第十一話 狂王と呼ばれた男
砂漠ははやりカリーナのようなお嬢様には厳しい道のりの様で、何度が岩場で傷を作っていた。
カリーナにはそこに生息している植物の汁を包帯に染み込ませ、その患部に巻き付ける、これはエレナからのアドバイスだったが、最初はその得体のしれない薬草に抵抗を感じていたカリーナもその効能を実感すると他のメンバーに勧めるくらいになっていた。
しかし男性陣は流石というべきか脚力があり、砂漠の道も不自由なくついてきてくれた。
エレナは何十回もわたってきたこの道を、今は目新しく感じる。
何も変わっていないのに、何故そう思うのか自分でも不思議だった。
転生するたび自分の使命を思い出しその場所へ向かう、だから他に何も考えていなかった。
想うのは、その使命の限界。
一時的に世界は平和になる、あの方の犠牲の上に。
矛盾する、なにが平和で正しいことなのか。
未熟すぎる自分にはそれを繰り返すしかなかった。
だからエレナは選んだ、その犠牲は本物なのか、わたしが転生しやってきている事は正しいことなのか。
「ああ、そろそろ着くころだと思っていましたよ、エレナ、いや、光の魔法士殿」
岩場に座り込み、黒いマントを身につけたその声の正体は全員がすぐに分かった。
世界大戦を仕掛けどれほどの数の人々を死に追いやったのか、この人物は分かっているのだろうか。
「セーデル、大戦は終わった、もうあなたに勝ち目はない、」
「わたしの計画を見事潰してくれましたね、人間はここまでしぶとい生き物だと思いませんでしたよ、なぜ生きているのか、なんのため生きているのか、それすらもわらない愚者がいる中で何故命をはってまで世界を護ろうとするのです、この世界に意味などあるのですか」
「マリアンヌ、わたしの母は今この時転生しているかもしれない」
セーデルがハッと顔を上げる。
「彼女を殺す気はなかった、だが死んでしまった・・・・彼女のいない世界なんて無意味なんてない、わたしに笑いかけてくれた屈託のない笑顔はこの世のどこにも存在しない、ならば、こんな世界滅んでしまった方がいい、望みなど抱かない、完全に終わらせ最後にわたしも死ぬ、マリアンヌを想いながら・・・だからもう二度と転生などしない、わたしも彼女も」
だめだ、セーデルは破滅しか考える事で生を保っていると言ってもいい。
だが、その生も空前の灯だと言えるだろう。
今気づいたが、グラディス国に居たセーデルは傀儡、本体はここで狂王の支配下にあった、と予測できる。
狂王は、セーデルの僅かな混沌の闇を察知し、それを利用していたのだろう、哀れだとは思うが、引きづり込まれる人間にはそれ相応の理由と咎がある、彼には自力でその誘惑から逃げることも出来たはずだ、だが彼はそうしなかった、むしろその考えに同調し安らぎを得た、かりそめの安らぎを。
「セーデル、今のあなたがどれほど狂王の恩恵を受けていたとしても、今の私には敵わない」
その言葉は真実を語っていた、アーヴィンの小細工も今のエレナには通用しない。
真の意味で光の根源を探ることができ、それを見失わない限り闇の混沌に通じるすべてのものは彼女の敵ではない。
今彼女の光の想いは全てを凌駕するほどに極まっていた。
エレナの瞳は白銀色に変化し、星の光すら反射し美しく煌めく、それはやはり人とは隔絶された純粋ないってんの濁りもない存在へと変貌する。
そして彼女は、光のマナを全覚醒させ光そのものになる。
「さようなら、狂王はジェイン神官様に封じられている、あなたは、いえあなたこそが真の操り人形」
自らの内に最後にため込んでいた混沌の闇を暴発させ、セーデルはその姿までをも変えてゆく。
憎悪という負の感情に囚われた末の姿、それはこの世の邪悪さとけがれを模したかのような、おぞましく猟奇的であり、狂気に満ちていた。
すでに人としての姿はなく血走った大きく見開かれた眼がぎょろぎょろと絶え間なく動き、その体は混沌の闇に染まりおぞましい黒い皮膚がどろどろと動い命ていた、哀れ、エレナはその者の顛末を思う。
どこで間違ってしまったのか、だが今更考えたところでせんなきこと。
これは悪、どう言い逃れしようが、悪、なのだ。
「出でよ光龍、混沌の闇を蹴散らせ」
エレナが命じると光龍が現れ、魔物と化したセーデルを逃さぬようぐるりと巻き、その鱗のひとつひとつが
キラキラと輝いたかと思うとそれはセーデルに向かって鋭い刃となり全身を貫く。
だがセーデルも一縷の望みをかけて、瘴気を放ち狂王に呼応する。
もがくセーデルに、追い打ちをかけるように、光龍はその大きな口でセーデルを飲み込んでゆき、透明化すると消えていった。
後に残ったのは混沌の闇を失った人としてのセーデル。
「・・・・・この世界はしぶとい、何故滅びないのだ、これほどまでに無意味だというのに、奥に居る神官もそれを望んでいたのではないか、三千年間閉じ込められたまま置き去りにされるより、自由になりたいと思うのは道理だろう」
「セーデルお前に軽々しくあの方の事を言われたくはないわ、重みが違いすぎる」
エレナの低く感情を押し殺した声、それに対しセーデルは笑う。
「ああ、マリアンヌ、君のいない世界などあってはならない、だから」
セーデルが剣を抜き、エレナに斬りかかる。
その瞬間、彼はそこにいる全員から、剣で貫かれた。
7本の剣が彼を貫く、それがセーデルの最後だった。




