になる。そうか、彼女もなのか。心が閉じていく。呼吸もままならなくなってきた。
最初に出会ったのは彼女だった。俺を召喚した張本人で、誰よりもずっと側にいてくれた人。
王女の、アイラ。
「あーそうね!あたしも反吐が出そうだし、さっさと解放されたいものね!」
「おぉ、オレも賛成だ。これ以上こんな奴の為に手を汚したくねぇしな!」
「でしょう?ありがとうございました2人共。そこの道具を襲ってくださって」
ケラケラと。闇に響くその音は絶望を抱かせるには十分だった。
俺達は確かに、仲間だと思っていた。独りぼっちで当然召喚された俺は、彼らの存在が希望だった。
彼らのいる世界を、守りたいと。
一体俺は今まで何をしてきたんだろう。何の為に死に物狂いで。もう分からない。
……ドルグ、シェリー、そして、アイラ。
お前らのこと、本当に。
だいすきだったのに。