第十話 セーデルとの対面
宿の主人が人情味のある人物で、エレナとアシュベルが完全に回復するまで、止まる事を提案してくれた、だが時間がないと感じたエレナはそれを丁重に断って、宿を出る事にした。
「エレナ、体調は大丈夫?」
「ええ」
カリーナが今だぐすぐすと涙を堪えながら聞いてくる。
本当に心配、以上のものをかけてしまった、みんなの気持ち、アシュベルの気持ちが刻み込まれ、痛みすら感じる。
あの時、わたしは完全に死んだ、そして深淵で皆の様子が見えていた。
いつもなら心地のいい深淵、思いだす限り、三千年の間そのほとんどをここですごしていた。
全ての生あるものが最後に辿り着く終焉、聖も濁も混ざり合い、ただたゆたうだけの空間。
深淵には時間の概念がない、だから居続ける事に慣れてしまっていた、心地いいとさえ思える。
だけど、あの時は、違った。
喉から血が出る程に叫び続けていた、あの深淵の奥から。
自分は間違ってしまったのだろうか、何もかもが分からなかったけど、ひとつだけやっぱりこの巡りあわせは偶然なんかじゃないと思った、必然なんだと。
そしてそこから抜け出した時、悟り、のような不思議な感覚がそこにあった。
この感じはなんだだろう、今まで自分の宿命に対しなんの抵抗もなかった、それは今でもそうだ。
ただ、それがもっと身近なものに感じられる、探していたひとつのピースがはまったように、この世界の一部になったように、透き通った気持ちがあった。
「わたし今回の事で様々な事を学んだわ、だから、もう大丈夫。」
ここを発つ前、エレナは話してくれた。
三千年間の転生の記憶が戻っている事、そして自分が光のマナをもって生まれた真の目的を。
やはり、彼女は数十回、何百年に分けて転生を繰り返していたという。
そして、光のマナを覚醒した時、その前世の記憶が全て蘇るはずの記憶が、一度死して戻ってきた時すべて流れ込んでくるように戻ってきたことを話した。
すでに下調べにて分かっている事に追加して混沌の闇は、はやり狂王の造り出したものを、数百年にわたって光の神官によって封印されていた事、そしてその封印は何百年後かには効力を失ってしまう事。
一度、混沌の闇に晒らされた世界は、それを食い止めるため、その封印が切れしまわないうちに、天は光の魔法士を送り込む、世界の均衡が崩れてしまわないように。
その封印は突然途切れてしまうものではなく、徐々に薄れていく。
エレナはこの話をするとき、見たこともない哀しみを浮かべていた。
その封印がどのようなものか、どんなものかわからない、彼女はそれに対してあまり言いたくないような、遠回しに聞いてほしくないと、拒絶を示すようにもみえる態度をとった。
「でも、毎回トワイス国の砂漠に位置する宮殿跡地に行っていたのですね」
カミュが彼女の記憶を整理する。
「ええ、毎回5歳になると同時に光のマナが覚醒し、そこへ向かわなければならないという使命感が生まれるの、だから10歳になるまで、わたしはすべきことを習得する、そしてその地、トワイスへ赴くのよ。ただ・・・」
エレナは、言い淀む、その先を言葉を付けるのを恐れるように。
「わたしはいつも疑問を感じていた、転生し役割を果たすことには何の躊躇もなかった、むしろ当然のように思って節があったわ。わたしは10歳でその生命を終わらせることが私の使命、、ずっと最善策なのだと信じていた、でもずっとどこかで思っていた、わたしにできることはこの繰り返す転生の中にまだ、なにかあるんじゃないかって」
出発の準備をしながら、エレナは窓の外を見る。
そこは平安そのものに見えた、小鳥のさえずり木々がざわめく音。
「おそらく、わたしはこの現世で答えを見つけたのだと思う、わたしが三千年かかった贖罪を償う方法を・・・。」
贖罪、償う、この事に関して誰もその真実を聞き出せるものはいなかった。
繰り返し転生してきた中にしか感じえない領域がある、それがエレナの今の言葉だろう。
なんにせよ、彼女の心は、彼女の生まれてきた宿命は、完全に明白になっているのだ。
ここにきてこの現世における役割が変わってきている、それは今自分自身が16歳まで生きながらえてることも、こうして仲間たちにかこまれていることも、全てにおいて救われれている事も。
「ここからは私一人でも大丈夫、転生を繰り返して行ってきたことだから」
だが今回はイレギュラー、前回の同様にその使命を全うすることが出来るか分からない。
「ヒメちゃん、大丈夫でも俺たちは行く、分かっているだろ」
いつもの調子を取り戻したアシュベルがその端正な顔に軽く笑みを浮かべて見せる。
「うん、そうだね・・・!」
エレナは皆の顔を見渡して、今までに見たこともない心からの笑顔を満面に浮かべる。
そろそろエレナの宿命の終わりが見えてきた、馬に乗り国境を越えパキシエル国を駆け抜けてゆく。
大戦の終わりは全てを救ったわけではない、駆け抜けてゆく道をその被害者が倒れ苦しんでいる、本当に大変なのはこれからかもしれない。
パキシエルは小さな国だった、だが資源が豊富で大国に囲まれた、戦争になれば一番に狙われる国。
「この国をもとに戻すのは、この国の人間だ」
思わず馬を止め、その惨状に見入ってしまったエレナにカミュがいう。
もっと自分が早くこの大戦を止める事が出来手入れば、そう思ってしまう。
だがカミュは違うという。
「あなたは神じゃない、この世界をたった一人の力で救わなければならないなんて荒唐無稽ですよ、混沌の闇ももとをただせば人の感情の一つだ、ならば立て直す力も抗う力も必ず生み出せる、今は明日をも考えられないかもしれな人々も、立ち上がる時がらなければならない時がある。そしてそれは国同士で連携していかなければならない、王族であるわたし達もそこで助け合わなければならない」
カミュは王子として、その光景を目に焼き付ける。
そうか、この惨状を見て、何かを心に想うのは自分だけではないのだ。
それぞれが思っている、自分に何が出来るかを。
わたしはそのうちの一人なのだ、エレナは何かが響き渡っていくのを感じる。
仲間の強い思い、それが一体となって、それは共鳴し合う。
一日をかけ、パキシエル国を渡り、その日のうちにトワイスに辿り着いた。
トワイス国は半分以上が砂漠になっているため、他国から攻めにくく、その被害はこれまで見た国より被害は少ないように思えた。
そしてその文化はがらりと変わり、異国所著漂うその国の全てがエレナには遠く懐かしい。
ここは三千年前から自国の文化を守っている、砂漠の向こうにある狂王と呼ばれた王が築いた呪われた国からその負の風が流れ込んでこないよう、今でも呪術師が高い壁に呪文を唱え防いでいる、この三千年それはずっと続けられてきた、伝統のように。
「この国の王は賢い、あの混沌の闇を感じ取る力がある者を国民から探し出し、それが自国に流れ込んでこないように、呪術師として育成し災いから救ってきている。三千年それを受け継いでいくのは畏れをしっかりと理解しているから」
エレナは転生を繰り返すたび、このトワイス国が存続している事を嬉しく思う。
そしてその王とリンクする、彼らは傍らに爆弾を抱えながらその国を守り、そして私の再来を恐らく感じている、いつも10歳で訪れるこの国から呪術師たちから加護が降ってくるから・・・。
そうか、ここでもわたしは、一人ではなかったんだ。
改めためて、その加護に対し、この国に対し感謝する。
「もう時間がない、このままあの場所へ行かなければならないの、一刻も早く」
一日中馬を走らせ、疲れているだろう、だがひとりもここでリタイアする者などいない。
しかし、馬はかなり疲弊しきっていたので、そしてここからは歩いたほうが早いというエレナの言葉に従い、、トワイス国の高くそびえる門からでて、その目的の場所へ向かう事にする。
その時門番がエレナに、うやうやしく首を垂れる、そしてこの国特有の浅黒い肌が印象的なその門番は彼女にかがげて唄のように美しい呪文を捧げる。
「ありがとう・・」
恐らくエレナが光のマナであることを悟ったのだろう、そしてこの国の者は知っている、二度と帰ってこないことを、そしてまた年端も行かない少女があの不浄の地へ向かう。
一族から聞いたことでもあるのだろう、その少女がなんのためにその地へ赴いているのか。
「大丈夫、あなたにも加護があらんことを」
エレナは今までにない気持ちでその門を通っていく、いつもはひとりのわたしが今はこんな大人数で動いている、まさかこんな日が来るなんて。
「さて、ここから馬ではに酷だし、ラクダは乗れない人がいるとかえって遅くなる、だから歩いていくわ、わたしのせいで時間が無くなっているから、急ぐ必要がある、日の出前までには目的の場所に着こうと思ってる」
それはかなり無茶な話だ、寝ずに一国を馬で張りぬけ、今度は徹夜覚悟で歩きなれない砂漠を行かなければならない、前にも説明したが砂漠といっても二種類あり、こちらの砂漠はごつごつと大地が風にさらされて生物がほとんどいない荒野と呼ぶにふさわしい砂漠だ。
だが、だれも引き返そうなどとは言わない、そこにエレナの真の目的があるから。




