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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第二章 動き始めた宿命の歯車
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第二十話 月夜と消えゆく光の行方

今夜は満月、城の中でも一番高い見張りの塔にエレナは立っていた。

季節は冬に差し掛かり冷たい風が頬を撫でるように吹いている、静かで氷のような月光が彼女の秘密を探り出すように照らしていた。

エレナは手を月にかかげる、不思議だ、あの光も自分の中にある光も同じものだというのに性質が全く違う。でも、その光も・・・・。


「ここで何を」


ふいに後ろから声がする、振り返らなくともその声の主は分かっている、いずれ訪ねてくると思っていたから。エレナはそのまま目を閉じる。


「もう知っているんでしょ、あなたは、」


「・・・ええ、視えてしまったので」


エレナはふっと笑うと振り向いてみせる、そこにリュカが立っている事を想定しつつ。

そしてそこに月光を受けてさらに透き通るような水面を思わせる水色の瞳の持ち主、リュカが居た。しかし彼の表情にはかげりが見える、やるせないその顔にエレナは苦笑する。


「案外心配性なのね、リュカは。でもこの能力は強すぎる、世界の均衡を崩しかねない程・・・だから仕方ないことなのよ、消えてしまうのは・・・」


光の力が消えてしまう、それは事実だった。

気付いたのは少し前、力を出さなくとも自分の中からそれが失われてゆくのを感じていた。

最初は怖かった、それが自分の礎のように思っていた節があったから、そしてそれを失ってしまう自分が自分ではなくなってしまうような気がしたから。

転生を繰り返してくるたび、当たり前のようにあったこの力、けれど考えればそれはないに越したことは無い、混沌の闇がこの世を沈めることがないという証でもあるのだから。

どこかで拠り所にしてしまっていたのだろう、本来自分の生きる道を決めるのは自分自身、ならば探さなくては、これから生きる自分の道しるべを。


「まだここにあることは感じるの、」


エレナは胸に手をあて目を伏せる。


「毎日すこしづつ消えていく、そしていつか完全になくなってしまう、でもそれがいつかはわからないけど・・・・でもね大丈夫、わたしにはそれを受け止める準備は出来ているわ」


「・・・そう、ならばいいけど、あったものがなくなるのは気持ちの上でも体にとっても一時的に支えをなくしてしまうような気がすると思うから、その時は僕たちを頼って、それが仲間だと思うから」


珍しく優しい物言いのリュカにエレナは虚をつかれ、ふいにこみ上げてくる感情に揺さぶられる。

そうだ、この人達なくしては自分はこれを乗り切れなかったかもしれない。

自分には命を預けることが出来るほど信頼できる仲間がいる、それがどれほど貴重なものか、旅している最中も感謝はしていた、がいつしかそれがなくてはならないものになっていた。


「ありがとう、リュカ、そのことを心配してくれてたのね」


「え・・・あ、まぁ」


エレナの率直な態度は最初から変わらない、自分に真っすぐに目を向ける彼女のそ黒い瞳を逸らさず見返し、思わずリュカがその白い手をとる。

華奢なエレナの手、この細腕で、その小さな体でよくも大きな力を内包し自我を崩壊することなくここまで耐えられたものだ、改めて尊敬の念を抱く。

予想ではここで邪魔者が入ると思ったが・・リュカはちらりと下の方を気にする。


さすがに今日はこないか、リュカがエレナに意識を戻す。


「いつか君に言った事を覚えている?・・・君は前へすすむだけだって言ってたのを。あの時ほんとうは僕は一瞬あせったよ、君がすごく遠くへ行ってしまう気がして追いつけない気がしたから。でも今またこうして一緒にこの先を進むことが出来る、それがとても嬉しいんだ、僕はもしかしたらあの時から・・・」


リュカはエレナの手をそっと離す。


「ああもう、あの人は勘がいいのか本当にどうしてわかったんだ、君に関してだろうけど。僕は今日はこれで退散するよ、あんな圧力をしたから送られてはね」


「え・・・」


やれやれとリュカは塔の下に視線を移す、エレナはその整った顔立ちにいつの間にか幼さがなくなっている事に気付く、同じ年とは思えない程彼は成長し頼もしさを感じさせる。

自分こそ置いていかれるかもしれない、それほど今のリュカはエレナから見て大きく見えた。


リュカは言葉通りらせん状の階段を下りて行った。


皆成長している、なにかしら抱えている、なのにわたしのことを心配してくれている・・・。

エレナはリュカとの出会いを思い出す、人を救いたい、そうエレナは言った、でも今は傲慢とも言える考えが彼女の想いを支配していることに気付く。仲間を大切にしたい、彼らの助けになりたい、一国の王女の考えとしては失格だ、でも・・・。


「ヒメちゃん、いつから見張り番になったの」


ああ、リュカが言ってた圧力ってアシュベルの事だったのか、しかし一体なんの圧力なのかしらとエレナが不思議そうな顔で彼を見る。


「どうしたのヒメちゃん」


「いえ、この見張り台はすごく人気があるのね、わたしは時々来てるけど、ここの見張り兵と変わってもらってるの。見晴らしがいいし、気分転換になるわ・・・王族を受けれてからね」


「それに、光のマナが消えていってるから?」


「・・それにも気づいてたの?アシュってば心でも読めるの、さすがにびっくりするわ」


「一度君の命に干渉しているせいかもしれね、どうしてかわからないけどそんな感じがするんだ、リュカのようにマナを視ることはできないからね、王族になってからなかなか君こうして話す機会がなかったし」


それを言い終えたアシュベルに、エレナがついっと近寄る、顔をつんとさせて。

そして彼の胸に人差し指をトントンとこづいてみせる。


「そうね、わたしが王族を公にするなりアシュってば仕事を理由にわたしを遠ざけていたでしょ、お見通しなんだから。そういう差別をする人って思わなかったな」


「いやっ、あれはそうではなくて」


エレナの追及の眼差しに、アシュベルがたじろぐ、確かにエレナが王族になることを恐れていたし彼女が王族になることを受け入れたことも腑に落ちないものがあった、以前彼女は王族に戻る気はないと断言していたし少しも興味のある雰囲気はなかった、それが旅を終えて見てララに素性が見抜かれるとエレナはあっさりと王族になることを受け入れた。

それがあまりにもあっけなかったため、アシュベルの思考が追いついて行かなかった。

いつ、彼女がそういう考えに変わっていったのか、旅をしていくなか全く知らなかった、それは少なからずアシュベルにショックを与えた。

そしてそれを受け入れたエレナは以前のエレナではないような気がしていた、王族とという一線を引かれ不甲斐なく自分の立場と彼女の立場を考え、彼女を遠くから見ることしかないような気がした・・・。


「ヒメちゃんが変わった気がしたから、君は王族として名乗りを上げ、順調にその役割を果たしていた・・・こちらがわにはもう戻らない気がしたんだ」


「こちらがわって何、わたしはいつだってエレナよ、でも確かに出会った頃とはちがう、それはあなたもだわアシュ、あなたと出会ってわたしの中では目まぐるしく気持ちや思いが変わって言った気がする、あなたがわたしをとても必要に思ってくれているのがわかったし、わたしも、あなたを失う事をおそれた・・・あなたが禁忌魔法を習得してたなんて知らなかったし・・・とくかく言いたいことは、わたしはあなた達のおかげで道を見失わずに済んだ、そんな仲間をないがしろにするとでも・・・?」


仲間――――――それは嬉しいようで切ない響きに聞こえる。


「わたしが言いたいのは、わたしたちの間で身分なんてものは存在しないってこと。そして補足しておくと王族になったのはララの力になりたかったのもあるし、わたしが名乗りを上げる事で王家は団結することが出来ると思ったの。それにわたしは罪を償わなくてはならないわ、わたしが生まれたばかりに父上と母上が亡くなった、それをわたしは一生胸にわすれないよう抱いて行かないとけない」


「そんなことを・・・?ヒメちゃんの事だから何をいっても無駄かもしれないけど、君はこの世界のために史上で初めてのマナを二つをの身に持ってきた、なにが作用しているかわからないけど、君の父君の母君のもと生まれる事はを天選択したのだろう、王妃の国王の人間現生は稀有な程純粋だと聞く、君はそこに生まれるべきして生まれたんだろう、」


エレナはずっと気にしていたのだ、自分が生まれたばかりに両親を殺してしまったのだと。

それは全くの勘違いだ、天に抗えるものがいない、生まれる場所までは彼女が選べる場所に生まれることなどできない、それでも天は光の能力を持った彼女を悪意ある所へ送り出したりしない、だがそこにセーデルという伯父がいるという事までは加味してなのかもしれない・・・それは全て偶然か必然か。天の為すことは人々には計りしてない、それともいづれ相まみれるセーデルからは苦れないという暗示だったのかもっ痴れない、そして彼女たちは彼を討ち滅ぼした。


だが、ひとつ言える事は、彼女の両親はまた光のマナを持つ者を授かるのにふさわしい人格者の持ち主だったのだ。


「わたしはいつも生まれて数年で深淵に戻っていたけど、これからは違う。わたしの居場所はここにある。今の私には何もない、でもみんなと一緒に世界を回ることを切に願っている。」



「深淵をはわたしのゆりかごみたいなところだった、深淵は次元がいくつも重なった複雑なとこで、わたしをすり抜けてゆく聖なる者のも邪な者のものも擦り受けていく、誰も私に干渉はできない、永遠とも思えるその中で思いつくだけでも三千年をそこで過ごしたことになるわ、わたしの故郷というべき場所なのかもしない、だから事が―――――わたしの果たす役目が、終わったらまたそこへ戻れる、それはとても安心したし当然の事だったの。泥の様なに眠りについてたはずなのにいつも、何かを考えていた・・・。でもおかしなものねあれだけの時間過ごした場所にもどりたくないなんて、私自身が一番信じられないわ」


――――――一番安心できる唯一の場所、深淵。


でも今はそこに戻りたくない。

生まれて初めて感じる感覚だった。


「それは君が深淵にもどるよりも、ずっと魅力を感じる事が出いる場所をみつけたんじゃないかな」


アシュベルは大切なときほど直接的にものを言う。


「そうね、わたしは今この世界にいたいし仲間も失いたくない」


「ずっと宿命に縛られてきたんだ、君の生も死も。それをすぐに切り替えられるほどヒメちゃんは浮気性ではないって事だね、俺は欲しいものは手に入れるけど」


浮気性ではない・・・なんというか褒められた気がしない。


その困惑した表情と黒い瞳があれこれ考えているように動かすエレナを面白そうにアシュベルが笑う。

「俺は欲しいものは本当に手に入れるよ、必ずね」


そう言ってアシュベルが強引にエレナを抱き寄せる。

エレナはそれがなんのハグだがわからず、されるがままにますます頭を混乱させる。

エレナの白銀色の髪に手をそっと添える。

初めての時は頭を触らせることすらさせなかった、まるで野生の子猫、そんな印象だった、殺気を隠さず小さいけれど鋭い牙をのぞかせた、とても気高く美しい手の付けられない子猫。


でも子猫はまだ大人猫にはなっていないようだ。

こんなに美しい満月の夜、抱きしめられてもその意図がエレナにはまだ伝わらない。


「アシュ?」


「まぁ、時間はこれからたっぷりあるし、これからヒメちゃんを口説いていくとするよ、ライバルが少々うっとおしいけれどね、」


エレナはその言葉にガバッとアシュベルの腕から抜け出す。

「く、口説く?」

「そうだよ、恋愛のほうのね」

「・・・・!?」


これはあれだ、ララが目を輝かせて話していた誰がタイプだとかそんな事案だ。

まるで免疫のないエレナにとっては、それは未知の感情。


「大丈夫だよ、今日はこれくらいで押さえておくから、でも気にしてくれると嬉しいよ俺の事を」


エレナはなんとこたえたらいいのかわからない、いつも彼の落ち着いた行動や笑顔に自分は頼っていた、彼に対しては確かに他の人とは違う感情があるような気がする。

だが、自信をもって自分の気持ちを表現できない。


「えっと、アシュ、わたし・・・」

「まぁまぁ、きみのそういう所が好きなんだ、いつでも真剣だよね、俺はヒメちゃんが王族だからって遠慮していたけど、これからはそういうのは無しだ、ようやく伝える事ができて気分がいいよ、じゃ、俺は夜の見張り兵に喝を入れにでもしにいくとするか、」


含みのある笑みをみせて、その端正な顔が近づきエレナの唇にキスをする。


こう言うのは前にもあった・・・あまりにも突然のことだったしそれ以上にアルガノット国へ潜入するという危険を伴う行動をしていたから、忘却の彼方に追いやられていた。

でも、今はアシュベルの赤い瞳がこちらを見ている事で頭がいっぱいになる。

ああ、そういうことなのか、この燃えるような瞳はこうしてたくさんの女性がとりこになっていったのか、と。・・・・少しわかったような気がした。


アシュベルは笑みをたたえたまま、階段を下りていく、時折振り返り赤く燃えるような瞳をエレナに見せる。そしてすっかり彼の姿が見えなくなった後、エレナはブワッと顔が赤くなるのを感じる。

この手の事柄に疎い彼女にもようやく彼の真意は伝わったようだ。


エレナはその場に座り込み、先程のハグとキスを思い出す。

そして熱くなった頬を冷やすように両手を頬で包む。


こんな気持ちを抱えたまま旅に出る事になるとは、エレナの新しく手に入れた人生は波乱からは逃れられないのかもしれない、出発からこれほど心乱れる事になってしまうとは。


はぁ、吐き出す息が白く、彼女の熱と気温が反比例していた。

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