第十九話 特使の行方
女王と別れエレナ一行はアシュベルの執務室に集まっていた。
それは不思議な光景だった。
通常王家の者が踏み込むことの無い場所、だがこれからエレナが加わることになり王家はもっと民衆に近い存在になっていくのかもしれない。
「ありがとう、わたしこれからの人生を仲間たちと過ごせる上に、世界に触れて生きる事ができるなんて考えても見なかったわ、わたしが転生を繰り返したこの世界、いずれの人生もこの世界の何をも見る事が出来なかったから・・・」
その言葉にハッと皆顔を上げる。
「これからは歩ける、この先の人生を」
「そう、だね。君が・・・君とジェイン神官が護ってきた世界だ」
そう、今この世は戦乱の後で混乱しているとはいえ、この世界に生あるものがそこに存在していられるのは二人の犠牲の上に成り立っている、そしてそのことを知る者はごくわずか、そしてこれからもそのことを知らずに人々はそれぞれの生を全うしていく、喜びも悲しみも、この世界合っての事。
アシュベルはこの真実を全世界に知らしめたいと女王に願いでた。
これほど重大な事が他にあるなら聞いてみたい、そして人々はそれを知らなくてはならないと思ったのだ。
だがそれは、エレナにより却下された。
予想はしていたが、エレナの言い分は知らなくてもいい事実はあるのだと。
エレナとしてはジェイン神官と自分の時を超えた絆を公にするには、抵抗があった・・・できれば静かにその事実を伏せておいて欲しいと言うのが彼女の願いだ。
ジェイン神官はエレナにとっては神に等しい、その存在は尊く彼を語るにはまだ彼女の中で整理がついていないのと、おそらくジェイン神官も秘密にしてほしいと願うだろうと、エレナは思う。
誰かに褒められたくてやっていた事ではない、だからこそ、秘密・・・・というより身勝手な思いだがそっとしておいてほしい、それが一番の理由かもしれない。
その三千年の間には言葉に出来ない想いが詰まっている、それを誰も彼もにと踏み荒らされたくない、本当に身勝手で我儘な理由だ。
でもエレナもジェイン神官もこの世界の一部でしかない、勝手な思いで知られたくないなんて都合の良すぎる感情だ。
よく考えれば自分にそんな権利などない。
そしてもしかしたら、このことが誰かの安らぎにつながるかもしれないのだ。
一度却下した後、エレナはそれを取り下げた。
ただ当事者として自分のささやかな願いを付け加えた
「これまでどおり伝説の続きとして、絵物語のような形で残してもらえないかしら」
ララ女王は勿論その意見に賛同する。
「ええ、事実として記述をのこすのではなく、あくまで伝承としてグラディス国で管理しますわ、だいじょうぶ、お姉さまの言う通りにいたしましょう」
「ありがとう、無理をいってしまってごめんね」
エレナの申し訳なさそうな表情に、ララは慌てて補足する。
「いいえ、わたしもそのほうがいいと思います、この事実が知られればお姉さまは光の覚醒者として今後世界中から注目されてしまいますし、それはいいことばかりを起こすとは限らない、伏せておいた方が賢明ですわね」
アシュベルもエレナの軌跡を全ての人々が知るべきだと思ったが、その事で彼女が危険に晒されることまでは考えが至らなかった、そのことに自責の念を感じる。
「そうだね、この世界があることを誰もが君に感謝すべきだと思ったんだ、けれどエレナ君はそんなことを願ってないね、本当に君って人は欲がなさ過ぎて驚くよ、」
皆はわかっていた、アシュベルの気持ちを。それは皆の気持ちを代表した言葉だったから。
エレナもララ女王もそのことに対しては感じるモノがあった。
そしてエレナは思う、三千年の間転生を繰り返してきた歴史が終わったことを。
アシュベルの提案は、エレナの心のどこかでまだ続いていた宿命の意識を終わらせてくれた。
もう終わったのだ。
エレナのやってきたことは伝承として残り、そしてその伝承は終止符をうつことになる。
溶けていく過去の様々な事柄、様々な思いがエレナを解き放つ。
心が軽くなっていくようになった気がした。
アシュベルの執務室でアシュベルの声がエレナを現実に引き戻す。
「色々見て行こう、世界は広い、ララ女王が御寂しい思いをなさらないようこのグラディス国を拠点にしてこの世界中を旅してまわろう」
「ええ、気遣ってくれてありがとう、最初の旅ではララをあまりひとりにさせられない、まずは短い旅にしたいと思っているの」
「もちろん、俺たちは女王の特使なんだ、そして忠誠を誓うものたちでもある。女王を支える事を一番に考えているよ」
アシュベルがいつもの微笑みをとり戻し、エレナの頭にそっと手を伸ばす。
そしてその白銀色の髪をゆっくりと撫でる。
出会った頃は、手を伸ばしただけではねつけられたものだ、それを思い出す。
「出発はいつにするのですか」
シャルルが切り出す、それは皆の思っている質問だった。
「わたしは明日にでも、一日一日がおしいわ、勿論グラディス国も大切だけど、異文化を肌で早く感じたい、各地に散らばる書物も見て回りたい、食事もきっと味わったことの無いものがあるはずだわ!」
エレナの意気込みに周りは引き寄せられる。
「それはまた欲張りですね、エレナ様そうするとやることは山済みということ、わたしもやりがいがあるというものですよ」
アロは冷酷な水色の瞳の奥にあたたかで親しみのある光をたたえていた。
シャルルが地図を広げその行き先に思いを巡らす。
カリーナは父親が女王の相談役になり、カリーナの伯父はその剣技をかわれて衛兵たちの指南役を女王から賜った、それもあってか彼女は前にもまして快活で美しくなったように感じる。
しかし、その中リュカだけが少しばかり何かぼんやり考え事をしているのか、話しかけても上の空。
いつも気をはっている印象のリュカにしては珍しい。
誰しもなにか悩み事があっても不思議ではない、それを話さないという事はいま、聞くべき時ではないのかもしれない、エレナは折を見て声をかけようと思い、その時はそっとしておくことにした。
・・・エレナには少しばかり思い当たることもあった。
まさか、とは思うがそうだとすればリュカと話さなければいけない。
話し合いは少しばかり長引いたが出発は二日後、行先はそつのないアロが計画することになった。
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