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深淵のエレナ  作者: ロサ・ピーチ
第二章 動き始めた宿命の歯車
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第十三 幼き神官の願い

「わたしは、今回の転生で光のマナと闇のマナを有して生まれてきました、ただ記憶が戻らずどうしてそんな事態になったのかずっと悩みこれほど時間がかかってしまいました、でもそれは必要な遠周りだったのだと今は思います。わたしは深淵でずっとずっと考えていました、あなたを解放できる方法を・・・」


エレナの声は震えていた、それでも彼女は続ける。


「わたしはあなたを封印することしかできなかった、」


ジェイン神官の胸には亀裂があった、そこからすこしづつ混沌の闇が流れ出ている。

彼が三千年間抱えていた莫大な量の混沌の闇、思念となってもそれを体に抱え世界のために現世にとどまりこの世を滅びから護ってきた、ただただこの現世の人々のために。


わたしは数百年に一度現世に使わされては、ただジェイン神官に入った亀裂を封印するだけ、エレナはその事に心を痛める。


「エレナ、それでも君が来てくれることがどれほど嬉しかったか、どれほど心の支えになっていたか」


君にはわからないかもしれない、同じこの世を三千年間護ってきた者同士、そして同じ孤独を知る者同士、そしてわたしという存在を知っている、エレナが来てくれることで耐えてこられた。、君はわたしを神のように敬うけど、ほんとうにすごいのは君の方、ジェイ神官はエレナの前に進み出る。


「これまでありがとう、さぁ、僕を深淵へ導いて」


ジェイン神官の言葉にエレナは嗚咽を隠せない、今から行おうとしている事は考えに考えた末に決めた事。

覚悟をもって、この方を解放する、エレナの漆黒の瞳は更に深く濃く闇を宿し、目の前の幼い神官へ手を伸ばす。


ジェイン神官は瞳を閉じた、そしてエレナは彼を包むように抱きしめる。


―――――――「この時を待っていた」


声にならない幼い神官の小さなつぶやき。


エレナから誰も見たことの無い闇魔法が広がってゆく。

夜の海のようにさざめき、押し寄せてはひいていく、畏怖を覚える程に美しく、その静寂に身を任せたくなる。エレナの覚悟を決めた、哀しみの入り混じる声が聞えてくる。


「わたしはあなたを闇にいざなう、久遠のねむりにその身を委ね、再び光があなたを照らすその時まであなたの心は安寧を得るとここに誓う、我が名はエレナ、黒薔薇の葬列によりあなたを送り出す・・・・」


抱きしめていたエレナの腕の中に居た幼い神官は「ありがとう」と誰にも聞こえない微かな声で言った。

それは寂しさとも嬉しさともつかない静かな言葉。


三千年間の想いと彼の抱えていた混沌の闇は、エレナの体の中に流れ込み昇華されてゆく。


そしてエレナの腕の中で彼は黒い薔薇になりそれはふわりと舞い上がってゆき千々に消えていった。


「ジェイン神官様・・・!」

エレナはその場で泣き崩れる、彼を解放して差し上げたかった、彼を苦しみを取り除いてあげたかった、いつもは彼とひとつになってまた眠るだけ、深淵の闇で・・・何百年も考え続けそれをとうとう実行してしまった、間違っているとは思わない、だが哀傷は心に刻み込まれ、いつまでも消えてなくなりはしないだろう。

彼が今度転生するとき、家族に囲まれ、仲間に恵まれた生を送ってほしいと願う。


エレナはそれを身をもって、その幸せを感じることが出来たから。


アシュベルが泣き続けるエレナに声をかける。


「あの方は誰も知らない所で、ずっと俺たちを護って来たんだな、ヒメちゃん神官様は最後笑ってらっしゃった、まるで、そう、5歳の幼子のように柔らかな表情で」


その時、ズズッと地震のような揺れを感じた。


「神官様がいなくなって、ここは安全ではなくなってしまったのかもしれません、急いでここを出ましょう!」

アロが素早く皆を誘導する、彼がいただろう場所を振り返るエレナの腕をアシュベルが掴んで、全力で走る。そして全員が出たことを確認するように、内部の崩れてゆく音とその衝撃で砂ぼこりが舞いがり、最後にはわずかに開いていた穴ぐらも閉じてしまった。


まるでもう必要がないとでもいうように。


「わたしの宿命は、終わった・・・もう二度とジェイン神官に会う事は出来ないのね」


「人がエレナのように転生しているなら、来世は姉弟になって生まれてくるかもしれない」


アシュベルの言葉にエレナが泣きそうな顔で笑う。

「そんな未来がきたらいいな、いつか・・・」


エレナにリュカが申し訳なさそうな顔をする。

「エレナ君は最初に会った時から戦っていたんだね、僕はこの世界の事を何も知らないんだって思い知らされたよ、星読み士としてはまだまだ未熟だ」


「そうですね、皆それぞれに思う事はあるでしょう、一度国に戻ってこの旅の意義を噛みしめましょう、それに国へ帰ればやることは山ほどあるのですから、特にカミュは国の再建を国王に任せたままですよね、第一王位継承者としてやることがあるのでは?」


アロの皮肉めいた言葉にカミュは襟をただす。

「そうだな、戦争の悲劇は我が国にとどまらず、世界はいま混乱している。わたしはエレナ、そして君たちに出会って様々なものの考え方をするようになったよ、自国ばかりではなく国同士が助け合えればそれは大きな力を生む、神官様が支えてきてくださったお力を無駄にしないためにも、わたしは視野を広げなければならないだろうな」


以外にも真っすぐな答えにアロは苦笑する。

「さて、とりあえずトワイス国に行って体を休めたいな、エレナ方角はどっちになる」

アシュベルがエレナに問うが、エレナは首を振る。

「だって、一度も帰ったことがないのだもの」

一瞬皆の顔が凍り付く、この砂漠で道を失えば命の危機だ。

「大丈夫ですよ、わたしは星読み士、日が明るくても空をみれば分かります」

リュカの心強い言葉に皆一様に安どする。


「さぁ、帰ろう」


皆が歩き始める、エレナはひとり振り返ってその場所に祈りをささげる。


風が白銀色の髪を散らすかのように吹き荒れる、もう二度とここには来ないだろう。


――――――――さようなら、神官様。


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