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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第二章 動き始めた宿命の歯車
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第十五話 二人の王女双子の王女

二人の王女はしばらく言葉もなく抱きしめ合っていたが、ふたりしてまわりがいる事を思い出し、はにかみながら立ち上がる。


「申し訳ありません、お恥ずかしい姿をお目にかけてしまい・・・皆さま、この度は本当にこの国グラディス国だけではなく世界をも救っていただいてありがとうございました、今は何のお礼もできませんが、後日改めて皆様のご活躍に見合った報酬を用意させていただきます」


「もったいないお言葉です、」


気丈に振る舞うララ王女にアシュベルは心を込めて一礼する。


謁見の間にて王女との対面を果たし、それぞれが帰路に就く。


カミュ殿下はアルガノット国へ、アシュベルらは城の自室へ。


しかしアシュベルには謁見の間から戻り、不安の種が芽生えたのを確信する。ララ王女はエレナが姉であることに気付いた、エレナはこの国の第一王位継承者なのだ、そのことを無視するわけにはいかないだろう。そうなれば、エレナはエル王女として次期グラディス国の女王となる、公爵の座を兄に譲ったこともあるがエレナが今まで以上に遠い存在となってしまうのは明白だ。


ただでさえ、宿命を背負った特別は存在だった、自分にとっても世界にとっても尊い存在。

それが王族という一線を引かれた立場になってしまう。

避けられない道だろう、そして彼女は次期女王にふさわしい資質を持っている。


だからこそ惹かれたのだ、あの女性に。


それでも同じ時代を生きる事ができたことに感謝すべきだろう。

エレナに出会わなければ自分は今の自分の様々な感情に気付かなかっただろう。


彼女がどんな立場になったとしても、自分はそれを支えていくだけ、どんな形であろうとも。


――――――――本当にそうなのか。


ベッドの上で閉じていた目をひらく、その赤い瞳にはエレナの姿が刻み込まれている。




翌日。


朝からカミュ殿下がアルガノット国へ帰国することになっており、ララ王女、アシュベルら近衛隊のものが城の貴賓客見送りための門、宝珠の門にて集まっていた。


「ララ王女殿下、このように早朝から見送り感謝いたします、アシュベル、エレナ、わたしと旅した者たち全てに感謝を申し上げたい、そしてアルガノット国はこの先未来永劫グラディス国との友好関係、および平和協定を覆すことはないでしょう、」


カミュは馬車の前でこれまでの旅を振り返り、そしてその目は既に未来を捉えている事を言葉と共に彼の表情からうかがえるほど伝わってきた。


「カミュ様、これからわたくしたちには果たさなければならない役割があると思います、わたくしはようやくその立場に辿り着き至らない点も多いかもしれませんが、お互い手を差し伸べ合える、そして固く結ばれた友国として揺るぎない絆を信じております、御父上にもそうお伝えください」


ララ王女もまたその未来を見据えて言葉を返す。


そしてカミュ王子を乗せた馬車はアルガノットに向けて走り出した。

見送る彼らに一抹の寂しさが残る、風のマナを持つ彼はやはり風のように心に入り込み、去っていく、その人柄はエレナの秘密に気付き、立場を超えて旅を共にした優しく心になびく風の様だった。


見送りが終わり、解散するかと思っていたエレナはララに呼び止められる。


「お姉さま、お話がございます、お茶を用意しておりますのでお時間をいただけないでしょうか」


呼び止められたエレナに断る理由もない。


「ええ、もちろんいいわ、」


その言葉にうれしそうな笑顔を返すララ王女。


「では、こちらに」


ララはエレナを誘導するように城の中へ入っていく。

その様子をアシュベルは振り返らず、声だけを聴いていた、ララ王女の話す内容は恐らく自分が恐れている事だ、だがこの国にとってそれはアシュベルの想いとは違い有益になるものであることも認識している。だから決して邪魔をしてはいけない、自身が介入すべきではない、そう思い近衛隊隊長としての役割を果たしにアロとともに任務に着く。



その頃、ララは城の奥、王族のみが使う事を許されたよく手入れされた庭園へとエレナを連れてきていた。

木陰になっている場所にテーブルが設えてあり、侍女らが運んできた香りのいいハーブ茶とお菓子を確認すると、ララは人払いをし、エレナと二人きりになる。

人払いと言っても周りは厳重に衛兵が警備にあたっている、だからか、ララはやや小さい声でエレナに座るよう促す。

「お座りになって、お姉さま」


表情には笑顔が浮かんでいるが声に緊張感がにじみ出ている。


「人払いまでして何か大事な要件があるのね、何でも言ってみて」


ララの意をくんでエレナが座り姉としての役割を果たそうとする、が彼女もまた双子の姉というだけの違いしか歳の差は無いのだが・・・それでも公然と会えるようになった妹に対し愛おしい感情をいただいていた。もし力になれる事があるなら残された唯一の家族であるララにどんなことでも協力しようと思っている。


「あのね、お姉さま・・・」


ティーカップを口にせず、その取っ手を持ったりおいてみたり、やはりララの様子はおかしい。

そして深呼吸をするように深く息を吸い、次の言葉を口にする。


「お姉さまに王族に戻っていただき、次期女王になっていただきたいの、戴冠式は一か月後、わたくしはあくまで妹、姉であるお姉さまが帰ってきてくださったのなら女王の座はお姉さまが継ぐべきだと思うし、そしてその資質に突出しているのは明白だわ、お姉さまならこの国の女王として君臨するにふさわしい方だと心から思います」


一大決心をするようにララは一気に話し続けた、その意気込みは少々おっとりした彼女には頑張って話したであろう並々ならぬものを感じる。

そして、それを聞いたエレナは、どこかで必ずこの話になるのだろうと覚悟はしていたが、自分自身の気持ちがまだ揺らいでいるのをどうすべきか考える・・・。

ララ王女は一人なのだ、改めてその事を思う。

エレナは誰にも知られることなく王族になる気はないと決めていたが、あれから状況は大きく変化している。ララには姉だと打ち明けたし、その事を知る仲間たちもいる、だが果たして自分はどうすべきなのか、この選択は大きく未来を変える事になる。


エレナは思う。


転生を繰り返してきた人生、10歳までしかこの世を知らない。

これほど長生きしているのは3千年の間でも初めての事だ、そしてこの先も今ある生をつづける事を許されている状況だ。


だがまだやれることがあるのなら、喜んでそれを受け入れたいとも思う。


「わかったわ、わたし王族としてあなたの姉であることを公表するわ、ただすこし我儘を聞いて欲しいの」


エレナは凛とした黒い瞳をきらめかせる。




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