第八話 刺客と命の重さ
「・・・来る」
人影も見えないのに、エレナは混沌の闇を察知する。
アロとリュカが即座に反応し、四方を厚い氷で覆う、その瞬間に黒い弓矢が降りそそぐ。
一歩遅れていれば、打ち込まれていたかもしれない、いや、それはないか、あの冷静と冷酷を備えたアロとリュカが遅れるはずがない、全て計算通りだ。
「弓矢なんて、もう飽きちゃいましたよねー」
そう言いつつ近づいてくる若い男、歳の頃はエレナとそう変わらない青年だ、しかし彼の表情は意思がみえるにも関わらず殺意しか感じることができない虚ろさを醸し出していた。
「すみませんねーあんたらに恨みはないんだけど、どうあっても殺せって命令されてましてね。どうなんでしょ、殺し合いは初めてなので分からないんですけど、一応名乗っておいた方がいいのかな、俺アーヴィンといいます、今からあなた方を殺します」
まるで用意されていたようにつらつらと言葉を並べ立てるが、そこにアーヴィンの真意があるとは思えない。傀儡なのかと思ってしまうほど、感情が一定でよどみがない。
「じゃあ、はじめます」
そう言ってアーヴィンは剣をかざす、その剣には黒い風がまとわりつき、一振りでその風が突風のような激しさで渦を巻きエレナ達にむかってくる、それをカミュが同じく瞬時に竜巻を無詠唱で起こし、黒い渦を飲み込み消滅させる。
「なるほど、これくらいならなんとかなりそうですね」
攻撃を受けてばかりいられない、アシュベルが剣に炎を纏わせ、一気に距離を詰め火柱を起こす。
業火の中でアーヴィンが剣を受け止め、平然としている、まさか火が効いてない?
「暑いですよ、十分に、でもこちらも水がありますから」
アーヴィンを包み込むよう黒い何かがにうごめいている、これが水・・?
アシュベルが剣を交えたまま、烈火の炎を更に激しく燃え上がらせ、黒の水を蒸発させようとする。
ほかの剣士も黙ってみてはいない。
カリーナがアーヴィンの後ろへ回り込み、後ろから剣を振るおうとする。
しかしその剣は、すんでのところで黒いツルのようなもので固定され、動けなくなる。
「ジェシカ、お前はさがっていろ」
アシュベルと剣と交えているアーヴィンが突き放すように叫ぶ。
「このくらい一人で十分だ」
そういうと彼の周りに魔防円陣が瞬時に現れ、そのどす黒い円陣の中から犬というには大きすぎる牙を持った傀儡がずるずると這い出して来る。それは瘴気を放ち狂気に満ちた獰猛さを隠さず、今にもとびかからんとしている。それが何十頭という数で魔防円陣から次々と這い出てくる。
「言っておきますがレイの時の様に、それを切っても俺にはダメージはありませんよ、それは紛れもなく妖魔ですからね、成功したんですよ、妖魔の召喚に」
チィッ、っとカリーナがツルのようなものから剣を引き抜くと、その魔獣を切り殺す。
だがその数は圧倒的で、魔法でも応戦するが数が減らない。
「炎には炎を」
アーヴィンがアシュベルの剣を交わして、黒い炎を纏わせる。
一瞬にして一面が黒の火の海になり、危うく全員が火だるまになる所だったが、アロが全ての者に水の膜を張り難を逃れた、その間にも魔獣が巨大な牙をむき、襲い掛かってくる。
アーヴィンが指笛を鳴らし、合図を送ると魔獣は一斉にエレナへ襲い掛かる、それは十数頭もいてとてもひとりでは対応できない!
「エレナさん!」
彼女の前に飛び出し、魔獣に向かって剣を構えるのはシャルルだった。
「シャルル、だめ!」
シャルルは構えた剣を握りしめると、魔獣に向かってそれを振りぬいていく、彼の剣術の素晴らしさは承知していたが、動体視力が抜群によく、それに合わせて剣を振ることのできる体のしなやかさを持っていた。それに加え、視野がひろいのか、後ろからとびかかってくる魔獣にも素早く反応し、その頭をブーツに仕込んでいた短剣で貫いた。
ほぼ、そこに集まった魔獣をシャルルはひとりで倒した。
「気を抜かない!」
エレナの後ろから襲ってきた魔獣をリュカが氷を飛ばして駆逐する。
「なるほど、アシュベル様の剣はほんとに重い、だがこれならどうですかね」
アーヴィンは剣に風を纏わせまたも振りぬく、竜巻にも等しい風が来たと思ったら、その剣を大地に突き刺しエレナらが戦っている場所で地面が動き鋭い岩が飛び出してくる、そして次には氷のつららを宙に何百も浮かせ、一気に落とす。
「っく・・」
アシュベルが皆の魔法防御で護られてはいるがその全てを回避することは難しい。
アーヴィン一人ですべての魔法を使いこなしている。
「これが完成形なんですよ、セーデルさまがおっしゃるには」
どの魔法も彼に届かず、致命傷を与えられない、それどころか押されており、魔獣の数も減ることがなく常に剣を振るっている状態だ、なにか打開策を・・・!
アーヴィンの魔法はアシュベルにだけ向けられたものではなく、むしろ全体攻撃が主流だ、それをこちらは
魔獣と戦いながら、個人で判断し魔法を相殺することしかできない。
しかも魔獣は瘴気を放ち、それは体の動きに影響を与える。
エレナが光のマナを解放し、幾度か瘴気を昇華させてはいるが、アーヴィンは絶え間なく魔獣を呼び出し瘴気はすぐに充満していく。
全員に光のバリアをはってあるが、瘴気はジワリと入り込んでくる。
これも純粋な混沌の闇ではないのだろう、レイとの戦いのときには血の契約をしていると言っていた。
今回のこれがなんなのかわからないが、純粋に光のマナを解放するだけでは効果が薄いようだ。
皆が苦戦する中、やはり使わざるを得ないとエレナは判断する。
「黒の鋳薔薇よ、貫け!!」
エレナの闇魔法が発動し、アーヴィンの体に鋳薔薇が巻き付き、その棘が一気に彼の体を貫く。
手ごたえはあった、だが。
「残念でした、僕の体はすでに傀儡同然、混沌の闇に侵されてその形をたもっているだけなんです」
ああ、だからか、貫き吸い取った彼の生命とも呼べる命が流れ込んでこないのは、代わりに混沌の闇が流れてくる。そんな体で人の姿をとどめている、セーデルの執念にゾクリと背筋が凍る。
「俺も召喚し続けるのは面倒なんで、そろそろ止めをいかせてもらいますね」
そういうと彼は無限とも思える魔防円陣を出し、妖魔を召喚する。
これでは戦いようがない、アロとリュカが氷をカリーナは岩で、カミュは風を巻き起こして近づけさせなくする、それをかいくぐってくる妖魔をシャルルが処理していくがどんどんその数は増えていく。
アシュベルも炎を使って処理していくが、皆マナがもたない。
じりじりと後退を余儀なくされる、せっかく宿から離れたというのにこれでは意味がなくなってしまう。
混沌の闇ならば、アーヴィンごと封印できないかとエレナは光のマナを解放し、その場で一気に片を付けようと辺り一面を光魔法を具現化し彼を包み込むが、封印どころか祓う事すらできない。
彼は人の形を保ったまま、心も血も肉体も全てを混沌の闇にリンクさせているようだ、こんな方法を何処でセーデルは完成させたというのか・・・。
しかもアーヴィンの魔法は恐らくマナを根源としていないため、尽きる事がなく、惜しみなく連続で重ねる様に魔法を飛ばしてくる、剣を振るい魔法を使う、そろそろ体力的にも限界が来ている。
そのうえで、アーヴィンはまだ数十頭という魔獣を呼び出しそれは束になって襲い掛かってくる。
このままでは・・・アシュベルはエレナだけでも逃せないか画策するが周りを瘴気漂う魔獣が張り付いていて逃げ場がない、夜が明け、人が往来する時間帯になる、これ以上この戦いを引きづるのはまずい。
その時エレナが振り返る。
――――――――子供の声。
「うそ、」
数人の子供たちが建物から出てきて、桶をもってこちらに走ってくる。
斜面になっていてエレナらがそこに居る事に気付かず、笑いながら近くにある井戸に水を汲みに来る。
だめだ、これ以上は。
妖魔たちは子供たちに気付き数頭そちらへ走ってゆく。
これでは身動きが出来ない。助けられない。
皆が剣を振るっている中、エレナがその手を下ろす。
自分の決断が正しいのかどうかわからない、そしてこれを使えばそれを誰かに確かめる事すらできなくなる。エレナは光の魔法士として世界の均衡を保つため転生を繰り返してきた、そして今も自分はその目的のために旅をしてその地へ向かっている。
わたしは恐らく生き残らなければならない、でも、あの子供たちを見殺しにしても、そうあらねばならないのだろうか。
あの子たちの命と私の命の重さは同じものではないのだろうか。
わたしに答えは出せない、だけれども、やはり救う術があると知っているのなら、それを実行しなければ一生後悔すると思う、後悔するからやるのか、それすらもうわからない。
でも、この仲間たちに、さよならを言えないことを悔やむかもしれない。
「次元の管理者に命じる・・・・」
アシュベルがエレナの異変に気付き、何かを言っているのが見えた。
ごめんなさい、あなたはいつでも無謀な行動をとるわたしを、受け入れてくれた。
でも今度ばかりは、きっと怒るのでしょうね。
エレナの瞳からいつのまにか涙が出ていた、悲しいのか、さみしいのか、全てなのか・・・。
「私の名はエレナ、この命をもってわたしの望むすべてのものを、次元の狭間に封じる事を命じる」
刹那。
その場一面を覆いつくす程の魔防円陣が出現し、それは真っ赤な光を放つと、妖魔たちが次々と宙に浮きあがり歪み消えてゆく、突然の事に皆が周りを見渡す、気が付くと妖魔は一頭も存在していない。
音がしない。
静かすぎる。
赤い魔防円陣はまだ消えていない。
アーヴィンが体をよじり苦しがっているが、その叫び声すらもっていかれる。
そして体からは得たいのしれない黒い何かが絞り出される様に宙に消えてゆく。
「エレナ―――――――――!!」
アシュベルの悲痛な声が静寂を打ち破る。
それは魔防円陣の効果が切れた証、狭間は閉じ、悪しきものを全て持って行ったのだ。
エレナはそれを見届ける様に、その場に倒れ込む、それはまるで悪夢そのものだった。
膝をつき、トサリと力なくその体は地面に横たわる。
最大の禁忌魔法、次元の管理者と魔防陣を通じて行うこの闇魔法は、あまりにもその代償が大きい。
その大きさにもよるが、今の禁忌魔法で、アーヴィンの力すら吸い取り次元の狭間にもっていった。
アシュベルの声はエレナに届かなかった。
何故ならすでにエレナの命は絶たれた後だった。
彼女は命を懸けて子供たちを守ることを選んだのだ。
頭で考えるより先に、行動していた、と言った方がいいかもしれない。




