第十二 最終への道どり
セーデルは死んだ。
最後に母上の名前を口にしながら・・・この人の愛は何て身勝手で思い上がった愛なのだろう。
身を亡ぼすどころか全てを滅ぼそうなんて、そんな愛などあっていいはずがない。
でも――――不思議な事にエレナはセーデルに憐れみと同時に羨ましさのようなものを感じた。
人はこれほどまでに愛することが出来る。
方法が間違ってなければセーデルの想いは純粋すぎる程の愛になる。
だが、かれは見失ってしまった。
「どちらにせよ、お前は悪そのもだ、どんな理由があろうとも」
エレナの言葉を合図に7つの剣が引き抜かれ、セーデルは息絶える。
「ここにあった宮殿と建物は混沌の闇に沈みその残りは全て風化し影も形もなくなってしまった、もう数千年も前にね、でも地下は地下だけは残っているの、何千年経とうが風化などしない、今もあの時のまま、多くの人が生きたまま閉じ込められたあの時のまま残っている・・・」
セーデルが立ちふさがるようにいた場所のすぐ後ろには、小さなあなぐらがあった。
「わたしは生まれた時からここを目指していた、今回はかなり遅くなってしたけど」
そこは、エレナが案内しなければ見つけることなどできないほど、広大な荒野の岩場にぽつりと空いた空洞、大地は常に風にさらされているため、来るたびごとにその入り口の様相は違っていて、恐らくエレナでなければ少し離れれば二度とたどり着けないだろうと思われる。
なぜ彼女は一直線にここへ来ることが出来たのか。
アシュベルは疑問を感じながら、エレナに続いて腰をかがめ、やっとの思いでそのあなぐらへ身を投じることが出来た。
あとの5人も苦労しながら入ってくる。
――――――そして。
一様に、信じられない光景を目の当たりにする。
「・・・ここが?」
最後に入ったリュカが驚きの声を上げる。
そこは宮殿の地下。
それだけに作りは非常に丁寧で美しい、そして何よりもそれが三千年前に作られたものだというには真新しすぎるのだ、まるで完成したばかりと言わんばかりに、崩れたところなど一つもなく、変色も一切していない。
「ここからは神域、あの方の気配が感じ取れる」
エレナが懐かしそうに、そしてそれ以上に悲しそうにそこに踏み込んでいく。
光のマナを解放し、その輝きは暗い地下の道をあらわにする。
わたしが今回遠周りしてしまった事、二つのマナを持って生まれてきたこと、それは必然だ。
わたしは何度ここに足を踏み入れたのだろう、一歩歩くたびに、あの方の想いが体中に満ちてくる。
穴倉の奥はレンガでできた一本道になっており、細く長い、この奥に国民を奴隷と化し生きたまま人柱にしたというのか、それを思うだけでアシュベルは気持ちは煮えたぎる。
―――――だめだよ、こころを鎮めて
どこからか子供、にしては大人びた清らかな声が、アシュベルの耳元でした。
ハッと辺りを見渡すアシュベルに、エレナが大丈夫と声をかける。
ずいぶん深くまでそれは続き、果てしなく歩いているようにも感じられた。
景色が変わらないこともあり、同じ所をぐるぐる歩きまわされているのではと疑心暗鬼になってしまう。
「すぐそこに、いらっしゃるわ」
「待ってヒメちゃん、君の宿命は理解しているつもりだ、だが伝承の共通点は・・・あまりにも納得できうるものじゃない、」
共通点は光の使者が幼くして消息をたってしまうというもの。
即ち、それは彼女が宿命を果たし、この世を去っているという事だ。
一度エレナの死を目にしたアシュベルは、それをまた目にすることになる、そしてあの炎の禁忌魔法は二度は使えない。
「アシュベル、そしてみんなも、ここまでありがとう、」
だが、わたしはやらなければならない、この人達の前で。
一行は永遠に続くかと思われた通路を抜け、円状の広場に出た、そして――――――。
「遅くなりました、ジェイン神官様」
エレナがうやうやしくその場に膝まづく。
その広場の奥に佇んでいたのは、やはり光を纏ったあまりにも幼い神官。
なぜ、このような場所に光のマナを持つ者が隠れ住んでいるのか、皆の頭に疑問が浮かぶ。
「今回はエレナ、という名前なのだね、でも君が黒い瞳を持っているのは初めて見たな、まるで宇宙を覗いているようだ、光が反射して揺らめいている、見ていると吸い込まれそうだよ、闇のマナを持っているんだね」
その言葉を聞いてエレナはそっと目を伏せた。
「それにいつもなら、君一人で来るのに、今日はとても賑やかだね」
「わたしの大事な仲間です、幾度となく助けられわたしはここに辿りつくことが出来ました、彼らにはわたしがなにをするのか・・・見届ける権利があると思い一緒にきてもらいました」
「そう・・・」
幼い神官の表情はあまりに穏やかで、その声は清涼に満ちている。
どこか、エレナと通じるものがあった、3千年間転生を繰り返し続けた彼女には俗世に汚されていない超然とした何かがある、それをこの神官にも感じるた。
知らず知らずのうちに全員がその神官の前に膝まづいていた。
「この方は、ジェイン神官、三千年前狂王によってこの国は混沌の闇を生んでしまった、そしてこの世で初めて光のマナを持った者が現れた、それがいま私たちが目にしているお方よ」
そう言われて、戸惑わないものはいない。エレナの転生のことすらもなかなか受け入れられなかったというのに、この神官はこの世で最初の光のマナを持った者、つまり三千年前に現れたという人物だというのか。
「狂王は混沌の闇を鎮めるために、5歳で光のマナを覚醒させた幼い子供を神官に祭り上げて、人柱と共に閉じ込めたの、この地下に・・・・ジェイン神官はそれでも己の役割を果たそうと人柱にされた人々の負の感情を受け入れ続け、地上に出てしまった混沌の闇もすべて封印したの」
「そんな・・・」
狂王という人物を今更ながらに憎く思う、こんな年端も行かない幼子を人柱にするなんて、カリーナは泣くのを堪える、今そうしていいのは自分ではないと分かっているから。
「でも宮殿がなくなったのはかなり後・・ですよね、時系列が合わないのでは・・・」
異論を唱えたいわけではなかったが、5歳の幼子が地下に閉じ込められ生きていられるのは数日、ならばその後国を沈めたという混沌の闇をこの神官が封印したと言うのは矛盾が起こる、アロはそれを口にしながらもどこかで信じている自分を感じていた。
「はじめまして、エレナの友人の方々、わたしの名はジェイン、不思議に思っているでしょうね、何故わたしがここにいるのか、何故エレナが会いに来るのか。わたしは、人柱になった人々の思いをすべて受け止めたいと思ったのです、それがわたしの使命であり宿命だから。でも時間も限られそしてわたしはあまりに幼かったった、光の使者として完成されないまま受け入れ続けてしまった・・・」
幼い神官は寂し気な顔をする。
白銀色の瞳には後悔の念が浮かんでいた。
「わたしは想いだけで存在する者となったのです、肉体は滅び、こうしてあなた方と話しているわたしは思念を形にしたもの、わたしは・・・・すでにこの世の者ではありません、けれども魂はここにある」
そう話すと再び穏やかな顔で微笑みを浮かべる。
滅んでまでもこうして光の使者としてその身を保ち、そればかりか三千年間混沌の闇を封印し続けている、ではエレナは、エレナはここへ何をしに来たというのか。
「わたしが封印できるのは数百年が限度なのです、だからわたしから混沌の闇が漏れ出すとき彼女が、エレナが天より使われ、わたしの封印を強化しに来る、彼女の全てを捧げて・・・」
―――――――ああ、そういう事だったのか。
やはりエレナは転生のたびその命をもってこの世界を人知れず救っていた。アシュベルはどこかで否定したかった、彼女がこういうことに関らず、平穏にすごす人生を送ってほしいと思っていた、これは輪廻なのだ、覆すことができないから、三千年間繰り返し続けた転生。
「でも今回は楽しみだな、いつもとはまるで違う事が起こっている。君は光のマナの全てを解放し、この世の全ての混沌の闇を昇華できるほどに成長している、そしてその瞳、君の闇のマナはとても穏やかだね、そして心地がいい、優しいうえに安らぎすら感じるよ」
ジェイン神官がエレナを見透かすように、くすりと笑う。




